1-7 「大和撫子を反対にすると子撫和大(ルビはロリコン紳士)」
隔週のイベントを多大な戦果で乗り切った恵流は、フラグナ攻略を控え、しばしの休息を取る為に自室に戻る事にした。
レバーハンドルに手を掛けると、
部屋に入ってすぐの靴を脱ぐ為の小さなスペースに自分の物ではないブラウンのローファーが揃えて置いてあった。
恵流の私室の認証キーを持っているのは二人だけ。菖蒲とは別れたばかりだし、第一その菖蒲は合鍵だなんだと言って認証キーの使用を好まない。
となれば、先客の正体は必然的に一人に絞られている。キャスター付きの椅子がぐるりと回って、背中を流れる艶やかな黒髪が靡く。
椅子に乗せて抱えた膝の上に顔を寛がせながら、少女は黒目がちの瞳を細めて甘えたような上目遣いで恵流を迎える。
「お疲れ様、ではないのかしら。今日も清々しいまでの不労勝利、おめでとう」
黒髪黒目。右目の下には泣きぼくろ。透き通った白い肌のきめ細やかさ。全体的にスレンダーで、スカートから覗く脚は痩せ過ぎな程に映る。
その配剤は、日本美人という要素をかき集めて作られたよう。それが、恵流の目の前にいる
「ありがとう。でも一応、水面下ではちゃんと働いてるからね、僕も」
「ほんの少し賢い鴨を見繕って、理由と正義を与えてあげたら、鶴来くんの前に連れてくるだけでしょう?」
「それを言ったら、菖蒲は僕が誘き出した相手を倒すだけになるんだけどね」
ブレザーをハンガーに吊るして、恵流はベッドに腰を掛ける。
「それで、紗織は今日は何をしにここへ?」
「貴方から発注を受けていた
「あっ、やっと出来たんだ」
紗織が小首を傾げて、唇を妖しく吊り上げる。
「ふふふ、嬉しい? お兄ちゃん?」
兄という呼称。これは決してふざけているだけではなく、二人は実際にそう言う関係にあった。
同じ二年生で、誕生日は半年違い。名字が異なれば、血縁も無いが、恵流と紗織は戸籍の上では兄妹だと恵流は『聞いて』いる。
聞いたと表現したのは、恵流にその自覚がないからだ。何故なら、この学園に入学する前の記憶が恵流の頭からすっぽりと抜け落ちている。
誇張ではない。文字通り、親の顔も、どうやって生きてきたのかも、恵流は覚えていない。そうなった原因は検討もつかない。
紗織から過去を知っていると言われた時、恵流はその手に縋り付きそうになった。
「その気持ち悪い猫なで声がなければ、素直に喜べたんだけどなぁ」
結局、紗織の口から聞けた過去の話は、恵流と紗織の関係性だけ。
もし、恵流の記憶に関わる情報が僅かでも開示されていたら、恵流は紗織に依存してしまっていたかも知れない。
恵流は紗織を信用していない。信用していないからこそ、認証キーを預けてまで泳がせている。
例え、学園側に問い合わせた結果、紗織の話が真実だと証言されているのだとしても――平野恵流に言い寄ってくる人間など、二心があるに決まっている。
「ぞんざいね。少しくらいは愛妹の頑張りに報いてくれても良いと思うのだけれど」
「紗織はそのままで充分に愛らしいんだから、飾りは余計なんだ」
「取ってつけたようなフォローをありがとう。興が削がれたから、私は部室に戻る事にするわ」
紗織は手の甲で黒髪を攫うと、静かに立って、椅子を定位置に収める。
「依頼の品は貴方の
「うん、ありがとう。代金は最初に渡しておいた分で足りてる?」
「足りてないわ。だから今回もオマケしておいてあげる。フラグナ、クリア出来るといいわね?」
それだけを言い残して、紗織は『プログラミング部』の部室に帰っていった。
「僕の行動はお見通しって態度が、また不信を煽るんだってば」
対象を失った恵流の文句は、狭い部屋の中に留まり、消える。
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