第二話 リアル徳島ろこモン退治の旅始まるじぇ
翌朝、六時頃。
「もう朝かぁ」
智之は目覚まし時計の音で目を覚ますとすぐに普段着に着替え、あのゲームの電源を入れた。雅楽の音色で奏でられた和風BGMと共にスタート画面が表示されると、智之は続きからを選ぶ。茶店内部に藍香の姿が映った瞬間、
「おはようございます智之様。体力は全快しましたか?」
藍香はゲーム画面から飛び出て来た。
「おはよう藍香ちゃん、出て来れてホッとしたよ。俺、リセットしたらもう出て来れなくなるんじゃないか心配だった」
「うちも飛び出せるかちょっと不安だったじぇ」
「今日は浴衣じゃないんだな」
「動きやすい格好で行きたいけん」
「そうか。あの件、今朝のニュースではやるかな?」
智之は地上波受信モード切り替え、ローカルニュースが流れるチャンネルに合わせる。
『この時間は、徳島のスタジオからニュースをお伝えします。今日未明から、徳島県内各地で怪奇現象が起きているとの報告が多数寄せられました。徳島市内では巨大なすだちがぴょんぴょん飛び跳ねたり空を飛んだりしていた、三好市では異様に巨大な鹿や、妖怪の姿を見かけたなど……』
トップでこんな報道が。
「目撃情報はいくつかあるけど、人的被害はないようだな」
智之はとりあえず安心する。
「ゲーム内におるべき敵モンスターが、現実世界に長期滞在すると一般人に被害を与える可能性も無きにしも非ずやけん、遅くとも明日までにはボスも退治しちゃいましょう。雑魚は無限増殖するけん全滅は不可能やけんど、ボスさえ倒せば残る雑魚は自動的にゲーム内に戻ってくれると思うじぇ」
☆
午前六時五〇分頃。智之の自室に智之、三姉妹、鈴帆、藍香が集った。
藍香がゲーム内から用意した竹刀などの装備品や、ぶどう饅頭、金露梅、すだちゴーフレットなどのご当地回復アイテムが床やベッドの上に並べられる。
「装備品と回復アイテムはおもちゃ屋やスポーツ用品店、うちのお店などから用意して来ました。回復アイテムはリアル徳島でも売られとるものばかりやけんど、体力回復効果は桁違いじぇ。このゲームでは回復魔法がないゆえ体力回復手段は食べ物か宿泊、入浴するくらいしかないけん、種類豊富に揃えられとるんじぇ。ただ、回復アイテムは賞味期限がありまして、ゲーム内時間の期限を過ぎて使用すると食中毒になって体力下がっちゃう。最悪の場合0になっちゃうじぇ。まあ今回は一泊二日の短期決戦やけん、ほとんど関係はないけんど」
「そこも従来のRPGとは違いますね。あのう、このゆずの葉っぱのような形のは、薬草かしら?」
鈴帆は十本くらいで束ねられたそれを手に掴んで質問する。
「はい、毒消しの薬草じぇ。西部は猛毒持っとる敵もおるけん」
「これはリアルでは見かけないな」
智之も興味深そうにそのアイテムを観察する。
「猛毒持ってる敵もいるのかぁ。怖いなぁ」
榛乃は不安そうに呟く。
「榛乃お姉さん、ワタシはますます闘争心が沸いて来たじょ」
「あたしもだよ」
「鎧とか盾とか、防具らしい防具は用意してないんだな」
「ゲーム上と同じく、徳島編では防具は普段着で特に問題ないと思うじぇ。いきなりボスの巣食う祖谷地方へ向かうことも可能やけんど、皆様の今の力では確実に瞬殺されちゃうじゃろうけん、まずは最弱雑魚揃いの徳島市内、続いて日和佐、鳴門公園で多くの敵モンスター達と対戦して経験値を稼ぎ、レベルを上げていきましょう。徳島市内の敵モンスター高出没スポットはJR徳島駅周辺と眉山じぇ。日本全国、各庁所在地の敵が一番弱く、田舎、特に山間部ほど強くなる傾向にあるんよ」
智之 身長 166 体重 48
防具 Tシャツ ジーパン
武器 竹刀 マッチ
榛乃 身長 159 体重 ?
防具 チュニック プリーツスカート 麦藁帽子
武器 ヴァイオリン 和傘
千絵実 身長 161 体重 ?
防具 カーディガン プリーツスカート 眼鏡
武器 プラスチックバット 手裏剣 マッチ Gペン 黒インク カッター
鞠音 身長 131 体重 30
防具 サロペット ダブルリボン
武器 フルメタルヨーヨー 生クリーム絞り器 水鉄砲 手裏剣 ドライヤー
鈴帆 身長 155 体重 ?
防具 ショートパンツ ブラウス 眼鏡
武器 特大藍染扇子 マッチ
藍香 身長 153 体重 ?
防具 ワンピース
こんな装備に整えた智之達六人は、回復アイテムなどが詰まったリュックを背負い後藤田宅から外へ出て、いよいよ敵モンスター退治の旅へ。
第一目標のJR徳島駅前へ向かって住宅地をまとまって歩き進む。
「怖いなぁ。敵、一匹も出て来ないで欲しいなぁ」
恐怖心いっぱいの榛乃は最後尾、智之のすぐ後ろを歩いていた。
「榛乃さん、みんな付いてるから怖がらないで。わたしはいつかかって来られても大丈夫なよう、心構えていますよ」
「あたしも戦闘準備万端だよ。敵モンスター達、早く現れないかなぁ」
「ワタシも早く戦いたいじょ」
「千絵実様、気持ちは分かるけど戦闘になるまでバットは智之様の竹刀のようにケースに入れて運んだ方がいいじぇ。お巡りさんに注意される可能性もあるけん」
「それもそうじゃね」
千絵実は素直に従って専用ケースにしまう。
「きゃぁぁぁっ!」
榛乃は突然悲鳴を上げた。そして顔をぶんぶん激しく横に振る。
「もう敵が出たのか?」
智之はとっさに振り返る。
「あーん、飛んで行ってくれなーい。誰か早くとってぇぇぇ~。髪の上」
街路樹の葉っぱから飛んで来た虫が止まったようだ。
「なぁんだただの虫かぁ」
智之はにっこり微笑む。
「なぁんだただの虫かぁじゃないよ智之くん、背筋が凍り付いたよぉ。まだ飛んでくれなーい」
榛乃は今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。
「カナブンが乗っかってるね。この場所がお気に入りなんだね」
鞠音は楽しそうに眺める。
「榛乃お姉さん、カナブンくらいで怖がってちゃあかんでぇ。ここは智之お兄さんが取ってあげて」
「分かった」
智之は榛乃の後頭部を軽くぺちっと叩いた。
「あいてっ」
するとおでこにかかった前髪に潜り込むようにとまっていたカナブンは、弾みでようやくどこかへ飛んで行ってくれた。
「智之くん、痛かったよ」
「ごめん榛乃ちゃん」
「智之お兄さん、なんで直接掴まなかったん?」
「虫を直接手で触るのは、ちょっと抵抗が」
「智之お兄さんも情けないじょ。二人とも、高校生なんやけん昆虫嫌いは克服しなきゃ」
「虫の類は大人になるに連れて嫌いになっていくものだと思うけど俺は」
「私もそう思う」
「わたしは今も大好きですけど」
鈴帆は微笑み顔できっぱりと言い張った。
「榛乃様にとっては、身近なリアル生き物も敵モンスター扱いのようじゃね」
藍香はくすっと微笑む。
「民芸品とかすだちの形した敵は現れたら明らかに敵だって分かるだろうけど、お遍路さんとかスズメバチとか狸とかの生き物型の場合、本物との見分けちゃんと付くのかな?」
智之はちょっと気がかりになった。
「敵モンスターの形状は現実世界でもCGやアニメ絵っぽく見えるじゃろうし、壁すり抜けるとかあり得ない挙動をしたり、生き物型なら異様に大きかったりもするけん、見分けは簡単に付くじぇ」
☆
JR徳島駅前に到着後は、
「リアル徳島駅前も人通り少ないね。敵モンスター討伐にはちょうどええけど」
「普段の休日のこの時間ならこんなもんじゃ。マチ★アソビと阿波おどり期間中はかなりの人おるじょ」
高速バス乗り場から阿波おどり会館へ繋がる道を歩き進んでいく。
途中の新町橋を通り過ぎてほどなく、
「すだちこまちが現れたぞ」
ゲーム内で見たのとそっくりな敵モンスターの姿を発見し、智之は嬉しそうに伝えた。
みんなの前方に計八体現れ、浮遊しながらどんどん近づいてくる。直径は四〇センチくらいでリアルなすだちより巨大だ。
「すっごくかわいい。攻撃なんてかわいそうで出来ないよぅ」
榛乃はうっとり眺める。
「榛乃様、すだちこまちはリアル蚊よりちょっと強い程度で、リアル世界のか弱い女子高生でも平手打ち一発で退治出来ると思うけど、油断してたら危険じぇ」
藍香が注意を促した。その直後、
「いたっ、指噛まれちゃった」
榛乃はさっそくダメージを食らわされてしまった。
「こいつめっ、榛乃ちゃん、大丈夫?」
智之は榛乃の指をカプリと噛んだすだちこまちを平手打ち一発であっさり退治した。
「ちょっと血が出てる。痛い」
「榛乃様に1か2のダメージじゃね。すだちジュースで完全回復出来るじぇ」
「本当?」
榛乃は藍香から差し出された缶入りすだちジュースを飲んでみる。
すると指の傷が一瞬で元通りに。
「すごいっ!」
この効能に榛乃自身も驚く。
「おう、これはファンタジーっぽいじょ」
千絵実は別のすだちこまちをバットで楽しそうに攻撃しながら感心していた。
「動き遅いですよ」
鈴帆は指に噛み付こうとして来たすだちこまちを扇子一発で撃破。
「くらえーっ!」
鞠音もヨーヨー一撃ですだちこまちを退治した。
「倒したら姿が消滅するのもファンタジーだな。全滅させたら何か落としていったぞ。すだちゴーフレットか」
智之は拾ってアイテムに加えた。
「これはゲーム上では体力10回復するじぇ。ちなみに錦竜水もゲーム内のは毒などの状態異常完治&体力全快効果があるんよ。皆様、財布の中を見て下さい」
「おう、小銭が増えとるじょ」
「本当だぁ」
「すだちこまち八体倒して二百円ゲットか。ゲーム上の設定と同じだな」
「これもファンタジーですね」
「ワタシますます戦闘モチベーションが沸いたじょ。敵モンスター倒しまくってお小遣い増やしてアニメグッズ買いまくるじょ。もっと出て来ぉい!」
