第三話 夜は露天風呂付き宿で一休み。ほなけど油断は禁物じぇ

みんなは学駅から各駅停車を利用して穴吹駅まで移動し、南側の風光明媚な山あいにある燕風旅館までタクシーで送ってもらった。

「ご予約の鈴江御一行様、お部屋はこちらになっております」

女将さんに六人部屋となっている、303号室へ案内される。

 十五畳ほどの純和室だった。

「俺は別の部屋にして欲しかったんだけど」

「まあええやん智之お兄さん、ワタシ達家族みたいなもんやけん」

「智之お兄ちゃんもいっしょがいいっ!」

「智之さんなら、寝込み襲って来ないだろうからわたしも全然気にならないですよ」

「私も智之くんもいる方が安心出来るよ」

「さすが智之様、主人公だけあって皆様から信頼されとるね」

「どうだろう?」

 智之は苦笑い。

「わあーっ、見て。中にぶどう饅頭とか、川田まんじゅうとか、ゼリーとか、ジュースがいっぱいあるぅ」

 鞠音は冷蔵庫を開けてみた。

「旅館といえばこれじゃね。宝箱を開けた気分じゃ」

「リアル世界のやけん、敵モンスターから受けたダメージに対する体力回復効果はないじぇ」

「これって別料金取られるから、やめた方がいいんじゃないか?」

 智之はこう意見するも、

「まあええやん。お金ようけあるし」

 千絵実は抹茶ゼリーを手に取った。

「まもなく夕食の時間だから、わたしは今は食べない方がいいと思うわ」

「俺もそう思う」

「私もー」

「それじゃあ、やめとこうっと」

「ほなワタシもやめるじょ」

「うちも夕飯を優先するじぇ」

このあとみんなは夕食場所となっている宴会場へ。

「ご予約の鈴江御一行様ですね。ごゆっくりどうぞ」

従業員さんに座席へ案内される。

宴会場は二〇畳ほどの純和室で、長机一脚を囲むように座布団が六つ敷かれていた。

メニューは雉肉、鹿肉、猪肉。鮎とアマゴの塩焼きに、里芋・豆腐・こんにゃくなどを串に刺し、ゆず味噌だれを付けた祖谷の郷土料理【でこまわし】もあった。

他に副菜、デザートもたくさん。

「柚のゼリーから食べようっと」

 鞠音がそれをスプーンで掬って、お口に運ぼうとしたら、

「もーらった」

千絵実が横からぱくりと齧り付いて来た。

「あああああああーっ! 千絵実お姉ちゃん、何するのぉっ!」

 鞠音は大声を張り上げて、千絵実をキッと睨み付ける。

「えへへ」

 千絵実はとても美味しそうに頬張りながら、あっかんべーのポーズをとった。

「ひっどーい」

 鞠音は千絵実の両方の頬っぺたをぎゅーっとつねる。

「いったぁーい」

 千絵実は、鞠音の髪の毛を引っ張った。

「千絵実お姉ちゃん、いきなり取るなんてひどいよ。そんなに卑しいことしてたら、ぶくぶく太って豚さんになっちゃうよ」

 今度は鞠音、千絵実に馬乗りになった。

「鞠音だってお菓子大好きなくせに。鞠音こそ太るじょ」

 千絵実は対抗しようと、両手で押し返す。

「あたしは太らない体質だもんねーっ!」

 鞠音は自信満々に言う。

「仲間同士の戦闘になっとるじぇ」

「やはり千絵実さん優勢ですね」

「二人ともまだまだ子どもだなぁ」

 藍香と鈴帆と智之は楽しそうに成り行きを眺めていた。

「鞠音、千絵実、仲間同士で戦闘するのはやめようね」

 榛乃はにっこり笑顔で見守る。千絵実と鞠音は普段家庭での夕食時でもおかずを取り合うことはよくあるので、慣れているのだ。

 それから一分ほどが経過しても、

「千絵実お姉ちゃん、返してぇーっ!」

「それは不可能じゃ」

 二人はまだ、ケンカを止めようとはしなかった。

「千絵実、鞠音。いい加減やめなさい」

榛乃は優しく注意して、二人の後ろ首襟を掴んで持ち上げた。

「ごめんなさーい」

「すまんねえ榛乃お姉さん。もうやめるじょ」

恐怖心を感じたのか、二人とも反省の態度を示す。

「榛乃ちゃん、さすがお姉さんだな」

 智之は感心する。

「まさか、軽々と持ち上がるとは思わなかったよ」

「榛乃様、レベルが上がってる証拠じぇ。ほなけん明日は自信を持って敵と戦って」

「体格は朝から全然変わってないのに、こんなに力付いちゃうなんて……」

 榛乃は自分の能力にちょっぴりショックを受けてしまったようだ。

「さっきはごめんね、鞠音」

「ううん、あたし、もう気にしてないよ」

 千絵実と鞠音はすぐに仲直り。その後は仲良く夕食タイムを過ごしたのであった。

みんなは部屋に戻る途中、館内のアミューズメント施設へ立ち寄った。

「皆様もゲーム上の設定と同じく、こういったアーケードゲームで遊べば経験値アップするように今はなっとるけん、どんどん遊んでね」

 藍香からこう勧められ、智之達はお目当てのゲーム機へ向かっていく。

「敵の動きがゆっくりに見えたぞ」

 智之はガンシューティングゲームで、パーフェクトに近いスコアを出すことが出来た。

「自分でも信じられないくらい上手くいった」

「まさかこんなに簡単に取れるなんて。自身の能力にびっくりです」

 クレーンゲームで遊んだ榛乃は白イルカ、鈴帆はオオサンショウウオのぬいぐるみを楽々ゲット。

「音ゲーもすごく軽快に動けるようになったよ。自己ベスト、大幅に更新しちゃった♪」

「無意識のうちに体が反応しちゃったじょ」

鞠音と千絵実は楽しそうに画面右から流れてくる音符に合わせて太鼓を叩き、スコアを増やしていく音ゲー、難易度は『むずかしい』。選んだ曲は今流行のアニソンでパーフェクトに近いスコアを叩き出すことが出来た。

