第4話

 デミラはどこかミリアを舐めていた。勇者でもない、ただの新人従者。下水道での戦いはミリアの思わぬ底力に面を食らい苦戦はしたが、今はデミラの持つ全魔導人形を動員している。手こずるはずがないと思っていた。

 しかし、現在デミラは大いに苦戦していた。ミリアの機動力の高さは魔導人形の包囲網を容易に抜けてみせる。下水道では狭い空間のせいか、俊敏さに制限があったのだろう。今やその制約から解き放たれ、彼女は闇市場を縦横無尽に駆けめぐっている。攻撃を当てることさえ容易でない。

 デミラは怒りで我を忘れていた。そのため、魔導人形の動きに精細さが欠けていた。おかげでデミラは冷静になるまでの数分の間、完全にミリアに押されていた。ミリアに奇襲をかける絶好の場所まで誘導したにも関わらず、その優位は完全に失われていた。

 デミラは一際大きい建物の屋上にしゃがむ。帽子を片手で押さえながら、階下で煌めく金の魔力の奔流を見つめる。その魔力は、デミラの尖兵達と同等に渡り合っている。

 デミラは目を細める。忌々しい女だ。ただ人より魔力を持っているというだけで、何でもできると思い上がっている。そういう類が一番嫌いだ。

 そう思ってから、デミラは笑みを浮かべる。奴はどうあがいた所で、勝てはしない。だから焦る必要はない。じっくり追いつめていけばいい。


「はじめの誘導には失敗したが、こちらにはまだ切ってないカードがある」


 デミラは背後に佇む、魔導人形を見る。デミラの三倍はある大きさの巨漢。背中からは複数の砲身が突き出ており、まるでハリネズミを彷彿とさせる。またその魔導人形には、中央ーー顔から股間にかけて、黒いラインが引かれていた。

 そして、そこを境に人形は真っ二つに亀裂が入ると……


「眺めはどうだぁ? グロウ?」

「がぁはっ」


 魔導人形から現れたのは、ファウンドの従者であった男ーーグロウ。鎖で惨たらしく拘束されている彼は、口から血を流している。デミラによって捉えられ、辛うじて生かされているのだろう。

 デミラは下卑た笑みを浮かべたまま、戦場へと視線を戻す。


「嬢ちゃんよ。こいつを見て、まだ減らず口をたたけるかなぁ?」


 デミラは遠くに見えるミリアの透き通った横顔を眺めながら、隠してあるアニムに更なる魔力を注ぎこんだ。


ΨΨΨΨ


 目を覆いたくなるような輝きが、幾度も幾度も放たれては消える。闇市場は今や、一人と三体の戦場でしかない。轟音と爆発の協奏曲。さながらドラゴンの群の襲来かのように、闇市場は彼らによって蹂躙されていく。

 それを見た闇市場の人間は、叫ぶわけでもなく静かに、そして手早く退散していく。闇に生きている者達だけあって、このような危機に慣れているのだろう。いまや、デミラとミリアを除いて、ほとんどの人間が闇市場から姿を消していた。

 ミリアは地面に降り立ち、息を整える。どれだけの間、戦っていたか分からない。彼らはしつこく付きまとい、逃げる隙すら与えれくれない。彼らの動きが徐々に精細になってきている。デミラが落ち着き始めたのだ。デミラの怒りが静まる前に勝負を決めるつもりだった。だが実際は、魔導人形の猛攻を避けるだけで精一杯だった。