「あたしもお小遣いもっと増やしたいから、敵モンスターさん、どんどん出て来て」
「お小遣いが増えるのは嬉しいけど、私はもう出て来て欲しくないよ」
「わたしは戦ってお小遣いいっぱい増やしたいです」
「俺も。こんな方法で金が入るって、最高過ぎるだろ」
榛乃以外のみんなの願いが叶ったのか、ほどなくぞめき囃子の鉦鼓や篠笛、三味線、太鼓などの音色が聞こえて来て、
やっとさぁ、やっと、やっと♪
えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ♪
こんな威勢のいい掛け声を出して踊りながら近づいてくる、編み笠を被り下駄を履き浴衣を身に纏った背丈1.6メートルくらいの数体の女性の姿が。
「阿波おどり女の体力はどの容姿も9。竹刀なら一撃と思うじぇ。ちなみにそれよりちょっと強い男の踊り子の方は12じぇ」
「なんか、かわいいからちょっと攻撃しづらいけど、敵だしな」
智之は見事な踊りっぷりにちょっとときめいてしまいつつも、竹刀で腰部を容赦なくぶっ叩いて一撃で消滅させた。
「まさに徳島らしい敵ですね。踊りの上手さはリアル有名連に引けを取らないかも」
「お小遣い稼ぎのためには戦わにゃ損、損だね♪」
鈴帆と鞠音も攻撃し始めてすぐ、
「ぐはぁっ!」
千絵実が別の一体に弾き飛ばされた。
「大丈夫? 千絵実」
榛乃は心配そうに側に駆け寄る。
「この敵、攻撃力どのくらいあるのかわざと当たって確かめてみたけど、予想以上にダメージ受けちゃったじょ。あばらにひび入っちゃったかも。めっちゃ痛いじょ」
千絵実は脇腹を押さえながら、苦しそうな表情を浮かべていた。
「じゃあ早く、病院行かなきゃ。一人で立てる?」
榛乃は優しく手を差し伸べてあげる。
「千絵実様、これを食して下さい」
藍香はリュックから取り出したぶどう饅頭を千絵実の口にあてがった。
「おう、痛みがすっかり消えたじょ。すごいわこれ」
千絵実は飲み込んだ瞬間に完全復活。自力で立ち上がる。
「あらまっ!」
榛乃は効能に驚く。
「リアルなぶどう饅頭じゃ絶対起こりえないよな」
智之は感心気味に呟いて、千絵実を襲った一体を竹刀二発で退治した。
「このようにリアルなら入院、絶対安静レベルの大怪我でも瞬時に治るけん、皆様、怪我を恐れずに戦ってや」
「想像以上の治癒効果ですね。これは心強いわ」
「あたし、思いっ切り暴れまくるよ」
「すぐに治るって分かってても、私、痛い思いはしたくないよ」
「榛乃ちゃん、俺が敵の攻撃から守るから安心して」
「大丈夫かな? 智之くん力弱いでしょ?」
逆にちょっと心配され、
「俺を頼りにして欲しいな」
智之は苦笑いする。
「また新たな敵モンスターが近づきよるけん、智之お兄さんが一人で倒してええとこ見せてあげなよ」
「分かった。人形浄瑠璃の女形か。ゲームと同じく防御力は少し高そうだな」
「阿波人形浄瑠璃女形は徳島市内の敵では一番防御力高いじぇ。ちなみに体力は11じぇ」
「二発くらいか」
智之はそいつに立ち向かっていき、竹刀を振り下ろそうとしたら、
「うぉわっ、びびった。こんな技も使えたのか」
思わず仰け反ってしまった。
今しがた、美しい女形人形の口が耳まで裂け、金色の歯が光り、目玉がひっくり返って金目となり、髪の中から二本の角を出して恐ろしく変貌したのだ。
「傾城から山姥になったじょ」
千絵実はくすくす笑い、ちゃっかり携帯のカメラで写真撮影した。
「人形浄瑠璃のお人形さんにはこういう仕掛けもあるんじぇ」
藍香が微笑み顔で豆知識を伝えた。
同じ頃、
「なかなか素早いわね」
「あたしもヨーヨー攻撃かわされちゃった」
鈴帆と鞠音は近くに現れた、頭に手ぬぐい足袋履き法被姿で豪快に乱舞する阿波おどり男二体と対戦中。
協力してうち一体をなんとか倒した直後、
「ワタシも協力するじょ」
千絵実は残る一体の背後からバット攻撃を見事命中させた。
「千絵実お姉ちゃんもすごいっ! 一撃で倒しちゃった」
「バットはやはり攻撃力高いわね」
「ワタシも一撃で行けるとは思わんかったじょ。会心の一撃が出たみたいじゃわ。智之お兄さんはまだ頑張りよるね」
「危ねっ。噛まれかけた」
智之は攻撃をかろうじて避けると、山姥となった女形人形の顔面を竹刀で二発思いっ切り叩いた。これにて消滅。阿波ういろを残していった。
「智之くん、強いね。これは本当に頼りになってくれそう」
「これくらい楽勝だったよ」
榛乃に満面の笑みで褒められて、智之はちょっと照れてしまう。
「アニヲタっぽい男の子も前から来たじょ」
「あれも敵なのかしら?」
「俺も昨日あれからも計二時間近くはプレーしたけど見たことないぞ。でもCGっぽいし、本物の人間には見えんから敵だろう」
「一応ほうじゃ。あわのアニヲタ君、どの容姿も体力は7。レアな敵じぇ。オタク系の敵は各都道府県主に庁所在地やアニメの聖地に現れるじぇ」
東新町商店街、開店前のアニメイト徳島店&ユーフォーテーブルシネマ近くで遭遇したそいつは逆三角顔、七三分け、四角い眼鏡、青白い顔。まさに絵に描いたような気弱そうな風貌で、萌え美少女アニメ絵柄のTシャツを着てリュックを背負い、両手に萌え美少女アニメキャライラストの紙袋を持っていた。
「見るからに弱そうだな。素手でも勝てそうだ」
智之は得意げになる。
「攻撃するのはかわいそう」
榛乃は憐れんであげた。
「この敵、リアルからゲーム画面越しに見たらキャラに黒線やぼかしがかかっとるはずやけんどここでは消えとるね。リアルに現れたらこうなるんかぁ。っていうかゲーム内のと作品ちゃうじぇ。まあ流行りのアニメにはリアルとゲーム内でタイムラグあるけんね。皆様、護身用のナイフ攻撃をしてくる可能性もあるけん気を付けてや」
藍香は感心しながら注意を促すも、
「面白そうなお兄ちゃんだね」
「ワタシもこのアニメ大好きじょ。きみ、ユーフォーテーブルと京○ニのアニメ好きそうじゃね」
鞠音と千絵実は躊躇いなくあわのアニヲタ君のもとへぴょこぴょこ歩み寄っていく。
「……ボク、今忙しいんだじょ。ほっ、ほなね」
するとあわのアニヲタ君は慌てて逃走してしまった。
これによりみんな、お金と経験値は得られず。
「ありゃりゃ、逃げんでもええのに。お話出来なくて残念じょ」
「あのお兄ちゃん、百メートル十秒切りそうな速さだったね。壁もすり抜けてたね」
「全国どこのアニヲタ君も弱点は三次元の女の子なんじぇ。体力と攻撃力はすだちこまちより上やけんど、すぐに逃げられるけんこのゲームでほんまの意味での最弱敵モンスターなんじぇ。倒した時に貰える金額は二万円。徳島市に出る敵モンスターでは破格なんじぇ」
「それはぜひとも倒したいじょ。さすがアニヲタは金持っとるね」
「ゲーム内でマチ★アソビ期間中にプレーすると、あわのアニヲタ君に頻繁に遭遇出来るけんど、やはり倒すんは難しいじぇ」
引き続き付近を散策すると、また新たな敵モンスターが。白衣に菅笠、金剛杖などを身に纏った、お遍路さんの格好をしたお爺さんが三体近づいてくる。
「あの敵モンスターはお遍路爺、体力は13じぇ」
「こいつ、ゲーム上では金剛杖の連続振り回し攻撃がかなりきつかったな」
智之は攻撃される前に一体を竹刀ですばやく二発叩いて退治。
「かわいいお嬢さんじゃ」
「いやぁん、このお遍路のお爺ちゃん、エッチだよぅ」
他の一体が金剛杖を使って榛乃のスカートを捲って来た。
「お遍路爺はこんな猥褻な攻撃もしてくるけん、CEROがBになっとるんじぇ。ゲーム上でも女の子を仲間にしてから遭遇させると見れるじぇ」
藍香はにこにこ笑いながら伝える。
「煩悩まみれだな。っていうか本物のお遍路さんに失礼過ぎるだろ。訴えられかねんぞ」
みかん柄のショーツを見てしまった智之は、とっさに目を背ける。
「お遍路爺さん、ダメですよ」
鈴帆がすばやくこの一体を扇子三発で退治。
「あーん、ワタシのスカートまで捲って来たじょ。智之お兄さん、助けてー」
「俺じゃなくても倒せると思う」
千絵実の純白ショーツをばっちり見てしまい、智之はまたも目を背けた。
「千絵実お姉ちゃん、あたしがやるぅ。くらえーっ!」
鞠音は楽しそうにヨーヨーで二発叩いて退治した。
これにて全滅。徳島の地酒、純米吟醸【阿波天水】を落としていく。
「お遍路爺が稀に落とすこれも回復アイテムやけんど、未成年の皆様が使うと体力減っちゃうじぇ。ゲーム上では町中で使ったら即効お巡りさんに説教されるじぇ」
「そんなイベントも起こるんかぁ。さすがリアル近似じゃね。せっかくのアイテムやけん持っとくじょ。そういえば、藍香ちゃんは敵から全然攻撃されんね」
「そりゃぁうち、案内役やけん。RPGでも村人は攻撃されんじゃろ?」
「確かにほうじゃね。藍香ちゃんもいっしょに勇者として戦ったらええのに。スカッとするじょ。あっ、あっつぅぅぅぅぅぅぅっ!」
千絵実は背後から全身に熱々の茶色いスープをぶっ掛けられた。
振り返るとそこには、高さ七〇センチ、直径一メール以上はあると思われる巨大な丼に入ったラーメンが。湯気も立っていた。
「めっちゃ痛いじょぅ」
涙目になり苦しがる千絵実。
「千絵実、早く冷やさなきゃ」
榛乃は心配そうに近寄る。
「千絵実様、これを。他の皆様も熱々豚骨スープのぶっかけに気をつけてや」
藍香は金露梅を千絵実に与えてあげた。
「徳島ラーメンがモンスター化したやつだな」
「こんなのもいたのですね」
「俺はあれからも少し遊んだらこの敵にも遭遇した。ゲーム上でも熱々スープ攻撃は脅威だったな。レベル1の時に出遭ってたら勝てなかったと思う」