「集中力や俊敏性がアップしたからじぇ。智之様、ゲーム上で女の子を仲間に加えてから旅館に泊まった場合は、女湯覗きゲームも楽しめるじぇ」

 藍香は耳元で囁いて教えてくる。

「そのイベントは不要だな」 

 智之は苦笑いする。けど内心は試してみたいなと思ってしまった。

「智之お兄さん、パンチングマシンで勝負しよう!」

「いいよ。俺が勝つだろうけど」

「智之お兄さん、もしワタシに負けたらヌードデッサンのモデルになってもらうじょ」

「いや、それは勘弁してくれ」

「もう、智之お兄さんほんまは自信ないんやん」

 千絵実と智之がその筐体へ向かっていこうとしたら、

「これやろうぜっ!」

「うぉう、これ、ここにもあったんか」

 どこかの大学の体育系サークルと思われる、男ばかりのむさくるしい連中に先に使われてしまった。

「ちょっと様子見てみるか」

「ほうじゃね。ワタシの苦手なタイプやけんど、数値気になるけん」

「うちも拝見するじぇ」

「あたしもー。あのお兄ちゃん達、みんなすごく強そうだね」

 智之、千絵実、藍香、鞠音はお菓子を取るクレーンゲームで遊びながらこっそり観察。

「本当に不思議なくらい体がよく動くわね」

「私、自由自在に動けてめちゃくちゃ楽しいよ。空だって飛べそうな気がする」

鈴帆と榛乃はその頃、いっしょにダンスゲームで遊んでいた。


十分ほどして大学生だろう連中が去ったあと、智之は三回分、百円硬貨を三枚コイン投入口に入れ、筐体両脇に設置されたグローブを両手にはめる。

 ゲーム開始ボタンを押すと、パンチングパッドが起き上がった。

「これ目掛けて殴ればいいんだな」

 智之は右手を用いて、バシンッと思いっきり殴ってみた。

 すぐに画面上にスコアが表示される。

「八七点って、さっきの強そうな連中のやつらでも七五が最高だったのに。マジで? 機械の故障じゃないのか?」

「ワタシも七八出たじょ」

「あたしも七〇出たぁ」

「智之様も千絵実様も鞠音様も、レベルと共に攻撃力もかなりアップしとるからじぇ。試しにあそこの自販機で売っとるスチール缶、上から叩いてみぃ」

 藍香から勧められると、智之、千絵実、鞠音はさっそく最寄りの自販機のスチール缶飲料を購入してくる。

飲み干して空き缶にし、休憩イスの上に底面を下にして置いた後、

「えっ、嘘だろ?」

「おう、ワタシリアルにパワーアップしとるじょ」

「簡単に潰せちゃった♪ あたし達今、めちゃくちゃ強くなってるんだね」

 三人とも手のひらで上面を程々に力を入れて叩くだけで、ぺちゃんこにすることが出来てしまった。

「これは、明日の決戦もめっちゃ楽しみじゃ」 

「あたしもー」 

「こんなに力付いて、俺自身としてもなんか恐ろしいな」

そのあと智之、千絵実、鞠音はもぐら叩きゲームも楽しんで、三人とも独力でパーフェクトを出すことが出来た。

      ☆

みんなが303号室へ戻った頃には、すでにお布団が敷かれてあった。この旅館のサービスとなっているのだ。

女の子達はこのあと露天風呂へ。

「藍香お姉ちゃん、おっぱいは同い年の千絵実お姉ちゃんより小さいね」

「もう、鞠音様。うち、貧乳なの気にしとるんじぇ」

「ごめんなさい藍香お姉ちゃん」

「藍香ちゃん、お肌白くてすべすべだね。ムダ毛も全然ないし」

「羨ましいです」

「さすが二次元が元なだけはあるじょ」

「千絵実様、うちのこと、二次元言われるのは違和感あるじぇ。うちがゲーム内から見たら、千絵実様達が二次元なんじぇ」

「ほうか。ワタシ達も視点によっては二次元キャラってわけかぁ」

 外の脱衣場からこんなキャイキャイはしゃぐ声が聞こえてくるも、

 問題がすらすら解ける。学力仙人のお守り、本当に効果あるみたいだな。

 智之は気にせず漆塗りのテーブルを使って数学の予習に取り組む。

 女の子達はみんなすっぽんぽんになって体を流したあとは、

「んー、リアル世界の露天風呂もちょっと熱いけど最高じぇ♪」

「めっちゃ気持ちええじょ。旅の疲れが一気に吹き飛びそうじゃ」

「この露天風呂、桜の時期、紅葉の時期、大雪の時が特にお勧めみたいですよ」

「私その時にまたここ訪れたいなぁ。鞠音、ここで背泳ぎするのはダメだよ」

「はーい」

岩風呂の乳白色に染まった湯船に浸かってゆったりくつろぐ。

「智之お兄さんもこっち来なよーっ。家族風呂で混浴やのに」

千絵実から誘いの声が聞こえてくるも、

 いっしょに入りたいって気持ちは、俺は持ってないぞ。

 智之は無視して勉強を進める。

「千絵実、智之くんが嫌がることしちゃダメだよ。あっ! おサルさんだ。あそこにいっぱいいる」

 榛乃は背後に聳える雑木林の斜面で姿を発見した。

「この旅館の露天風呂、おサルさんが入ってくることでも地元の人の間では有名みたいですよ」

 鈴帆はほんわかした表情で伝える。

「あっ、本当にやって来たよ」

 榛乃が呟いた通り、何匹かが露天風呂の岩場に移動して来た。

「この子ら、タダで入っとるね」

 千絵実はにこにこ顔で突っ込む。

「きゃっ、このおサルさん、襲って来たわ。やっ、やめて下さい」

 鈴帆はいきなり猿一匹に抱き付かれ、胸を揉まれてしまう。頬を火照らせていた。

「エロ猿じゃね」

「鈴帆お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」

「おサルさん、鈴帆ちゃん嫌がってるからそんなことしちゃダメだよ」

「こいつら、ゲーム上でも徳島の山間部に現れるアワザルって名の敵モンスターじぇ。体力は55じゃ。素早さもあるじぇ」

 藍香はにっこり笑顔で伝えた。

 キャッ、キャッ、ウッキャキャ。

 アワザルは千絵実、鞠音、榛乃にも襲い掛かる。

「ワタシ達今、武器持ってないし、すっぽんぽんやけん攻撃力も防御力もかなり劣っちゃうじょ。きゃんっ! あんっ、んっ。めっちゃ吸い付きよ過ぎじょ」

「おサルさん、あたし達に懐いてるみたいだよ。あっ、いたたたっ。いたーい。腕引っ掻かれちゃったぁ」

「大丈夫? 鞠音。怖い、怖い。離れて、離れて」

「あの、いい加減離れて下さい」

「引っ掻きと噛みつき攻撃はかなり強力やけん、皆様気を付けて」

 例により、案内役の藍香には襲って来なかった。

「エロザル、お仕置きしちゃうじょ」

 千絵実は胸に吸い付いて来たアワザルの頭に殴りかかる。

 キャキャッ!

