第一話 そのゲームはやはり従来のRPGとは一味も二味も違ってたじぇ

《歴代最強のクソゲーって評価もあるんだけど、どうなんだろうな?》          

智之は帰宅後、説明書をザッと流し読みしたのち、携帯ネットでレビューも一応確認してから対応ゲーム機であのソフトを起動させた。

「雅楽の音楽とは、BGMも和風だな」

 スタート画面が表示されるとコントローラを操作し、初めからを選ぶ。

「主人公の名前入力からか。普通に俺の名前にしとくか」

 ともゆき、とかな入力後、漢字変換し智之を選択。

次へボタンを選択すると、本編前の序章が始まった。

《ここは飛ばすことも出来るみたいだけど、せっかくだし見てみるか》

 智之はコントローラを置き、画面に少し顔を近づけ視聴開始。


 西暦20XX年七月七日 朝七時七分頃、徳島県徳島市。

眉山の麓、阿波おどり会館に雷が立て続けに七回も直撃した。

幸い建物被害と人的被害はなかったのだが、その日以降、徳島県内を皮切りに日本各地でご当地関連のものが次々とモンスター化する怪奇現象が発生した。


阿波おどり会館と背後に聳える眉山の背景付きでこんな字幕が出たあと、あの七夕の日から一週間余りが過ぎたある日の夕方。という字幕と共に徳島市内のどこかの住宅街の映像が映し出され、続いて主人公の自宅らしき風景が映し出された。智之宅と字幕が出たのでそれで間違いないだろう。高級感漂う庭付き一軒家だった。

《このゲームの始まりの舞台、俺が住んでる町と同じなんだな。親近感が沸くよ》

 智之のわくわく感が高まる。

『智之、期末テスト終わったからってまーた漫画ばっかり読んで。勉強しぃやー。このままダラダラ過ごしとったら文理大、四国大にしか受からんようになってまうでぇ』

 智之宅全景の映像のまま突如、おばさんのダミ声がこだました。

『母さん、いきなり入ってくるなよ。今からやろうとしてたのに。っていうかこれ漫画ちゃうしラノベやけん』

 続いて主人公と思われる男子高校生っぽいキャラが自室の光景と共に映し出された。

 とりわけイケメンでもなく不細工でもなく平均的な感じの容姿だった。特に強そうな勇者っぽい雰囲気も感じられなかった。

「なんだこの始まり方は。リアリティあるけど」

 智之は思わず笑ってしまった。

 そのあとも場面が何度か切り替わり、主人公の父が登場した。気弱そうな感じだった。

『智之、今日本はご当地関連のもののモンスターの氾濫でいろいろ大変なことになってるみたいだし、夏休みを利用してそれを退治がてら、日本一周の旅に出てみないか? きっと青春のいい思い出になるぞ』

『ほうじゃなぁ。俺、気分転換したいし、ご当地モンスターとも戦ってみたいし』

《職業が高校の数学教師ってもリアリティがあるなぁ。主人公はやけに乗り気なようだ。まあそうじゃなきゃ物語始まらないか……主人公はノーベル物理学賞受賞者、中村修二さんの母校である徳島大学理工学部を目指しているって設定まではいらないような。現実にいる普通の高校生っぽさますますあり過ぎ。俺と同じだし》

 智之は説明書の主なキャラ紹介を確認しつつ心の中で突っ込む。

 このあと数場面で序章が終わり、本編がいよいよ始まった。主人公と自宅前の風景が映し出される。ゲーム画面下右隅には日にちと時間表示がされていた。七月二一日午前十時だった。

《HPが体力って表示されてるのも和風だな。体力はレベル1だと満タンで30か。MP、日本語表記なら魔力は本当に表示すらされてないぞ。装備武器は竹刀。所有アイテムは地図、携帯電話、財布、生徒手帳、水筒、筆記用具、夏休みの宿題ってのもリアリティがあるな。所持金五七九一円。通貨単位もリアル日本と同じく円か。現在の天気まで表示出来るんだな。とりあえず、駅前へ行ってみるか》