「こいつは茶系じゃね。徳島市内には茶系と黄系の二種類現れるけんど、どっちも体力は同じ、16じぇ。ちなみに小松島には最強の白系が現れるじぇ」
「千絵実お姉ちゃんを火傷させるなんてひどい徳島ラーメンだね」
鞠音はヨーヨーで丼側面を攻撃しようとした。
「飛び跳ねたっ! あつぅぅぅーい」
しかしかわされ、腕に少し熱々スープをかけられてしまう。
「ワタシがとどめさすじょ。仕返しじゃっ!」
全快した千絵実はバットで丼側面を叩こうとしたが、
「うひゃっ! 緊縛プレーまでしてくるなんてこのラーメンもエッチじょ」
飛び出した麺や、生卵、もやし、豚バラ肉などの具に全身絡み付かれて身動きを封じられてしまった。
「おい徳島ラーメン、麺の使い道間違ってるぞ」
智之が竹刀ですばやく丼側面を二発叩いて消滅させたのを見計らったかのように、
「うわっ、なんだこれ?」
彼は背後から淡黄色の粉状のものをぶっかけられた。
「きゃっ!」
榛乃、
「何じゃこれ? 黒砂糖?」
千絵実、
「体中べたべただぁー」
鞠音、
「これはひょっとして、和三盆かしら?」
鈴帆、
「その通りじぇ。これは」
藍香も巻き添えを食らった。
高さ一メートルくらいの、山型に盛られた和三盆の粉状モンスターがそばにいた。
「こんな敵もいたのか。俺これは初めて見たぞ。なんとなく形が眉山っぽいな」
「阿波和三盆ちゃんの体力は10、弱点は水なんじぇ」
「じゃあこれ使えばいいんだね」
鞠音は水鉄砲を取り出すと、すぐに発射。
阿波和三盆ちゃんはこれにてあっさり消滅した。蒔絵入り朱塗りの雅な遊山箱に詰められた阿波和三盆糖の御干菓子を残していく。
「太っ腹な敵だな。べたべた感もなくなったぞ」
「わたしもすっきりしたわ」
「汚される系のダメージは、戦闘が終わるとにおいと共に自然に消えるようになっとるんじぇ。服の破れもね」
「それは便利だね」
榛乃はホッとした表情を浮かべる。
「確かにワタシについた生卵とかの汚れもにおいもすっかり消えとるね。ほなけどさっきの和三盆はもう少し食べたかったじょ」
「あたしもーっ。すごく美味しかったのに」
千絵実と鞠音がちょっぴり名残惜しそうにしていると、
「ぃやぁーん、金長まんじゅうとお好み焼きのモンスターが、服の中に潜り込んで来たぁ。あぁん、おっぱい吸い付かないでー。パンツ汚さないでぇ~」
茶色く丸い饅頭型モンスターと金時豆入りお好み焼き型モンスターそれぞれ数体が、榛乃に襲いかかった。
「金長まんじゅうくん、体力9。豆玉くん、体力11。こいつらも最弱雑魚じぇ」
「やっぱあれもモンスターになっとるんじゃね」
千絵実はバットで、
「俺はゲームではすでに何度か戦ったよ。女の子相手だとこんな攻撃もしてくるんだな」
智之は竹刀で直径三〇センチほどの金長まんじゅうくんと、直径四〇センチほどの豆玉くんを次々と倒していく。
時同じく、
「これ全滅させたら、とくしまバーガーが貰えるのかなぁ?」
「そうだといいですね。きゃんっ! ハンバーグを飛ばして来たわ。使われているお肉はきっと阿波牛ね。すだち果汁の香りもするわ」
「とくしまバーガーさん、体力は15でなかなか手強いじぇ。具の散布と体当たりに気をつけてや」
鞠音はヨーヨーで、鈴帆は扇子で近くに現れた直径七〇センチ高さ八〇センチくらいのご当地バーガー型モンスター数体と戦闘を繰り広げていた。
「智之くぅーん、助けてぇぇぇー。このお人形さんが、いきなり抱き着いて来て、胸揉んでスカートも捲ってくるのぉぉぉー」
その最中に榛乃はまた新たな高さ1.7メートルくらいの敵モンスターに背後から襲われてしまった。
「あの人形、榛乃お姉さんにエッチなことしてにやけとるじょ」
千絵実は残る金長まんじゅうくんをバットで攻撃しながら楽しそうに眺める。
「阿波人形浄瑠璃若男、体力は14。身動き封じの抱き着き攻撃に注意すれば雑魚じぇ」
「確かに強そうな見た目のわりには雑魚だったな。千絵実ちゃん、あとは頼んだ。榛乃ちゃん、ごめんね。敵の攻撃から全然守り切れなくて」
「気にしないで智之くん。何もない空間から突然現れるんだもん。対処しようがないよ」
ゲーム上ですでに対戦経験ありな智之が竹刀で顔面をぶっ叩くとあっさり消滅した。
残りの金長まんじゅうくん、豆玉くん、とくしまバーガーさんを全滅させて、みんなまた歩き始めてほどなく、
「うわっ、眩しいっ! 今度は何だ?」
青い光が智之の目をくらました。
「ぐわっ、さっきボスンッて体当たりされたぞ」
直後に智之は腹部に軽いダメージ。ガラスで出来た、高さ十センチほどの三角錐の物体が青色の光を放ちながら縦横無尽に空中を動き回っていた。
「青色LEDのモンスターかぁ。この敵も徳島らしいじょ。うひゃっ、眩しいじょ」
「太陽直接見たみたいだよ。ハエみたいな動きだね。当たらないよう」
バット攻撃をしようとした千絵実、ヨーヨー攻撃をしようとした鞠音にも青色発光攻撃を食らわす。
「いたぁっ、尖っとるけん効くわ~」
「痛い、痛い。突き刺されちゃった」
さらに体当たり攻撃も受けてしまう。
「体力10の青色LEDくんに対しては、ゲーム上ではサングラスを装備すると光攻撃防げるじぇ。ちなみにこいつの原動力は怒りって設定になっとるんよ」
「この敵の弱点は?」
鈴帆が問いかけると、
「光なんじぇ」
藍香がすぐに教えてくれた。
「光かぁ。得意技が弱点になってるなんて、カメムシが自分のにおいで気絶するような感じなのね。これを使おう!」
鈴帆はデジカメを取り出し、青色LEDくんをフラッシュモードで撮影する。
これであっさり消滅した。
「やっと普通に目が見えるようになった」
「強敵やったじょ」
「鈴帆お姉ちゃん、デジカメが武器になったね」
智之、千絵実、鞠音の視力も同時に元の状態へ戻る。
「鈴帆ちゃん、機転を利かせた攻撃だったね」
榛乃は深く感心した。
みんなはこのあと阿波おどり会館裏から眉山登山道へ入っていく。
「巨大スズメバチじゃ。町中の敵より強そうじゃね」
さっそく体長二十センチくらいはありそうなスズメバチ型モンスター計四匹に遭遇した。ブォォォン、ブォォォンと不気味な大きい羽音を立てて迫ってくる。
「実際強いじぇ。体力は蜂の通り8しかないけど攻撃力と素早さが高いじぇ。眉山スズメバチは毒状態に侵されるほどの強い毒はないことは安心出来るけんど」
「智之くん、早く何とかしてっ!」
榛乃は慌てて智之の背後に回り込む。
「いたたたぁ。痛いよ。やめて下さい」
鈴帆は眉山スズメバチ二匹から腕と足に針攻撃されてしまった。
「鈴江さん、今助けるよ」
智之は竹刀をブンブン振り回すも、全て空振り。
「素早過ぎる。ゲーム上の主人公のようにはいかないか。うわっ、やばっ」
眉山スズメバチのうち一匹から針攻撃を食らってしまう。
「智之お兄さんの動きが遅いんじゃない?」
千絵実はバットを直撃させ、あっさり消滅させた。
「大きいから簡単に当たるよ」
鞠音もヨーヨー攻撃であっさり一蹴。眉山まんじゅうを残していった。
「攻撃力は、俺の方が絶対高いと思う」
智之はちょっぴり落ち込む。
「あっ、狸だ。かわいい♪」
木の側で姿を見つけ、榛乃は嬉しがった。
「榛乃様、これもモンスターじぇ。近づくと噛まれるじぇ」
「眉山のこの付近じゃ、リアル狸って出ないよな」
本物の狸と姿形は似ていたが、智之は一目見て敵モンスターだと気付くことが出来たようだ。
「おう、腹叩きよるじょ。リアル狸はこんなことせんよね。写真撮っとこ」
「ぽんぽこ鳴ってるぅ」
千絵実と鞠音はくすくす笑いながら、リズミカルに腹を叩く一頭の狸モンスターの姿を眺めた。
「なんか数がさっきより増えていますよ」
すだちゴーフレットを自ら食してダメージから回復した鈴帆が指摘する。周囲に十頭以上は集まっていた。
「体力9の眉山のたぬきくんの腹太鼓は仲間を呼ぶ合図なんじぇ。ちなみに徳島編では狸型の敵、他にも数種類おるじぇ」
「早めに倒さないと面倒なことになりそうだな」
智之は竹刀攻撃で容赦なく次々と退治していく。
「やはり火が弱点みたいね」
「必殺かちかち山じゃっ!」
鈴帆、千絵実はマッチ火を投げて一蹴した。
「あたしはこれで攻撃するよ」
鞠音も手裏剣で一蹴する。
全滅後、金長まんじゅうを落としてくれた。
「マッチ棒使ったのに減ってないわ」
「ほんまじゃ。魔法のマッチ棒じゃね」
「あたしの手裏剣の枚数も、よく見たら水鉄砲の中の水も全然減ってないよ。満タンのままだ」
「ゲーム内の武器やけん無限に使えるじぇ。生クリームと黒インクとGペンもね」
「それはええこと聞いたじょ。これから使いまくろっと」
「ちなみにマッチ火、外して草木とかに投げちゃっても火事の心配はないじぇ」
藍香が説明した直後、
「智之くぅーん、助けてぇぇぇ~」
榛乃の悲鳴が。登山道を下りながら逃げ惑っていた。
コッコッコ、コケッ、コケェェェッ!
体長一メートルくらいある鶏型モンスターに追いかけられていたのだ。
「気性の荒い阿波尾鶏がモンスター化したやつか。こんなのも出るんだな」
智之はすぐさま駆け寄り、竹刀で鶏冠を攻撃。
コケェェェーッ!
阿波尾鶏はお怒りのようだ。羽を激しくばたつかせ、智之に襲い掛かって来た。
「いってててぇ」
智之は断続的につつかれ、攻撃する隙を与えてくれなくなってしまった。
「ごめんね智之くん、倒した後回復させに行くから」
榛乃は申し訳なさそうに阿波尾鶏型モンスターからさらに遠ざかっていく。
「智之お兄さん、ワタシが倒すじょ。必殺! Gペンミサイル」
千絵実はGペンを五本束ねて投げつけた。
コッケケケェェェッ!