 しかしかわされ岩場へ飛び移られた。

「いたっ、足引っ掻かれたじょ」

「千絵実、大丈夫?」

「榛乃お姉さん、ワタシは大丈夫じょ。榛乃お姉さんこそ、おっぱいと背中と足、三匹もとまられとるけど大丈夫?」

「うん、攻撃はされてない。動いたら攻撃されそうで動けなーい」

 榛乃の表情は少し青ざめていた。

「とりゃぁっ!」

 鞠音も自分を襲い掛かったアワザルに蹴りを食らわす。

 ギャッ、ギャッ!

 見事命中。

「みんな、敵が出たみたいだけど大丈夫か?」

 智之は室内から、外は覗かないようにして問いかけた。

「智之お兄さんも助けに来てっ!」

「いや、悪いけどそれは無理だ。みんな裸だろうし」

「智之様、非常事態なんじぇ」

「そうはいってもなぁ」

「智之お兄さん、頼むからこっち来ていっしょに戦って。ついでに武器も持って来て」

「智之さん、お願いします。また数が増えてわたし達だけじゃ勝てそうにありません」

「智之くぅん、早く来て」

「智之お兄ちゃん、このおサルさん、ものすごく強いよ」

「……わっ、分かった。ちょっと待ってて」

 これは深刻な事態だなっと感じた智之はみんなの武器を持ち、勇気を振り絞って露天風呂の方へ移動するとすぐに自分の分以外の武器をみんなのいる方へ投げる。視線は洗い場に向けたまま。

 ギャッ、ウキャッ、キャキャッ!

