1-5 「人間関係を円滑に運ぶ為には敵を作らないのではなく共通の敵を作る方が近道という説」


 源王学園は創立から僅か二年の新設の学園だ。


 母体は世界的に活躍している龍鳳院グループで、この学園の日常に深く根付いている拡張設備は授業の他に企業側のデバッグを目的とした大掛かりなシステムに用いられている。

 恵流達が頻繁に口にしている隔週のイベントとは『デバッグ』を大義に据えた稼働実験の一種だった。

 今回のルールであるエリア争奪戦は、午前九時、午後一時、午後五時の三度に分けて実施される。


「それじゃあ、まずは手筈を確認しようか」


 午後一時の争奪戦が開始されていた。恵流達は現在、最初に降り立った南――朱雀エリアの商店の一軒に身を隠している。


 エリア争奪戦のルールは単純。終了予定の一時間後までに、全百箇所の拠点を最も多く制圧していた勢力の勝利となり、獲得桜貨にボーナスが付く。


 開始と同時に一つの勢力につき一つの拠点が与えられ、一人が守衛キーパーに設定される。

 守衛のHPが全損するか、守衛が拠点から一歩でも外に出てしまうと、拠点放棄とみなされ、その時に拠点内に別の勢力の人間がいれば制圧が成立して拠点の保有権が移る。

 また、幾つか存在する無人の拠点に関しては、最初に足を踏み入れた者が守衛となり、所属勢力に領有権が与えられる。


「俺達は早々に拠点を放棄する。だよな?」


「守りきれないからね。やられなければ、拠点がなくても差し支えないし」


 エリア争奪戦の勝利条件は多くの拠点を確保する事だが、強豪コミュニティに所属していない者達にとっての勝利はより多くの桜貨を持ち帰る事だ。


 現在、恵流と菖蒲は参加費として支払った500桜貨と参加報酬の500桜貨を合わせた1000桜貨をそれぞれが所持している。

 拠点を保持していると、万が一誰かに倒されてしまった際に手持ちの桜貨の半分が失われるが、三分後に自陣の任意の拠点で復活する事が可能になる。

 拠点を保持していないか、手持ちの桜貨が100を切っていた場合は、桜貨を全て奪われ、無一文となってゲームオーバーとなる。


「強豪コミュニティは流石に動きが早いな……」


 制圧状況は端末内のMAPで確認できる。逐一更新されていて、始まったばかりの現段階でも既に領有権が移っている所も散見された。


 全三回の中では最多の人数になっている午後一時のエリア争奪戦の総参加者は372名。


「午後一時の部で主力を投入してるのは青龍(東)スタートのDIVAディーヴァだから、交戦地帯から少し離れた辺りから回っていこうか」


 三大コミュニティは事前に談合して、主力の参加先を被らせないのが通例だった。

 

 三大コミュニティとは、大きな影響力を持つ三つの強豪コミュニティを指す。

 

 先ずはフラグナを攻略した事でお馴染み、学内序列二位の霧羽七色を擁する『源王学園執行部』。生徒会と同盟を結び、主たる運動部や文化部を従える最大勢力だ。


 次に、学内序列の上位者ランカーが多数所属する少数精鋭の戦闘集団『一等星(通称:バトルマニア)』を頂点に、一等星の下部組織『二等星(通称:二軍)』や、設定世界の攻略を至上目的とする『空想旅団(通称:廃人の巣窟)』等が徒党を組んだゲーマー同盟。


 最後がDIVAディーヴァ

 一人の女生徒を教祖とする狂信者の集団みたいなもの。その感染力の高さは冬場のインフルエンザを凌ぎ、前述した有力コミュニティの中にも信徒が潜んでいるとまことしやかに囁かれている。

 『アイドル活動』に勤しむ小さな複数のコミュニティと同盟を結んでいるが、実権は全てDIVAディーヴァの幹部が掌握しており実質の傘下となっている。


DIVAディーヴァもそうだけど、執行部の活動区域にも注意しないとな。今は白虎(西)と玄武(北)の境目あたりか……明らかに俺達の拠点に向けて勢力を伸ばしてきてる」


「根に持ってるね、怖い怖い」


 三大コミュニティによる周辺の蹂躙はエリア争奪戦の開幕恒例行事だった。

 強豪コミュニティの庇護を受けられない勢力の拠点は、この段階で根刮ぎ刈り取られる。

 有志連合という弱小ないし少数コミュニティが加盟している同盟があるが、互いの不干渉を是として、互いに食い合う状況を防ぐ方向で機能している為、三大コミュニティの生み出す猛威に抵抗できるものではない。

 拠点を放棄して、逃げ回りながらあわよくば漁夫の利を狙う。それが、三大コミュニティの思惑の外で活動する者達が取り得る最良の方法だった。


「青龍の食堂周辺の様子を見てみよう。あとは上位者ランカーの情報に期待かな」


 争奪戦参加中は端末デバイスの機能が制限される。争奪戦参加者のみが閲覧、書き込みできる掲示板では有志連合の加盟者達が積極的に情報を交わし合っている。


 敷地面積五十ヘクタール弱。一学園としては破格の広さだ。それを更に三倍に引き伸ばした広大なフィールドがエリア争奪戦の舞台だった。

 菖蒲の仮想体アバターが全力で走れば端から端まで一分と掛からないが、身を隠しながらの慎重な行軍となればそれなりの時間を要する。

 五分を掛けて、運動施設が集合する青龍区画に入った。時間が経過すれば戦況も推移する。


DIVAディーヴァは玄武に向けて侵攻してる印象だね」


「執行部が白虎の寮を制して、ゲーマー同盟が朱雀の寮を取ってるからな。いち早く青龍を落としたDIVAディーヴァが手薄な玄武を狙うのは定石だ」


 各寮は拠点が密集する要衝となっている。防衛の観点から見ても、守りやすく攻めにくい事から、此等の確保を如何にスムーズに行うかがエリア争奪戦における重要な要素となっている。