見事命中。阿波尾鶏は甲高い鳴き声を上げるとすぐに消滅した。
千絵実は阿波尾鶏の唐揚げを手に入れる。
「これは体力40回復。本日中に召し上がった方がいいじぇ」
「ほうか。傷だらけの智之お兄さん、どうぞ」
「どうも」
智之はそれを食して瞬時に完全回復した。
*
みんなは眉山から降りたあと、東新町商店街へ向かう途中。
「アタシ、お兄ちゃんといっしょに遊びたいにゃん♪ お兄ちゃん、アタシのお写真撮ってぇ。お願ぁい♪」
背丈一五〇センチちょっとくらい、ゴスロリファッションでネコ耳&紫髪ポニーテールな若い女の子にとろけるような甘い声で誘われ、智之は腕をぐいっと引っ張られた。
「あの、今忙しいから。って、こいつも、敵モンスターみたいだな。宙にちょっと浮いてるし、アニメ絵っぽいし」
智之はちょっと躊躇いつつも竹刀で腹部を叩き付けると、
「痛いにゃぁんっ!」
猫なで声を出してあっさり消滅した。
「智之様、惑わされんかったのはさすが女の子慣れしとるだけはあるじぇ。ゲーム上ではマチ★アソビ、ぷち★アソビ開催中にしか出んレア敵の、あわるレイヤーちゃん。容姿違いはあれどどれも体力は10で、レベル1でも竹刀一撃で倒せる雑魚やけんど、あの敵についていったらええ体験は出来るけんどお触り料とか撮影料とか請求されて全財産奪われるでぇ。ゲーム上でも遭遇したら即攻撃するか逃げた方がええでぇ」
「敵モンスター名通り、悪質なレイヤーだな」
智之は顔をやや顰めた。
「おう、レイヤーちゃんまた登場じゃっ! 壁から突然出て来たじょ。マチ★アソビの時は街中や眉山にこんな格好の人いっぱいおるよね」
千絵実は笑みを浮かべて喜ぶ。
さっきのとは容姿違いが計七体、みんなの前に行く手を塞ぐように現れた。
「きさまぁ、さっきはよくもウチの百合友を消してくれたなっ。許さんじょっ!」
チャイナドレスコスプレの子が怒りに満ちた表情でいきなり智之に飛び蹴りを食らわして来た。
「危ねっ! おう、消えた。武闘派っぽい風貌だったけど、たいしたこと無かったな」
智之はひらりとかわしてこの一体の背中を竹刀で叩くとあっさり消滅。ちょっと拍子抜けしてしまう。
「お嬢様、どうぞこちらへ」
「いえ、いいです。興味ありませんから」
榛乃は青髪ショートヘアな黒スーツ執事コスプレの子に手首を掴まれ引っ張られてしまう。
「客引き禁止!」
鈴帆がすぐに背後から扇子で頭をぶっ叩いて消滅させた。
「美味しくなりよ、美味しくなりよ。萌え萌えきゅんっ♪」
「うひゃっ、ケチャップぶっかけて来たかぁ。ワタシの顔はオムライスやないじょ」
千絵実はパティシエメイド服姿栗色髪ツインテールなそいつのお顔に黒インクをぶっかけ、休まずバットで攻撃し消滅させた。
「ぶはっ、ミートスパゲッティまで」
直後に千絵実はまた顔にたっぷりぶっかけられてしまう。
「ごめんなさぁい、お嬢様。きゃぁんっ」
巫女服姿で黒髪にカチューシャをつけ、眼鏡をかけた子がすぐ横にいた。とろけるような甘い声で謝罪するや、すてんっと転げて前のめりに。
「ドジッ娘ちゃんタイプかぁ。ほなけど敵やけん容赦はせんじょ」
「きゃぅっ!」
千絵実はその一体にもバットでお尻を叩き消滅させた。
「べつにあんたのために作ったわけじゃないんやけんねっ! たまたま作り過ぎちゃって、それで、捨てるのは勿体ないかなぁって、思ったんじゃ」
鞠音は背丈一五五センチくらい、セーラー服姿黒髪ロングの子から不機嫌そうな表情ながらも照れくさそうに、和三盆ロールをプレゼントされる。
「ありがとうコスプレのおばちゃん、すごく美味しそう♪」
「おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんじゃろ。あたくしまだ十七歳なんやけん」
「えっ、どう見ても二十五歳くらいに見えるよ」
「そっ、そんなこと、あるわけないじゃろ」
「おう、学園モノのツンデレタイプじゃ。年齢は自称やけんど」
千絵実は嬉しそうに微笑む。
「鞠音様、そのロールケーキ睡眠薬入りやけん食べたらあかんでぇ。あわるレイヤーちゃんはこんなあざとい攻撃もしてくるじぇ」
「そうなの。やっぱり敵なんだね」
「ちょっとそこの三つ編みのあんた、営業妨害でうっ、ぶほっ、きゃんっ!」
藍香から警告されると鞠音はすぐに生クリームをこのメイドのお顔にぶっかけて、休まず腹部をヨーヨーでぶっ叩いて消滅させた。
その直後、
「この子めっちゃかわいい。妖精さんみたい。お尻にお注射したいな。えへへっ」
「あーん、助けてー。あたしお注射嫌ぁい」
鞠音はナース服姿で緑髪ミディアムウェーブ、虚ろな目つきの一体にお姫様だっこされ、そのまま持ち運ばれてしまう。
「誘拐はダメですよ」
鈴帆はすぐに追いかけて扇子で背中を叩き消滅させた。
「あれはヤンデレタイプっぽかったじょ」
千絵実はにっこり微笑む。
「お兄ちゃん、アタシのお店『メイバッドliveカフェ』へ遊びに来て♪ お願ぁい。五百円から遊べるよ。店名通りライブもやってるよ。ご入国お待ち致しております。萌え萌え萌え♪ にゃんにゃん♪」
「俺自身がそこへ行くのはまず無理だな」
智之は若干呆れ顔で、背丈一四〇センチ台パジャマ姿ピンク髪ロングボブ、クマのぬいぐるみを抱えていた一体にマッチ火を投げつけて消滅させた。
あわるレイヤーちゃん、これにて全滅。
「さっきの戦いはめっちゃ楽しかったじょ♪」
お顔の汚れもきれいに消えた千絵実は大満足だったようだ。
みんなは続いて新町川沿いのしんまちボードウォークを歩き進んでいく。
「ユーフォーテーブルカフェ付近は今人通り多いけん敵出ずかぁ。またアニヲタ君に出遭いたいじょ」
そのあとは千絵実の希望によりポッポ街商店街へ移動した。
まだ人通り疎らなアーケードを進み始めてほどなく、
「うをぉぉぉぉぉっ、ふぅっ! うをぉぉぉぉぉぉぉっ、ふぅっ! うをぉぉぉぉぉぉぉっ、ふぅっ! あきちゃん、あきちゃん、あきちゃぁぁぁーんっ! とまっちゃんあやひーみなちゃんも大好きだけどあきちゃんが一番だぁぁぁぁぁっ! うをぉぉぉぉぉっ! ふぅっ!」
こんな掛け声を上げながら時折ジャンプしつつ、緑のサイリウムを両手でブンブン激しく振り回していた、背丈は一六〇センチくらい、体重は百キロを超えてそうなぽっちゃり体型緑の法被を身に纏った三十代くらいの男の姿が。みんなの方へどんどん近づいてくる。
「智之くん、あの人怖いよ」
榛乃は智之の背後に隠れる。
「俺もそう思う」
「わたしも同じく」
智之と鈴帆は動きを見て思わず笑ってしまう。
「藍香ちゃん、あれはCGっぽいけん敵じゃろう?」
「その通り。あれもレア敵、あわの声ヲタ君じぇ」
「声ヲタ君かぁ。ねえねえ、そっちの世界ではどんな声優さんが人気あるん?」
「お相撲さんみたいだね」
千絵実と鞠音はそいつにぴょこぴょこ近寄っていく。
「ぐはぁっ、いきなりサイリウム投げつけられたじょ。もう逃げられてるし」
千絵実は腹部にその攻撃を受け、弾き飛ばされてしまった。
「あたし、手裏剣投げたんだけどすごい勢いで逃げたから当たらなかったよ」
鞠音は唇を尖らせて残念がる。
あわの声ヲタ君、逃走によりお金と経験値得られず。
「あわの声ヲタ君は勇者達に出遭った瞬間、サイリウムで攻撃してすぐに逃げるんが特徴なんじぇ。倒すんはかなり難しいじぇ。ちなみに東京、大阪、名古屋、福岡ではご当地声ヲタ君以上に激しく狂喜乱舞して雄叫びを上げるアイドルオタクのモンスター、ドルヲタ君って敵も出るよ」
このあとみんなはJR徳島駅構内へ。いよいよ他の町へ移動開始だ。
「鳴門の方が敵手強いけん、まずは日和佐から旅して行きましょう」
藍香の勧めにより、
「日和佐行くのは小学校の時以来だな」
智之が代表して六人分の日和佐までの乗車券&特急券を購入。
みんなは牟岐行き特急むろとに乗り込んだ。
☆
日和佐駅に到着後は、北東方向にあるウミガメの産卵地として有名な大浜海岸へ向かって歩き進んでいく。
「ここにもお遍路爺がいるんだな」
「四国八十八カ所第二十三番霊場、薬王寺があるけんね。今の皆様なら楽勝じぇ」
道の途中で行く手を阻むように三体まとめて現れたこの敵モンスターは、智之、千絵実、鞠音がすみやかに竹刀、バット、ヨーヨーの一撃で楽々退治した。
○
駅から二十分ほど歩いて大浜海岸に辿り着くと、さっそく砂浜を這うご当地敵モンスターとご対面。
「やっぱウミガメが敵になってるのか」
智之は感心気味に呟く。
「あいつはウェルアカウミガ~メ。体力は19。攻撃力、防御力高いじぇ」
「徳島市内よりやっぱ強いんじゃね。とりゃっ!」
千絵実は甲長二メールくらいあったそいつの甲羅にバットで攻撃し始める。
「五発で消えたじょ。一発叩いたら体引っ込めて何もして来んなったよ。亀のもなかも落としていったし、楽勝過ぎじゃ」
ダメージ食らわされず簡単に倒して、自慢げに伝えた。
「亀のもなかは体力が20回復するじぇ」
「確かに体はリアルアカウミガメよりでかくて硬いけど弱過ぎだな。俺は四発だ」
「あたしは五発ぅ。最初は口を開けて襲ってくるけど動き遅いし、一発食らわせたら勝ったも同然だね」
近くに現れたもう二頭を智之は竹刀、鞠音はヨーヨーを用いて手分けして倒した。今度は海亀マカロンを落としていく。
「千絵実、智之くん、鞠音。亀さんいじめちゃダメだよ。かわいそう」
「榛乃さん、そんな気持ちではまた攻撃されちゃいますよ」
「榛乃様、ウェルアカウミガ~メの噛み付き攻撃はかなり痛いんじぇ」
「榛乃お姉さん、旅始めてから一回も敵攻撃してへんやん。ここは心を鬼にして退治しなきゃ」
「それは、かわいそうで出来ない」
榛乃は困惑顔でぽつりと呟く。
「榛乃様、敵モンスターは触感はあるけどグラフィックで出来てて命は宿ってないけん、容赦なく攻撃したらええんじぇ」
「グラフィックでも、やっぱり無理だよ」
「榛乃様、そんな甘いこと言っとるうちに背後に敵が――」
藍香はやや表情を引き攣らせ、慌てて伝える。
