1-10 「基本的にりゅうせいぐんはつよい!」
不測の遭遇戦になったが、敵の敏捷性が壊滅的に低いのは不幸中の幸いだった。恵流達は空洞の外壁に沿って移動しながら、対応を考える。
「そういう事で、先鋒はバナナさんに任せるよ。ゴー!」
「脈絡もなく、あたしに危険な役目を押し付けないで貰えますか?」
「復活の指輪を装備している事は知ってるんだ」
復活の指輪は読んで字の如し、HPが全損しても一度限りHPを全快にする効果を持ったアクセサリーだ。
「一度は死んでも問題ないバナナさんを投入して、敵の特性を少しでも掴みたい」
未知の敵を相手する場合、まず欠かせないのが情報収集。少人数での攻略となれば、慎重に当たるに越した事はない。
「最低でも、
「貴方の言い分は理解できますが、釈然としません」
菖蒲は速度があっても紙耐久。一度の手違いで退場の可能性も高い。恵流はレベルに不安要素がある。
「バナナさんは僧侶の職業スキルで『ヒール』と『リフレッシュ』も使えるから、アレに一撃技が無ければ長期戦にも耐えられる。まさにゾンビ。アンデッドはどっちだーってくらいの奮闘を期待してるよ」
『第一設定世界:フラグナ』には各職業によって共通して扱えるスキルがある。それが、恵流が口にした職業スキルだ。
僧侶は後方からの回復支援を得意とする職業で、初期スキルの『ヒール』は対象のHPの割合回復、熟練スキルの『リフレッシュ』は状態異常の快復ができる。
ただ、各職業にはレベルによる
「はぁ……解りました。わだかまりはありますが、同行を申し出たのはあたしの方ですからね」
チラリと半狂乱で逃げる菖蒲を横目にして、七色は心を決める。
「ところで、この某もののけ語りの祟り神に呪われたみたいになってる僕の腕を見て何か感じない?」
恵流の右腕には未だ赤黒い光が寄生したままで、EPを奪い続けている。七色は目を眇めて恵流を睨んでから、リフレッシュを発動した。
残念ながら、祟りはリフレッシュでは治らなかった。触れる事も出来ないから、これに関してはお手上げだ。
「EPを食い尽くされる前に『しょこら』で消費しておいた方が良いかなぁ」
初見の異常状態だ。持続時間は勿論、その効果が何処まで及ぶのかも不明瞭である。
EPを食いつくしたら次はHPやMPに魔の手が伸びるとか、一定量EPを吸い上げたら爆発するとか、相手の力に変換される可能性も否めない。
思案して、恵流は思い切って『しょこら』の精製に全てのEPを使い切った。
「はいこれ。バナナさんには多めに分配しておくから、危ないと思ったら迷わず使ってね」
「解りました。一応、お礼を言っておきます」
システム側の受け渡し機能で譲渡する。懸念の一つが的中していたようで、その間に恵流のMPバーが少しずつ減少していた。
「あぁぁぁ……のえるを骨の髄までむしゃぶり尽くすつもりだ!」
「偏食家だなぁ。僕を食べたってエグ味だけで旨味なんかないと思うんだけど」
静かに同意を返した七色が、足を止める。光の特性を考えれば、歓談に興じている時間が勿体無い。
「攻撃パターンを引き出します。二人は精察と状況によっては支援をお願いします」
七色が飛び出していくのを見計らって、恵流は装備変更の操作をした。
「菖蒲もアクセサリーを付け替えておいた方がいいよ」
平野恵流 Lv.76
装備:<クレイジー・クレイジー><鮮血の礼装><復活の指輪>
装飾品:<学生服(男)>
職業:<賢者>
菖蒲はパニックに陥って失念していただけだが、恵流には他意があったのは言うまでもない。
その数は凡そ十五。様々な角度から射出されるプレッシャーはあるものの、軌道は直線的。七色は横へのステップで易易と火線から逃れる。
的を外した光は、床面に直撃してその場に残った。数秒後、再び黒球が射出されると、今度は残留していた球もリベンジとばかりに七色目掛けて飛び出す。
「やはり、そう来ますよね」
警戒していた七色は留まっていた分も視界に収めていた。二度の襲撃を終えた黒球は、青白い光を宿して浮遊する。それを見て、恵流は徐ろに付近を漂っていた光球に触れた。
「光には活性してる種と、そうじゃない種があるみたいだね」
非活性状態の光球に触れても吸着される事はない。そして、二度の来襲を遣り過せば非活性状態になる事が確認された。