 智之は感心気味に主人公のステータスなどを確認後、地図を使い現在地を表示させたのち自宅前を出発地、JR徳島駅前を徒歩移動での目的地に設定し実行対応ボタンを押した。 

《短縮機能で一瞬で着いたけど、ゲーム内時間は相応に経過してるな。駅前の風景、リアルそっくりだな。再現度高っ! ちょっとトイレ行ってくるか》

 智之はここでまたコントローラを置き、立ち上がろうとしたら、

「やべっ」

うっかり500mlペットボトルに手が当たってしまい、中の麦茶をこぼしてしまった。テレビの液晶画面にもちょっとだけかかってしまう。

「まあこの程度じゃ故障はしないだろ」

智之はすぐにティッシュペーパーで濡れた箇所を拭き取り、残った麦茶も飲み干すと自室から出て行った。

 二分ほどのち、用を済ませた彼が自室へ戻ろうと階段を上がっている途中、

ピンポーン♪ とチャイム音が。

「こんばんはー」

「こんばんはです」

「智之お兄さん、遊びに来てあげたじょ」

「智之お兄ちゃん、お礼にマドレーヌ持って来たよ。あのゲームもう始めてる?」

 榛乃達が予告通り訪れて来たわけだ。

「ちょっとだけ進めたよ。今は本編始まって間もないとこ」

 智之はこの四名を快く自室へ招き入れ、再び操作し始めた。

「舞台もろに徳島やん! 徳島が出るRPGなんてワタシ初めて見たじょ。リアル徳島駅前が忠実に再現されとるぅ」

「本当だぁ。グー○ルマップのストリートビューみたーい。あたしんちも出てるのかな?」

「そごうもあるね。ファンタジーっぽさを全然感じないよ。ここまで日本の町並みがリアルに再現されてるRPGって、他にないよね?」

「このゲーム、超名作の予感がしますね」

 三姉妹も鈴帆も楽しそうにゲーム画面を覗き込む。

「ゲーム始めたばかりだからまだ良く分からない部分だらけだけど、予想通り従来のRPGとはかなり違ってたよ。リアル近似な世界観になってて現代日本が舞台で、敵モンスターもご当地に関連したものが登場してて全国で数万種類もいるらしい。手に入る回復アイテムも徳島ならぶどう饅頭とかすだちゴーフレットとか金露梅とか、ご当地ならではの実在するものって説明書に書いてあったよ。長距離移動するための乗り物も現実世界同様、鉄道、バス、飛行機、船、タクシー。従来のみたいな飛行艇とか架空の乗り物は一切登場しないらしい」  

「斬新じゃ。このゲーム、どれくらい人気あるんじゃろ?」

「先月出たゲームで断トツで売れなかったみたい。発売から一週間足らずでワゴンセール行きになってたってツイッターに書かれてた。これも元値五千円くらいのが投げ売り九八〇円だったし。俺は地理が好きだから面白そうって感じたけどね。主人公が徳島に住むアニメやマンガやゲームが好きな男子高校生で、勉強しぃやと普段から口うるさく言う母さんから解放されるために、夏休みを利用して日本一周の旅に出ることになったってのも共感持てたし。あと主人公以外の勇者仲間がみんな女の子らしいから、俺は買ってよかったと思ってる。今のところは」

「一部のマニア向けってわけなんかぁ」

「こんな日本地理の勉強にもなる良作だろうゲームが全然売れてないなんて、宝の持ち腐れだと思うわ」

「俺もそう思う。おう! 敵ついに現れたか」

「町ん中でもおるんじゃね」

「すだちだぁ! ド○クエのスライムみたいだね」

「かわいい♪ 私、ペットにしたいな」

「徳島らしいわ。モンスターが本当にご当地に関連してますね」

 画面上に【すだちこまち】と命名された緑色球型の敵モンスターが計三体表示されていた。眼が二つ、眉と口が付いていること以外、本物のすだちそっくりだった。

 一体が主人公にいきなり突進攻撃を食らわして来た。主人公に1のダメージ。

「1だけか。こいつが最弱雑魚っぽいな。おう、こんな攻撃もして来たか」

 智之は感心気味に呟く。別の一体が主人公の顔面目掛けて果汁をブシャーッとぶっかけて来たのだ。主人公に3のダメージ、さらに視力一時低下。打撃攻撃のミス率アップである。