「えっ!」
榛乃はくるっと振り向くや、
「ぎゃあああっ!」
甲高い悲鳴を上げて、そこにいた敵を和傘で殴りつけた。
一撃で消滅。全長八〇センチ以上はある巨大な節足動物型モンスターがいたのだ。
「さっきのは徳島県の海岸に出没するあわのふなむしくん、体力は17じぇ。人形浄瑠璃女形以上に防御力高いけど榛乃様、会心の一撃が出ましたね」
「榛乃お姉ちゃん、すごぉい!」
「やるやん榛乃お姉さん」
「お見事でした。榛乃さんに節足動物や昆虫、爬虫類、両生類型の敵と戦わせると、常に会心の一撃を出せそうですね」
鞠音と千絵実と鈴帆はパチパチ拍手する。
「怖かったよぅ」
榛乃は涙目を浮かばせ、智之にぎゅっと抱き付いた。
「確かにあんなにでかいフナムシは怖いよな。あの、榛乃ちゃん、わざわざ抱き付かなくても」
「智之様、榛乃様、背後にまた新たな敵が」
「えっ!」
「またか」
榛乃と智之はとっさに後ろを振り向く。
体長一メートルくらいの伊勢えび型モンスターがいた。
「私、えび、苦手。あのもじゃもじゃした足が。調理されたエビフライは大好きだけど」
榛乃は慌てて智之の体から離れて逃げていく。
「由岐、日和佐に出没する美波の伊勢えび、体力は20。こいつも殻で覆われとるけん防御力高いじぇ。ほなけど牟岐、海陽町に出没する伊勢えび型モンスターよりは若干弱いじぇ」
「リアルのより美味そうじゃ。とりゃぁっ!」
千絵実が甲羅に向けてバットで攻撃すると、美波の伊勢えびはビチビチ激しく砂浜を跳ね始めた。
「ぎゃあああっ、こっち来たぁぁぁ~っ!」
逃げ惑う榛乃。
「俺に任せて」
智之は竹刀を構え、美波の伊勢えびの歩脚部分に叩き付ける。
美波の伊勢えび、裏返しになって自由に身動き不能に。脚をバタつかせる。
「こうなったらもう勝ったも同然ですね」
鈴帆の扇子、
「伊勢えびのお刺身落としていかないかなぁ」
鞠音のヨーヨー攻撃でついに消滅。残念ながら鞠音の期待したアイテムは落とさず。
「なかなかしぶとかったな。うぉわっ! 海からうつぼが出て来たぞ。いかにも強そうだ」
智之のすぐ目の前に新たな敵が現れた。
体長は一メートルくらいあった。リアルうつぼと同じくらいの大きさだ。鋭い歯をむき出しにして襲い掛かってくる。
「こっ、怖ぁい。食べられちゃう!」
榛乃はまたも慌てて逃げ出す。
「うつぼ、美味しそう♪」
「噛まれたら大ダメージ食らいそうですね」
「あわのうつぼくん、体力は23じぇ。日和佐の敵では最強。噛み付き攻撃に注意してね」
藍香は笑顔で警告。
「智之お兄さんも逃げよるし。まあ確かに打撃はやめた方がよさそうじゃ。これは、こいつで倒すじょ」
千絵実は接近戦は危険だと感じ、あわのうつぼくんに手裏剣を投げつけた。
「必殺、うつぼ攻めっ!」
鞠音は水鉄砲で攻撃。
まだ倒せなかった。あわのうつぼくんは砂浜をビチビチ跳ね回る。
「鞠音さん、うつぼに水攻撃はあまり効かないと思うわ」
鈴帆はこう助言し、マッチ火を投げつけた。
あわのうつぼくん、黒焦げになったがまだ少し動く。
「みんなありがとう」
智之がすっかり弱ったそいつを竹刀で叩きつけ、ようやく消滅。
うつぼの一夜干しを残していった。
「これは、食う気にはならんな」
「わたしも、ちょっと抵抗が」
「私は絶対無理」
「うちは大好物じぇ。体力40回復するじぇ」
「一応、貰っとくじょ」
千絵実のアイテムに加わる。
「ん? 鞠音ちゃん、どうした? 体調悪いのか?」
智之は異変に気付くや優しく気遣ってあげる。
「あたし、急にちょっと頭がくらくらして来たの」
鞠音は砂浜に座り込んでしまっていた。
「鞠音、大丈夫?」
「鞠音さん、熱中症になっちゃったみたいね」
榛乃と鈴帆は心配そうに話しかけた。
「そうみたい」
鞠音は俯き加減で伝える。
「炎天下で長時間戦い続けとったけんね。鞠音、日陰に移動させたるじょ」
千絵実がおんぶしてあげようとしたら、
「鞠音様、これ食べてね」
藍香はすだちジュレを差し出す。これもゲーム内にあったものだ。
「ありがとう藍香お姉ちゃん」
鞠音は一気に平らげると、
「気分、すごく良くなったよ」
瞬時に完全回復。
「よかったね鞠音様、皆様、ここの敵も難なく退治出来とったけん、そろそろ鳴門に移動しましょう」
みんなは大浜海岸をあとにし、日和佐駅の方へ歩いて戻っていく。
「お遍路爺、また現れたな」
薬王寺近くの路上で智之が発見すると、
「あのお遍路にあるまじきエッチな爺ちゃん、ワタシがやっつけるじょ」
「あたしもやるぅ」
千絵実と鞠音は武器を構えて楽しそうにそいつのもとへ駆け寄っていく。
「とりゃぁっ!」
千絵実はバットで背中を、
「お爺ちゃん、くらえーっ!」
鞠音はヨーヨーで肩を一発攻撃した。
「いたたたぁ。こらっ、お嬢ちゃん、何するの?」
「まだ消えんか。攻撃力足りんかったようじゃね」
「もう一発叩けば消えそう」
「あのう、この方は本物のお遍路さんみたいじぇ。人型の敵は本物と見分けつきにくいんもおるんじぇ。リアルのを参考にしてデザインされとるけん」
藍香が苦笑いして呟くと、
「えっ!? すっ、すみませんでしたぁ」
「お爺ちゃんごめんなさーい」
千絵実と鞠音は慌てて謝罪。
「いや、ええんじゃ。なんか今朝からこの辺りにお遍路の格好をして若い女性に猥褻な行為をするけしからん輩が出ておると聞いておるし。お嬢ちゃん達はわしがその者と思ったんじゃろう? ほな、旅路気をつけてな」
本物のお遍路さんはホホホッと笑って快く許してくれ、薬王寺の方へ足を進める。
「間違いなく敵モンスターのお遍路爺のしわざじぇ」
「ついに一般人にも直接被害受けたやつが出たわけか」
「徳島市内の商店で、商品が誰かに入られた形跡もなく持ち出される不可解な現象が相次いでるみたいじょ。アニメイト徳島と南海ブックスさんも被害に遭ったみたいやけんど、それはきっとアニヲタ君、声ヲタ君のしわざじゃろうね」
千絵実は自分の携帯をネットに繋いでローカルニュースと関連記事を確認する。
「泥棒もやってる敵モンスターさんは、あたし達が懲らしめなきゃいけないね」
「わたし達、使命感がさらにふくらみましたね」
ますます戦意が高まった鞠音と鈴帆に対し、
「敵モンスターさん達、大人しくしてて欲しいものだよ。私達にも襲い掛からないで欲しいよ」
榛乃は困惑顔でこう願うのだった。
☆
日和佐駅に到着後。
「次の列車まで一時間以上もありますね。待ち時間が勿体無いな」
鈴帆は時刻表と現在時刻を確認する。
その後、みんなはタクシーを利用して鳴門公園を訪れた。
「ここはどんな敵が現れるか楽しみじゃ。戦う前にお昼ご飯食べよう。もうとっくにお昼過ぎてるし。ワタシ、回復アイテムけっこう使ったけど普通にお腹すいて来たじょ」
「回復アイテムは食糧代わりになるほどカロリーないけん、よほど大量に摂取せんと満腹感は得られんじぇ」
「リアルのものと同じか凌駕するくらいの美味しさなのに、そんな仕組みになっているのは素晴らしいですね」
「ちなみにゲーム上では日中、ゲーム内時間で七時間くらい食事させずに旅させ続けとったら空腹の表示が出て敵からダメージ受けんでも体力減ってくるじぇ」
「そこも面倒なリアル感だな」
「皆様、大塚国際美術館内に出る敵もようけ散らばってしもうとるけん、お昼済ませたらまずそこを攻略していきましょう」
「ダンジョン攻略かぁ。魔物がいっぱいいそうで楽しみじゃ」
「あたしもわくわくして来たよ♪」
「俺もRPGの博物館や図書館のダンジョンはけっこう好きだな」
「わたしも好きですよ」
「美術館にまで敵が出るなんて、嫌だなぁ。怖いなぁ」
「榛乃様、一般人が多かったら敵は出んと思うけん、安心して歩いてや」
□
みんなは近くのファミレスで昼食を済ませたあと、私立では日本一の広さを誇る大塚国際美術館へ。正面入口から館内に入るとすぐに見えるエスカレータを利用し、地下三階エントランスに辿り着くと順路に従い館内を回っていく。
「ワタシこの美術館の絵ではこれが一番好きじゃ。この左手を添えて恥ずかしい部分を隠しとるとこがますますエロいじょ。ティツィアーノさんは神絵師じゃね。マネは真似して『オランピア』も描きよるけど、ワタシはその絵見て萎えたじょ」
地下二階の『ウルビーノのヴィーナス』前で、千絵実はにやけ顔で感想を呟く。
「千絵実、芸術作品をそんないやらしく鑑賞しちゃダメ。ヌードは芸術なんだよ」
榛乃は俯き加減で注意しておいた。
「わたしもこの絵、絵柄が好きですよ」
「おっぱい丸見えだね」
鞠音は数センチ先まで近づいてにこにこ笑いながら眺める。
「ゲーム上の大塚国際美術館他でもこういったヌード絵画が閲覧出来ることも、CEROがBの理由なんじぇ」
藍香は楽しそうにこの絵を眺めつつ、豆知識を伝えた。
「智之お兄さんは、この絵のことどう思う?」
「全く興味ない」
「智之お兄さん、紳士振りよるね」
千絵実はにんまり微笑む。
「そんなことよりみんな、敵モンスターらしきのが俺達の方へ近づいて来たぞ」
智之は遠くの方へ視線を逸らしたが、それが功を奏したようだ。
フェルメール作、『真珠の耳飾りの少女』の絵が額縁に飾られた状態でぴょんぴょん跳ねながら近寄って来ていた。
「やはり展示されている絵画がモンスター化されていますね」
「絵が生き物みたいだね」
鈴帆と鞠音は興味津々だ。
「防御力高そうだし、体当たりされたらめっちゃ痛そうだ」
智之は容赦なく竹刀で絵の少女の肩の部分をぶっ叩く。
「やっぱ一撃じゃ無理か」
「智之お兄さん、次ワタシが攻撃するじょ」
千絵実はバットで青いターバン部分に攻撃を加えた。
「この絵、強いね」
まだ退治出来なかったので、鞠音もヨーヨーで顔の部分を攻撃。
これにて消し去ることが出来た。
パッケージに昭和期に活躍した女優、松山容子が描かれたレトルトのボンカレーを落としていく。
「さすが大塚国際美術館内の敵じゃね」
千絵実のアイテムに加えた。