 アワザル達が、邪魔するなよと言わんばかりに一斉に智之の方に襲い掛かって来た。

「やっぱ鳴門までの敵より手強いな。いってぇ。腕噛みやがった」

 智之は竹刀を用いてみんなの姿は見ないようにアワザル達と戦う。

「開放されて良かったけど、智之くんが心配」

「智之お兄さんならきっと大丈夫じゃろう。ワタシすっぽんぽんじゃさすがに智之お兄さんの目の前に出れんじょ」

「智之さん、ご迷惑かけて申し訳ないです。あらっ、アワザルさんから受けた傷が一瞬で癒えたわ」

「入浴は体力回復効果があるんじぇ」

 鞠音以外の女の子達は湯船に肩までしっかり浸かって裸体を隠した。

「智之お兄ちゃん、あたしも協力するよ」

 鞠音はすっぽんぽんのまま、智之を襲うアワザルをヨーヨーと水鉄砲の二玩具流で攻撃する。

「ありがとう鞠音ちゃん、こいつめ、くたばれっ!」

つるぺた幼児体型の鞠音の姿が智之の視野に時折しっかり入ってくるが、智之は当然のごとく欲情せずにアワザル戦に集中。

「他にもういないね」

「ようやく全滅したか」

 鞠音は一回だけ、智之も何度もダメージを食わらされながらも勝利を収める。

「智之お兄ちゃん、湯船に浸かったら一気に回復するよ」

「俺はこれで回復させるからっ」

全身傷だらけになってしまった智之は、アワザルが落していったぶどう饅頭と麦だんごを拾い上げるとすばやく室内へ戻っていった。

「わたし、ここにまで敵モンスターが出るとは思わなかったわ」

「屋外では油断出来んってことじゃね。でもそれもまた楽しいじょ」

「また襲われるかもしれないから、早く中に戻ろう」

 榛乃が湯船から上がろうとしたら、

「ここの露天風呂、広いねー」

 茂みから鞠音と同い年くらいに見えるほんのり茶髪なカールヘアの女の子が現れた。

「かわいい♪」

 榛乃はうっとり眺める。

「隣のお部屋から伝って来たのかしら?」

 鈴帆は推測する。

「お姉ちゃん、いいおっぱいしてるね」

 女の子はいきなり榛乃の胸を両手で揉んで来た。

「もう、ダメだよ」

 榛乃はぴくっと反応。

「こらこら、女の子やからってむやみに他人のおっぱい揉むもんじゃないじょ」

 千絵実は背後から抱きかかえて引き離す。

「あーん、もっと揉みたいのにぃ」

すると女の子の首下から膝の辺りにかけて巻かれていたタオルがハラリと湯船に落ちた。

「えっ! 男の子?」

 あれがばっちり見え、榛乃は目を大きく見開く。

「わたし、女の子かと思ってました」

「お○んちんがしっかりついてるね」

「きみ、男の娘だったのかぁ」

 鈴帆も鞠音も千絵実も驚くとともに笑ってしまう。

「おれっち、よく女に間違えられるからな。今でも女湯に余裕で入れるぜ」

 少年は得意げな表情で自慢する。

「おれっちって一人称もGood! ねえ、あとできみの似顔絵描かせてくれない?」

 千絵実は少年に近寄ってお願いしてみた。

「嫌だね、このブス」

 少年はそう言って、薄ら笑う。

「かわいいお顔のくせにかわいくないなぁ、この男の娘」

「いっててて、ごめんなさーい」

 千絵実はむすっとしながら少女のような少年のほっぺたを、両サイドからぎゅーっとつねった。

「きれいなお尻してるくせに」

「くすぐったい。撫でるなって」

そのあとちゃっかりお尻も一撫でする。

「きみ、歳いくつかな?」

 藍香がにこやかな表情で問いかけると、

「十歳♪」

 少年は屈託ない笑顔で答えた。

「ほうなんじゃ。八歳くらいかと思ったけんど」

 藍香はにっこり微笑む。

「あたしより一つ上だね。あたしももうすぐ十歳だけど」

「ほんま、かわいいじょ」

「やっ、やめてぇぇぇ~」

 千絵実は少年のほっぺたに顔をぐりぐり引っ付ける。

「ワタシ、これくらいの年頃の男の子見ると本能的に遊びたくなっちゃうんじょ」

「あーん、くすぐったいよぅ」

 続いて体中をこちょこちょくすぐり続ける。

「今度はキスしちゃおうかな?」

「やめろぉ~っ!」

「千絵実、やめてあげて。この子、すごく嫌がってるよ」

「千絵実さん、この子の保護者からもあとで叱られるかもしれませんよ」

「千絵実お姉ちゃん、モンスターペアレントだったらまずいよ」

 榛乃と鈴帆と鞠音に注意されると、

「分かったじょ。ごめんねボク」

 千絵実はしぶしぶこの男の子を自分の体から離してあげた。

「この姉ちゃん怖い。こっちの姉ちゃん、すごくいい人だね。お礼にこれあげる」

 男の子は嬉しそうに榛乃の手のひらに何かを置いた。

「何かな?」

 カサッとした感触。

「きゃっ、きゃあああああっ!」

 榛乃は甲高い悲鳴を上げ、渡されたものを反射的に投げ捨てる。

 全長十センチを超えるアシダカグモだったのだ。

「岩場のとこにいたよ」

 男の子は無邪気な笑顔で伝える。

「やっぱり男の子じゃね」

 千絵実はくすっと微笑む。

「あたし久し振りに生で見たよ、アシダカグモさん。かわいいね」

「榛乃さん、この子はゴキブリを駆逐してくれる縁起のいいクモさんよ」

「これがリアルアシダカグモかぁ」

 鞠音と鈴帆と藍香は楽しそうに岩場をゆっくり動くそいつを観察する。

「おれっちも大好きなんだ♪ ペットにしてるよ」

「あのう、ボク。そろそろ自分のお部屋に戻った方がいいんじゃないかな? パパとママが心配するよ」

 榛乃は苦笑いしてこう諭す。

「おれっち、ここに一人で来たんだ」

 男の子は自慢げに言い張った。

「そうなんだ。えらいね」

 榛乃は感心させられてしまう。

「小学生でも一人で泊まれるの?」

 鈴帆は少し驚く。

「なんてったっておれっち」

男の子は満面の笑みを浮かべてそう言うや、彼の身に驚くべき変化が。

ポンッと煙を上げ、なんと狸の姿に変身したのだ。

「えっ、狸?」

「まさか、狸さんでしたとは――またびっくりです」

 榛乃と鈴帆はきょとんとした表情。

「狸だぁ! 変身するとこがリアルで見れてすごく嬉しい♪」

 鞠音は大喜びしていた。

「こいつ、ゲーム上では徳島編ボスの直前に戦うことになってる化け狸の六右衛門じゃ。皆様、気を付けて。体力は175。徳島編の狸型の敵じゃ最強じぇ」

「敵なんかぁ。ますますいじめがいがあるじょ」

 千絵実はにやけた表情で嬉しそうにバットを手に取り六右衛門狸目掛けて振りかざした。

「遅過ぎ。こっちだよぅ」

余裕でかわされる。

「あっ! それ、私のパンツ」

「へへへっ。捕まれられるものなら捕まえてみろ」

 六右衛門狸は榛乃の替えと今日穿いていた水玉ショーツ二枚を重ねて頭に被ると、山の方へ逃げてしまった。

「手裏剣もよけられたじょ。まだレベル不足じゃったか」

 千絵実は悔しそうに嘆く。

「でも面白い敵だったね。明日また戦えそうだからすごく楽しみ♪」

「わたしも同じく。六右衛門狸さんといえば、金長狸さんと阿波狸合戦を繰り広げたとされている狸さんですし」

 鞠音と鈴帆はわくわく気分なようだ。

「また敵が出たみたいだけど、みんな無事かぁーっ?」

 智之は室内から問いかけた。

「大丈夫じょ。被害は榛乃お姉さんのパンツ全部盗まれただけやけん」

「いや、榛乃ちゃんにとっては大きな被害だろ」

「私のお気に入りだったのにぃ」

 榛乃は悲しげな声だった。

「榛乃さん、わたし余分に持って来てるので貸してあげますよ」

「いいの?」

「はい」

「ありがとう鈴帆ちゃん」

 こんなやり取りをしている声を聞き、

「なんとかなるようだな」

 智之は安心して数学の予習を再開する。

「きゃっ、きゃぁぁぁっ!」

 ほどなく榛乃の甲高い悲鳴が聞こえて来た。

「榛乃ちゃん、どうした? また敵が出たのかーっ?」 

 智之は部屋の窓は閉めたまま、少し心配そうに大声で問いかけた。

「蛾が、私の鼻にとまったのぉ。とって、とってぇ~」

「榛乃お姉さん、相変わらずオーバーリアクション過ぎ」

「榛乃さん、落ち着いて」

「榛乃お姉ちゃん、あたしが取ってあげる。あっ、飛んで行っちゃった」

「よかったぁー。きゃぁっ、今度は眉の上にとまったぁ!」

「智之様、榛乃様は敵モンスターじゃない本物の蛾に襲われたんじぇ」

 藍香から伝えられ、

「そうみたいだな」

 智之はホッと一安心して勉強を再開する。

それから五分ほどして、

「智之お兄ちゃんお待たせーっ!」

「ええ湯じゃったじょ」

「智之様、お風呂どうぞ」

「智之さん、先ほどはありがとうございました」

「智之くん、敵モンスターや虫が襲ってくるかもしれないからじゅうぶん気を付けてね」

女の子達はみんな風呂から上がって来た。

「一応武器持っていっとくよ。じゃあ、入ってくるね」

 みんなゆずやいちごのいい香りがしてたなぁ。

 そんなことを思いながら智之はパジャマと竹刀を持って、露天風呂へ。

「超難問もすらすら解けるわ。学力仙人のおかげね」

「私も今すごく頭が冴えてるよ」

 鈴帆は数学の自習、榛乃は英語の予習をし始める。

「榛乃お姉さんも鈴帆お姉さんも、勉強道具まで持って来てたんじゃね。智之お兄さんも持って来とるし、みんな真面目過ぎじょ」

 千絵実は4B鉛筆を用いて、スケッチブックに六右衛門狸の男の娘の姿の時のイラストを描きながらほとほと感心する。

「ねえ、みんなでテレビゲームしようよ」

 鞠音は備え付けのテレビゲーム機を四八V型液晶テレビに繋げる。

「うち、あのゲーム、本体ごと智之様宅から一応持って来たんじぇ。回復アイテムの買い足しせんといかんなるかもって思って。宿でテレビゲームで遊べるなんて思わんかったけんちょうどよかったじぇ。明日の決戦はより多くのダメージ受けそうやけん、回復アイテム買い足してくるじぇ」

