南條は平然とたくらむ

 紫色の壁にかこまれたカウンセリングルームに置かれたソファーに高橋達三人が座ると、その前に椅子を置いて座った南條が、三人の名前が書かれた紙を見せながら口を開いた。

「じゃあまず、紹介するね。──彼が、会社員の高橋君。で、こっちの彼が、建築鈑金職人見習いの柊君。そして真ん中の彼が、引きこもりニートの西沢君だ」

「それ言う?」

 真っ先に発言したのは、案の定西沢だった。顔に焦りの色が窺える。さすがに生意気な彼でも、それを知られるのは嫌だったようだ。

「おまえニートかよ、うらやましいなー」

 柊が、バカにしたふうもなく純粋に羨ましがると、西沢がさめた横目をくれた。

「ガテン系バカに言われると、よけいむかつく」

 かちんときたらしい柊が、すかさず上体を倒してこっちを見た。

「こいつって、ほんと口悪いよな? な?」

「だから、おまえは俺にからむなよ」高橋はげんなりする。出会って間もないのに、西沢が噛みつき、怒った柊が自分を巻きこむ、というパターンができつつあることに疲労を覚える高橋だ。

 そんな自分達を見た南條が、にっこりと笑った。

「なんだ、もう仲良しになったのかい?」

「なってねーし」

「俺は巻きこまれてるだけだぞ」

「そう見えるなら、眼科に行ったほうがいいんじゃない?」

 三人にいっせいに反論され、南條が「ははは」とまた笑った。「まあ、いいか」とあっさり流した南條を、高橋は少し不機嫌に見据えた。

「なんで、こいつらと一緒なんだ」

「それは、君達の悩みが同じだからだよ」南條の顔つきが真顔にかわる。「高橋君は、彼女とよりを戻すために。柊君は、転職するために。そして西沢君は家を出るために、三人がそれぞれの理由で大金を必要として悩んでる。私は、それを解決してあげたいと思ってね」

「なんだ、皆同じ悩みなんじゃないかよ」

 やっぱり、仲間じゃねーか、と声を弾ませた柊を無視して、高橋は、「解決してくれるってことは、あんたが金をくれるのか?」と南條に問いかけた。そんなバカな話はないと思いながらも、聞かずにはいられなかった。彼が、普通のカウンセラーとはどこか違う、と感じたからかもしれない。

「私はあげられないが、三人で力を合わせれば、大金を手にいれられるかもしれない方法がある」

 果たして南條は、普通ではない答えを返してきた。

 とたんに高橋は目を眇める。

「俺達に、銀行強盗でもやらせようってのか?」

「失敗してつかまったら、親父に殺されるぜ」よほど父親が怖いのか、柊が声を震わせた。

「惜しい」と、南條がまるでクイズでもやっているかのようなリアクションをした。

「盗むのは、悪人の金だ」

「盗むって、さらっと言ったな」

 眉を寄せた高橋が目をやると、西沢も苦い表情になっていた。

「犯罪前提なのかよ」

「まあ、盗むのは犯罪だけど、相手は詐欺師だから別にいいんじゃない?」

 飄々と言った南條を、西沢が不思議そうに見つめる。

「カウンセラーって、他人の悩みを解決するために、そんなことまで考えるんだ」

「そう言われると、私は非常識な部類だろうね。犯罪を推奨してるわけじゃないけど、常識にとらわれていては人の心は救えない、と思ってるから」

「ふーん」

 一方の柊の目は、子供か、と思うほど楽しげにきらめいている。

「でもよ、サギ師から金を盗むなんておもしろそーだな」

「なんか……できる気がしないな」展開についていけない高橋がもらすと、南條の視線が自分をとらえた。

「こんな言葉を知ってるかい? 『希望をもつだけでは、何もかわりません。希望は、行動と結びつかなければならないのです』──かつて俳優のロバート・レッドフォードが、クレアモント大学院大学での講演中に言った言葉だ」