「これは体力が50回復するけど、調理せんと使えんじぇ。道中は持っててもあまり意味ないかも」
「一応記念に持っとくじょ」
「レトルトの徳島ラーメンとか、そのままじゃ食えない回復アイテムも多いのもあのゲームの特徴だな。うわっ、ムンクの『叫び』も来たぞ」
「ほんまじゃ。ムンクの絵が宙を舞ってるじょ」
「ムンクだぁ。あたしこの絵大好き♪」
鞠音は絵の真似をして両手をほっぺたに引っ付ける。
「私も好きだな」
「わたしもお気に入りです。この敵はどんな攻撃をしかけてくるのかしら?」
「大塚国際ムンクの叫びくんの体力は29じぇ」
藍香が伝えた直後。
うわあああああああああああああああああ~。
大塚国際ムンクの叫びくんは大きな叫び声を上げた。
「不気味過ぎるじょこの声、精神がおかしくなりそうじゃ」
「これはやばいな」
「あたしも変になりそう」
「わたしもです」
「私もだよ」
智之達、動きが鈍ってしまった。
「皆様、耳を塞いで聞かないようにして下さい。混乱状態になっちゃうじぇ。こいつの弱点は音じゃ。榛乃様、早くヴァイオリンを」
藍香は耳を塞ぎながら注意を促した。
「分かった」
榛乃は急いでリュックからヴァイオリンを取り出し、メリーさんの羊を演奏し始めた。
すると大塚国際ムンクの叫びくんは叫ぶのをやめてくれたのだ。
「榛乃ちゃん良くやった。叫びさえなければ弱そうだ」
智之の竹刀二連打で退治完了。
「榛乃様、上手くいきましたね。不気味な声には耳障りな音で対抗するのが一番いいんじぇ」
「私のヴァイオリン、やっぱり耳障りなんだね」
榛乃はしょんぼりしてしまう。
「榛乃お姉さん、今回は楽器の下手さが武器になったけん喜びなよ」
千絵実はにっこり笑って慰めてあげた。
「あたしはそんなに耳障りじゃなかったよ。あっ! 『最後の晩餐』だぁっ!」
鞠音は角から曲がって姿を現したそいつに気付くと嬉しそうに叫んだ。
「レオナルド・ダ・ヴィンチ作の大塚国際最後の晩餐ちゃんは体力30。それほど強くないけど多彩な攻撃してくるじぇ」
高さ一メートル、横幅二メートルくらいだった。
「さっき見た実物よりかなりちっちゃいな。実物はかなりでかいからな。キリスト叩くと罰が当たりそうだ」
智之はさっそく竹刀で絵の中央付近のテーブル部分をぶっ叩く。
「うわっ、いってぇぇぇっ!」
即、仕返しされてしまった。絵から飛び出したお皿が智之の顔面を直撃する。額からちょっと血が流れ出た。
「智之くん、これ食べてね」
榛乃はすぐに金長まんじゅうを差し出してあげる。
「ありがとう榛乃ちゃん」
智之は今までと同じく瞬時に回復。
「食べ物が出て来ないかなぁ?」
鞠音はヨーヨーで左端に描かれたバルトロマイの顔面をぶっ叩く。
すると智之と同じくすぐに攻撃し返された。
「きゃんっ、お汁が飛び出て来た。これ、ワイン? 不味ぅい」
顔面にぶっ掛けられ少しお口に入ってしまい、鞠音はすぐにペッと吐き出す。
「わたしはメニュー最有力説のグリルうなぎのオレンジスライス添えを食べてみたいけど、怖くて攻撃出来ないな」
鈴帆は苦笑いで呟く。
「最後の晩餐ちゃん、ワインよりこれのが美味いじょ」
千絵実は絵の右端部分に阿波天水をぶっかけた。
すると8の字を描くような動きをしたのち攻撃を加えることなく消滅した。
「ありゃまっ、ダメージになったんか? 回復すると思ったんやけんど」
千絵実は拍子抜けしたようだ。
「体力は回復したみたいやけんど、酩酊状態になっちゃって自分で自分を攻撃したみたいじぇ」
藍香は微笑み顔で伝える。
「マタイさん、タダイさん、シモンさんは、お酒に弱かったのかしら?」
鈴帆は疑問に思ったようだ。
「酒ぶっかけ攻撃は一部の敵には酩酊状態にさせる効果があって、そうなるとさっきみたいに自分で自分を攻撃したり、仲間を攻撃したりして自滅する場合もあるんじぇ。その場合は経験値とお金入るよ」
藍香は微笑み顔で伝える。
「それはええこと聞いたじょ。一回使っただけで消えてまうんは勿体ないよなあ」
「おーい、今度はモナリザが来たぞ」
智之が新たな絵画モンスターの接近に最初に気付く。
「なんか私、眠くなって来ちゃったぁ」
「あたしもー」
「ワタシもじゃ」
「俺も、急に睡魔が」
「わたしも眠いですぅ」
「皆様、大塚国際モナリザちゃんは催眠術を使ってくるじぇ。眠ったところをにやけ顔で追突してくるのがこいつの攻撃方法じゃ。モナリザの顔を見ないように」
「さっさと片付けないとな」
智之が寝惚け眼を擦りつつ、少しふらつきながらも竹刀二発で退治。
すると途端にみんな眠気が冴えた。
さらに館内を歩き進んでいると、
「いたたたぁ。ひまわりの種当てられたぁ」
鞠音は死角になっている所から先攻された。
「これは絶対あの絵だろ」
智之の推測通り、ゴッホの『ひまわり』の絵画型モンスターがまもなくみんなの前に姿を現した。
「よくもやったなぁ。仕返しーっ!」
鞠音はヨーヨーを叩き付けた。
「切り裂いてやるじょ」
千絵実は楽しそうにカッターでズバッと切り付ける。
十五本あったひまわりが十一本に減った。
「いたたたぁっ」
落とされた四本のひまわりは絵画から飛び出して来て、千絵実の頬を両サイドから思いっ切りビンタした。千絵実の頬もスパッと切れて血が噴き出してくる。
「しぶといな」
智之が額縁の裏を竹刀で叩いて消滅させた。
「千絵実、絵を傷付けるのは罰当たりだよ」
「まさかあんな攻撃してくるとは思わんかったじょ」
榛乃から受け取った金長まんじゅうを食して、千絵実の頬の傷は瞬く間に消える。
「なんか、エッチな絵がやって来たよ」
榛乃はそいつの姿を見るや、床に視線を向けた。
「おう、今度は『裸のマハ』じゃ。ええ匂いもして来たじょ」
千絵実は嬉しそうに呟く。
「オレンジみたいですね」
「私、オレンジの香り大好き」
「あたしもー。気分が安らぐね」
「智之様は、この匂い嗅いじゃあかんじぇ。あっ、遅かったかぁ」
「あんぅ、智之くん、やめて」
「ごめん、なんか俺、榛乃ちゃんの汗まみれのパンツ見たくてしょうがないんだ」
智之はとろんとした目つきで榛乃のスカートを捲ってしまう。
「智之お兄ちゃんが、エッチなお兄ちゃんになっちゃった」
鞠音は楽しそうに笑う。
「智之さん、普段は絶対そういう猥褻なことする人じゃないのに。この敵の力のせいね」
「大塚国際裸のマハちゃんの男の人によく効く魅惑の香水の力で、智之様はムラムラ状態に侵されちゃったんじぇ」
「榛乃お姉さぁん、大好きじょ♪」
「ちっ、千絵実ぃ。やめて。智之くんも千絵実も変だよぅ」
千絵実からはほっぺたにディープキスをされてしまった。
「千絵実様、女の子なのに効いちゃうなんて、百合の気質を持ってるのかも」
藍香は楽しそうににっこり微笑む。
「榛乃ちゃん、俺、パンツの匂いも嗅ぎたい」
「榛乃お姉さぁん、舌入れさせてー」
「んもう、智之くんも千絵実も早く正気に戻ってぇぇぇぇぇ」
榛乃は中腰の智之にショーツ越しだがお尻に鼻を近づけられ、千絵実に口づけを迫られる。
「すみやかに倒しましょう」
「裸のマハのおばちゃん、くらえーっ!」
鈴帆の扇子、鞠音の生クリーム&ヨーヨーの三連続攻撃によりあっさり消滅。
「あれ? 俺。うわっ、なんで榛乃ちゃんの尻が俺の目の前に!?」
「ありゃ、ワタシさっきまで何を」
智之と千絵実は途端に平常状態へ戻る。
「智之お兄ちゃんと千絵実お姉ちゃん、榛乃お姉ちゃんにずっとエッチなことしてたよ」
鞠音は楽しそうに伝えた。
「ごっ、ごめん榛乃ちゃん!」
智之はすみやかに榛乃から離れてあげ深々と頭を下げた。
「榛乃お姉さん、百合なことしちゃったようで申し訳ないじょ」
千絵実は榛乃のお顔をじっと見つめたまま頬を火照らす。
「べつに、気にしてないよ。さっきの敵のせいだもん。ん? きゃっ、きゃぁっ!」
また新たな絵画モンスターが視界に入り、榛乃は思わず目を覆った。
「立派な芸術作品だけど、こんな風に登場されると猥褻なおじさんに見えちゃいますね」
鈴帆は頬を少し赤らめて微笑む。
「このおじちゃん素っ裸だぁ! お○ん○んも丸見えーっ!」
鞠音はくすくす笑いながら楽しそうに、駆け足で迫ってくるそいつを眺める。
ミケランジェロによって描かれただろう、筋肉ムキムキな青年男性の裸体画モンスターだったのだ。
「システィーナ礼拝堂の天井画から抜け出したみたいだな」
智之は苦笑いする。
「大塚国際イニューディくん、体力は35。大塚国際美術館内の敵じゃ攻撃力最大じぇ。パンチとキック攻撃に注意して」
「やぁ、かわいいドミヌラ達、おじさんといっしょに昇天しないかい?」
そいつは人間の言葉を使って誘いかけてくる。
「ワタシ、こういう系の絵、苦手なんじょ」
千絵実は眉を顰め、すかさずあの部分目掛けてマッチ火を投げつける。
「うをおおおおおおおおおおっ、ぐあああああああああああああああああっ!」
大塚国際イニューディくんは断末魔の叫び声を上げたのちあっさり消滅した。
「千絵実お姉ちゃん、あの裸のおじちゃん火炙りの刑にしちゃったね」
「なんか、あとで呪われそうだな」
☆
みんなは大塚国際美術館から脱出後、大鳴門橋の方へ人通りの少ない道を通って向かっていく。すぐに新たな敵モンスターに遭遇した。
「鯛だぁ。美味しそう。あたし刺身で食べたいな」
「ワタシも刺身派じょ」
「私もー。鳴門の鯛はすごく美味しいよね」
「わたしはお茶漬けがいいです。あの大きさなら、かなりの人数分ありそうですね」
体長は二メートルくらいあり、海中で泳いでいるのと変わらぬ動きで宙を漂っていた。
「鳴門の鯛ちゃん、体力は28。お隣兵庫編の明石の鯛ちゃんに比べればかなり弱いじぇ」
「的が大きいから楽に勝てそうだ」
智之が果敢に立ち向かっていったら、
「うぉわっ!」
急にくるっと向きを変えた鳴門の鯛ちゃんに体当たりされ、吹っ飛ばされてしまった。
「鯛の体当たり食らったら大ダメージ貰うじぇ。他の皆様も気をつけてや」
藍香は注意を促しながら、智之にすだちゴーフレットを与えた。