 この敵をちょっと苦戦はしたものの竹刀攻撃で全滅させ、主人公をまた歩かせ初めてすぐに新たな敵との戦闘画面になった。

「今度は人形浄瑠璃の女形か。これも徳島らしいな」

 智之は主人公に竹刀で攻撃させ、この敵に4のダメージを与えさせる。

「うわっ、攻撃力高っ! 9も食らったぞ。こいつはレベル1で戦わない方がいい敵だな」

 直後に敵の方から平手打ち攻撃されると、智之は焦り気味に逃げるを選択させた。

「智之お兄さん得意の技じゃね」

 千絵実はくすっと笑う。

「やばっ」

失敗し、二度目の平手打ち攻撃を食らってしまい8のダメージ。

 逃げる選択二度目は成功した。

「危うくゲームオーバーになりかけた。回復アイテム、あそこの茶店で買うか。このゲームでは魔法は存在しないから体力回復にはアイテムを使うか宿に泊まるか温泉に浸かるかくらいしかないみたい」

 智之は説明しながら主人公を最寄りの和風な外観の茶店へ移動させた。

「魔法が存在せんってのもさすがリアル近似じゃね。小笠庵かぁ。ここはリアルでは存在せん店やんね?」

 千絵実はさっき出た敵モンスターのイラストを、スケッチブックに4B鉛筆で描きつつゲーム画面を覗く。 

「小笠藍香(おがさ あいか)ちゃん、予想通りここで登場か」

智之は回復アイテムのぶどう饅頭、金露梅、滝の焼餅を購入後、主人公を店内二階奥にいた藍染め浴衣姿で濡れ羽色髪三つ編みな女の子の側へ移動させ、会話対応ボタンを押す。説明書に徳島のご当地ヒロインキャラとして紹介されていたこの子を智之はちょっと気に入ってしまったのだ。主人公の幼馴染らしい。 

「おいでなして智之様。うちのママから話聞いとるじぇ。四十七都道府県をご当地モンスター退治しながら巡る旅、頑張ってや。うち、めっちゃ応援しとるけんね」

 藍香は微笑み顔でエールを送ってくれた。 

「おっとりした徳島弁だ。キャラボイスもかわいいな」

 智之は思わずにやけてしまう。

「この女の子めっちゃかわいいっ! ほっぺたなめたら甘い和菓子の味がしそう。ワタシ一目惚れしちゃったじょ。フィギュア化したら人気出てこのゲーム爆売れするんちゃう」

 千絵実も恍惚の笑みを浮かべていた。

「浴衣といい方言といい、ローカル色が醸し出されてますね」

「すごく良い子っぽいね。私、お友達に欲しいな」

「このお姉ちゃん、千絵実お姉ちゃんより美人だね」

「それは否定出来んじょ。智之お兄さん、この子にもう一回話しかけさせてみてや」

「分かった」

もう一回話しかけたら何って返ってくるのかな? 

智之はわくわく気分でもう一度同じボタンを押してみた次の瞬間、

「うをあっ!」

びっくり仰天して思わず仰け反った。

 なんと、藍香がゲーム画面から飛び出して来たかのように見えたのだ。

「えぇっ!!」

「あらら」

 智之と同じくびっくり仰天した榛乃と鈴帆。

「おう、専用眼鏡はかけてないのにめっちゃ飛び出して見えるじょっ!」

「超立体的な3Dだねっ。触れそう」

 千絵実と鞠音は大興奮し、

「……って、本物の人間なん?」

「本物みたいだよ、このお姉ちゃん。お茶菓子の匂いもするもん」

 藍香の体に触れてみて体臭も嗅いだ。

「こんばんはー。はじめまして、プレーヤーの皆様。うち、画面に麦茶をかけられた衝撃で、このゲーム画面からリアル世界に飛び出れるようになったんじぇ。小笠藍香と申します。ゲーム内徳島市で明治時代から続く茶店【小笠庵】の看板娘で十四歳、中学二年生じぇ」

藍香はほんわかした表情、おっとりした口調で嬉しそうに自己紹介した。

「……マジかよ?」

「確かに、さっき画面にいた女の子にそっくりだね」

 智之と榛乃は目を大きく見開く。

「ゲームから出て来れるなんてお姉ちゃん魔法使いみたーい。あたしの名前は鞠音だよ」

「ワタシ千絵実、同い年じゃね。めっちゃ凄いじょこのゲーム。智之お兄さん買ってほんま正解やったね」

 鞠音と千絵実は大喜びしているようだ。

「……しっかりと感触があるし、香りもするわ。どうみても、生身の人間だ。麦茶がテレビ画面にかかったくらいでこんなことって、まず起こりえないよ。摩訶不思議♪」

 鈴帆は藍香の肩や髪の毛に触れてみて、疑いの余地はないなと感じたようで頑なな表情がほころんだ。

「うち自身も超びっくりじぇ。こちらのお方はめっちゃ賢そうじゃね」 

 藍香に間近でお顔を見つめられ褒められると、

「いやぁ、わたし、それほど賢くもないですよ」

 鈴帆はちょっぴり照れくさがった。

「鈴帆ちゃんは見た目どおりとっても賢い子だよ。私達が通ってる城陵高校は毎年東大京大合格者が出てる県内でも指折りの進学校なんだけど、そこでもテストはいつも学年トップに近い成績なの。私も小学校時代から勉強面でよくお世話になってるよ」