「それは知らなかったが、ロバート・レッドフォードは好きな俳優だな。……つまり、金を手にいれたいと希望をもつだけじゃだめってことか」

「その解釈は、彼の意思とは違うだろうけど」南條が苦笑する。

「けどやっぱり、できる気が……」

「だったら、金がないことをずっと悩んでいればいいよ」弱気な高橋を嘲笑うかのように、西沢が言った。

「盗んだ金は、俺達で山分けしようぜ」

 柊までもがそんなことを言いだし、つい高橋はむきになる。

「なんでそうなるんだ、やらないとは言ってないだろ」

「じゃ、決まりだね」

 すかさずパンと手を叩き、ほほ笑んだ南條を見やった高橋は、不承不承腹を決めた。


 慣れた人間とでも、気が向かなければ行動をともにしたくないのに、こんな連中とやっていけるのだろうか? ──南條が携帯で誰かに電話をかけ、ちょっと待ってて、と言われて待つ間、高橋はあれこれと考えていた。

 自分も常識的とは言い難いので、詐欺師から金を盗むのはまあいいとしても、成功するビジョンがまったく見えなかった。自分だけでなく、柊も西沢も、そういうことに関しては、完全に素人のはずだ。その素人に、まんまと金を盗られたとなると、詐欺師はどれだけ間抜けなのか、という話にもなる。でももし、間抜けではない詐欺師が相手だったら……?

 危険、という文字が頭に浮かび、心が少しざわつく。無事成功するか否かは、これを平然と提案した南條次第だな……などと考えこんでいると、ドアがあき、若い男がはいってきた。  

 一見どこにでもいそうな普通の若者だが、その目つきは鋭く、高橋はなんとなく鷹を想像してしまった。

「あ、和佐」

 西沢が驚いたように声をあげ、男が「よう」と笑いかけた。

「知り合いか? っていうか、誰だ?」柊が二人を交互に見やる。

 それに応えたのは、南條だった。

「彼は、エスアール探偵事務所の所員で、私にちょくちょくいろんな情報を提供してくれる和佐君だ。話がまとまるかどうかわからなかったから、ビルの外で待っててもらったんだよ。西沢君の友達だったなんて、奇遇だね」

「俺も昨日の夜、南條さんから聞いて驚いたぜ。──あ、高橋さんと柊さんもよろしくな」

 気さくな表情で名刺を渡され、黙ったまま会釈しただけの高橋とは対照的に、「おう、よろしく」と愛想よく返した柊が、笑顔をそのまま西沢に向けた。

「おまえ、友達いたんだなー」

 本気で感動され、西沢が気まずそうに目をそらす。

 和佐がニッと口端をあげた。

「こいつ、口悪くてひねくれてるけど、悪い奴じゃねぇから、よろしく頼むよ」

「そのフォロー、気持ち悪い」

「確かに、ひねくれてるな」高橋の口から、つい本音が出る。

「しょうがないから、よろしくしてやるよ」

 柊に偉そうに言われ、やはり西沢の目つきが冷たいものにかわった。

「バカによろしくされてもな」

「だからバカって言うなって。俺、年上だぞ?」

「あーはいはい」

「こいつ……」

 またしてもこっちを見た柊が何かを言う前に、「そろそろ本題にはいらないか?」と高橋は発言した。

「ああ、そうだね、そうしよう」

 どうやら二人のばかばかしいやりとりを楽しんでいたらしい南條が、笑みを引っこめて皆を見回した。

「私は詐欺師と言ったけど、たぶん詐欺団だと思うんだ、一人でやれるような内容じゃないから。──で、連中のやり口はと言うと、まずターゲットにうまく近づき、何日か後に宗教団体のセミナーに参加させる。そこで催眠術をかけ、大金を寄付させる。ターゲットはあとで気づくけどその間の記憶はなく、それでもとり戻そうとすると、すでに弱みを握られていて脅され、結局警察にも誰にも言えない、つまり泣き寝入りするしかない、というわけだ。私が思うに、たぶん、出会ってからセミナーに来るまでの数日の間に、弱みを掴めた人間を選んで催眠術をかけてるんじゃないかな」

「そいつはひでー話だな」柊が顔をしかめた。

「おい……それって……」

 思い当たる話に驚倒した高橋と目を合わせ、南條が頷いた。

「そう、山口美加さんも、その詐欺にあっていたんだ」

「美加と話したのか?」

「ああ、君から聞いて、もしやと思ってね。初めのうちは言い渋ってたけど、最終的にすべて話してくれたよ」

「美加がそれ以上言わなかったのは、何か弱みを握られて脅されていたからか……」高橋は苦々しく顔を歪める。彼女の弱みというものに引っかかったが、今その話をする気にはなれなかった。「……まさか、催眠術だったとはな」