「サンキュー藍香ちゃん、俺たぶん腕折れてたと思う」
智之、完全復活。
「あんなに機敏に動けるなんて、やばそうじゃ。逃げるって選択肢もありじゃよね?」
「ここは逃げましょう」
「その方がいいよ。智之くんみたいに大怪我しちゃう」
「あたしは戦いたいけどなぁ」
「うわっ! 私の方襲って来たぁ~っ!」
榛乃はとっさにその場から逃げ出す。
「俺に任せて。今度は上手くやるから」
智之はマッチ火を鳴門の鯛ちゃんに向かって投げつける。
鳴門の鯛ちゃん、一瞬で炎に包まれて瞬く間に消滅した。
「智之お兄ちゃんすごーいっ! これぞ本当の鯛焼きだね」
「智之様、弱点を上手く利用しましたね」
「やっぱ智之お兄さんは主人公じゃわ」
「ありがとうございます智之さん」
「智之くん、勇気あるね」
「いや、そんなことないと思う」
「さっきの敵に関しては姿残しといて欲しかったじょ。ぎゃんっ、いたぁい」
千絵実の体にビリッと痛みが走る。
「いってぇ! 俺も食らった。くらげの攻撃だな。動け、ない」
智之の予想通り、すぐそばに傘の直径三〇センチくらいのアカクラゲ型モンスターが空中を漂っていた。
「千絵実様、智之様。痺れ状態に侵されちゃいましたか。クラゲの針は毒針やけんど、この場合毒状態やないけん毒消しでは回復出来んじぇ。倒すかしばらくすれば自然に治るじぇ。鳴門あかくらげ、針攻撃は危険やけんど体力は21しかなくて防御力も低いじぇ」
「くらげさん、くらえーっ!」
鞠音の手裏剣一撃であっさり消滅。
「体が動かんかったけど、マッサージされとるみたいでけっこう気持ちよかったじょ」
「俺は不快に感じたけどな」
千絵実と智之は痺れ状態から回復した。
「あっ、また新たな敵現れたじょ。鳴門金時もモンスターになってるんか。でかっ!」
「あれも美味しそう♪」
榛乃は飛び跳ねながら近づいてくる全長一メートルくらいあった赤紫色なそいつをうっとり眺めてしまう。
「鳴門金時んは体力34じぇ。こいつも体当たり強烈やけん気をつけて」
「あたしが倒したーい」
鞠音は楽しそうにヨーヨーでぶっ叩いて消滅させた。
「鳴門金時パイ残していったじょ。太っ腹な敵じゃね」
千絵実は嬉しそうに拾い上げ、アイテムに加えた。
「鳴門金時パイはゲーム上では体力が30回復するじぇ」
藍香が伝えた直後、
「いやぁん、なんかべっとりしたものが頭に覆い被さって来ました。前が見えません。磯臭いです」
鈴帆が何者かに先攻された。
「鳴門わかめのモンスターか。鈴江さん、大丈夫か?」
「息苦しいですぅ」
「濡れてて重いな」
智之は鈴帆の頭にこびり付いたわかめを手掴みして引き離してあげた。
「ありがとうございます智之さん。疲れました」
鈴帆は体力をかなり消耗してしまったようだ。
「鈴帆ちゃん、これ食べて」
榛乃は亀のもなかを与えて全快させてあげた。
「鳴門わかめちゃんは体力27じぇ。弱点は炎。皆様、身動き封じに注意して」
「分かった。うわっ、動き早っ!」
智之も鳴門わかめちゃんに包み込まれてしまう。
「鬱陶しい」
けれどもすぐに自力で引き離した。
次の瞬間、鳴門わかめちゃんはさらに巨大化した。
「うわっ!」
智之は驚いて仰け反る。
「水かけたら大きくなっちゃった」
鞠音はにこにこ微笑む。水鉄砲で攻撃したのだ。
「鞠音様、鳴門わかめちゃんは水攻撃するとパワーアップしちゃうじぇ。今の体力値は40相当かな?」
藍香も楽しそうに笑っていた。
「これはやばいな」
智之も苦笑いする。
「増えるわかめちゃんと同じじゃね。ワタシに任せて」
千絵実がすみやかにマッチ火を投げつけて消滅させると、レトルトの鳴門わかめスープを残していった。
みんなは付近を引き続き歩き回っていると、
「うわっ」
智之、
「きゃっ!」
榛乃、
「びちょびしょになっちゃったじょ」
千絵実、
「体中べたべただぁー」
鞠音、
「わかめ以上に磯臭いわ」
鈴帆、
「冷たいじぇ。これは『うずしおくん』のしわざじゃね」
藍香、
全員背後から海水をぶっかけられた。
「どうだおまえら」
すぐ近くに渦の形をした物体が。そいつは人間の言葉でしゃべった。
「また先攻されちゃったわ。うずしおくんさん、これくらいでわたし達が怯むと思った?」
「冷たいけど、創傷的ダメージはないぞ」
鈴帆と智之は怒りの表情だ。
「おれの必殺技はこれだけじゃないんだぜ。くらえっ! 鳴門のうずしお打線」
うずしおくんは体を超高速回転させた。
周囲一体にブワアアアアアッと突風が起きる。
「きゃぁっ!」
「いやぁん、こいつ液体の癖にエッチじょ」
榛乃と千絵実のスカートが思いっ切り捲れ、ショーツが丸見えに。
「うわっ!」
智之はとっさに視線を逸らす。
「よそ見するなよ少年。せっかく見せてやったのに」
「ぐわっ!」
うずしおくんにタックルを食らわされてしまった。
「いってててっ、背骨折れたかも。起き上がれねえ」
智之は弾き飛ばされ地面に叩き付けられてしまう。
「智之くぅん、大丈夫?」
榛乃は心配そうに駆け寄っていく。
「榛乃お姉ちゃん、危なぁいっ!」
鞠音は榛乃の背後に迫っていた鳴門金時んをヨーヨーで攻撃。
会心の一撃で退治して、鳴門金時パイを手に入れた。
「ありがとう鞠音」
「どういたしまして」
「榛乃様、戦闘中に他の仲間の心配をし過ぎると、自分もやられちゃうじぇ。智之様ならうちが回復させるじぇ。智之様、これを」
藍香はすぐさま鳴門金時パイを智之に口に放り込んだ。
「おう、痛み消えた」
智之、完全回復だ。
「智之さん、わたしは問題なしですよ。あれ?」
鈴帆の穿いていたショートパンツもビリッと破れて、熊ちゃん柄のショーツがまる見えに。
「俺、何も見てないから」
智之はとっさに顔を背けた。
「鈴帆お姉さんのパンツもかわいいじょ」
千絵実はにやける。
「あの、智之さん、なるべく早く忘れて下さいね」
鈴帆は頬をカァッと赤らめ、ショートパンツを両手で押さえながらお願いする。
「分かった」
智之は鈴帆に対し、背を向けたまま承諾した。
「油断したな」
うずしおくんは表情は分からないが、嘲笑っているように思えた。
「鳴門で最強の敵、うずしおくん。体力は41じぇ。弱点は熱風じゃ」
「ついにこれが役立つ時が来たね。うずしおくん、くらえーっ!」
「海水のくせに生意気じょ」
「ぎゃふん」
鞠音のドライヤー攻撃と千絵実のマッチ火の攻撃で退治成功。
うずまんじゅうを手に入れた。
「よかった」
ショートパンツの破れも元に戻って鈴帆はホッと一安心した直後に、
「きゃっあん! 真っ暗です」
また何かに今度は上空から襲われてしまった。
「鈴帆ちゃんが閉じ込められちゃったっ!」
榛乃は慌てて呟く。
「息苦しいです。熱いです」
鈴帆は高さ二メートくらいの壷型の敵に覆い被されてしまったのだ。
「大谷焼衛門。体力は39。防御力かなり高いじぇ。弱点は無し。火にも強いじぇ」
「鳴門の伝統工芸、大谷焼のモンスターかよ。鈴江さん、すぐに助けるからな」
智之はさっそく竹刀で攻撃。一撃では倒せず。
「とりゃぁっ!」
千絵実もすみやかにバットで攻撃。まだ倒せなかった。
「すごく硬いね」
鞠音のヨーヨー攻撃。これでも倒せず。
智之達がもう一度攻撃を加えようとしたところ、大谷焼衛門は消滅した。
「皆さん、ご協力ありがとうございます。酸欠になりかけました。あと十秒遅れてたら体力0になってたとこでした」
代わりに現れた鈴帆はハァハァ息を切らし、汗もいっぱいかいていた。彼女も中から扇子で攻撃していたようである。
「鈴帆ちゃん、これ食べて」
榛乃は鳴門金時パイを与え、鈴帆の体力を全快させた。
「わたし、鳴門では酷い目に遭ってばかりだな」
鈴帆はしょんぼりした気分で呟く。
「鈴帆様、元気出して。次に向かう場所では中ボスを倒すことになっとるけど、鈴帆様の本領を発揮出来るじぇ。鈴帆様がおらんと突破出来んと思うじぇ」
「どんな中ボスなのかしら?」
「それは着いてからのお楽しみということで。皆様、このあと徳島市内に戻ったら、そこの敵ともう一度戦ってみて下さい」
みんなはその後は新たな敵に遭遇せず、数名の一般客が待っていた最寄りのバス停へ辿り着くことが出来た。
JR徳島駅前到着後、また付近の人通りの少ない所をぶらつくことに。
「全然痛く無いじょ」
千絵実は徳島ラーメン茶系型モンスターからまた熱々スープをぶっかけられたが、ほぼノーダメージ。このあと丼側面にバット一撃で消滅させた。
「確かにめっちゃ弱く感じる」
「武器がいらないね」
智之と鞠音は阿波おどり男を平手打ち一発で倒した。
「すだちこまちは指でつついただけで倒せますね」
鈴帆は五体で襲って来たすだちこまちをあっという間に撃退。
「あーん、またスカート捲って来たぁ。やめてー。あっ、あれ?」
榛乃はお遍路爺の肩をポンッと押しただけで消滅させることが出来た。
「やったぁ! アニヲタ君倒せたじょ。お小遣いいっぱいゲットッ! ワタシの素早さが上がったおかげじゃな」
千絵実はあわのアニヲタ君の姿を見かけるや、すぐに追いかけてGペンミサイルを投げつけ消滅させることが出来た。
みんなレベルアップを実感したわけだ。
JR徳島駅へ戻ったあと、
「うち、リアル蒲生田岬灯台にも寄りたかったけんど、交通の便悪いけん今回の旅ではスルーするじぇ。ゲーム内ではモンスター化して、蒲生田岬灯台納言って敵モンスター名で徳島編のボスになっとるんよ」
藍香はみんなの分の乗車券を購入している時に、こんなことを打ち明けた。
「蒲生田岬灯台がボスなんか! そこもユニークじゃね。戦い楽しみじゃ」
「あたしもーっ! どんな攻撃してくるのかなぁ?」
「俺は風格的には児啼爺が徳島編のボスに相応しいと思うけど」
「私もボスは児啼爺だと思ってたよ」
「わたしも児啼爺さんだと予想してたわ。ボスのいる場所、蒲生田岬じゃないのね?」
鈴帆は少し不思議がる。
