1-3 「土の上に一と書いて王ってつまりどういうこと?」
翌日の放課後。二人は日課となっている恵流の
竜王城周辺は暗雲に覆われていて、昼夜に光量の差はない。
燭台に揺らめく蝋燭の炎が照らす廊下には剣戟が響いていた。菖蒲の刀が武装したリザードマンを切り伏せる。緑の残光が天に昇っていき、敵の姿は跡形もなく消滅した。
「明日に備えて今日はこの辺りで切り上げようか」
そう恵流が提案したのは、時刻が午後七時を回ろうかという頃だった。
「え? 明日の予定にもよるけど、このレベルだと心もとないんじゃないか? 」
現在の恵流のレベルは63。連日の菖蒲の奮闘の甲斐あって、それなりに戦える状態になってはいるが、レベル上限の99にはまだほど遠い。
「レベルの上昇ペースが大分落ちてきてるし、ここで粘っても高が知れてるよ。アテはあるから、大丈夫」
「アテ……? ここ以上の稼ぎ場となると、レイド級のボスとかになるよな。もしかして明日の目的ってソレか?」
「似たようなもの、かな」
「煮え切らないな。レイド級のボスを相手にするなら、七色を呼んでも厳しいぞ」
転送アイテムを使用して城下町に帰還する。人の街には日中とは違う活気が溢れ、酒場からは血の気の多い者達の喧騒が漏れている。
「と言うか、だ。俺には明日の予定を教えてくれたって良いと思うんだけど?」
「まだ決めきれてないんだよね。早めに切り上げたのは、これから色々と確認するつもりだったからなんだ。菖蒲も付き合う?」
「ああ。先週みたいに、俺と別れた直後に王族殺しでもされたら寝覚めが悪いからな」
「この間のアレは僕としても不本意だったんだけど、弁解しても信じてくれないんだろうなぁ」
並んで歩く恵流の自分よりもちょっと高い位置にある横顔はいつも通り胡散臭い。
「信用が欲しければ、日頃の行いを正してくれ」
◇ ◇ ◇
聖殿は、入城してすぐ正面の大扉の先にある。
ステンドグラスから差し込む月明かりが幻想的な空間は、しかし無粋な勇者達の声が台無しにしている。
「ここでのえる以外のプレイヤーを見るのは久々だ。新情報でもあったのか?」
「この間の決闘でハイエナ達がご馳走の匂いを嗅ぎつけたんじゃない?」
見解を述べながら最奥に歩いて行く。そこにはドレスに甲冑を纏った騎士の銅像と、地下に伸びる階段の入り口がある。
遠目から恵流達の様子を見張る者達の大多数は恵流の想像通り、隙あらば二人を出し抜く腹のある連中だった。
恵流はさり気なく不可視のディスプレイを展開して公式の掲示板にアクセスする。
フラグナの情報交換が行われているスレッドでは、ここ二日の間は新王の即位に関する話題で持ち切りだった。
ゲスが何か条件を満たして敵が弱体化した可能性があると功を逸り、キャラクターデータ削除の憂き目に合った者も出ているらしい。
「の、のえる? 邪悪な笑みを浮かべて何をしてるんだ?」
「えーっと……地下ダンジョンの敵が倒せるようになってるぞー、っと」
「そうなのか!?」
「最近ずっと菖蒲と行動してる僕に地下ダンジョンに潜ってる時間があった? 今のは掲示板に書き込みを、ね」
「あの、のえるさん。もう答えは解ってるけど、一応聞かせてくれ。どうしてそんな書き込みをしたんだ?」
「情報の取捨選択をしましょうねって啓蒙活動をしてみたくなって、つい」
菖蒲が恵流の二の腕を叩く。叩かれた場所からチクリと小さな痛みが走った。
「要するに、偽情報に踊らされる被害者を生み出そうって魂胆だろ!」
「僕の言葉を悪し様に要訳するのが上手だね、菖蒲。さて、騒がしくなる前に用事を済ませちゃおうかな」
王女アイリスの銅像の下部には伝承が綴られた石碑がある。
「のえるの用事って、それか?」
頷く。恵流は魔法のように板チョコレートを出現させると、口に咥えてハムハムと喋る。
「ふぇいなるふぃふぁらをふふぁふぁふぁふぁ(聖なる力を生まれ持ち)ふぉのふぃふぁふぁふぇふぉっふぇふふぁふぁふぁふぁ(その力で以って竜を『調伏』し)ふぇふふぉふふぁふぁふぁふぁ(『悪』を退け)ふぁふぉふぁふぉふぁふふぁふぁふぁふぁ(『人々』に平和をもたらした偉大なる王女)」
「悪しき為政者が延々と高笑いしてるようにしか聞こえないんだけど!?」
パキンとチョコレートの端を折って咀嚼する。嚥下して、言う。
「まぁ、実際に高笑いしてただけだからね。さ、次に行こうか」
「な、何だったんだ……?」
菖蒲は頭上に盛大な疑問符を浮かべながら、聖殿を後にする恵流を追った。
続いて恵流が足を運んだのは玉座の間だった。城の最奥にそれはある。市中を巡回する兵士よりもグレードの高い武装で身を固めた兵士に先導されながら、二人は廊下を歩く。
「ちなみに、一つ前の僕はこの段取りを無視して兵士に襲われる羽目になったんだ」
「そうでもしなきゃ王様は倒せないもんな……自業自得だ」
王に謁見するにあたって、二人は玉座の間に通じる五十メートル程の長い廊下に繋がる扉の前で持ち物を全て番兵に預けている。
「そんな第一級の国賊の僕だけど、生まれ変わったら誰にも気付いて貰えない。切ないね」
国王殺害の犯人である恵流を勇者の一人として歓待する。言葉とは裏腹に、その滑稽な一幕が恵流は可笑しかった。
「信頼度を上げてる暇なんて無かっただろ。今回は無茶しないでくれよ」
「こっちが本題だけど、さっきみたいな工作はしないよ。それこそ、確認するだけ」
「信じてるからなっ」
恵流はひらひらと手を振って「任せてよ」と応じる。廊下の終端、兵士の手によって鉄と木を組み合わせた巨大な扉が開かれる。
「何度見ても、壮観だな」
菖蒲が感嘆を漏らす。
等間隔に配置された重厚な柱が支える高い天井の下には海があった。百名近い近衛兵が犇めく海をモーセの十戒で割ったような光景が広がっている。
物々しい武器を構えた兵士が整然と並ぶ道の先には五段の階段があり、玉座に在す王の姿がある。
「よくコレを越えて王の元に辿りつけたな。褒めてるわけじゃないけど、ある意味で感心したぞ」
「紙一重だったね。王を狙ったワケじゃなくて、イタチの最後っ屁みたいな感じだったけど」
階段の前まで進むと、二人は膝を付けて傅く。王との謁見を開始する作法だった。紅いローブを靡かせて、年若き王が腰をあげる。
「勇者達よ。此度はどのような用向きで参ったのだ」
「畏れながら、王にお尋ねしたい事が二つ程ございます」
諸々の挨拶を省きつつ、恵流は速やかに要件を告げる。
「まず一つ目ですが、王女様の姿を一目拝見させて頂くことは出来ませんか?」
「我が妹は心身を患い、この国において最も天に近き場所で静養している。その願いは聞き入れられぬな」
「残念。ではもう一つ」
恵流は、顔を上げて王を見据えて問い掛けた。
「この世界は救われましたか?」
「勇者達の貢献によって、人の世に再び平穏が戻った。感謝している」
奇妙な謁見はそれで終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます