第4話 

 あの時、私が笑顔であの大役をかって出たのは何故だったのだろう?


 皆の顔がどうしょもなく焦っていたからかもしれない。


 私はそんな皆に笑って欲しいと思ったんだ。その気持ちだけは間違いないものだって言える。

 バカでアホウな私だけど、アリスと椎花とひーちゃんがあの時、あの瞬間に大好きでかけがえのないものになったんだ。


 きっかけは予定がずれたことだった。


 いつも通りに授業を終えていつも通りに友達と――ってそう予定していた。

 あの日の放課後、私は6組のエリナと買い物に行ってから一緒にカラオケに行く予定だった。


「ごめーん!リオコ!!」

 エリナに電話で謝られ、どうしても変えられない予定が先に入っていたことを告げられた。

 もうどんな内容だったかなんて覚えていない。たぶんクダラナイ内容だったと思う。

「いいよー気にしないでー。んじゃまた今度あっそぼー」

 そんな返事をしたと思う。


 それから、とぼとぼと行く当てもなく街を歩いていた。

 普段だったら予定が空いた瞬間に誰かに連絡を取っていたと思う。


 あの日、あの時は…何故かそうしなかった。


 ただフラフラと繁華街を一人で彷徨っていた。目的もなくただ…なんとなく。

 家に帰る気にはなれない。だってどうせ誰もいない。両親は仕事だったり遊びだったり…浮気だったりで家に寄り付かない。なので私も家には極力帰らない。あそこは寝るためだけの場所だ。

 家に帰る時間ではない―かといってケータイをセーターのポケットから出して暇そうな奴を探すってのも面倒だった。


 ざわざわと音と光が重なる街。同じ位の女の子の騒ぎ声と、仕事帰りの大人たちの暗い顔。こすれる服の音といろんなお店から溢れるBGM。人人、人。

そんなざわめきの中、目的もなく歩く私の横をスッと音もなく歩きすれ違った人がいた。

 折り目正しく綺麗に着たブレザーに規定通りの膝丈スカート、ミディアムロングの髪を2つに縛り黒フレームのメガネをかけた女子高生。派手な面々が多い私のクラスにいる静かな女。――雨音密。後ろの席のクラスメイトだ。


 それは…ちょっとした好奇心だった。


 私は街の喧噪に飲まれゆく彼女の後をつけた。

 いつもクラスの端っこの席でゆっくりと小説を読み、窓を拭いたり花瓶の水を変えたりなんていう与えられた美化委員の地味な仕事を真面目にこなし、必要最低限しかクラスメイトと会話をしない暗い女。


 この猥雑とした繁華街とはよほど縁遠そうなキャラクターである彼女が一体どんな用事があってこんな場所にいるのか気になったのだ。


 一定の距離をとりつつ私は彼女の後を追った。とても慎重に…決して気配を悟られないように。彼女のスカートの端を目にとらえながら、振り向かれても言い訳が立つように、あの時の私は探偵にでもなったかのように行動していた。

 迷いもなく真っ直ぐ歩く彼女。繁華街は続いているけど…この先をもっと行くとホテル街になる。


 あんな真面目そうな身なりで実は夜な夜ないかがわしいオジサンから口に出せないようなお金を巻き上げているのでは?なんて、なさそうでありそうな妄想が頭の隅に広がった。

 人の噂話は嫌いではないが、私は自分から言いふらすタイプではない。この道の先で、目の前を歩く彼女が、もし口では言えないような場所に行ったとしてもクラスで言いふらすなんてことはしない。

 だから安心して私に君の放課後を見せてねー?なんてそんな事を考えていた。


 しばらく尾行を続けると、繁華街の端、ホテル街の入り口そんな位置にあるビルとビルに挟まれた、古びた細長いビルに彼女は足を進めていった。

 少し時間を空けてから私は足早に同じビルに入り、入り口に張られたシルバープレートに印字されたテナントを確認した。8階建ての細長いビルは2~5が怪しいスナックやら風俗店やらで6階に消費者金融、7階にBARが入っていた。


 私はドキドキしていた。久しぶりのこの気持ち。


 真面目なクラスメイトである彼女…雨音密は怪しさ満点のこのビルに一体どんな用事があるというのだろう!

