1-11 「滅茶苦茶なのはお前もだってみんな思ってる」

 不死竜が苦痛に喘ぎ、身を捩る。七色は反撃の無数の黒球を立体的な移動で雑作もなく置き去りにしながら、容赦なく最高火力を叩き込んでいく。


「バナナさんの独壇場だね。ここまで一方的だと、何だか不死竜が不憫に思えてくるよ」


「そうだな……この様子だと、アレキサンダーの暗帯の効果時間中に決着が付くんじゃないか?」


 不死竜の体力が四割を下回った。ここまでで二十秒。仕込みに十秒弱を使っているから、残り四十秒で削り切れる公算が高い。


 仄昏い洞窟の中、漆黒の竜を相手に縦横無尽に中空を舞いながら眩い光を巻き散らす七色の姿は、勇ましくも美しい戦乙女を彷彿とさせる。


 純白の羽が抜け落ちて、帯を引く軌跡。学内序列2位が繰り広げる物語的な光景に、菖蒲は無自覚の内に魅入っていた。


 三割――七色の攻撃精度も上がって、菖蒲の予測がいよいよ現実味を帯び始める。

 だが、十度目の直列放電チャージボルテクスに貫かれて不死竜の体力が二割を切った瞬間、状況が激変した。


「そうは問屋は卸さないって事です、ね」


 水風船が破裂したかのように、黒球がばら撒かれる。最初は反撃の規模が向上したのだと七色は思った。

 散弾の風雨を針の穴を通すような心地で躱す。竜の挙動に割ける程の神経の余分はない。だから、その本当の変化を悟るのに遅れてしまった。


「何してるんだ七色、早く逃げろッッッ!」


「えっ?」


 闇の霧の先に揺らめく影を、七色は初めて知覚する。不死竜は寸胴な蛇等ではなかった。僅かに黒球が剥がれ、金色に眩しい神々しい翼が見えている。

 長い年月を生きる古代竜が備える暴力的な潜在能力が解放されたのだと、七色は瞬時に理解した。視界の横から尻尾が巻き込むようにして七色を襲う。


「う、っく……!」


 弾き飛ばされ、鉄の大扉に激突する。ギリギリで七色の身を守った純白の翼は黒球に侵され鴉羽色に染まり、七色の生気を貪る呪具となった。

 体力に気を配っている時間はない。これまでとは段違いの速度で、不死竜が翼をはためかせて七色に肉薄している。


「――実行ラン――」


 菖蒲が動き出していた。豹のような俊敏さで不死竜に追い縋り、一切の躊躇なく己の全力を解き放つ。


概念魔装ガイネンマソウザン】ッッッ!!」


 勢いを付けて、跳躍。風圧を斬り裂いて、竜の翼を両断せんと裂帛の気合を込めた唐竹の一太刀を浴びせる。

 ザンッ! 刃は最後まで菖蒲に手応えを感じさせないまま、翼の中程を縦断した。本体と切り離された翼と地面に降り立つ。

 見上げた先、迫る黒球の瀑布の奥を飛び去る竜の速度は一向に衰えていない。黒い影が欠けた翼の部分を補っていた。


「自分がやられてきたみたいに機動力を削ごうと思ったんだろうけどさ、狙うなら弱点っぽい心臓にしないと駄目でしょ」


 インカムから聞こえてくる恵流の小言が煩わしい。菖蒲は斬撃の概念を纏った小烏コガラスを振りかぶって、投げる。

 攻撃値の補正を受けた菖蒲によって投槍と化した小烏コガラスは、今まさに菖蒲を滝壺に飲み込もうとする暗幕を貫いて不死竜の心臓部に突き刺さる。


 一際激しい咆哮。不死竜は今度こそ安定を失い、鉄扉の図星を外した。

 九死に一生を得た七色は、仮想体アバターの半分を黒に侵されながら、意識を掻き集める。

 無数の黒球に蝕まれて倒れる菖蒲の姿を視界の隅からも外し、鉄の仮面を被って、不死竜を照準した。


実行ラン……っ! チャージ、ボルテクス!」


 七色の両掌から放たれた電光は、不死竜の胸の中心付近に突き立つ小烏コガラスに吸い込まれるように直撃する。

 絶叫が響き渡る。不死竜のHPバーが余さず削れていた。巨体が落下して、水飛沫を上げる。


「勝った、のでしょうか」


 アレキサンダーの暗帯の効果が切れて、尋常ではない速度で減っていく体力を恵流から配給された道具で凌ぎながら七色が呟く。極限の集中状態を続けていた所為か、ぼうっとして頭がうまく働いていない。

