第3話 

『今回のターゲットであるFDS貿易は中南米から採掘したレアメタルなどの鉱物を輸入し国内に流している貿易会社よ。FDSが出資し採掘場を整備、鉱物採掘ルートは非戦闘地域となっておりクリーンな目的での資源採掘、その利益が武装集団への収益になることはないとうたっている。…まぁ実際に採掘している炭鉱は非武装地域であり地域の住民は出資し仕事を与えてくれているFDS貿易に感謝しているみたいね。』


 アリスの機械音声とタイピングが鳴り響く。

 アリスは声が出ない…そして動けない。事故で声帯と下半身の自由を失っているからだ。

 動けないのも不便だと言うが、喋れないのが更に不便だという事で、タイピングでの音声ソフトを自作し、それを使って私達と会話する。自作ソフトって割にはその喋りは滑らかで若干の機械音という違和感はあるものの馴れてしまえば会話のキャッチボールに問題はない。


『レアメタルの他にもまぁ貿易業で収益を得ているみたいだけど、まぁ微々たるものかな。柱はやっぱり鉱物資源の輸入、でこの鉱物資源の輸入っていうのに裏がある。』


 タイピングでの会話をいったん止めると、横を向き、出ない声で「つ・か・れ・た」と言った。どうやら説明するのに飽きたのだろう。

 この氷室アリスという少女、若干14歳と言う若さで自作音声ソフトは作るわ、自作のハイスペックPC組みたてするわ謎の催眠ガスを作るわの天才少女である。

 自他共に認める天才少女はこの頑丈なプレハブ小屋(偽)に住み、インターネット通信で海外の大学の講義に通い勉強をしている。日本の制度では飛び級は認められないはずだったが…?その辺の事情は興味ないので詳しくは聞いていない。どーせアリスの事だから、「私は天才だからね」とか何とかいって長々と難しい話をしてくれるだろうから。うん…興味ないし?割愛。

 彼女は、見かけはまるでお人形のような綺麗な顔をしている。お目はぱっちりで薄い緑色、天然の金色ウェーブヘアは腰のあたりまであり、クラシカルな服装…っていっても部屋から出ることはないのでもっぱらパジャマのようなものなのだが、寝ている姿はまるでアンティークドールだ。母親の家系に西洋の血が流れている影響でこの容姿なのだとか。本人は日本から出たこともない純粋培養の日本人であると豪語する。寝たきり天才少女であるアリスをブレーンとして私たちは――ある事をする。


「アリスちゃんが説明面倒?って事で椎花が引き継ぎ?ますよー?FDS貿易がー……」


 アリスに変わって説明を始めたのが御付き2号こと蓮見椎花。

 都内の有名私立女学校に通う15歳中学三年生。所謂お嬢様だ。

 ミディアムショートが良く似合う、ニッコリ笑顔が最高に可愛い女の子。そんなお嬢様が何故に非合法集団へ?という疑問には追々答えるとして――彼女の役割はアリスのサポート。自由に動けないアリスの日常のサポートだったり、業務的サポートだったりまちまちだ。

 天才との称号を欲しいがままにするアリスには及ばないものの15歳にしてハッキングもクラッキングもお手の物っていうスーパーお嬢様だ。本人曰く「アリスちゃんのお手伝い?してたらなんとなくできるように?なってたのー」だそうだ。


「って事で?私とアリスちゃんの調べた結果、ちょっとヤバめなお薬がこのFDS貿易のレアメタル事業に紛れて輸入されてるって証拠があがりましたー。通常なら輸入検査のところで発覚するところなんですが?巧妙に隠して持ってきているって言うのと、ある一部の役人との間でドロドロの協定を結び結果ザル検査で見つからないって運びのようですねー?というわけで、今回のミッションになるんですがー」


『FDS貿易レアメタル事業部統括本部長、浅野秀臣、直属部下の今野敏夫、伊藤孝明のスマートな削除。及びリサイクル。FDS貿易自体には傷をつけたくない。あくまで私が止めさせたいのは危ないお薬の輸入であって、会社自体は本当にクリーンな会社であるからね。悪いのはこのレアメタル事業部の3名と―税関の役人である真山靖之。こいつら4人で悪事を働いてる。役人の真山と部長の浅野は私とシーカでどうにかするから、FDSの残り2名はヒソカとリオコで。削除&リサイクルの方法は…二人に任せるわ。』