 まさかの予想的中?汚いおっさんとムフフなことでもしてるーとか?マジか、マジか!?


 高鳴る気持ちを抑えながら私は慎重に奥に進む。すると赤茶色の古めかしいドアのエレベーターがそこにはあった。エレベーターのランプはゆっくりと昇降していき――7階で止まった。

 7階は…BAR?確かフェアリーランドとかって名前だった。もしかしてBARで働いているとか?我が校は小金持ちのお嬢様やお坊ちゃまが多く、アルバイトをしている人は少ない。というか校則にてアルバイトは禁止されている。こっそりと働いているって人もいなくはないが珍しい。


 私は7階で止まったエレベーターを呼び戻し、彼女が働いているであろうBARに行ってみることにした。

 真面目な雰囲気の彼女が一体どんな顔で働いているのか興味が湧いたからだ。

 いきなり私が現れたらどんな風に慌てるだろう…いや案外シレっとした顔で流すかもしれない。

 そしたらそれも面白い。


 私は今にも壊れそうなエレベーターに乗り込むと、ワクワクした気持ちで7階のボタンを押した。ンギギギィーと不気味な音を出しながらゆっくりとエレベーターは目的の階まで登っていく。そして、ガッゴン!と一際大きい音と揺れを出しながら止まり、ガタガタと扉が開いた。…このエレベーター大丈夫なのだろうか…?


 一歩出て横を向くと、目の前には木製のどっしりとした扉があり取っ手のところにcloseの札がかけられていた。


 ケータイで時刻確認。只今、午後4時52分。


 開店前?仕込み中とかってこと?

 そんな風に思いながらゆっくりと取っ手に手を伸ばして引いてみた。カツンっと手ごたえがある。これは――鍵がかかっている。


 あっれ…?閉まってる?

 木の扉に耳をつけて中の音を探ってみたが…気密性が高いのか何も聞こえない。それより前にこの店には人が入っているのだろうか?なんだろう――多分だけど、この扉の先には人がいない、人の気配がない―そう感じた。


 直観は大切だ。そう感じたならこの階には人はいない。

 じゃあ?私が追いかけた女――クラスメイトの雨音密はどこに行ったのだろう?

 7階にはおそらくいない。では6階?いやいや…女子高生が消費者金融になんの用事が?まったくあり得ない…とまでは言わないが限りなく可能性的にゼロに近いだろう。そもそも7階までエレベータで行って徒歩で6階に降りる意味がわからない。


 じゃあ?どこに行った?

 エレベーターを右手に、目の前をBARの扉。左手側は外に面した非常階段。階段は上の階にも伸びていて8階の存在を私に訴えかけていた。

 確か外からビルを確認したときは8階建てだった。しかしエントランスにあったテナント一覧には7階までの表示しか出ていなかった。古びたビルの割には、空はなく全て店が入っているんだなと確認した記憶がある。


 私のクラスメイトは怪しいテナント満載のこのビルの、表示のない謎の8階に用事があるらしい。ちょっとした好奇心で始めた尾行だったのにもしかしたら、物静かなクラスメイトのちょっとした…いや、かなりの秘密が見れるかも!