 榛乃は嬉しそうに伝えた。

「やはり賢者でしたかっ! うちの予感、的中じぇっ!」 

 藍香は興奮気味に反応する。

「いえいえ、そうでもないです」

 鈴帆はますます照れくさがってしまったようだ。

「鈴帆お姉ちゃんは相変わらず控えめだね。藍香お姉ちゃん、このマドレーヌあたしの手作りだよ。あたしお料理大好きで部活も料理部に入ってるの」

「ほうなんじゃ。鞠音様は料理人属性持っとるんじゃね」

「ワタシは絵ぇ描くんめっちゃ好きじょ。このワタシのスケッチブック自由に見てええよ」

「ほな見させてもらうじぇ。おう、めっちゃ上手いっ! うちも趣味でイラストよう描くけんどこんなに上手くは描けんでぇ」

「わたしはイラストより文章書く方が好きだな」

「ワタシ学校では漫研入っとるんじょ。ちなみに榛乃お姉さんは楽器演奏が得意なんよ」

「榛乃様は音楽家属性なんじゃね」

「私、得意ってほどでもないよ」

 女の子達五人で会話を仲良く楽しそうに弾ませている中、

「確かに生身の人間みたいだけど、果たしてこれは現実の出来事なのだろうか?」

 一応、藍香の髪に触れてみた智之はまだ半信半疑だ。

「智之様のその反応、さすが現実世界の住人様なだけはあるじぇ。ところでここの住所、どこの都道府県なん?」

「徳島県だよ。ちなみに県庁の徳島市」

 榛乃が伝えると、

「ほうなんじゃっ! うち、リアル徳島県に飛び出したんかぁ。市まで同じやなんて運命を感じるじぇ。ほな皆様、また会おな」

 藍香は満面の笑みでそう告げて、テレビ画面に飛び込んだ。

「おう、藍香ちゃん三次元から二次元に戻っとるじょ。ワタシもこの中入って二次元化してみたいじょ」

「どんな仕組みなのかしら? 原理を追及してみたいな」

「藍香お姉ちゃんまた出て来ないかなぁ」

「私もまたリアルで会いたいな。あっ、藍香ちゃん動いて画面から消えちゃった」

「俺はさっきの出来事、じつは夢だったとしか思えないんだけど」

 智之が主人公を移動させ、藍香をまた画面上に表示させると、

「あのう、皆様。大変なことが起きてしもうたんじぇ」

 藍香はすぐにまた飛び出して来て、気まずそうに伝えてくる。

「何が起きたんだ?」

 智之がきょとんとした表情で問いかけると、

「ゲーム内の徳島編の敵モンスターが、ボスも含めめっちゃようさん現実世界の徳島県内に飛び出ちゃったみたいなんじぇ。おそらくこの部屋の窓から外へ出て行っちゃったみたい」

 藍香は苦笑いして深刻そうに伝えて来た。

「……ってことは今、リアル徳島県にゲーム内の敵モンスターがいっぱい蔓延ってるってことなのか?」

「そういうことなんじぇ」

「それ、本当だとしたらかなりやばいよな?」

 智之も苦笑いする。

「めっちゃやばいじぇっ!」

「俺、トイレ行った時ゲーム付けっぱなしだったから、それが原因だったりして」

「きっとそうじぇ」

藍香はやや険しい表情で智之のお顔をじーっと顔を見つめてくる。

「やばっ。俺のせいか」 

 智之は気まずそうに藍香から視線を逸らした。

「ってことはさぁ、このゲームの敵モンスターとリアルで戦えるってことやん! ワタシ、モンスター退治に協力したるじょっ!」

「あたしももちろんオーケイだよ。リアルな勇者気分が味わえるね」

「わたしも協力しますよ。こんな夢のような体験が出来るなんて、とても楽しみです♪」

 千絵実と鞠音と鈴帆は大喜びしている様子だったものの、

「私、戦いなんて、怖くて出来ないよぉ」

 榛乃は億劫としていた。

「榛乃お姉さんは相変わらず怖がりじゃね。ワタシはめっちゃ楽しみやのに」

「あたしもすごく楽しみだよ」

 千絵実と鞠音はにっこり笑う。

「榛乃様、ご心配いらんでぇ。徳島編はゲーム上ではスタート地点ゆえに、主人公一人でも攻略出来るようになっとるけん、皆の力を合わせればきっと楽勝じぇ」

 藍香は爽やかな笑顔で主張した。

「私はいっさい戦わないよ。ついていくだけだよ」

 榛乃は困惑顔できっぱりと主張する。

「それでもええでぇ。榛乃様は回復係としての活躍、期待しとるじぇ。智之様は主人公として大活躍してくれなあかんでぇ。こんな事態になっちゃった一番の原因作ったんやけん」

「わっ、分かった。自信ないけど、頑張るよ。リアル徳島県これから大変なことになりそうだな。重大ニュースになるんじゃないか?」

「敵モンスターは勇者に対して攻撃してくるけん、一般人には特に影響ないと思うでぇ。ほなけんのんびり退治してもきっと大丈夫じゃ」

 藍香は余裕の心構えのようだ。

「そうなのか。まあでも、対応を急ぐに越したことはないな」

「ゲーム上での標準攻略日程通り、一泊二日で片付けましょう。皆様の宿代はうちが全額負担するじぇ。こっちの世界、ちょうど金曜やけん明日出発出来るね。明日どこまで進めるか分からんけん、明日の夕方時点でおる場所で宿を探しましょう」

「泊りがけの旅行になっちゃうね。パパとママにどうやって説得しよう?」

「鞠音、そのまま伝えたら絶対変に思われるじょ。ワタシに任せとき」

「私は出来ればダメって言って欲しいな」 

「榛乃お姉さんが嫌がっとる。これは快く許可してくれるフラグ立ったじょ」

 千絵実はにやりと笑う。

「もし認めてくれちゃったら、誰か強そうな子も連れて来ないと」

 榛乃は困惑気味に呟いた。

「確かに俺達みんな武闘派の戦士タイプじゃないもんな。俺、柔道部の知り合い誘ってみるよ。問題はどう説得するかだけど」

「あたしもわんぱく相撲やってる男の子のお友達誘おうかなぁ」

「皆様だけで特に問題ないでぇ。むしろ戦士タイプの子がおったら敵モンスター退治が簡単に無双出来過ぎてつまらなくなるけん必要ないでぇ。映画版ド○えもんの出木杉くんみたいに」