「生死は――問う?問わない?」

 冷たく密が問いただすと『どっちでもいいわ。』無機質な機械音声が部屋にこだました。


****


「さーて、どっちでもいー発言頂いたけどーどうするぅ?」

 私は7階の重苦しく入りにくい…終始closeの看板が外れないBAR、フェアリーランドにて素敵な茶色い飲み物を勝手に飲んでいる。甘い香りとまろやかな舌触りがなんとも言えない…本当に素敵な飲み物だ。

 密は私の勝手な振る舞いを横目で確認し、すぐに書類へと目を戻した。

 ミディアムロングのサラサラヘアーを書き上げつつ、真剣な顔で書類に目を通している密こと、ひーちゃん。

 私達二人はBARのカウンターで作戦会議中だ。

 教室に居る時と違い、ブレザーを脱ぎ、袖をまくり、伊達メガネを外しているひーちゃんはとても綺麗な女の子で、本当にもったいないなーと思いつつ、この事を知っているのはクラスで私だけだぜ!っていう謎の優越感もある。

 真面目に資料を読むひーちゃんに見飽きてきた私は、回転する椅子をキコキコと鳴らしながらグラスを揺らして暇を持て余していた。

 ぶっちゃけ頭が悪い私は作戦会議と言われてもよくわからない。実働部隊担当なんだけど作戦練ったりするのはいつもひーちゃん任せだ。

 私はどーーんってイってばーーーんと行動するしかできない。そうスルことしかできない。


「ひーちゃん、ひーーーちゃーーん。」

キコキコキコキコ。


「なんかリオコ飽きたったぁ~~~」

キコキコキコキコ。

「ねぇ?聞いてる??」


「聞いてない。少しは静かにして。」


「つべたいよう。怖いよう。ふぇぇぇーん。……だからクラスで陰鬱根暗女って言われるんだよう」

 うざったい位の泣きまねをしながらチラっとひーちゃんの顔を見たら…あらー完全に怒ってるぅ。

「~~~っ!るっさいバカ子!こっちでだって作戦立てて、フォローして欲しい箇所ピックアップしてアリスや椎花に頼まなきゃならない事だってあるの!あんたみたいにドーン!ドカーン!だけじゃダメなの!わかったら少しは静かにしてろ、このノータリンギャル!」


「はぁぁぁ~~~い。ぷぅーーバカ子って言われたー」

 キコキコキコキコ。


 そこまで言われたらしかたない。静かにするしかあるまい。

 椅子を鳴らしながら私は静かに店内を見まわした。


 10席ほどのカウンターと、4人掛けのテーブル席が2つの小さい店舗。カウンターの前の棚には年代物のウィスキーやらスコッチやら素敵な琥珀色のアルコールが並ぶ。

 このBARはアリスのパパが個人的にやっていたお店だと聞いた。

 氷室一族はこの辺一帯を治めていた任侠一家だった。今は亡きおじいちゃんで6代目か8代目?っていってたかな。

 ここは、危ない家業を継ぎたくなくて、それでも夜闇からは抜け出せないそんなアリスパパの小さなお城。それがこのお店BARフェアリーランド。

 それも今は過去の話。


 アリスのパパは病院のベットの上だ。


 病院名も伏せられて何処に入院してるかもわからない。名前も改名して、氷室性ではないと聞いた。

 そんなアリスパパは決して起きて活動することのない日々を病院のベットで過ごしている。


 アリスのパパは植物人間だ。


 瞬きする事もなければ口を利くこともない。呼吸器を外してしまえば自立呼吸さえできない…。


『パパを死なせてあげられないのは私自身がまだお子ちゃまで…一人になりたくないからよ』


 以前アリスにそう告げられた。

 アリスはこの若さで莫大な病院代を払っている。

 呼吸器を外せば終わってしまう…そんな父親の生を彼女は必死に繋いでいる。


 ここにいる皆は信じられないような傷を負いながら生きている。

 氷室アリスも

 蓮見椎花も

 雨音密も。


 私だけ何もない。何もない…空っぽだから…だからこそできる事もある。

 私はだからここにいる。私にしかできない事をやる為に。


「バカ子、だいたい決まったよ、作戦。方向性的にはいつも通り、本当に上手くいかなくってどうにもならない時は出番――になるかな。まぁならないように心がけるけど。あと、私がテンパったりしたときは宜しく。その時は遊佐の判断で、ためらわずに弾いていいから。」


「んんっ。りょーかいっ。いつも通りだね。さーて、忙しくなるぞぉ~!」

私は背伸びをし、とびきり明るい声で話しながら、残っていた茶色い液体をグイっと喉に流し込む。…喉が焼けるように燃え上がるのを感じだ。

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