 私は久々に感じる「楽しい」に身を任せ足を進めることに躊躇しなかった。


 カンカンカンカン…ローファーが少しさびた非常階段を踏みしめる。

 下から吹きあげる風が短いスカートをバタバタと揺らした。

 階段を上がると8階入室の為の簡素なドアに直面した。そのドアには電子ロックが付いていて解除キーを入れないと入れないような仕組みになっていた。


「んー。。解除の仕方はわっかんないもんなぁー。」

そう言いながら無意識にドアノブへと手が伸びる。ゆっくり回して引いてみると、ロックが掛かっていなかった。「ラッキー♪」そんな事を言いながら私は見た目より意外と重いドアを開け、静かに中へと入って行った。


 中はブーンっていう機械音だけが鳴り響く薄暗い変な部屋だった。

 規則正しく私より背のある黒い箱がたくさん並んでいて、そこからこの音が聞こえてくるらしい。


ブーン。

カチ、カチカチカチ。


 昔なんかの映画で見た事ある。サーバー?ルーム?ってやつに似ている。

静かに機械音が響くこの部屋に、人の気配はない。


…あれ?ホントにどこに消えたんだろ。雨音密…実は幽霊??


 私は静かに黒い箱の立ち並ぶ部屋を進んだ。

 人間が消失するわけないじゃんね?きっとどこかに別ルートがあるはず。

 直観的にそう思うと私は部屋の中を探索し始めた。すると、ゴン!!っとなにやら上から音がした。部屋の右端のほうからだ。私は音の鳴った場所まで行き天井を確認する。すると簡単なタラップがついたそこの天井には上へと押し上げるような扉がついていた。


 なるほど、きっと雨音氏はここから上に行ったに違いない。

そう思い、タラップをあがろうとした時だった。


「止めないでよ、私がやるって決めたんだから!」

「無理だって、アリスちゃんも言ってる!私達は傷つけることはできても、奪い取ることなんてできないよっっ」

「そんなのっ!やってみなければわかんないじゃない!!」


 一際大きい声がして、今まさに開けようとした扉が開かれた。


「え…っっ??」


 扉を開けたのは雨音密で、彼女の腰には見知らぬかわいらしい女の子が泣きながらしがみついていた。

 ……日頃空気が読めないと言われることがある私であるが、コレなら簡単だ。完全にヤッチャッタやつだ。タイミング最悪なのは間違いない。


「あはっ…」


 ってとりあえず笑顔を見せてみたけど…どうかなぁー。ごまかせるかなぁ。

 まぁ、無理ですよね。


「なっ…んでっ?あんたが…?」

そう言った瞬間に、彼女が肩にかけていた通学鞄からズルリとなにか黒いモノが滑り落ちてきた。


ぶつかる瞬間、それはとてもスローモーションだった。


あーコレ知ってる。テレビで見るやつでしょコレ。

どんなバカでも見た事はある。黒くて重くて鈍く光る――コレは…拳銃だ。


私は額に重い拳銃の直撃を受け、思わず登っていたタラップの手すりを離し、床へと墜落した。頭が回る…クラクラして…あ…れ…。


意識を手放す瞬間に聞いた言葉は雨音の声で

「どうしよう…アリス…」だった。



****



 後頭部とおでこに、やけに痛みを感じて私は飛び起きた。


「拳銃じゃんアレ!」


 第一声はそれだった。危機感もへったくれもない。


「…どうしよう…アリス。やっぱコイツしっかり見てるよ。」

『どうしよう…かしらね。本当に。一人の削除であんなにも揉めたのに、追加でもう一人増えそうね。しかもこの子は一般人。せめても街のクズとかならまだマシだったのに。』

「どうする…?アリス?東南アジアのどっかにでも旅立ってもらう??」

『馬鹿ねシーカ。こんなアホ丸出しの見てくれでもこの子はエリート会社の専務の娘よ。あんたと一緒のお嬢様。今日日の日本でこの年齢の女の子が一人消えたらソコソコのニュースになるわ。』