 藍香はあのゲームをセットし、智之が茶店で旅日記を付けたデータを選択し、ゲーム画面に飛び込もうとしたが、

「いたたたぁっ」

 液晶にゴツンッと頭をぶつけてしまった。

「藍香お姉ちゃん大丈夫?」

「無理じゃったか」

 鞠音と千絵実はにっこり微笑む。

「智之様のお部屋のテレビじゃないと無理みたいじゃ。新たな回復アイテムは今後も敵を倒して手に入れるしかないみたいじぇ。皆様、申し訳ない」

 藍香はてへっと笑った。

「敵倒して手に入れた方が楽しいじょ。智之お兄さんは今どうしとるんかな?」

 千絵実は露天風呂に通じる窓を開け、少し奥へ。

「覗くなよ、千絵実ちゃん」

 智之は手ぬぐいであの部分を隠した状態で洗い場の風呂イスに腰掛け、髪の毛を擦っている最中だった。

「今日パンツ見られた仕返しじゃ」

「あれはお遍路爺やうずしおくんや学力仙人がやったせいで、俺は全く見る気なかったからな」

 智之は千絵実に対し背を向けて弁明する。

「ほんまかな? ほな智之お兄さん、ごゆっくり」

 千絵実はそう言って部屋に戻り窓も閉めてあげた。

「藍香お姉ちゃん、いっしょに飛ばなきゃダメだよ」

「ごめんね、鞠音様」

 鞠音と藍香は備えのアクションゲーム二人プレーモードで遊び始める。

「このゲーム面白そうじゃね。鞠音、ワタシに代わって」

「いいよ。あたし、もう一回お風呂入ってくるから」

「鞠音、敵にはじゅうぶん気を付けてね」

「分かってる榛乃お姉ちゃん、水鉄砲も持っていくから」

 鞠音は外へ出ると、

「やっほー智之お兄ちゃん」

すぐにすっぽんぽんになって湯船の方へ。

「鞠音ちゃん、二度風呂しに来たのか」

その時、智之は湯船に浸かってゆったりくつろいでいた。

「くらえーっ!」

「うぼぉあ、鞠音ちゃん、ダメだよそんないたずらしちゃ。俺は敵じゃないからね」

 水鉄砲を顔面に直撃されるも、智之は上機嫌だ。

「ごめんなさーい」

 鞠音は湯船にポチャンと飛び込み、智之のすぐ目の前に近寄るや、

「ねえ智之お兄ちゃん、あたしと同じクラスの子で、もうおっぱいがふくらんで来たからブラジャーつけてる子がいるんだけど、あたしのおっぱいはいつ頃からふくらんでくると思う?」

 無邪気な表情でこんな質問をしてくる。

「そうだなぁ、五年生の終わり頃じゃ、ないかな?」

 智之は困惑顔で答えてあげた。

「そっか。あたし、まだまだおっぱいふくらんで欲しくないなぁ。千絵実お姉ちゃんにおっぱいがふくらんで来たらパパと一緒に入っちゃダメよって言われたもん」

 鞠音は自分の胸を両手で揉みながら言う。

女の子は一般的に十歳くらいを境に男に裸を見せるのが恥ずかしくなって嫌悪感を示すようになるのが普通だけど、鞠音ちゃんはまだまだそうならなそうだな。

「鞠音ちゃん、俺、もう上がるね」

 ちょっぴり気まずく思った智之は、湯船から上がる。

「じゃああたしも上がるぅ。入ったばっかりだけど」

 鞠音もすぐに湯船から出た。

 その直後。

「あっ、危ないよ鞠音ちゃん」

智之は竹刀をすばやく手に掴み、鞠音の背後に迫っていたある敵モンスターを攻撃した。

「あーっ、蝙蝠だ。くらえーっ!」

 鞠音はすかさず水鉄砲〈今は中はお湯〉でさらに攻撃を加え、消滅させた。

「うわっ、また来たぞ」

 ほどなく他にも何匹か襲撃してくる。

「そいつはあわ蝙蝠じぇ。体力は48。徳島山間部に出る敵じゃ弱い方やけんど、吸血攻撃に気をつけて! 体力吸い取られてまうじぇ」

 藍香はガラガラと引き戸を引いて警告する。

「また新たな敵襲来と聞いて飛んで来たじょっ!」

 千絵実も嬉しそうにバットと手裏剣を持って露天風呂にやって来る。

「おいおい、俺と鞠音ちゃんだけで倒せそうだから。いってぇ!」

 手ぬぐいであの部分を隠しただけの智之は、気が散ったからか噛み付き攻撃を食らわされてしまった。

「智之お兄さんダメージ受けてるやん。ワタシにも戦わせてよ。バットだけにバットで攻撃しようっと。とりゃっ!」

 千絵実はあわ蝙蝠を会心の一撃で消滅させた。

「離れろっ!」

 智之は腕をぶんぶん振って噛み付いて来たあわ蝙蝠を引き離すと、竹刀ですばやく攻撃。

 また倒せず、今度は腕に吸い付かれる。

「やばいな。俺から吸った分回復されてしまう。くそっ、離れてくれない」

 腕をぶんぶん振っても、もう片方の手で引き離さそうとしてもあわ蝙蝠は全く動じず。

「そうだ!」

 ふといい案が浮かんだ智之は、腕をこのあわ蝙蝠ごと湯船に突っ込んだ。

「やっぱ水、お湯が弱点か」

これにてあっさり消滅。

「そうみたいじゃね」

 千絵実は湯船のお湯を洗面器に掬って、残りのあわ蝙蝠にぶっかける。

 一匹にはかわされたが、

「蝙蝠さん、くらえーっ!」

 鞠音が水鉄砲を直撃させ、全滅。

「皆様、なかなか素晴らしい戦いだったじぇ」

「あわ蝙蝠、雑魚過ぎだったじょ」

 藍香と千絵実はすみやかに室内へ戻っていく。

「吸われた跡もきれいに消えてよかった」

 智之はもう一度湯船に浸かり、体力を全快させた。

「それじゃ、先に戻っとくね」

 鞠音はお気に入りの暗闇で光るフォトプリントパジャマを着て、一足先にお部屋へ戻っていく。

「これほんまにゲーム内のなん? リアルのと全くいっしょに見えるんやけんど」

「しっかりゲーム内のなんじぇ。リアル世界から画面越しにプレーする限りは一切見ることの出来ん超レアアイテムなんじぇ」

 このあと千絵実と藍香はマンガやラノベを交換して読み、

「ジョーカーを除いたトランプ五二枚の中から一枚のカードを抜き出し、表を見ないで箱にしまった。残りのカードをよく切ってから二枚抜き出したところ、二枚ともダイヤであった。この時箱の中のカードがダイヤである確率はいくらか分かるかな?」