 汚い手を使いやがって、と悔しがる高橋に、柊と西沢が注目する。

「なんだ、知り合いがはめられたのか?」

「もしかしなくても、元カノとか」

 高橋が憂鬱げに頷くと、「だったら」と柊が声をあげた。

「元カノのかたきうちにもなるじゃねーか」力強く言った柊は、西沢の凝視に気づいて動揺した。

「……なんだよ」

「たまにはいいこと言うじゃん」

 珍しい台詞に、柊の顔が明るくなった。「だろ? だろ?」

 高橋もまた、「そうだな」と微笑する。あまり乗り気ではなかったが、美加が関わっているとなると、モチベーションが違ってくる。顔も名前も知らない相手に憎しみすらわいてきていた。絶対にやってやる、とさっきまでとは一転した気持ちになった高橋は、握った手に力をいれて面を引きしめた。

「そいつらの詳しい情報はあるのか?」

 俄然やる気になった高橋が尋ねると、南條が、傍に立つ和佐を見あげた。

「皆にも、調べたことを報告してくれる?」

「わかった」と、和佐がズボンの尻ポケットから折り畳まれた紙きれをとり出した。

「まず、宗教団体の名前はヘドニズム教団っていうんだが、実際にそんな宗教法人はなかったから、奴らが詐欺のために作った偽団体だろうな。それから、セミナー会場を借りていた人物は、佐藤進さとうすすむとなってたが、住所はでたらめで、連絡先の携帯にかけたら繋がりはするが出ねぇから、名前もきっと偽名だと思う」

 住所や連絡先を記したその紙を見せられた高橋は、内心で舌打ちする。これでは、情報などないも同然ではないか。

「これだと無理じゃね?」

「やりようがないよな」

 柊と西沢が、高橋同様苛立ちを見せると、なぜか南條が笑みを浮かべた。

「そこで考えたんだけど」ちらっと和佐に目をやる。「極秘の特別なルートを使って、怪しい通帳を調べようと思うんだ」

 柊が、驚いたように目を見開いた。「そんなルートがあるのかよ」

「あるんだよ、極秘だから何も言えないけど」

「怪しい通帳って?」冷静に西沢が質問する。

「ああ、それは、不自然な入金記録がある通帳のことだよ。ここまでする詐欺師達のことだから、一、二回やってやめるはずがないからね。だから、一定期間に何度も大金が振り込まれていたら、怪しいと思わないかい? まあ、善良な人の通帳と間違えないように、慎重に調べる必要はあるけど」

 現実にできるとは思えないことを、いとも簡単そうに話す南條を、高橋はかたい面持ちで見つめた。

「それで、確実に怪しい通帳がみつかったら?」

「君達の誰かが本人に成りすまして、全額引き出す」

「それで終わりなのか?」

 高橋の問いかけに、「ああ、それで終わりだよ」と南條が軽く応える。

「じゃ、三人もいらないじゃん」

 西沢が指摘すると、「そんなことはないさ」と、南條の眼差しが真剣みを帯びた。

「万が一のときのことを考えて、見張りや運転手がいるから」

 三人がなるほどと納得したところで、「よし」と南條が手を叩いた。

「ということで、今日から私達は仲間だ。その記念に、私の部屋で祝杯をあげよう」

 ことの重大さがわかっているのか怪しい柊が、「いいな、それ」と即座にのった。

「何を呑気な……」そんなことをしている場合なのか? と思ってしまった高橋が眉をひそめると、同じ気持ちらしく西沢も言った。

「緊張感なさすぎじゃない?」

 しかし、不満げな彼を促したのは、友人の和佐だった。

「いいから行けよ。俺は仕事に戻るけどな」

 和佐が部屋を出ていくと、南條が立ちあがった。

「さあ、行こうか」と椅子を元に戻す南條を見やりながら、探偵事務所の人間を情報屋代わりに使ったり、極秘のルートを知っていたりと、やはりこのカウンセラーは普通じゃない、と高橋は思わずにはいられなかった。




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