「んー?だよねぇ??じゃあ…どうするの??…椎花、罪もない人をどうにかするなんて嫌だよぉ…」

「そんなの私だって…アリスだって嫌に決まってるわ。」


 重苦しい雰囲気の中話す彼女達。


 一人は大きいベットの上で上半身を起こしながらキーボードに文字を打って会話している女の子。金髪ウェーブ髪の綺麗な…まるで人形みたいな子。

 首に大きな怪我の後があり、どうやらそのせいで口がきけない様だった。

 ベットのそばにある大量のディスプレイからでる白い光に照らされて、女の子の顔は、心臓が冷たくなるくらい綺麗に見えた。


 そして、その子の寝るベットの上に腰かけながらうつむき話す少女。この子は雨音の腰にまとわりついてた子だ。ミディアムヘアのかわいらしい女の子。この清楚な真っ白い、丸い襟の制服は、確か都内のF女子学園のものだろうか。お金持ちのお嬢様が礼儀と慎みを学びレディになるために通う学校だ。

 私みたいのが入ったら3秒で退学できる学校。


 そしてベットの下で無造作に寝かされている私の横に、小型のナイフを持ちながら座る雨音密がそこにいた。

 制服を着崩してブレザーの腕をまくり、髪をほどき、やぼったいメガネを取った雨音は、普段クラスで陰鬱メガネなんて言われているのと同じ人物でないように見える。凛とした綺麗な顔の女の子がそこにいた。


 そんな雨音が、今私にナイフを突きつけている。


「お前…遊佐璃央子だな。どうしてここに来た。なんの目的があった。正確に答えろ」

 うっわー。話し方まで違うよ。雨音さん…いや、雨音様かな?

 なんて呑気に考えていると「早く答えろ!」と恫喝された。


「OK、OK、言うから。脅さないでよ~。私はさーたださー街で雨音を見かけたからつけて来ただけ。ほらさ~こんな繁華街にいるようなキャラじゃないじゃん?雨音ってさー。んで私丁度暇だったのねー?まぁさ、じゃあ気になるし、つけてみるべ♪って的なノリでね…?いやはや、お取込み中だったのに気が付かなくてさー間が悪かったようで…ゴメンネ?」


私の間の抜けた口調に皆の視線が集まる。いやーコレね完全に悪目立ちってやつねコレ。


「あんた、どうやって8階フロアに入ったの?あそこには電子ロックが掛かってたでしょ?」

「えー?ロック??んなもんかかってなかったよぉ。」

「嘘だ!!」

「いやいや~嘘じゃないし。つうか私電子ロックなんて解除できないしー?私の頭がそんなに良くないのなんて、雨音知ってるっしょー?」

 必死に事実を告げてるんだけど、なんだかなー嘘ぽくなるのは何故なんだろ?


『さっき、この女の事を調べた。遊佐璃央子、大手通信機器メーカーの専務である遊佐礼二の娘。妻は遊佐薫子、マダム御用達のネイルサロン経営。裕福な家庭のお嬢様ね、こんなケバい顔してても。中学受験で今の学校に入って、中から下の成績。お勉強はあんまり出来なさそうね。私達と関わりがあるような後ろ暗い過去は無し。あってる?』


すっご。あってる。一体どうやって調べたのだろう?

私はぶんぶんと首を振ってうなずいた。


『ちなみに鞄を漁ったけど、電子ロックを解除できるようなものは持ち合わせていなかった。これは…多分ヒソカ、あんたのミスよ。頭の中、今日の事でいっぱいで電子ロック、ちゃんと掛かったか確認しなかったでしょう。ロックが掛かったか確認してから上に来るようにって言っているはずだけど?』

 機械音声で抑揚なく話す。怒っているのか、嘆いているのかさえわからない。


 無機質な…機械の声。


 少女の言葉を聞き、雨音は顔色を真っ青にさせた。

「…ごめん。ごめん、アリス。うん…私のミスだ。遊佐に尾行されているのもわからなかったし、電子ロックのかけ忘れも…間違いなく私だ。私の…ミスだ。」


 力なく答える雨音にアリスと呼ばれた少女は冷静に答えていく。

『ミスなのはもう知ってる。今考えなければいけないのはコレからどうリカバーしていくかよ。この遊佐って女の事も急務だけど、コイツはまぁ2~3日監禁してても問題ないでしょう。どっからどう見ても頭の悪そうなギャルだし?少しばかり家に帰らなくても、いきなり捜索願が出ることはなさそう。私たちが考えなければいけないのは今日の夜をどう過ごすかよ』


