0-7 「外堀を埋められそうになったら埋まってしまえば何とかなる」



 学内序列二位『霧羽七色』と学内序列六位『鶴来菖蒲』の決闘。

 実際の所は菖蒲の後ろに『+平野恵流』が入るのだが、何処から漏れたのか、この話は瞬く間に学園中を駆け巡り、間もなく十時を迎えようとしている昇降口エリアには百名近いギャラリーが集まる盛況ぶりとなっていた。

 それぞれが向く先には、当事者である二人の姿がある。七色と菖蒲だ。二人はポッドの前でもう一人の当事者を待っていた。


「もう少しで約束の時間になりますが、彼は?」


 二人の対戦を今か今かと待ちわびる野次馬達が生み出す声の嵐に、七色が眉根を寄せる。


「さっきから端末で呼び出してるんだけど、応答が無いんだ……か、回線が込み合ってるのかも?」


「たかだか数百名規模の通信リクエストで音を上げる程、この学園のシステムはか弱くありません」


「で、ですよね。ごめんなさいーっ!」


「どうして菖蒲が謝るのですか?」


 なんとなく嫌な予感がしてるから、とは言えない。

 恵流と関わっていれば、その予感が的中するのは日常茶飯事だったが、七色にまで累が及ぶとなると、菖蒲も気が気ではない。

 しかも恐らく、無自覚ではあるけど悪事の片棒を担がされている。

 中空に浮かぶディスプレイを焦れったく見つめながら、菖蒲は今ここには居ない男に恨み言を漏らす。


「今どこで何してるんだ、ばか」


 刻限を回っても、恵流が姿を現す事は無かった。十分では飽きたらず、一時間を超過しても。

 対戦開始を促す声が、対戦を乞う声へ。それが乱雑な命令の声に変わり、恵流を貶す声が満ちる頃には、恵流自身が指定した時間から一時間半を過ぎていた。

 それが七色にとっての頃合いだったのだろう。


「菖蒲。平野恵流は人との約束を平然と破る男なのですか?」


 平野恵流なら、約束は破る為にある! と断言しそう。それが、この学園内に置ける恵流の認識だ。同意の野次が多数上がる中、菖蒲一人は違った。


「約束なら、守ると思う。少なくとも、俺は破られた事はない」


 詭弁や暴論で殆ど反故状態にまでされる事はあるけど、と菖蒲は乾いた笑みを浮かべる。


「そうですか。今回の遅刻は拠ん所ない事情があるのでしょうね」


 菖蒲の見解がすんなりと聞き入れられたのは、外側で好き勝手に飛び交う憶測よりは菖蒲の言葉の方が信頼性が高いからだ。


「ともあれ、そろそろ時間が時間です。今日はもう彼が来ないものとして、これからどうしますか?」


 そう尋ねて、七色が周囲を見回す。そこにはピーク時の半数程度まで減っていても、多くのギャラリーが分厚い檻を形成していた。


「対戦はまた後日ということで、今日は解散……は、ダメか?」


「菖蒲がそうしたければ、私は構いませんが?」


「俺に選択を委ねるのは狡いぞ」


「では、悪戯をもう一つ。あたしは以前から菖蒲と戦ってみたいと思っていました」


 対戦を望む声が怒声のように飛び交う。解散をするにしても一悶着ありそうな雰囲気だった。

 後々禍根を残すくらいなら、一戦をする。それが現実的な落とし所なんだろうと菖蒲も理解していたが、理解と納得は別物だ。

 頼んでもないのに、根気よく待ち続けた野次馬達を恨みがましく一瞥して、最後に恵流に向けて胸中で呪詛を投げる。


「ああ、もう、解った。やろう、七色」


「はい。その返事を期待していました」


 笑顔で応じる七色。ようやく動き出した二人を見て、ギャラリー達の興奮も否応なく高まっていく。菖蒲の気まずげな表情には誰も気づかない。

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