三人は南條に呼びだされる

 日曜日の午前中、話がある、と呼びだされて南條心理相談室にやって来た高橋は、受付の椅子に、自分と同じラフな格好をした見知らぬ男二人が座っているのを見て、とっさに顔をしかめてしまった。自分以外にも呼びだされた人間が、しかも二人もいるなんて聞いていない。話かけられたら嫌だな、と思った直後、「あんたも、ここが休みなのに呼びだされた人か?」と端に座っていた女顔の男に訊かれ、不愛想に「ああ」と応えて椅子に腰かける。すぐに腕と脚を組んで出した、俺に話しかけるなオーラは、しかし、「なーなー」と気軽に喋りかけてきた女顔にあっさり無視される結果となった。

「あんたらって、どんな相談したんだ?」

 それに反応したのは、真ん中に座る、一重切れ長の目つきがあまりよくない若そうな男だった。

「そんなこと、初対面の人間に言えるかよ」

 無表情のまま冷たく返されても、女顔にめげた様子は見受けられない。

「俺はさー、金が欲しいんだよな」とさらに発言し、一重切れ長をしらけさせた。

「だったら、働けば?」

「働いてだったら、いつになるかわかんねーもん。それに、今の仕事をやめたいから、金が欲しいんだよ」顔をぐっとこちらに向ける。「一発で百万稼げるいい方法、なんかないかな? わざわざ呼びだしたってことは、南條さんが教えてくれるのかな?」

「俺が知るかよ。それに一発で百万稼げる方法を知ってたら、俺も悩んでなんかないし」

「あー、あんたも俺と同じ悩みなんだ」嬉しそうに言った女顔が、ほっといてくれればいいのに、高橋の顔を覗きこんだ。「ていうか、なんで黙ってるんだ?」

 隣の男にもじっと見られて、さすがに無視できなかった高橋は、さも迷惑そうに表情を歪めた。

「知ってる人間とでも嫌なのに、初めて会った奴と馴れあえるか」

「馴れあう……って、ただ会話してるだけなのに、何言ってんの? ひょっとしなくても、一匹狼クンってやつ?」

 一重切れ長に揶揄されていらっとし、つい高橋も言い返す。

「会社員をやってるんだから、そんなわけないだろ。だから、知り合いでもない人間にまであわせたくないだけだ」

「あ、触っちゃいけない面倒くさい人か」

「はあ? 俺のどこが面倒くさいって?」

「まーまー、ケンカすんなよ」と、見かねたらしい女顔が間にはいった。「南條さんに悩みを相談した仲間じゃねーか、同じカマの飯を食った的な、さ」

「食ってないし、仲間でもないし。……もしかしなくても、あんたって、バカ?」

 一重切れ長のストレートな物言いに、女顔の目つきも強ばる。

「初対面で人をバカ呼ばわりすんなよ。──よく言われるけど」

「だったら、考えもせずに喋らないほうがいいよ、バカがばれるから」

「おまえ、なんかむかつくな」

 女顔がぐっと拳を握りしめると、「何? 殴るの?」と、一重切れ長が面白そうににやついた。女顔のバカさ加減もたいがいだが、あえて喧嘩を売るこいつは、なんて嫌な奴なんだ、と高橋は眉をひそめる。

 絶対殴るだろうと思っていた女顔が、意外にもすっと拳をおろした。

「殴らねーよ、俺は暴力反対派なんだ」

「じゃあ、俺が殴ってもやり返さないんだ」

「いや、やり返す、親父以外は」

「全然暴力反対じゃないじゃん」

「そりゃだって、やり返さなきゃやられるばっかりだろ、セートーボーエーだ」

「難しい言葉知ってるじゃん、すごい、すごい」

 子供にでも言うような口調でからかわれ、なぜか女顔がこっちを見た。

「なあ、こいつ殴っていいか?」

「俺に訊くなよ」問われた高橋はすげなく返す。喋るのさえ嫌なのに、こんな子供じみた喧嘩には巻きこまれたくない。

 冷静そうな無表情を保ったまま、なおも一重切れ長が挑発する。

「殴ってこいよ、全部避けてやるから」

「殴らねーよ、ガキ相手に」バカで単純な女顔だが、常識はあるらしい。

「ガキ? 俺、二十二だけど」

「四つもガキだ」

「四つしか、違わない」

「あんたはいくつなんだ?」

 またいきなり話をふられ、高橋は鼻白む。彼はなぜ、いちいち自分にからむのか?

「……二十七だ」

 渋々応えると、一重切れ長がフッと笑った。

「一番年上なのに、一番コミュ力ないね」

 とっさに、高橋の眉が吊りあがる。

「会社ではちゃんとやっている、社交的にだって振る舞えるしな」

「ああ、じゃ、エセ社交家だ、すごい、すごい」

「おい、こいつ殴っていいぞ」

 女顔にゴーサインを出したちょうどそのとき、奥のドアから南條があらわれた。三人の間に漂う険悪な空気に気づくことなく、南條が穏やかにほほ笑む。

「皆揃ったみたいだね、じゃあ、カウンセリングルームで話そうか」


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