「そうか」

 智之は納得するも、

「強い子が一人でもいてくれた方が心強いんだけどなぁ」

 榛乃はとても不安げだ。

「ゲーム内の世界でもド○えもんがあるんだね」

 鞠音はちょっぴり不思議がった。

「エンタメ関連はリアルと全く同じじぇ。ほなけど著作権的にプレー画面にはそういうのは会話文含め一切表示されんのよ。皆様、うちがゲーム内から装備品や回復アイテムを調達してくるけんこちらの時間で明日の朝七時頃、智之様のお部屋へお越し下さい。住宅地には敵モンスターは現れんと思うけん、安心して移動してや」

「そんな朝早くから行くのか?」

 智之はちょっと迷惑そうにする。

「人通りが多くなると、敵モンスターはゲーム内と同様隠れちゃうと思うんじゃ。智之様の不注意が原因でこうなっちゃったわけやけん、智之様に文句言われる筋合いはないでぇ」

 藍香はほんわかした表情、おっとりした口調できっぱりと主張する。

「そう言われると、何も言い返せないな」

 智之は苦笑いした。

「ほなママとパパに旅行の交渉してみるじょ」

「わたしも頼んでみます」

 千絵実はさっそく携帯で母に、藍香が同じクラスの大阪からの転校生で徳島の名所をいろいろ案内して欲しいと頼まれたからという風に偽って伝え、見事交渉成立。

 鈴帆も携帯で母に上手く事情を説明し、外泊旅行許可を貰えた。

「ばいばーい智之お兄ちゃん、藍香お姉ちゃん。あたし今日は早めに寝るよ」

「ほな明日めっちゃ楽しみにしとるけん」

「願わくば明日までに自然に解決されてて欲しいなぁ」

「榛乃さん、せっかく超奇跡的非日常的体験が出来るんだから楽しまなきゃ損よ。では智之さん藍香さん、また明日」

 榛乃はしょんぼり気分で、他の三名はわくわく気分で後藤田宅をあとにし、自宅へ帰っていった。

「智之様、今の状況、現実やって実感出来たみたいじゃね」

「うん、まあ。ここまで来るとな。ゲーム内の敵、現実世界に飛び出てる分、ゲーム内での遭遇率は下がるんじゃないのか?」

「まあそうなるじゃろね」

 智之は引き続きこのゲームをプレーすることに。

「このゲーム、ひょっとして主人公がアイテム探しのために見ず知らずの家に勝手に上がり込むってことも出来ないのかな?」

「当たり前じぇ。そんなことしたら住居侵入罪と窃盗罪になるでぇ。このゲームでは宝箱も出て来んし、本物の剣や銃、その他殺傷能力のある武器を持つことも銃刀法違反になるけん出来ん現実世界にかなり近いファンタジーRPGなんじぇ。このゲームのファンタジー要素といえば、敵モンスターの存在と、それを倒したらお金やアイテムが貰えることと、食べ物や薬で病気や怪我が瞬時に治っちゃうことくらいじぇ」

 藍香はにこにこ笑いながら伝えてくる。

「本当、リアル感溢れるRPGだな。新町川沿いもリアルにかなり忠実に再現されてるし」

「智之様、がっかりすること言っちゃうかもしれんけど、リアルな日本の町並みが忠実に再現されとるいうても、町の中心地や観光名所、地形くらいで、住宅地とかは製作者の想像でモデリングされとるじぇ。あとやばい施設もゲーム内ではカットされとるよ」