「……五〇分の一一か?」

「私もすぐに頭の中で計算式が思い浮かんでその答が出せたよ。合ってる?」

「二人とも正解よ」

「合ってたか」

「私もびっくり。確率苦手なのに。学力仙人のお守りの力は偉大過ぎだよ」

「トランプを見て、そこに話が行くとはさすが鈴帆様」

「学力仙人のテスト問題に出てましたよ」

「鈴帆お姉ちゃん、あたしには分からなかったよ。ババ抜きしよう」

「ババ抜きって俺、小学校の時にやって以来だな」

他のみんなはトランプゲームで遊んで三〇分ほど過ごした頃。

「鞠音さん、急に大人しくなったね」

「鞠音ちゃん、なんか元気なくないか?」

「遊び疲れちゃった? それとももうおねむかな?」

 鈴帆と智之と榛乃は、鞠音の異変にすぐに気付いた。

「なんかあたし、急にすごくしんどくなったの。お熱があるみたい」

 鞠音はゆっくりとした口調で答えた。

「鞠音、本当にお熱があるよ。大丈夫?」

 榛乃は鞠音のおでこに手を当ててみた。

「まあ、なんとか」

 鞠音はそう答えるも、ぐったりしていた。

「あらら、鞠音、風邪引いちゃったかぁ。でもそんなに高熱じゃないっぽいけんきっと一晩で治るじょ」

 千絵実も鞠音のおでこに手を当てて、安心させるように言う。

「鞠音、これからぐっすり寝れば、明日の朝までには絶対治ってるからね」

 榛乃が勇気付けるようにそう言うや、

「鞠音様、これ舐めてみて。薬用ドロップ、ゆず味で風邪に良く効くじぇ。皆様が体調を崩された時のために念のためゲーム内から持って来てたの」

 藍香はマイトートバッグから黄色いドロップを取り出した。

「ありがとう藍香お姉ちゃん、いただきまーす」

 鞠音は一粒受け取るとさっそくお口に放り込んだ。

「甘くてすごく美味しい♪」

 するとなんと、鞠音の顔色がみるみるうちに普段の状態へと戻っていったのだ。

「急に元気が出て来たっ!」

 鞠音はにっこり笑い、ガッツポーズを取る。

「お熱も下がったみたいだね。ドロップ効果すごい! さすがゲーム内のお薬だね」

 榛乃はもう一度おでこに手を当ててみて、ホッと一安心出来たようだ。

「ありがとう藍香お姉ちゃん。あたしの風邪あっという間にすっかり治っちゃった♪」

「どういたしまして」

 鞠音に満面の笑みでお礼を言われ、藍香はちょっぴり照れた。

「でも眠くなって来たからあたしもう寝るよ。おトイレ行ってくるね」

「俺ももう寝るか。十時半過ぎてるし」

「私もー」

「みんなもう寝るん?」

「千絵実さん、明日が本番なので、今日はゆっくり休んだ方がいいですよ。わたしももう寝るわ」

「千絵実様も、早めに寝た方が明日全力を尽くせると思うじぇ」

「確かにほうじゃね。ワタシもじつはめっちゃ眠いんじょ」

 それから十分少々してみんな布団に入った後、女の子達は疲れ切っていたのかすぐにすやすや眠りについた。

……寝顔、見てみたいけど、見ちゃ、いけないよなぁ。それにしても今日は、みんなの下着姿が見れてラッ……いや、いかん。そのことは忘れないと。

 榛乃と千絵実に挟まれる位置になった智之は、布団に入ってからさらに三〇分以上してからようやく眠りつけたのだった。


       ※


翌早朝、六時二〇分頃。室内設置の目覚まし時計が響く。

「……まむしに締め付けられる嫌ぁな夢見たけど、榛乃ちゃんにしがみ付かれてたのが原因か。あの、榛乃ちゃん、起きてくれない?」

 智之は、わき腹付近に抱き着いてぐっすり眠っていた榛乃のほっぺたを軽くぺちぺち叩く。

「……んにゃっ、おはよう、智之くん」

 すると、榛乃はすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。

「早く俺の体から離れてね」

「ごめんね智之くん、枕代わりにしちゃって」

 榛乃はすぐに両手を離して智之の体から離れてあげた。

「おはよー、智之お兄さん、榛乃お姉さん」

「智之お兄ちゃん榛乃お姉ちゃんおはよー」

「おはようございまーす」

「おはよー皆様、体力は全快しましたか?」

 他のみんなもそれからすぐに目を覚ましてくれた。

「俺はちょっと寝不足気味だけど、大丈夫だよ。じゃあ俺、外で着替えてくるね」

 普段着を手に持って露天風呂の方へ向かおうとする智之に、

「智之お兄さん、外出たら敵に襲われるかもしれんけん、ここで着替えたら?」

 千絵実はにやけ顔で問いかけた。

「そうはいかないよ」

「おう、智之様やっぱ紳士じゃ」

「智之くん、カーテンの中で着替えてくれたら私気にならないよ」

「わたしも全く気にならないですよ」

「そうすると、千絵実ちゃんにカーテン捲られる可能性大だから、トイレで着替えてくるよ」

 智之は爽やかな笑顔で言い張り、トイレの方へ向かっていった。

「もう、智之お兄さん失礼じょ」

 千絵実はぷくぅっとふくれる。

「本日向かう祖谷地方は強敵揃いじぇ。でも皆様レベルは旅開始時より五段階は上がっとるけん、きっとなんとかなると思うじぇ。ほなけど用心してこの辺りの敵とも戦闘し、もう一段か二段レベルを上げてから向かいましょう」

 みんな普段着に着替えた後は朝食を取るため、昨日と同じ宴会場へ。

 卵かけごはん、味噌汁。アユの塩焼き、ナスの漬物が用意されていた。

「お粗末な朝食になって大変申し訳ございません。鹿肉のハムサラダ、スッポン肉入りのお吸い物などもご用意する予定だったのですが、材料が今朝、盗難被害に遭ってしまって」

 女将さんがぺこぺこ謝りながら伝えてくる。

「いえいえ、じゅうぶん豪華過ぎますよ。気になさらないで下さい」

 智之は慰めの言葉をかけてあげる。

「女将のおばちゃん、かわいそうだね」

「きっとこの辺りの敵モンスターのしわざじぇ。野生動物型が多いけん」 

「懲らしめんといかんね。許せんじょ」

「この旅館以外にも被害かなり出てるだろうな」

「これ以上被害が拡大しないように、わたし達がなんとかしてあげないとですね」

「私も、怖いけど、頑張るよ」


 みんな闘志を胸にいったん旅館から外へ出た後、近くの雑木林の遊歩道を散策していると、新たに見る敵モンスター数体に遭遇した。

「ゆずのモンスターかぁ。徳島の山間部はゆずの産地だもんね。かわいい♪ ぬいぐるみに欲しいな」

 榛乃はうっとりした表情を浮かべる。

 直径四〇センチくらいで、浮遊しながらみんなの方へ接近して来た。

「榛乃様、油断は禁物じぇ。阿波ゆずっちはこの辺りに出る敵じゃ経験値と小遣い稼ぎに使える体力32の最弱雑魚やけんど、果汁の威力はすだちこまちの五倍くらい強烈やけん」

