1-6 「◯ごろしごろしごろしごろしごろし(以下略」
3000桜貨。それが今回の取引の成果だった。
二人は
「一人頭2500桜貨……それだけあれば十分な収入だよな。後は適当に時間を潰そう」
「何言ってるの? これからゲーマー同盟にも売り込みに行くに決まってるでしょ」
恵流が精製したチョコレートは十五個。その代償であるEPはまだ半分近い残量がある。
「欲張ると、碌な事がないぞ。ここは2500桜貨を確実に持ち帰る方向で動かないか?」
「執行部が朱雀取りに動いてる。
「ゲーマー同盟が潰れたら、
「ゲーマー同盟が潰れて一番困るのは当人達だよ。だから、彼等はこの攻勢を凌ぐ為に、執行部とは交戦せずに中央の本校舎に逃れて機を待つしかない」
本校舎は各寮よりも拠点が密集している。しかし、その立地に解るように四方から攻められ放題となる為に防衛が難しい。
「本校舎に落ち延びても、凋落して何れは全滅するだけじゃないのか。あそこは勢力を広げるには不向きだ」
だからこそ、各寮の奪い合いの後、周辺の掃除を経て、本校舎を取り合う最終局面に突入すると言うのが定石になっている。
「いや、さっき菖蒲が自分で言ってたでしょ。ゲーマー同盟が潰走しちゃうと執行部も困るから、恐らくここで執行部の標的が変わる」
「ああ、そこで手堅い流れに戻るわけか」
「主力を投入してる
「ゲーマー同盟と執行部が食い合う方向になれば、
戦況図を注視しながら、恵流は「執行部の遣り方も中々ゲスだよね」と称賛する。
「どう転ぶにしても、ゲーマー同盟は青龍攻めで消耗してる。現状、最も不利な局面に置かれている彼等にすれば『僕の来訪』は大歓迎だと思う。種は撒いてあるし、稼げる時に稼いでおこうよ」
「その種とやらが気になるけど……解った。蓄えがれば、七色に余計な心配を掛ける事もなくなるしな」
方針は決まった。目指すは中央校舎。二人は体育倉庫から移動を開始した。
本校舎二階、有志連合の掃討を行っていたゲーマー同盟を尋ねた恵流に応じたのは件に上がっていた
その巨躯は見るからに筋肉質で、対峙するだけで押し返されそうな圧力を持っている。
その隣で存在感を放っているのは、切っ先が床を突く身の丈ほどもある
彼の
「精製可能な限度まで買おう。幾ら必要だ?」
「25個は作れそうだから5000桜貨かな。それじゃ、交換要請を送るから受諾して貰えますか?」
「先払いだったか。まぁ、いい……少し待て」
エリア争奪戦ルールでは、桜貨の受け渡しは対象が半径五メートル以内に居る事が条件になっている。不正防止の措置だった。
金庫番という役割がある。安全な場所に常駐する人員、またはHPが全損する恐れの低い安心な強者に桜貨を預けておく事で、HPが全損した際の桜貨の消耗を最小限にする。
「うん、確かに受け取りました。それじゃあ、チョコレート作りに励むので、此方も少々お待ち下さいな」
恵流が『しょこら』を連続実行してアイテムを生み出す。25個の精製が完了すると、恵流のEPは底をついていた。
「お待たせしました。大丈夫だと思うけど、念の為に数の確認をして下さい」
「仮に不足していたとしても、お前のEPでは追加が出来ないだろう?」
「そうだねぇ。すっからかんだから」
チョコレートが
「ご利用ありがとうございました。さっ、行こうか菖蒲」
「そう急ぐな、平野。そういえば、月曜日に俺の後輩が世話になったそうだな」
「それってもしかして、あの態度だけは一丁前な一年生男子の事を言ってる? 序列二桁って言ってたけど、ハッキリ言って信じられないくらい弱かったですよ、彼」
唐突に不穏な空気が流れていた。しかし、理解が追いついていないのは菖蒲だけ。
「まぁ、否定はしない。話は変わるが、
「
「回りくどかったか。つまり、俺にはお前を斬り伏せる理由があるのだ」
「僕達を倒せば支払った分の桜貨だけではなく、元々所持していた分も懐に入ってくるって寸法だね」
最初からこう言えば良いのにと、恵流は笑顔の裏で思う。到達点に差異はないのに、言葉や大義とやらで飾り過ぎる。
「のえるは最初から、これが狙いだったんだな……あれ、そもそも最初っていつになるんだ……!?」
「
僕も人の事は言えないか、と恵流はまた笑顔を濃くした。
「先輩! ゲスの野郎に、そろそろ身の程って奴を解らせてやって下さいよ!」
「ヘラヘラしてられんも今の内だぜ、クソ平野! 先輩が『剣聖』を倒したら、てめぇをじっくりなぶり殺してやる!」
