高橋はぐっとこらえる
翌日出社した高橋は、昼食後、美加を非常階段に呼びだした。久しぶりに間近で見た美加は、詐欺にあったせいか、すっかり憔悴しているように思えた。
「大丈夫か? 美加」顔を覗きこむと、強がるように美加が疲れた表情を消した。
「全然大丈夫だけど、何?」
気丈に振る舞う彼女をぎゅっと抱きしめたい、という衝動に駆られたが、もうそんな関係ではないことを思いだし、ぐっとこらえる。
「……カウンセラーの南條さんに、詐欺被害の内容を話したんだってな」
言い辛そうにきりだすと、美加が不興の目つきになった。
「あなたが彼によけいなことを言ってくれたおかげでね。あの人、さすがカウンセラーだけあって訊き方がうまいから、つい全部話しちゃったわ。誰にも喋らないって約束したのに、もしかして私の弱みもあなたにばらしたの?」
慌てて高橋は首を振る。「いや、それは聞いてない」
「というか、どうして彼があなたに話すわけ?」
「仲間に……いれられたからだ」ためらいがちに白状すると、美加が目を瞬かせた。「仲間? 何それ」
高橋は、小さく息をつく。
「実は金に困ってる柊と西沢っていう若い奴らがいるんだが……その二人と俺と南條さんで、おまえを騙した詐欺団から金を盗むことになったんだ」
「そんなこと、できるの?」
「今はまだ詳しいことは教えられないが、南條さんに言わせると、できるらしい」
「信じられないわ、一般人のあなた達が詐欺団からお金を盗むなんて」綺麗に整った眉をしかめた美加は、まるで信じていないようだった。それはそうだろう、と高橋も思う。直接聞いた自分ですら、信じられなかったのだから。
「でも、やれる限りはやってみるつもりだ」
「どんな方法だろうと、失敗するのが落ちだと思うけど」
ばっさり返した美加が、「でも……」と声を落とした。
「その前に、犯罪者相手にそんなことして、危険はないの?」
「別れたのに、心配してくれるのか?」
「するでしょ、そりゃ。彼氏じゃなくても、同僚ではあるんだから」
同僚か……と、内心でがっかりしつつも、高橋は応えた。
「危険がないとは言い切れないが、たぶん大丈夫だ。一人でやるわけじゃないし」
不安のない表情に安堵したらしい美加が、「それにしても」と高橋を上目に見た。
「団体行動が嫌いなあなたが、よくその人達の仲間になったわね」
「嫌は嫌だが……おまえのために我慢するさ」
美加が迷惑そうに片手をあげる。「別れたのにやめてくれる? そういうの」
「俺は別れたくないって、言ってるだろ?」
どうしても別れを受けいれられない高橋が強い声を放つと、美加の口からため息がもれた。
「…困るわ、そんなこと言われても」
腕時計に目をやると、「もう行っていい?」と美加が言った。
「その前に」高橋はかゆくもない頭をかいた。「……おまえの弱みって、なんなんだ?」
とたんに美加の顔が強ばる。
「あなたには関係ないでしょ」
「俺が知ってることか?」
「知ってるわけないじゃない、言ってないもの」
冷たい口調に、高橋が何も言えずにいると、「もう行くわ」と美加が背を向けた。
「心配してくれたのは、ありがとう」言い置いて足早に去って行く。
ぽつんととり残された高橋は、しばらくそこから動けなかった。金を騙しとられても、警察にも誰にも言えないほどの、そこまで知られたくない彼女の弱みとはいったいなんなのか、気になって仕方がない高橋だった。
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