「榛乃お姉さん、早く叩かなきゃ攻撃されちゃうじょ」

「榛乃お姉ちゃん、すごくかわいいけど敵なんだよ」

「確かにこれはすだちこまち以上に攻撃しづらい愛らしさがありますね」

「危ねっ、噛まれそうになった」

 他の四人が全部で八体もいた阿波ゆずっちを容赦なく退治。

 みんな再び歩き進み始めてすぐに、

「きゃっ、きゃあっ! 化け物オオクワガタさんだぁ~」

 榛乃は新たな敵を見つけてしまい、悲鳴を上げて反射的に智之の背後に隠れた。

「でか過ぎ」

 智之は苦笑いを浮かべる。

「お相撲取ったらリアルな熊にも勝てそうだね」

 鞠音は嬉しそうに呟く。

「ほんまめっちゃでかいね。きれいに黒光りしとるじょ。いくらで売れるんかな?」

「これを目の前にしたら、最強クワガタといわれるリアルなパラワンオオヒラタさんも戦意喪失しちゃうわね。味方についてくれたら大きな戦力になってくれそう」

 千絵実と鈴帆はデジカメで撮影し始めた。

 全長1.5メートルはあったのだ。大あごの長さも五〇センチ以上はあるように思えた。

「レア敵のあわオオクワガタ、体力は58じぇ。噛み付きと大あご挟みに注意しぃや」

「やばっ!」

 あわオオクワガタは二本の鋭い大あごを大きく広げ、智之に襲い掛かって来た。

「クワガタさん、これ召し上がれ」

 鞠音はすばやく生クリームを顔にたっぷりぶっかける。

 するとあわオオクワガタはぴたりと立ち止まったのち、それを夢中で貪り出したのだ。

「これで食べ切るまで攻撃して来なさそうだ。鞠音ちゃん、よくやった」

 智之はマッチ火を投げつけた。あわオオクワガタはボワァァァッと燃えながらも引き続き生クリームを夢中で貪る。

「倒すんは勿体ない気がするけど敵やけんしゃあないね」

 千絵実はGペン、

「大きなオオクワガタさん、ごめんね」

 鞠音は水鉄砲を食らわして消滅させた。

「あわオオクワガタさんが消えたのは残念だけど、リアルなオオクワガタさん見つけられてよかった♪」

 すぐ近くのブナの木に止まっているのが目に留まり、鈴帆は和んだ。

引き続き付近を歩き回っていると、

「きゃっ、いたぃっ! 何かに腕噛まれたぁ」

 榛乃は枝の上から飛びかかって来た何者かに攻撃され、悲鳴を上げた。

「大丈夫か? 榛乃ちゃん、あっ、血がいっぱい出てる」

 智之が最初に反応する。

「急に気分が悪くなって来たよ。めまいがするぅ」

 榛乃の顔色が少し青ざめていた。

 みんなの目の前に現れたのは、まむしのような生き物。

 体長は一メートルちょっとくらい。

「あわまむしじゃ。榛乃様、毒に侵されちゃいましたじぇ。すぐに手当てしますね」

 藍香は急いで薬草を取り出し、傷口にあてがう。

「ありがとう、藍香ちゃん。これで毒消えるかな?」

「はい、毒は完全に消えました」

「確かにそうみたいだね。すごく気分良くなったよ」

 榛乃の顔色は一気に元の状態へ戻っていく。

「枝の上から狙うとは卑怯なまむしだな」

 智之はすばやくそいつに向かって竹刀を振りかざす。

 直撃はしたが、まだ倒せず。

「うわっ、飛び掛って来た」

 今度は智之の首筋を目掛けて飛び跳ねた。

「智之お兄ちゃん、あたしに任せて」

 鞠音がヨーヨーで攻撃を加え、弾き飛ばした。

 一方、

「こっちはイノシシじゃ」

「この敵、予想通り防御力高いですね。なかなか消えてくれません。きゃっ、いったぁ~い。足噛まれたわ」

「榛乃お姉さんか藍香ちゃん、早く鈴帆お姉さん回復してあげて。膝からめっちゃ血が出てる」

 千絵実と鈴帆は、あわイノシシと格闘中。

「鈴帆ちゃん、ひどい怪我。これ食べさせてあげるね」

「ありがとう榛乃さん。わたしの体力が五〇くらいとして、二〇くらいダメージ食らっちゃったわ」

 榛乃は痛みで蹲っていた鈴帆にうずまんじゅうを与えて全快させた。

「あたしも毒牙足に食らっちゃった。頭がくらくらするぅ」

「鞠音様、すぐに手当てするじぇ」

 藍香は鞠音の傷口に毒消しをあてがってあげる。

「ありがとう藍香お姉ちゃん。すごく良く効くね」

瞬時に回復。

「鞠音ちゃん、あわまむし、なんとか倒したぞ。俺は幸い噛まれずに済んだ」

「こっちもイノシシ手裏剣で倒したじょ。猪肉ハム手に入れちゃった♪」

 みんな一息ついたのもつかの間。

「鹿も来たわっ!」

 新たな敵が鈴帆に猛スピードで接近してくる。

「あわ鹿はあわイノシシよりは弱いじぇ。でも角に注意して」

「了解」

 鈴帆は扇子を構えてあわ鹿に立ち向かっていくも、

「きゃっ!」

 角で突き飛ばされてしまった。

「いったぁぁぁい。背骨折れちゃったかも」

 仰向けで苦しそうに痛がる鈴帆の口に、

「鈴帆ちゃん、これ食べて」

 榛乃はすかさず金露梅を与え、全快させた。

「鈴帆お姉さん、ワタシが敵討つじょ。打撃は危なそうやけん」

 危険を察した千絵実は、あわ鹿に向かって手裏剣を投げつけた。

 見事命中。

 フィゥゥゥン!