「俺はそれでもじゅうぶん過ぎる再現度だと思う。むしろ住宅地まで忠実に再現したらプライバシー的にダメだろ。藍香ちゃんこのゲームのこと詳しいね」

「そりゃぁうち、ゲーム内キャラやけん。このゲームのシステムは大方把握しとるじぇ。うちは攻略本代わりにもなるじぇ。徳島県をスタートして、旅をしながら仲間を増やして各都道府県に少なくとも一体はおるボスを全て倒せばゲームクリアじゃ。特定のラスボスはおらんくて、どこから攻略していってもオーケイじぇ。つまり徳島をラストに攻めるんもありなんじぇ。ほなけど敵の強さは全然ちゃうよ。敵最弱徳島県のボスより、中の下の県の雑魚の方が遥かに強いじぇ。徳島県の次どこ行ったら倒しやすいかは、ヒミツ」

「その方が楽しめる。旅始めたばっかりの主人公が、いきなり最強クラスの敵が巣食うとこに行くことも出来るってわけだな」

 智之はこのゲームに対する期待感がますます高まった。

「間違いなくその地域の最弱雑魚にも瞬殺されちゃうけどね。交通費さえあれば、日本中どこでも自由に移動出来るじぇ。それにしても智之様のお部屋って、男の子のお部屋のわりにきれいに片付いとるよね」