「うんうん。つまり、背中を狙うなら今だよね。情報では今しがたこの辺りで竜殺しドラゴンスレイヤー先輩が目撃されたってさ」


竜殺しドラゴンスレイヤー?」


「まだフラグナに竜王が存命だった頃、竜伐祭って言うソロで指定の竜を討伐するイベントクエストがあったんだけど、TA《タイムアタック》で大変優秀な時間を叩き出したのが竜殺しドラゴンスレイヤー先輩」


 画面ディスプレイを可視化して菖蒲にも見えるようにする。表示されているのは新聞部提供の、竜殺しドラゴンスレイヤーと呼ばれる人物の個人データだ。


 一等星バトルマニア所属。学内序列は17位。影響/効果エフェクト解放段階はA。四角形のグラフで表示された能力値ステータスの振り分けは攻撃と耐久に特化して伸びている。


「間もなく、ここで戦端が開かれる公算が高い。『商売』のチャンスだよ。護衛宜しく」


 菖蒲に差し出した恵流の掌の上にはアイテム扱いの『チョコレートフォンデュ』が乗っていた。爪楊枝の先端には苺が刺さっている。


「ああ、うん。任せろ」


 菖蒲は力強く頷いて、タップリとチョコレートの付いた苺を口に入れる。とろりと甘みが広がった。


「相変わらず美味しいな、これ。もっと食べたくなる」


「消費が激しいから、今日はこれだけね」


 いつの間にか、恵流の頭上にあるEP《エフェクトポイント》のゲージが二割ほど減少していた。


 恵流の読み通りに、道中の拠点を赤一色に塗り固めながら、ゲーマー同盟が東の青龍エリアに大挙として押し寄せる。

 食堂の内部、守衛キーパーの役割を持つ男が机を叩いた。

 DIVAディーヴァ陣営は寡兵でありながら食堂を最前線のラインとして、殺到するゲーマー同盟の尖兵を懸命に押し留めているが、その勢いに飲み込まれるのも時間の問題だった。


「撤退するか? いや! このままでは、私を信頼して防衛の任を命じてくれたあの御方の期待を裏切ってしまう事になる……どうすれば、いい……!」


「傷ついた身体に甘い甘いチョコレートはいかが?」


 そこに、学内序列6位の『剣聖』を伴って悪魔が囁きに訪れる。


「お前等、この熱戦の只中をどうやって潜ってきた!?」


「君の味方に案内して貰ったんだ。僕達は君達と争いに来たんじゃない」


 恵流はニッコリと無邪気な笑みを浮かべて、片手を差し出す。そして、この学園でのみ行使できる魔法の呪文を紡ぐ。


「――実行ラン――しょこら」


 何もなかった掌の上にはブロック型の物体――チョコレートが乗っていた。


「ご存知かも知れないけど、一応説明しておくね。このアイテムは『チョコレート』と言って、対象のHPを割合で回復する効果があるんだ。このサイズだと最大HPの半分くらいかな」


 これが恵流の潜在色『#D2691E :チョコレート』が秘めたCランク影響/効果エフェクト――しょこら。

 HPを回復する効果のあるアイテムを精製する影響/効果エフェクトで、精製したアイテムは譲渡及び端末バングルへの格納が可能。精製から一時間経過すると溶けて消滅する。

 SからLのサイズが選べて、大きくなればなるほどHP回復量とEP消費量が増えるというもの。


「これを一個あたり200桜貨で売り込みに来たんだけど、どうかな? 劣勢の中で、復活までの三分間は大きいよね」


 交戦中、劣勢側の元に訪れては、断れない商談を持ち込む一人のゲスの話はこの源王学園では有名だった。


 エリア争奪戦はアイテムの持ち込みが不可能となっていて、HPを回復させる手段は影響/効果エフェクト頼みとなる。

 回復系の影響/効果エフェクトを持つ者は貴重で、三つの時間帯に振り分けるとなれば、穴が生じて当たり前だ。

 よって、エリア争奪戦などのアイテムの持ち込みが不可能なルールではHP回復は無いものと思わなければならない。


 そんな常識を覆すのが、恵流のCランク影響/効果エフェクト『しょこら』だ。

 回復影響/効果エフェクト所持者が不在でも『チョコレート』さえあれば手軽に回復できる。その高い保険性能は、このエリア争奪戦というルールにおいて輝いていた。


「くっ」


 HPが全損すれば、所持桜貨の半分を敵に奪われる。多くの桜貨を失った挙句、前線を放棄するくらいなら、恵流と取引をして、せめて前線を守った方が得策。


――それだけなら、断ることもできる。


「君達が買わないなら、あっちに話を持ち掛ける事にしようかな」


「それを、俺達が見過ごすと思うのか……!」


 守衛キーパーの男が剣型の幻装デバイスを構える。恵流は丸腰のまま滑らかに舌を躍らせる。


「敵に戦力を与えるくらいなら此処で仕留めるって言うのは、まぁ妥当な思考だよね」


 翡翠の光が象る剣先が恵流を捉える直前、漆黒の刀身がそれを阻んだ。


「でもさ、タダでさえ形勢不利なのに、ここで菖蒲まで敵に回すのは適切とは言えないよ」


「このゲスがぁ! 虎の威を借る狐とは、まさにお前のような男を指す言葉だな!」


「それを長いものに巻かれてる輩に言われても、ねぇ? 200桜貨は結構良心的な値段だと思うんだけどなぁ。僕としては足元を見る事も出来るんだよ?」

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