 あわ鹿は大きな鳴き声を上げる。けっこうダメージを与えられたようだ。

「とどめだっ!」

 鞠音も手裏剣を投げつける。これにて消滅。鹿肉ハムを残していった。

「いやぁぁぁ~、助けてーっ!」

 榛乃はある敵から追いかけられ逃げ惑う。

「でかいな」

 智之はその姿に圧倒された。榛乃の背丈くらいあるムカデ型モンスターだったのだ。

「あわわわ」

 鈴帆もそのなりを見てカタカタ震えて足がすくんでしまう。

「アワノムカデ、体力は62じぇ。毒に気を付けて」

「接近戦は危険じゃね。榛乃お姉さん、任しときっ!」

 千絵実は手裏剣を投げつけた。

直撃し、ダメージを与えることは出来たようだが、

「ひゃっ!」

 千絵実はアワノムカデの口から吐き出された液体をぶっ掛けられた。

「気分悪いじょ」

 千絵実の顔色が見る見るうちに蒼白していく。毒に侵されてしまったようだ。

「千絵実様、これをお使い下さい」

 藍香はすぐさま毒消しの薬草で治療。

「これはほんま重宝するじょ」

千絵実は瞬時に回復した。

「ムカデさん、くらえーっ!」

 鞠音は生クリームと水鉄砲を食らわせた。

 これにて消滅。

「うわっ、今度はクマかよ?」

 息つくまもなくまた新たな敵襲来で、智之は引き攣った表情で呟く。少し絶望的な気分にも陥った。

「…………うっ、嘘でしょ。クマさんまで、出るなんて」

 榛乃も口をあんぐり開けた。

「これは倒しがいがあるじょ」

「見るからに強そうだね」

 千絵実と鞠音は嬉しそうに武器を構え、戦闘モードに。

「これは、明らかにやばいだろう」

「まだけっこう遠くにいるので、わたしも戦わずに逃げた方がいいと思います。無駄な体力の消費も減らせますし」

「レア敵のあわグマ。体力は73。お隣兵庫編の丹波熊や但馬グマに比べれば弱いじぇ」

「そうはいってもなぁ、うわっ、あっちからもあわグマが来たぞ。挟み撃ちだ」

 智之は焦る。

「はわわわわわ。どうしよう?」

 榛乃の顔は青ざめる。

「榛乃ちゃん、落ち着いて。逃げることも出来なそうだし、戦うしかないみたいだな」

クウウウウウウウァ! クォォォォォ!

 二頭のあわグマが立ち上がった状態で低いうなり声を上げながらみんなのいる方にどんどん近づいてくる。

「俺に任せて」

 智之はそう言うも、

こっ、こっ、こえええええ。俺よりもでかいぞこいつ。二メートル超えてるだろ。リアルツキノワグマはこんなにでかくないよな?

 心の中では恐怖でいっぱい。

それでも智之は果敢に立ち向かっていった。

攻撃する前に、

 クゥゥゥアッ!

「いってぇぇぇ」

 鋭い爪で腕を引っかかれてしまった。けれども智之はそれほど深い傷を負わされず。

「智之様、防御力かなり上がってるみたいじぇ」

「そのようだな。旅始めたばっかのレベルならさっきので死んでたと思う」

 智之は休まず竹刀で渾身の力を込めて何度か殴打し、見事倒すことが出来た。

「どうじゃっ!」

 クゥゥゥァッ!

 千絵実は黒インクを投げつけ、もう一頭のあわグマの目をくらませた。

「それっ!」

 鞠音はそいつの顔面をヨーヨーで攻撃。

 クーォォォ!

 あわグマ、けっこうダメージを食らったようだ。

「わたしも協力するわ。次で倒せるかな?」

 鈴帆は扇子で背中に攻撃を加えた。

「またもう一頭来たか」

 智之は木の上から新たに現れたあわグマとも格闘し、ダメージをほとんど食らわず勝利。

「智之お兄さん、こっちも頼むわ。勝てると思ったけんどめっちゃダメージ食らってしもうたじょ」

 千絵実は引っ掻かれたようで、腕から血を大量に流していた。

「あたしも突き飛ばされたよ」

「強烈なタックル食らっちゃいましたぁ。尋常でなく痛いですぅ」

 鞠音と鈴帆もうつ伏せでうずくまる。

「千絵実も鞠音も鈴帆ちゃんも無茶はダメだよ」

 榛乃はこの三人に急いでぶどう饅頭を与えた。

「よぉし。消滅」

 時同じく智之、千絵実達を襲ったあわグマに見事勝利。

「智之くん、ありがとう」

「大変素晴らしかったです」

「智之お兄ちゃん、強ぉい」

「智之お兄さん、見直したじょ」

「智之様、さすが主人公じぇ」

 他のみんなから拍手が送られた。

「これくらい余裕だって。うわっ、いって。誰だ俺の足蹴ったの?」

 智之は照れ笑いして油断していると、敵に背後から攻撃された。

「狸じゃ。眉山で見たのよりがっちりしとるね」

 全部で三匹いた。千絵実はすぐさま手裏剣を投げつけて一体を倒す。

「あわたぬき、体力は53じぇ。眉山のと同じく腹太鼓で仲間呼ぶじぇ」

「呼ばれる前に倒さないとな」

 智之も竹刀ですぐに一体を攻撃したが、

「あっ、外しちゃった」

もう一体には鞠音の手裏剣攻撃の空振りにより腹太鼓を叩かれてしまった。

「やはり眉山のと同様、火が弱点ね」

そいつは鈴帆のマッチ火攻撃により一蹴されたのだが、

キャッキャッ、ウッキャ、ウッキー、ギャァァァッ。

アワザル集結。

全部で十数頭いたが、

「二発で消えたか。攻撃も簡単にかわせたし、昨晩よりずいぶん楽に倒せたな。レベルが上がってるってことか」

「あたしもヨーヨー三発だけで倒せたー」

「ワタシはバット二発じょ。鳴門金時パイ盗まれたのは不覚とったけど」

「わたしは噛み付き攻撃一回食らっちゃいましたが、扇子三発で倒せました」

 智之、鞠音、千絵実、鈴帆。四人の力を合わせて二分足らずで全滅させた。

 金長まんじゅう、麦だんご、ぶどう饅頭を残していく。

「みんな凄過ぎるよ。私は怖くて何も攻撃出来なかったのに。私は回復役として懸命に尽くすよ」

「皆様、予想以上に健闘してたじぇ。もう祖谷に行っても大丈夫そうじゃ」


 アワザル戦後は敵に遭遇することなく旅館まで戻れたみんなは、JR穴吹駅までタクシーで送ってもらった。

そのあとは特急剣山に乗り、終点の阿波池田で特急南風に乗り換え、大歩危駅で下車した。

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