「どうする?アリスちゃん…やらなきゃいけないってわかってるけど…どうしても…どうしても椎花…手が震えるよ…。」

「椎花にやらせるつもりはないよ…私がやるって決まったはずだよ…」

「でもっ!!」


『二人ともストップ。これ以上話すのはダメだよ。客人がいるってわかってるでしょ。この人にこれ以上聞かせちゃダメ。』


重い…ひたすらに空気が重かった。ドロドロのタールの中を進んでいるかのような重さがこの場に広がっていた。ここは…そう!私の出番ではなく…て!?


「えっとですねー?ようはアレだ、アレでしょ?雨音達はその銃で誰かをヤッちゃおう!って話をしてるんだよね?ってあれー違うー?」


『遊佐璃央子…たとえそれが正解だったとして、あなたはソレを知ってどうするの。どう見ても危険な空気が漂っているこの場で、よく聞けたものね。アナタの脳みそはどこまでもスッカラカンなの?…この話を聞いているアナタの命をもしかして私たちが奪い取るかもしれないって考えないの?』


「いやー考えてないワケじゃないってゆーか?私もまだ高1でさー花の女子高生になったばかりだし?死にたくはーないわけでー。でもって東南アジアに売り飛ばされるのも、マジ勘弁なわけであってですねー?だからさー提案なんだけどさー」


「あんた達が殺したい相手、私が殺してあげようか?」


「「えっっ…!?」」

『……。』


 シーン。

 一瞬にして静寂が場を包む。


 あれ?そんなに変な事いいました?私??


「あ…んたね。バカな女だとは思ってたけど…ここまでとは…。わかってるの?人殺しをするって言ったのよあんた!」

 強い口調で雨音が言う。


「えっ?そうだけど?いや、わかってるし。そこまでバカじゃないよー?」


 あははーと笑ったところで、ベットに座っていた少女が立ち上がりこちらも強い口調で攻めてきた。


「わかってないです!人殺しですよ?人の命を奪うんですよ?もしかしたら血が噴き出してそれが自分にかかるかもしれないし?とんでもない形相で死にゆく人の顔を見ちゃって毎晩うなされるかもしれないんですよ?!わかってます??」


「うぅわ。血が掛かるのは嫌だけどぉ、まぁー風呂入れば流れるしOKっしょ。洗えば落ちる!綺麗さっぱり。オキニの香水でも振りかけたらもう気分はハッピーでお休みグッナーイできるよ」

 私はそう言いながらベットに寝ている少女の目をみて笑った。

 このお人形のような子がこのメンバーのリーダーだ。触れたら壊れそうな女の子に見えるのに…多分そうじゃないんだろうってバカな私でもわかる。


『やらせて…みようか』


 少女が言った。

「本気で言ってるの!?アリス、気でもおかしくなった?!」

 雨音が食ってかかるように言う。


『元から頭はオカシイよ。私は天才、んで頭オカシイの。そんなのヒソカもシーカも知ってるでしょ。』


「アリスちゃん…でも…この人は無関係だよ…?」シイカと呼ばれた少女がか細い声を出す。


『この人…バカっぽいけど、意外とそうでもないみたい。ちゃんと理解して話てる。それに下手な言い訳して逃げようってつもりでもないみたい。本気で私達の危ない計画に足を突っ込もうとしている。――それは何故?』


