第5話
湖の上を滑るように、静謐な神殿を二人は駆けめぐる。剣が幾たびも交錯し、金属音だけがけたたましく鳴り続ける。
レイドの視界には漆黒の残像が見える。ファウンドの駆け抜けた痕。それに一見、法則性はない。しかし、レイドには見えていた。その痕跡の流れが。
彼の頭の中でその痕跡が結ばれていく。まるで、野山に隠れた獣の足跡のように、それは乱雑で無軌道に見える。だが、それは確実にレイドへと迫っている。
レイドはファウンドの特性を熟知していた。ファウンドは暗部の動きが身に染み着いている。だから、どうしても敵の死角へと移動しようとするのだ。
レイドは自分の左後方に意識を向ける。自分は右手に刀を持っている。なら、ファウンドは利き手ではない方向から攻撃してくるのが自然だろう。ファウンドが歩んだ道もそれを示している。
そして、腰に刺す小太刀――鏡心剣エルダが光ると、その論理を裏付けするように、レイドの頭にファウンドの思考が流入してくる。
『左手後方から急襲!』
レイドは刀を流水の如く滑らかに動かす。そして案の定、予想していた方向から、強烈な唸りと不快な重複音を発して、ファウンドがレイドへと切りかかった。
レイドはファウンドに視線を一度も向けることなく、完璧に聖剣をいなす。
「っつ!」
ファウンドは軽く舌打ちをして、それからそのまま転移する。
レイドは深紅の鎧を打ち鳴らしながら走る。彼の頬を空気の微妙な振動が打った。
振動の方向から察するに、前方右上空。ファウンドは昔から、死角をつく攻撃に失敗した場合、意表を突こうと正面から向かってくることが多かった。
レイドの結論に遅れて、ファウンドの思考が流れてくる。
『落下速度を乗せて、強引に仰け反らせる。そこから、連続して斬撃を浴びせる』
ファウンドがレイドに向かって、落下してくる。だが、レイドはその動きを完璧に捉えている。刀を掲げ、聖剣を掠るように突き上げた。ファウンドの胸に向かって、紅刀が突き出される。
レイドの刺突にファウンドは体を仰け反らせ対応する。だが、胸板を刀は容赦なく切り裂いた。
レイドは口元を緩ませる。彼はアニムの能力に頼らずとも、ファウンドの攻撃が手に取るように分かっていた。ファウンドの視線、息づかい、魔力の乱れが、レイドにファウンドの行く先を知らせてくれる。
レイドはゾルダム国の出自だ。そこで彼は騎士として育てられ、その技術をしっかりと身につけている。数少ない情報から、敵の行動の如何を読みとる観察眼。得物を、まるで自分の体のように扱う剣術。そして……
「はぁっ!」
レイドは体勢を崩しているファウンドに向け、渾身の一撃を放つ。それは空間を両断し、真空を作り出す。
これこそがゾルダム流剣術の秘技。森羅万象、全ての物質を切り裂く剣戟。
レイドの放った斬撃がファウンドへと迫る。しかし、ファウンドは寸前のところで、転移をして逃げ去った。彼の代わりに、壁と床が地割れのように切り裂かれた。
レイドの必殺の一撃はファウンドに避けられた。しかし、レイドはほくそ笑む。ファウンドの居場所を彼はしっかりと把握していた。
レイドが動いたのはファウンドの心の声が、伝わってきたのとほぼ同時だった。
『紙一重だった……』
レイドは紅刀を振り向きざまに投げた。それは、ファウンドへと寸分違わずに飛んでいく。
ファウンドの目が大きく開かれる。彼はそれを咄嗟に右手で払いのけた。
「貰ったぁぁぁぁ!」
レイドは雄叫びと共に突進する。レイドは紅刀を投げることで、無理矢理にファウンドに死角を作った。ファウンドは刀の陰でレイドが見えていないはず。だからこそ、確実に攻撃を逃れるためには、奴は転移せざるを得なくなる。
そして案の定、ファウンドは転移した。
『レイドは刀を手放した。今が好機!』
ファウンドの思考がレイドに伝わる。どうやらレイドの仕掛けた罠に、奴はまんまと引っかかったようだ。
ファウンドが側面からレイドへと迫った。瞬間、レイドの蹴りがファウンドの喉を痛打した。
「がっ」
ファウンドは後方に吹き飛び、転がるように壁に衝突した。
レイドは首を回転させ、骨を鳴らしながら、落ちた紅刀を拾う。
「ここまで実力差があると、つまらないな」
レイドは蔑むようにファウンドを見る。奴は息を荒げながら立ち上がろうとしている。
「正直、拍子抜けだ。もう少し、まともに戦えると思ったんだが」
「お前、気づいてないのか?」
レイドは目を細める。
「何の話だ」
「自分の鎧を見てみるといい」
レイドは言われるがまま、己の鎧に目を向ける。深紅の鎧には一筋の傷が入っていた。胸から少し血が滲んでいる。
「なっ!」
一体いつ切られたのか。まるで気づかなかった。
「貴様ぁぁ!」
レイドが怒りの形相を浮かべると、ファウンドは聖剣を杖にして立ちあがり、再度レイドに向けて剣を構えた。
「もう一度だ。今度はお前の心臓を突く」
「八つ裂きだ。お前の肉体を余さず全て、肉片に変えてやる」
レイドは咆哮を上げながら、ファウンドへと切りかかった。
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