「俺が学校行ってる間に母さんが掃除してくれるからな」

「智之様、勇者やからって自分の部屋の掃除をお母様に任せきりはあかんでぇ」

「俺、勇者じゃないし」

「このゲームのプレーヤーはみんな勇者なんじぇ。智之様のお部屋はどんなアイテムが隠されとるんかな?」

 藍香は立ち上がるや、勝手に机の引出やベッド下を調べてくる。

「あの、俺の部屋、従来のRPGのアイテム探しみたいに物色するのはやめて欲しいな」

「あっ、テストが出て来た。数学Ⅰ八四点に古文八六。賢いね。賢者としても活躍出来そう。図鑑もけっこう持ってるし、教養高そうじゃ」

「あの、藍香ちゃん、聞いてる? プライバシーの侵害だから」

「通知表も出て来た。中学の頃のじゃね。五教科はオール5やけんど、副教科が平凡なオール3じゃ」

「実技系は全般的に苦手なんだ。筆記試験は得意だけど」

「ほうか。それが智之様の属性なんじゃね。体力テストは五〇メートル走以外全部平均以下やけん納得じゃ。逃げ足だけは速いみたいじゃね」

「おいおい、俺の個人票見つけるなよ」

 智之と藍香、こんなやり取りをしていると、

「おーい、智之くーん、藍香ちゃん」

 窓の外から榛乃の声が。

榛乃のお部屋と、智之のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。

「やっほー榛乃様、お部屋そこやったんじゃね」

「うん、十年以上前からそうなってるよ」

「榛乃ちゃん、藍香ちゃんが俺の部屋勝手に荒らしてくるんだけど、何か言ってやってくれないか?」

「智之くん、妹っていうのはお兄ちゃんのこといろいろ知りたいものなんだよ。私もお兄ちゃんがいたら、お部屋を勝手に詳しく調べると思うなぁ」

「俺、藍香ちゃんのお兄ちゃんじゃないし」

「榛乃様、ええこと言うね」

「藍香ちゃん、智之くんはエッチな本は絶対持ってないから安心してね」

「智之様は本物の紳士なんじゃね。榛乃様のお部屋は、音楽家属性なだけに楽器ようさん置いてあるね」

「そこからでも見えるんだね。お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるの」

「うち、榛乃様の生演奏聞きたいじぇ」

 藍香から強くせがまれると、

「じゃあ、フルートを吹くね」

 榛乃は快くそれを手にとってお口にくわえ、童謡『赤とんぼ』を演奏してあげた。

「めっちゃ上手いじぇ、榛乃様」

 藍香にうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、

「いやぁ、そんなことないよ」

 榛乃は照れ笑いする。

「今度はピアノ弾いてやー」

「分かった」

次の要望にも快く応え、嬉しそうに小型ピアノでベートーヴェン交響曲第九番第四楽章『歓喜の歌』を弾いてあげた。 

「とっても上手じぇ。次はヴァイオリン弾いて下さいっ!」

「私、ヴァイオリンは上手くないよ」

「榛乃様、謙遜するところが大和撫子らしいじぇ」

「藍香ちゃんの方がよっぽど大和撫子らしいよ。じゃあ、『山の音楽家』を弾いてみるね」

 榛乃は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。

 最初の一節を演奏してみて、

「どうかな?」

 榛乃は苦笑いで問う。

「……上手じぇ」

 藍香は三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。

「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」

 榛乃はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。

「気にしちゃあかんじぇ。うちもヴァイオリン全然弾けんけん。それにこれは武器にもなるじぇ」 

 藍香が慰めるように言う。 

「でもいつか上手くなりたいよ。ではまた明日。おやすみ」

 榛乃はそう伝えて窓を閉めた。

「ねえ智之様、榛乃様は智之様の彼女じゃないの?」

「ああ。ただの幼馴染のお友達なんだ。時にお姉さんっぽく、時に妹っぽく振る舞って、性格もいいし、好感が持てる子だなって感じてる」  

「そうか。キスはしたことあるん?」

「するわけないって」

「俯きながら答えてるとこが怪しいじぇ。絶対しとるじゃろ。正直に答えてや」

「してない、してない」

「これはしとるなぁ。お顔に書いとるじぇ」

「だからしてないって」

「ほな一応信じたげるじぇ」

「藍香ちゃん、にやけないで。それじゃ、俺も母さんと父さんに旅行許可貰ってくるから藍香ちゃんはここでちょっと待ってて」

「うち、リアル智之様のご両親にご挨拶しとこっかな」

「それはまずい。説明に困るし」

「予想通りの反応じゃね。ほなゲーム内に戻っとくじぇ」

 藍香はそう伝え、ゲーム画面に飛び込んだ。

「これ以上モンスターが飛び出さないように、電源切っといた方がいいよな?」

 智之はリモコンに手を触れようとしたら、

「うちがしっかり監視しとくけん今回はええでぇ」

 藍香が半身で飛び出て来てこう伝えてくれ、また画面上に戻った。

「そっか。じゃあまたあとで」

智之は見届けて部屋から出、両親のいる一階リビングへ。

交渉するまでもなく、

「榛乃ちゃん達姉妹と鈴帆ちゃんとで行く旅行、智之もついていってあげなさいよ」

母の方からこんな風に頼まれた。

「母さん、もうそのこと知ってたのか?」

「ついさっき千絵実ちゃんからメールで連絡あって。智之にもついて来て欲しいって」

「そういうことか」

智之はちょっぴり拍子抜け。ともあれご当地モンスター退治旅に参加出来ることをこのあとすぐに藍香に報告した。

     ※

智之は夕食と風呂も済ませてまた自室に戻ったあとも、あのゲームをしばし楽しんで午後十一時頃には就寝準備を整えた。その頃にローカルニュース番組が始まったが、あの件に関することは全く報道されず。

「人的被害はまだ出てないみたいだな」  

 智之はひとまず安心し、ゲーム画面に切り替える。

「夜遅くから明け方までは敵モンスターもお休みするけんね。うちももう寝るじぇ。おやすみ智之様。明日起きたらゲームの電源入れて、うちを出してな」

 藍香はそう伝えて、ゲーム画面に飛び込んだ。

《藍香ちゃんは三次元化しても、無邪気ですごくかわいかったな》

 智之は藍香のいる小笠庵で旅日記を付けセーブ確認後、ゲームの電源を切り布団に潜り込む。

《リアル世界で俺が勇者となってリアルなRPGが楽しめるって、怖くもあるけど、すごく楽しみだな》

 興奮からか、なかなか眠り付けなかった。

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