 不死竜の亡骸が暗黒の粒子を漂わせて、輪郭を崩していく。恵流は自分の腕を見てから、答える。


「勝ったんじゃないかな」


 その右腕は相変わらず祟られている。これからその祟りを解く冒険でも始まるのか? そんな楽観を、恵流はしない。


「不死竜には、ね」


 見つめる一点。黒い斑点が集まって、形を造ろうとしている。攻撃手段を失った二人は、その光景を見ている事しかできない。


「なるほど。そう言う展開、ですか……」


 目の前で、とぐろを巻く長大な蛇が鎌首をもたげていた。


「平野恵流。四の五の言っている場合ではないので、要件だけ伝えます」


 恵流の耳に、強張った七色の声が届く。提案をしようと口を開きかけていた恵流は喉元まで出掛かった言葉を置き換えて「何かな」と促す。


「これから可能な限りの情報を引き出します。ですから貴方は、この敵を打倒する算段を立てて下さい」


 無茶を言うなぁ、と恵流は微笑する。けれど、七色の申し出は渡りに船だった。


「やっぱり、バナナさんは話が早くて助かるよ」


 七色が言わなかったら、恵流が言っていた。

 EPを失い、復活権もない。MPの回復も覚束なく、回復アイテムが尽きた瞬間に絶命する七色を使い物になる内に死兵に使うのは、合理的な判断だ。


 例え、たかだか前哨戦で満身創痍になっているのだとしても、諦めるには早過ぎる。

 七色に自動回復リジェネを付与して気持ちばかりの延命を施してから、恵流が安全マージンを取るべく離れていく。

 蛇の頭が手近な獲物――七色に向かって矢のように撃ち出された。


「速いっ……ですが、避けるだけなら……!」


 身体を翻した七色だったが、その目を驚きに瞠る。そこにも頭があった。いつの間にやら、右にも、左にも長大な蛇が獲物を睨め付けるように高所から見下ろしている。

 七色の心を諦観が満たした。ハッとして、声を荒げる。


「平野恵流、そちらはどうなっていますか!?」


「あ、うん。その様子だと、そっちも似たようなものみたいだね」


 離れた場所にいる恵流も蛇に逃げ場を塞がれてしまっていた。破れかぶれで両手剣で斬り付けるも、大蛇にかすり傷ほどのダメージも与えられない。

 両腕にお土産の祟を持たされて、恵流は何処か他人事のように「暴走してとんでもない力が発揮されたりしないかなぁ」と冗談を漏らす。

 大蛇一匹一匹の戦闘能力は、不死の古代竜に匹敵するか、それ以上と推測された。

 一匹の蛇が七色に向けて、口と思われる部位から黒い塊を吐き出す。直撃こそ免れたが、黒い砲弾が水面を打つと同時に拡散して、幾つもの黒球が七色に貼り付いた。


「こんなの、滅茶苦茶です」


 為す術なく、七色は二度目の死を迎える。恵流はとっくに蛇に食べられていた。

 それから少しして菖蒲が蘇り、Aランク影響/効果エフェクトで抵抗するも一匹も道連れに出来ずに撃墜される。


「状況は絶望的、だね」


 一分後、復活を果たした恵流は大蛇の大群に囲まれていた。恵流は、蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解する。

 両手剣を端末バングルに格納して、両手モロテを上げて降参ポーズを取った。


「無駄な足掻きは好きじゃないんだ。菖蒲が倒せない敵を僕が倒せる筈がないよね」


 不死の古代竜ですら苦戦した。一体増えるだけでも、必要なエネルギーは倍どころでは済まされない。蟻に象を単独で倒せというのは無理がある。


「今の僕には君達を倒せる力はない。だから、今回は潔く諦めるよ」


 孤立無援。質も量も劣る絶体絶命の只中で、恵流は笑う。メッセージログに記されている文字列を見て、笑ってやれない道理がない。


「でも、この鍵を使って、また君達に会いに来る」


 不死の古代竜を倒した時のリザルトにはこう表示されている。


 ――クエストNo.00『この世界の真実を暴け』が進行しました。


「その時は、今回のようには行かないよ。大体180レベルくらいにはなってるだろうからね」


 ――戦闘参加者のレベル上限が解放されました。


「肩書は勇者じゃなくなってるのかも知れないけど、まぁそこに拘りがあるワケじゃないし」


 ――当該設定世界のリバースカットのプレイが可能になりました。


「この世界の真実とやらに興味は無いけど、僕は僕の真実を探さないといけないから」


 ――平野恵流に第零設定世界のログイン資格が与えられました。


「この世界を覆う虚飾のハッピーエンドを必ず剥がすよ」


――ログアウト後に世界の初期化処理を開始します。


「長々とした台詞を聞いてくれてありがとう。どうぞ倒して下さいな。それじゃあ、また同じ時間で会いましょう、ってね」


 大蛇の頭が海嘯となって恵流を巻き込んだ。

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