アリスと呼ばれたお人形が私の目をみて、訪ねてきた。

答えは簡単だ。私は答えた。嘘偽りもなく正直に。


「楽しそうだからに決まってるじゃん?」

私は、ありったけの笑顔でそう、答えた。



****



 ここは関東?いやいやいやー違うでしょー。どこの田舎よーってな山奥に私は連れてこられた。


 やると決まってからは早かった。


 まずは私の分厚いギャルメイクを根こそぎ落とされた。

「いだだだだだ!痛いよー酷いよーー!ちょっちょっとまっまって!待てって。」

 痛いからゆっくりはがしてって言ったのに、雨音は容赦なくツケマをちぎり取り、アイテープをはがし、ごしごしとコットンパフでメイクを落としていった。

 そして、クルクルに巻いてばっちり決まっていた長い髪はギチギチに纏めあげられ、真っ黒ヘアのカツラの中に無理くり入れられた。


 きっと家に帰ってコレとったら髪の毛ぐっちゃぐちゃなんだろうな…。

 はーぁ。私のキューティクルヘアーが…。

 

 胸までのストレートヘアのカツラに、白いワイシャツ、仕立ての良い黒の上下のパンツスーツを着せられ、ぴったりしたローヒールの黒い靴を履かせられた。どっから見ても社会人ってな風に私は強制リニューアル。


「うぉおう。すごーい。何コレ。どうよコレ。コスプレみたーい。ウケル―」

 7階のBARのカウンターで私は一人はしゃいでいた。


 その他の人はお通夜みたいな顔をしている。


 closeと看板がでていたこのBARは実はベットに寝ていたアリスって子のお店で、今は事情があって店は営業してないらしい。上の小屋はモニターやら機材やらでごった替えしててベットの辺りしかまともなスペースがない。着替えにくいし、メイクしずらいって事でこの7階のBARまで降りて来ていた。


 立ってクルクル回りはしゃぐ私を、車いすに乗ったアリスと椎花、そして雨音が複雑そうな顔でみていた。


 そして、消え入りそうな声で雨音が私に話しかける。


「お前にかけてやるべき…適切な言葉がみつからない。ごめん…でもないし、ありがとう…でもない気がする。すまないでも、助かったでもない…本当になんて言えばいいんだろっ…何か言いたいのに…本当にみつからないんだ。」


 私は彼女の告白を聞きながら、バーカウンターの椅子に座ると素顔の顔に下地クリームを塗った。

 コレを塗るのと塗らないのとでファンデーションのノリがかわるんだなコレ。


「んんー別に言葉なんていらないよー?さっきも言ったじゃん?楽しそうだからやるの。それだけだよ。ホントなんか思って欲しいワケじゃないけどさ、雨音が「ふぃーっ助かったーラッキー」って思うならそれでいいよ。むしろ役に立てて私偉くね?って思うし?それでよくない?」


「よくないでしょ…どう考えても…」

「駄目だよー深く考えてるとー。そーやって考えてばっかいて暗くしってっからクラスの子に陰鬱メガネなんてあだ名つけられんだよー?」


 私は話ながら黙々と手を動かす。

 下地を塗ったらファンデ。今日は粉ファンデで薄くナチュラルに仕上げよう。パンツスーツで大人気分だし?眉毛も太すぎず、細すぎず、濃くても薄くてもダメだね。チークはどうしよう…何色にしようかなぁ。あっ!アイテープは貼らせてもらお。コレ貼らないと私ってば顔面誰状態になるからね。危険、危険。


 メイクの事で頭がいっぱいで私は言わなくていい余計なことをツルーンと言った気がした。

 やっべ。やったった。また空気読み違えた。


「陰鬱メガネ?何それ。知らないんだけど。」

「えっ?あー、やっぱそこ食いついちゃう?雨音のあだ名っしょ。目立ちたがりの多い1年4組唯一の根暗キャラ。そーんな風にしてるからナナコみたいなちょっぴり意地悪に変なあだ名つけられるんだよー?」