「ゲーム内では蒲生田岬灯台、モンスター化したことで伸縮自在で自由に動けれるようになって徳島県内各地を旅行中って状況になっとるんじぇ。ようするにあの場所に無くて行方不明なんじゃ。リアルと同様、蒲生田岬に留まらせるんはかわいそうやけんって製作者の意図でこんな設定にしたらしいじぇ。四国最東端ながら全国的知名度は低いけんアピールしておきたいって理由もあったみたいやけんど。ゲーム内では主人公ら勇者に倒されることで普通の蒲生田岬灯台に戻って、リアル同様あの場所に聳え立つことになっとるんよ。最初の計画では児啼爺を徳島編のボスにする予定やったけんど、そいつは二回目の企画会議で量産型の雑魚敵モンスター扱いに格下げされたじぇ」
藍香から伝えられた製作裏話を聞いて、
「大人の事情でそうなっちゃってかわいそうですね。児啼爺さん」
「徳島の代表的な妖怪やのに不遇じゃね」
鈴帆と千絵実はちょっぴり憐れんであげた。
ともあれみんなは阿波池田行き各駅停車に乗り、学駅で途中下車した。特急の止まらない小さな無人駅だが、合格祈願きっぷで受験生にとっては全国的知名度の高い駅だろう。
みんなは学駅から外へ出て付近をしばし散策していると、
「フォフォフォ、皆の者、良くここまで辿り着いたな。若い娘さんがようけおって嬉しいわい。男主人公一人だけで来るゲーム内での標準進行より、こっちの方がずっと良いわ」
白髪白髭、老眼鏡をかけた作務衣姿の仙人風なお爺ちゃんに遭遇した。
「エロそうな爺ちゃんじゃね」
千絵実はそのお方の風貌を見てにっこり微笑んだ。
「フォフォフォフォッ。わしは小学生の女子(おなご)が一番の好みなのじゃよ」
お爺ちゃんはとても機嫌良さそうにおっしゃる。
「ロリコンなんかぁ。見た目通りじゃね」
「あたしが好きなの?」
鞠音がぴょこぴょこ近寄っていこうとしたら、
「鞠音、このお爺ちゃんに近づいちゃダメだよ。エッチなことされるからね」
「そんなことしないよ」
「いや、しそうだよ」
榛乃に背後から掴まえられた。
「このお方は学力仙人といって、対戦避けることも出来るけんど、戦った方が後々の旅で有利になるかもじぇ」
「学力仙人のイベントうざ過ぎってレビューに書かれてたけど、徳島編で早くも遭遇するんだな」
智之は興味深そうに学力仙人の姿を眺めた。
「敵モンスターやけんど、倒せば味方になってくれるじぇ。主人公達に学力向上を授けてくれるええお方よ。小学生の女の子の中でも、勉学に励む子が特に好きなんじぇ」
「ホホホッ。そこの鞠音と申されるお嬢ちゃん、わしに勝負を挑んでみんかのう?」
「やる、やるぅ」
「鞠音、危ないからダメだよ」
「小学生の鞠音様では、まだ無理だと思うじぇ」
「戦いたいんだけどなぁ」
「わたしがやりますっ!」
鈴帆が率先して学力仙人の前に歩み寄った。
「ショートがよくお似合いのお嬢さんは、東大志望かのう?」
学力仙人が問いかける。
「いや、わたしは京大第一志望よ」
鈴帆はきりっとした表情で答えた。
「そうか。まあ京大でもいい心構えじゃ。戦いがいがあるわい。それっ!」
学力仙人はいきなり杖を振りかざした。
「ひゃっ!」
鈴帆は強烈な突風により吹っ飛ばされてしまう。
「想像以上に強いな。このエロ爺」
智之はとっさに鈴帆から目を背けた。
「きゃんっ!」
服もビリビリに破かれて、ほとんど全裸状態にされてしまったのだ。
「なかなかのスタイルじゃわい」
学力仙人はホホホッと笑う。
「立ち上がれないわ。かなり、ダメージ、受けちゃったみたい。痛い」
仰向けで苦しそうに呟く鈴帆のもとへ、
「大丈夫? 鈴帆ちゃん、これ食べて」
榛乃はすぐさま駆け寄って、すだちゴーフレットを与えて回復させた。けれども服は戻らず。
「学力仙人、攻撃もエロいね。ワタシも協力するじょ」
「エッチなお爺ちゃん、くらえーっ!」
千絵実はバット、鞠音は水鉄砲を構えて果敢に挑んでいくも、
「ほいっ!」
「きゃわっ! もう、ほんまにエッチじゃわ」
「いやーん、すごい風ぇ」
鈴帆と同じように攻撃すらさせてもらえず杖一振りで服ごと吹っ飛ばされて、ほとんど全裸状態にされてしまった。
「千絵実も鞠音も大丈夫?」
「平気じょ、榛乃お姉さん」
「あたしも、大丈夫だよ」
「すごく苦しそうにしてるし、そうには思えないよ」
榛乃は心配そうに駆け寄り、亀のもなかで全快させてあげた。破かれた服はやはり戻らず。
「一応、やってみるか」
千絵実と鞠音のあられもない姿も一瞬見てしまった智之も、竹刀を構えて恐る恐る立ち向かっていったが、
「それっ!」
「うおあっ!」
やはり杖の一振りで吹っ飛ばされ大ダメージを食らわされてしまった。けれども服は一切破かれず。
「男の裸なんか見たくないからのう」
学力仙人はにっこり微笑んだ。
「智之さん、相当効いたでしょう? これ食べて元気出して下さい」
「ありがとう、鈴江さん」
明日用の替えの服を着た鈴帆は鳴門金時パイで智之を全快させてあげた。
「次は、お嬢さんが挑んでみんかのう?」
「いいえけっこうです!」
学力仙人に微笑み顔で誘われた榛乃は、青ざめた表情で即拒否した。
「このエロ爺、とんでもない強さじゃわ。これは倒しがいがあるじょ」
「中ボスの力じゃないよね?」
千絵実と鞠音は圧倒されるも、わくわくもしていた。
「どうやっても、勝てる気がしないわ」
鈴帆は悲しげな表情で呟く。
「この仙人、見た目のわりに強過ぎだろ。どうやって勝つんだよ?」
智之は千絵実と鞠音のあられもない姿を見ないよう視線を学力仙人に向けていた。
「ホホホ、まあ今のお主らには勝てんじゃろうな。けどわしも鬼ではない。お主らにわしにハンディを与えさせてやろう」
学力仙人はそう伝えると、数枚綴りの用紙を智之に差し出して来た。
「これ、テストか?」
「学力仙人はデフォルトじゃかなり強いけど、学力仙人が出すペーパーテストの正答率と同じだけ攻撃力、防御力、体力も下がるんじぇ。例えばこれに六割正解すれば、デフォルトの能力値から六割減になるんじぇ。ちなみにゲーム上ではネット検索対抗で一問当たり三〇秒の制限時間が設けられとるよ」
藍香は解説を加えた。
「相当難しいのばかりじゃから、お主ら程度の頭脳じゃ三割も取れんと思うがのう。まあ三割取れたところでまだまだわしには通用せんじゃろう」
学力仙人はどや顔でおっしゃる。
「確かに難し過ぎだな。マニアックな問題が多いと思う。高校生クイズの地区予選のよりも難しいんじゃないか?」
智之は苦笑いした。
さとうきびの搾りかすは何と呼ばれているか?
テレビドラマ『魔女はホットなお年頃』の
徳島県内にある次の地名の読み仮名を記せ。【廿歩】【十八女】【工地】
などの一問一答雑学問題が特に多く出題されていた。
「あたし一問も分からないよぉ」
「ワタシもじゃ」
「千絵実ちゃん、鞠音ちゃんも、服破けてるから」
前から覗き込まれ、智之はもう片方の手でとっさに目を覆う。
「すまんねえ智之お兄さん、すぐに着てくるじょ」
「この格好でいたらお巡りさんに逮捕されちゃうね」
千絵実と鞠音は自分のリュックを置いた場所へ向かってくれた。
「私も、ちょっとしか分からないよ。三割も取れないと思う」
榛乃もザッと確認してみて、苦い表情を浮かべる。
「それならわたしに任せて」
鈴帆はシャーペンを手に持ち、楽しそうに解答を記述し始めた。
全部で百問。一問一点の百点満点だ。
「どうぞ」
鈴帆は三〇分ほどで解答を終え、清々しい笑顔で学力仙人に手渡した。
「ホホホ。かなり自信のようじゃが……うぬっ! なんと、九八点じゃとぉっ! ネットで調べる素振り見せておらんかったのに」
学力仙人は驚き顔で呟く。
「鈴帆様。さすが賢者。大変素晴らしいじぇ。どこにでもいるごく普通の高校生なら三割取れれば上出来なこの超難問テストで九割八分の正解率を叩き出すなんて。学力仙人、能力値九割八分減で阿波おどり男並に弱くなったと思うじぇ」
「本当か? 姿は全然変わってないけど」
智之は少しにやけた。
「いや、わしの強さは全く変わってないぞよ」
学力仙人は自信たっぷりに杖を振る。しかし先ほどのように風は起きなかった。
「明らかに弱くなってますけど。学力仙人さん、エッチな攻撃した仕返しよ」
鈴帆は扇子で学力仙人の頬を引っ叩いた。
「ぐええ! まいった」
学力仙人は数メートル吹っ飛ばされてしまい、あえなく降参。
「能力値極端に下がり過ぎだろ」
智之は思わず笑ってしまう。
「服も戻ったわ」
「ほんまじゃ」
「勝ったんだね」
鈴帆、千絵実、鞠音の破かれた服も瞬く間に元通りに。
「ホホホッ。皆の者、今後の旅、健闘を祈るぞよ。これを持って行きたまえ」
学力仙人はみんなに学力向上のお守りを一つずつ手渡すと、ポンッと煙を上げて姿を消した。
「なんか、急に頭が冴えて来た気がするじょ」
「俺も」
「私も」
「わたしもですよ。今ならどんな東大京大の過去問も簡単に解けそうです」
「あたしもすごく頭が良くなった気がする。勉強しなくてもテストで楽に百点取れそう」
「皆様、お疲れ様でした。もう夕方やけん今日の戦いはやめにして、宿に向かいましょう」
「この辺り、泊まるとこあるのかな?」
智之は少し心配になった。
「この近隣にある燕風(つばめかぜ)旅館、空室があるみたいよ。食事付きで高校生以下は一人当たり一泊一万五千円だって。六名以上だと団体割引で一万二千円よ」
「それでも高めやけんど全部屋露天風呂付き客室なんかぁ。鈴帆お姉さん、ここにしよう!」
「ゲーム機とソフトも備えてあるのっ!? あたしもここがいいな♪」
「私もー」
「ええ場所にあるね。うちもここがええじぇ」
「ではしておきますね。わたしもすごくいいなって思ったよ」
鈴帆は携帯のネット画面を閉じると、さっそくその旅館に電話予約。
「ゲーム上でも事前予約してへんと、宿に泊まれん場合もあるじぇ」
「そこもリアルさがあるな」
智之はそのシステムも余計だなっと感じたようだ。
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