「な、なぁ。それって二つ以上くっついたりする物なのか?」
「くっつくでしょ」
恐る恐る菖蒲が呈した疑問に、恵流が即答する。
「根拠はあるよ。ほらあそこ、入れ食い状態になってる」
恵流が示した先には毛皮のように黒球を纏った竜がいる。
「待ってくれ。この光はあの竜が使役してるんじゃないのか?」
「どうなんだろうね? 僕には貪られてるように見えるよ」
もし恵流の見立てが正しかったとして、だとすればあの光は何の意思によって動いているのか。菖蒲には検討もつかない。ただし、恵流が光球を気にしている理由だけは汲み取れた。
「一個だから軽い毒の状態異常程度に収まってるけど、複数に纏わり付かれたら不味いな」
物理的な干渉が不可能という特性は脅威だ。
じわじわと嬲り殺しにされる程度で済むならまだいい。しかし、黒球に二桁規模で寄生されたらどうだ。まず即死は免れない。
七色は当然、その危険性に思い至っている。黒球の挙動に細心の注意を払っているのはその為だ。
青白い球は安全。それが解ったのは大きい。何せ、この一面には光の球は数えるのが億劫になるほど点在している。
「菖蒲の概念魔装なら斬り裂けるかも知れないけど、解毒の為だけには使えない」
頷く。菖蒲のEP最大値は全校随一で低く、Aランク
竜との距離を更に半分に縮めた七色の表情からは余裕が失われている。
「確信しました。これは一人で対応する数ではありません……!」
合計三十の黒球が前後左右から七色に襲いかかり、竜本体も緩慢な動作ではあるが尾を振り回す等の攻撃を繰り出すようになっていた。
それでも七色は無理をして進む。菖蒲の間合いを試す必要がある。
恵流も舌を巻く技量を持ってしても、接近戦になってからは徐々に黒球の被弾が避けられなくなってきた。
「まだ、です。あたしの命はもう少し値が張りますよ」
先を悟った七色は、
「――
光の槍が巨影の脳天を穿つ。不死竜の頭上に表示されているHPバーが微動する。
苦悶の呻きを代弁するかのように、飛散した黒球が七色に降り掛かった。七色は構わず矢継ぎ早に
眸、尾、胴と降り注ぐ雷の雨。その一つが胴の中心を捉えた瞬間、不死竜は頭を振って吠える。
「充分な対価を貰いましたし、そろそろ潮時ですか」
元々不安定な体勢で攻勢に転じていた七色は、闇の奔流に飲み込まれた。七色のHPが零になるのを看取ってから、恵流が呟く。
「バナナさんの亡骸に黒球がくっついたままだと、復活直後にまた死んじゃうよね。大丈夫かな」
復活の指輪の効果は死亡してから一分後にその場で発動する。活性した光の球は触れるだけで寄生するから、七色が倒れ伏した場所に黒球が留まり続ける場合は、復活の指輪が意味を成さない。
「と、とりあえず、敵を七色の復活ポイントから遠ざけるぞ」
恵流に否はない。二人は壁沿いの移動を再開する。恵流は名残を惜しむように背後を振り返った。
「バナナさんの死は絶対に無駄にしないからね」
「縁起でもない事を言うなよ!」
さて、と恵流は神妙な顔付きになる。七色の与えてくれた情報を無駄にしないという言葉は本心から出たものだ。
恵流の頭の片隅には、この竜も倒せない敵だったら――という懸念がこびりついていた。七色のおかげでその不安に答えが出た。
「菖蒲。あの竜……倒せるね」
「そうだな。厄介な能力を持ってるけど、それだけだ」
「避け切れないモーションはない。それに、攻撃が通る」
お互いに確信を持って頷き合う。このダンジョンこそが、次のシナリオの鍵を開く場所だと。
鈍足で二人を追跡する不死竜のHPは既に全快になっている。
「竜には攻撃性能がほぼ備わっていないと見ていい。黒球を遣り過ごしながら、自動回復量を凌ぐ攻撃を与え続ける……基本方針はこれだね」
砲撃として射出される黒球は一度で十五。前回分の十五を合わせて合計三十が凡そ五秒間隔で撃ちだされる。
攻撃を受けると黒球の反撃が発生する。これは恐らく攻撃の規模にも寄るが、
「あの黒い光をどう分散するか、それが肝になる」
無事七色が復帰する頃には、大まかな作戦の設定が済んでいた。
「集団戦に持ち込んだ時の黒球の挙動が一人狙いで変わらなければ、僕が竜の正面に陣取って引き付けるから、菖蒲とバナナさんは両側面に別れて攻撃って形でどうかな?」