「そんな風ってどんな風よ。」

「いや、そんな風っしょ。」


 カーラーでまつげを上にあげながら話す私を、まじまじと椎花と呼ばれる少女がみている。

「なんか…すごいですね?璃央子さん。これから…その…人を殺しに行くなんて…とても思えません。本当に普通で…あと密ちゃん、陰鬱メガネ?なんていうあだ名なんですね?イジメ?ですか?」


「ちっちがうわよ!私は目立たないように過ごしてるだけで、別に陰鬱そうにしてるわけじゃないし!メガネはほら、変装っていうか、そーゆーためにつけてるだけで!だからね?違うからね?イジメられてないから!」


 よし、チークはオレンジ色にしよーっと。あと唇はミルキーピンクで。グロスは少なめで調節しよーっと。


「ちょっと聞いてるの遊佐!なんか言いなさいよ!」

「はぁ~なんかってなにさー?今ねー私はドキ☆オトナ風ナチュラルメイクに真剣なのー雨音はちょっち黙っててー」


 私は吠える雨音と弱弱しくも笑う椎花を横にし、真剣にメイクをしていた。

 これから私は未知なる事をしに行くのだ。気合入れのメイクを完璧にしないでどうする。


 それでも女子か!


 薄くグロスを塗り、唇を軽く合わせなじませて、私のメイクは完成した。

うん、どこから見ても大人の女性…に見える。あくまでも私的には。


「どうよー?これでイケそうー?」


 私がみんなに意見を求めると、


『もう戻れないが…本当にやってくれるな?』


 アリスが静かにそう聞いた。


「わかってるよ。大丈夫。怖気ずいたりしないから。安心してー」


 ニッコリとほほ笑むと、アリスも苦い顔で笑ってくれた。


 うん、これで十分だ。


 私の役目はこれで決まった。


 準備が整った私は黒塗りの高そうな車で謎の山中へ連行された。

そこは人気がまるでない山の中のパーキングエリアだった。


 詳しい話を聞きたいか?私に同行する雨音にそう聞かれたが、私は静かに首を振った。

 どうせ難しい話はわからないし、なんたって途中参加。今はただ、きっちり役目を終えたいだけだ。そう彼女に伝えたら、「わかった」そう言ってスーツの中から一枚の写真を出した。


「ターゲットはコイツだ。名前は山中信二。詳細は省くとして…まぁ悪い奴だよ。それだけは間違いない。」

「うん。わかった。」

「あとはさっきも説明した通り。合図したら息を止めろ。30秒止めてそこからが…お前の役目だ…。」

「うん。わかった。」

 私は写真を手に取ると目に焼き付けるようにそいつを見た。


 ヤマモトシンジ。ヤマモトシンジ。私が消す相手の――名前。


 パーキングで待っていると、2台の車が入ってきた。時刻は夜の11時55分。

 その車は私たちがいる車から少し距離を取って止まると、ライトをつけたまま、中から屈強そうな男たちがガヤガヤと出て来た。総勢6人。見るからにガラの悪そうな顔の連中だ。