大半は恵流を卑しめる内容が占めていた。相棒の嫌われ度合いを再確認しながら、菖蒲は深呼吸をして思考を切り替える。
「おいで、
チャキリ――鯉口を切り、刀を抜く。目の前の敵を見据えれば、菖蒲の集中力は臨界寸前まで高まった。
「解っていると思うが、お前達は手を出すなよ。サボってないで、引き続き本校舎内部の掃討に励め!」
廊下を突き抜ける野太い声に、野次馬達は蜘蛛の子を散らしたように持ち場に戻っていく。菖蒲は半身で恵流を振り返って、窓の外に視線を配った。
「うん、了解」
――武器を使うという条件は同じでも、機動力が生命線の菖蒲にとって閉鎖空間は不利に働く。
次の瞬間、菖蒲の意図を察した恵流は勢いを付けて窓に突っ込んだ。
そうすれば当然、ガシャンという盛大な音を立てて窓硝子が割れて、恵流の身体は校舎の外に投げ出される。
「よっと……生身でやってたら怪我を覚悟しないといけないけど、
二階からの飛び降りは事もなく成功した。ただ、無傷とまでは行かなかったようで、恵流のHPを示す緑ゲージがよく見れば分かる程度に減っている。
恵流に続いて菖蒲も窓から姿を現した。恵流がほんのりと受け止めて、即座に降ろす。後を追ってきた一羽の烏が再び刀に姿を変えた。
「――
上空に生じた影が声を発する。状況は既に開始されていた。菖蒲は攻撃力の恩恵で補正の入った膂力で恵流を抱えて、限界まで伸ばした敏捷性を生かして離脱する。
「
学内序列17位。通名、
使用されたCランク
「菖蒲。あの両手剣、恐らくバルムンクシリーズだよ」
「プログラミング部が一般販売する中で最もグレードの高い
突出している攻撃力と耐久力の
「まずは準備体操を兼ねて小手調べと行かせて貰う」
恵流を隔離して、刀を青眼に構える菖蒲に上段から豪快に
菖蒲の耐久力は脆弱。刀でまともに受ければ、それだけでも貫通ダメージによる致命は避けられない。
だが、菖蒲は――序列6位。
斜めに"ソッ"と触れた菖蒲の刀の腹を両手剣の刃が滑った。その刹那、攻防が逆転し、流れるような一太刀が竜殺しの右腕を浅く斬る。
「ぐっ!」
左方に抜けた菖蒲の続く二合目を竜殺しは両手剣を手繰り凌ぐも、盾にした両手剣の死角からの三撃目が左の脇腹を掠め、咄嗟に横薙ぎの反撃をすれば、菖蒲は既に間合いの外。
動作後の伸びきった身体に再び踏み込んだ菖蒲の刀が縦に奔る。
菖蒲の峻烈な連撃は竜殺しのHPをあっという間に半分まで削っていった。それだけで済んでいるのは、自身の耐久力に救われた形だ。
「認めよう。単純な戦闘能力では鶴来の方が上手のようだ」
対応が一手遅れる。菖蒲相手では、
「流石に『剣聖』と呼ばれるだけある。そもそも、序列に勝る相手に小手調べなど、思いあがりだったか」
ならばここからが本番だと、
「――
気付けば、吹雪が吹き荒れ、一面が銀世界に変貌していた。
地面を白で埋める積雪が菖蒲の足を脛まで掴み、激しい風雪に視界を覆われ、これでは迂闊に動けない。
「
響く剣戟。雪のカーテンを破って、突如正面に出現した暴威の振り下ろしを、菖蒲は刀の刃先から鍔に至る間に制御して、身体の外にいなす。
動体視力。反応速度。技巧。そのどれが不足していても成立しなかった極限の見切りは、しかし菖蒲の体力を数センチ削り取る。
菖蒲は四肢に力を込めて、すれ違いざまに一太刀を浴びせるも、不安定な足場では思うように威力が出ない。
「ああ、もう。厄介な
爪先で雪を蹴る。この抵抗が、菖蒲の速力を阻害する。
七色との戦闘では飛び道具を使う事で急場を凌いだが、
「ふぅ……」
最初の一合は無傷で反撃まで出来た。それならば――目を懲らせ、耳を澄ませろ。必ず変化は起こる。今よりも、より早く予兆を察しろと、菖蒲は身体中の知覚に厳命する。
菖蒲の後方から不可視に等しい横殴りの重撃が襲い来る。
やはり、反応が遅れた。いや、死角からの攻撃に能動的な防御が出来ただけでも重畳だったろう。
受け身の菖蒲に、身体を回転させて慣性を上乗せした振り回しの一撃が見舞われる。
「この距離なら、見える」
ブォンッ! 仮想の鉄塊は合わさる事なく、空を切る。
菖蒲の声は
極寒の檻が課す制限を自らは一切受けていないにも関わらず、
ただ、視界に表示されている自身のHPがごっそりと持って行かれている事実に尻を叩かれるまま、前のめりになって、その場を脱する。
菖蒲の剣閃が鋭さを増していた。それは決して錯覚などではない事を、
銀世界に逃れた
「南無、斬」