コツコツと確実にダメージを積み重ねていくなら、囮の役割は菖蒲が受け持った方が安全だったが、
HP《ヒットポイント》とMP《マジックポイント》はアイテムで回復できる。しかし、EP《エフェクトポイント》を回復する手段は『ログアウト』するか『死亡』するしかない。
現在、恵流のEPは空っぽだ。黒球がじわじわとMPを食べている。
復活の指輪は一度に一つしか所持できない為、EPを回復する為だけに死亡するのは憚られた。
「それが妥当でしょうね。仮に黒球が範囲内の標的に分散する仕様だったとしても、散開していれば先程よりも密度は薄くなりますから、充分に攻撃のタイミングが生まれます」
「ヒーラーは賢者の僕が担当するよ。
恵流と菖蒲はこの日に備えてアイテム類を持てる限り充実させている。おまけに賢者は最大MPが魔術師の次に高い。よって、継戦能力ある。
「後は各自で臨機応変に対応するという事で」
少数だが、粒ぞろい。ここにはAランク影響/
恵流が不死竜と相対した。黒球が餌の到来に歓喜するように浮き上がり、恵流に狙いを定める。
「それっぽい台詞を言おうとしたけど、何も思い浮かばないなぁ。まぁ、いいよね。そんなものがなくたって、勝手に始まるワケだしさ」
不死竜との戦闘が本格的に始動する。
◇ ◇ ◇
戦闘時間、五分と少し。菖蒲による勇者の特技『ギガエッジ』によって、不死竜のHPが半分を下回った。
「折り返しまで恙無く行きましたが、気を抜かないで下さい」
七色のような派手さも、菖蒲のような早さもなく、合計三十の黒球を最小限の動作で柳のように躱す恵流は「気を抜けるものなら抜きたいよ」と口にしながら、ショートカットから素早くMP回復アイテムを使用して、十字を切るジェスチャーで自身に
「菖蒲が信頼していたようなので平野恵流が囮役を務める事に反論しませんでしたが、ここまでやるとは想定していませんでした」
恵流の学内序列は1201位――最下位だ。人間性が大きく足を引っ張っているとは言え、これだけのPS《プレイヤースキル》を持っているなら、三桁には入る。まず、最下位はあり得ない。
ましてや、恵流の
何が平野恵流を最下位たらしめているのか? 関われば関わるほど、平野恵流という男が解らなくなる。
「のえる! 尻尾が来るぞ!」
「うん、解ってる。少し退がるよ」
空中での移動手段を持たない恵流は、飛び上がったら黒球の集中砲火を捌けない。残留した黒球の間を走り抜けて、攻撃の範囲外に逃れる。
ほとんど位置を固定したまま黒球を回避していたのもあって、恵流を襲撃する残留分は七色の時とは異なり、半方位型の多角攻撃にはならない。
「そろそろEPが切れそうです。ですから、アレを使います」
任意分の
「ねぇねぇ、バナナさん。アレをアレって言ったのはギャグ? それとも略称として常用してるの?」
「喧しいです。たまたまですよ。茶化してる場合ではないでしょう?」
「そうだね。短時間で超火力を叩き込んだら標的がそっちに向く事になると思うけど、大丈夫?」
「どうとでもなります」
まさしく、どうとでもなる。恵流の『大丈夫?』も単なる確認作業だった。
「効果時間終了五秒前に支援系統の影響/
了解を返して、恵流と菖蒲の二人が戦火の及ぶ範囲から離れる。
「――
恵流の後を追いかけようとする竜を眼下に、七色は己を支える最高位の
万化の性質を備えた
「アレキサンダーの暗帯」
指示を受け取った
これから虹が消失するまでの一分間のみ、
「――
学内序列24位『
七色の
これこそが『アレキサンダーの暗帯』の効果だった。
七種類までの
実行から二十四時間、EPが回復しなくなるという反動があるが、その強力無比な効果はそれ以上の価値があると七色は自負している。
「――
EPゲージは上限を維持したまま、のべつ幕なしに支援系の影響/
七色は重力制御の
「――
EPを注ぎ込んだ分だけ威力を上げるBランク影響/
精神値が高い七色のEPを上限まで丸ごと詰め込んだ高密度の光線の一発は、竜殺し《ドラゴンスレイヤー》の破滅の
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