 出て来た男たちを確認し、私と雨音は車から出た。しっかりとした姿勢で立ち、深々と礼をしてトランクから2つのアタッシュケースを取り出すと、奴らに向かって歩き出した。

 そして奴らと一定の距離を保ち、アタッシュケースを地面に置くと、私たちはケースから離れて微笑を浮かべその場で待った。


「山本様、ご注文頂いた品は全てそろいました。ご確認ください。」

そして聞いた事もないような声音でで雨音が静かにそう告げた。


「おぉう、レイシャオさんよー、なぁ、隣にいるその子は誰だよ?その前いた男とは違う奴だなー?おねぇちゃん、名前はなんてーの?」


「山本様、男性がこの場にいるより女性二人のほうが、より安心してお取引ができるとおもいまして。ワタクシ達マーケット側からの配慮でございます。」

「へーへーそうかい。そりゃありがとうよ。」

 ぴしゃりと山本の会話を雨音が切ると、山本はぶつくさ言いながら鞄に手をかけ開けようとした――その時だった。


 奴は一瞬激しく身震いしたと思ったらその場へとグシャリと崩れ落ちた。そしてその瞬間、二つのアタッシュケースから勢いよく煙が噴出した。


 辺りが一気に煙に包まれる――


 煙が出たら息を止めて。30秒数えるの。なるだけゆっくりと。

 数を数えて辺りの煙がなくなったら、息を吸っていい。…そこからが遊佐の仕事だ。


 雨音はそう言っていた。


いち…にい…さん…しい…


 ゆっくり数字を数え始める。横を向いたら雨音はそこにいなかった。

 煙を吸わなかった数名ともめているような音がする。


 私は静かに目を閉じた。


じゅうはち…じゅうきゅう…にじゅう…にじゅういち…


 やがてゴキとかバキっとかバチバチとかって音がして――辺りは静寂に包まれた。


にじゅうしち…にじゅうはち…にじゅうきゅう…さーんじゅ。


 ゆっくりと目をあけると煙はどこにもなくなっていてアタッシュケースの周りには、男たちがいろんな方向をむいて転がっていた。


 そして雨音が静かにアタッシュケースを掴んで倒れている男を見下ろしていた。

 その顔はとても冷たくて悲しくて…美しい顔だった。


 私は静かにスーツの裏に入れておいた銃を取り出した。

 サイレンサーが付いたこの銃は重いが反動が少なく撃ち易いとの事だった。

 そして雨音の元まで行くと、男が掴んでいるアタッシュケースを蹴り飛ばし

「コイツであってる?」そうきいた。


本当はわかっていたけれど…念のため。


「うん。あって――

ぱしゅん。

 私は彼女の言葉をさえぎるように男の頭に弾を落とした。


 それは本当に一瞬で。特になんの手ごたえもなかった。


 こめかみ目掛けて一発。少し血が服にはねたような気がした。


 足元には男から流れ出た血が一気に広がった。

 私の靴を避けるように血はだくだくと流れ広がっていく。


 それを見て雨音の顔が一瞬引きつり、そして少し安堵したような苦しい表情になった。


 男の死を確認して、今回の彼女の大役は終了したのだろう。そこからくる表情なのだろうか。


 そして死体から目を逸らすと、胸ポケットに入れていたケータイでどこかに電話をかけ始めた。


「もしもし、ワンさん?私です雨音です。今、終わりました。……はい。場所はお知らせしていた通りです。たぶん30分は起きないと思います。アリスがそう言っていましたから。お願いします、はい…はい。いいえ、私じゃないです…私はできませんでした。はい…詳しくはまた…はい。失礼します。」


 雨音は静かにケータイを切ると、涙を浮かべた顔で私に抱き付いてきた。


「ごめん…ごめん…ごめんね…謝っちゃいけないってわかってるのに…ちゃんとわかって…いるのに…もう…この言葉しか出てこない…んだっっ。ごめん、ごめん。巻き込んで…ごめんっ」


 彼女は何度も言葉を涙で詰まらせながら私の胸でわぁわぁと泣いた。

 彼女の涙がワイシャツに染みて、肌に触れた。


 それはとっても暖かくて――とっても愛おしかった。


 私は彼女を抱きしめて、泣き止まない彼女の頭を優しく撫でた。


 いいんだよ――雨音。気にしなくていいんだよ。


 そう言ってあげたかったけど…言ってはいけないような気がした。


「ねえ雨音、私なんだか喉かわいちゃった。コンビニで冷たいジュース買いたいな。ねぇ、帰ろ。そう…しよう?ねっ?」


 涙を泣かしながら雨音は私の顔をみた。

 私はどんな顔すればいいのかわからなくて…ぎこちなく笑った。

「うん…そうだね。帰ろう。帰ろうか…遊佐。」

 彼女は汚れるのも構わないといったふうに袖口で涙をふくと、私の手を取り車へと歩きだした。


 私の片方の手には、また銃がしっかりと握られていた。

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