体力が少なくなると自動的に発動して攻撃力を増加させる菖蒲のBランク
菖蒲の攻撃力は、今や鉄壁を誇る
いずれは
「俺は、一等星……学内序列17位の
「――
――己を
「
竜殺しのEPを根刮ぎ奪い去り、ただ一人の人間を葬り去るが為、遥か太古に竜を滅ぼす因子となった絶大なる運命の暴力が成層圏をぶち抜いて飛来した。
一説では氷河期を引き起こした原因とされる隕石を呼ぶAランク
「攻めてこないと思ったら、こんな事になってたのか」
遠近感が狂ってしまう程のあまりにも巨大な質量が、菖蒲を押し潰さんと咆哮していた。
「これで終わりだ、鶴来。星に呑まれて跡形もなく消滅しろッッッ!」
この段になって、菖蒲に何が出来ようか。
「さて、どうしたものか」
空に開いた赤い単眼を灼眼で見つめながら、菖蒲は何処か他人事めいた声色で呟く。
「そうだね、どうしようか?」
足音に菖蒲が振り返ると、恵流がニッコリと笑いかけてきた。菖蒲は苦笑いで応じる。
「俺を囮にして安全な場所まで逃げ遂せてくれてたら良かったのにな」
菖蒲の言葉に、恵流は事も無げに言う。
「だからだよ。ここが僕にとって、最も安全な場所だからさ」
「いけしゃあしゃあと……のえるまで巻き込まれたら、生活費まで消滅しちゃうだろ」
「じゃあ、あの厚かましい石っころを何とかしないといけないね」
雨が降ったから傘を差そうか? そんな気軽さで、恵流は巨星を指さす。
「随分と信頼されているようだな! だが、鶴来。現在のお前には、どうしようもないだろう? Aランクエフェクトを使えないのだからな」
それは、
「原因までは解らないが……木曜日の『空の女帝』との決闘。俺も新聞部の動画配信で見たが、あの時のお前に手抜きをしている様子は皆目なかった」
一部で囁かれている噂。しかし、
「はははっ」
恵流の笑い声に、
「何が、可笑しい」
「いや? 面白いくらいに青写真の通りに動いてくれたなぁって」
「もう数秒もすれば、そのつまらない虚勢も剥がれる」
一蹴する。大気が耳障りな程に唸っていた。破滅を連れた凶星は二人の眼と鼻の先まで迫っている。
「さぁ、菖蒲。そろそろ竜殺し殺しを始めてよ。じゃないと、本当に死んじゃう」
「全く。良い性格してるよ、のえるは。ああ。やればいいんだろ、やれば」
この段になって、菖蒲に何が出来るのか? 答えは――いかようにも、だ。
方法は三つ。
一つ、隕石の攻撃判定が発生する前に、
「――
二つ、隕石をどうにかする。
「
三つ、その両方を為す。
「――【
消費したEPは五割強。菖蒲の
隕石と人間。前者からすれば、菖蒲は豆粒に等しい。だが、構える刀が秘める力は既存の法則を凌駕している。
瞑目一閃。菖蒲が刀を軽く払っただけで、音が失せた。先んじて地上に辿り着いた轟音、本校舎から溢れる嘆きまでも刀の錆とする。
開眼。下段から切り上げた二刀目が熱を持った外気を斬り伏せ、続けざまの三刀目で隕石は焔の鎧を脱がされた。
そうして、隕石は何の変哲も無い巨岩に成り果てる。
――その刃から繰り出される斬撃は三千世界に届き、遍く現象をも両断する。
であれば、物理的干渉の及ぶ大きいだけの岩が斬れぬ道理があろう筈もない。
「バカな……だがっ、この茫漠たる物量は、その小さな刀の手に余る。所詮は無駄な足掻きだ!」
表面を幾ら傷つけた所で、巨岩の落下は止まらない。全くもって
「――
残るEPを全て注ぎ込み創造するは、紙のように薄く、羽のように軽く、そして気が遠くなる程に遠大な、攻撃力も耐久性も持たない木偶の坊。
「流石に少し重いな」
「手伝うよ」
ただ一度のみ星を斬る為に作られた硝子の剣が、二人の手によって放物線を描く。
刀身はスッと何の手応えもなく隕石を通過して、破壊不能オブジェクトである校舎に触れるや、その役割を終えて跡形もなく砕け散った。
巨岩は二つの岩塊に分離して、二人を避けるように大地を穿つ。
炸裂音。舞い上がる土埃。大地の悲鳴に揺れる足場。その全てが二人を挟撃するが、ひとたび菖蒲が
不自然に抉れた地面が、
血の色をした菖蒲の瞳が
「ふざける、な。同じAランク解放者なのに、何だ、この能力の差は……俺は、序列17位なんだぞ」
人を斬るなら、
「菖蒲は学内序列6位だよ。必殺勝負なら、回復アイテムの有無は関係ないね」
緋色と紫紺の粒子が消える。間もなく、菖蒲の
『8750桜貨を取得しました』
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