 ミリアは頭上から、焼けるような熱気を感じ、空を見上げた。頭上にはドラゴンの仮面を被った魔導人形が、落下してきていた。そいつは炎を拳に纏っている。

 ミリアは間一髪、離脱。拳は地面に放たれ、一帯が炎の海となる。

 ミリアは苦虫をつぶしたように、渋い顔をする。そもそも、彼らの動きは神経質なほど正確だ。とても自動操作の動作ではない。デミラが手動で操っているとしか考えられない。

 だとすれば、デミラの制御技術は生半可なものではない。ミリアがバグラムの魔導人形を手動で操作した時は、少量の魔力であらぬ方向に吹っ飛んだ。

 彼女の場合、一体の魔導人形でそれだ。なのにも関わらず、デミラは三体の魔導人形を同時にかつ精密に操作している。どうすればそんな曲芸が実現できるのか。ミリアはそのからくりに、だいたい察しが付いていた。

『絶対魔力探知』。その能力によって、彼は詳細に魔力の放たれた位置を把握できる。それを持ちいれば、魔導人形の魔力の流れを正確に把握できる。魔力の操作の助けになることは確かだろう。

 だから、ミリアはそのアニムを探していた。それを奪取、あるいは破壊できれば、デミラは魔導人形を十分に操作できなくなると考えたからだ。

 しかし、その重要なアニムをミリアは未だに見つけられないでいた。アニムは存在するだけで、強烈な魔力を発する。しかし、そんな物の痕跡はデミラのそばにも、魔導人形にすら見あたらない。


「いったいどこに隠し持っているのよ」


 そう弱音を吐いたのとほぼ同時に、ミリアは背後に魔力の気配を感じた。すぐさま、斥力を発動。空高く舞い上がる。

 ミリアは自分が飛び上がった直後の地面を、視界の端に入れる。そこには強烈な光線が照射されていた。幾度も見た、狙撃用の魔導具。デミラの十八番。

 光線を辿っていくと、そこには大きな陰が一つ。その魔導人形は針山のように砲撃用の魔導具を、背中から生やしていた。


「もう一匹いたの……」


 これで、四対一。デミラは全力でこちらを殺しにきている。対策を練らなければ、ファウンドの所へと向かう前に死ぬことになる。

 ミリアは角張った屋根に着地すると、傾斜に身を潜めて考える。魔導人形を無力化するには、魔力供給部分を狙えばいい。その魔導具さえ破壊できれば、魔導人形は動けなくなる。

 ミリアはその魔力供給用の魔導具が魔導人形達のどこに取り付けられているか、おおよそ見当がついていた。細い糸状の魔力が繋がっている箇所。下水道では周囲の魔力のせいで気づけなかったが、今は容易に魔力の流れを追う事ができる。

 だが、狙う場所が分かっても破壊するのは至難の業だ。ミリアは何度もそこを狙って攻撃を仕掛けたが全て外している。デミラも分かっているのだ。そこが唯一の弱点だと言うことを。

 ミリアは険しい表情で、遠くに立つ巨漢の魔導人形を見ていると、その魔導人形が真っ二つに開いた。

 ミリアの瞼が強ばる。中には人の姿がはっきりと見えた。血を流しながら、両手を鎖で貫かれ、つり下げられている。ミリアに見せようとばかりに、その魔導人形は内部の人間の顔をミリアに向けた。

 ミリアはそれが何の意図で行われているのか気づいた。途端、ミリアの臓腑が煮えくり返った。


「人質! 次から次へと汚い手を使って! 機関の勇者は卑劣な奴ばかりね!」


 ミリアの怒りが再燃する。しかし、それに水を差すように、脇から白光を伴ったナイフが空気を切断しながら迫った。


「っつ」


 ミリアの頬をナイフが掠める。彼女の頭に僅かな痺れが駆けめぐる。彼女は一瞬だけ動作が鈍くなる。

 それが命取りだった。いつの間に接近していたのか、炎を操る魔導人形がミリアのすぐそばにいた。それは毛皮のコートを翻し、真っ直ぐにミリアのわき腹へ正拳突きをかました。


「ぐぅぅぅぅがっ」


 ミリアは弾かれるように吹き飛び、壁に思い切り叩きつけられた。

 ミリアは苦悶の表情を浮かべる。しくじった。デミラの見せつけてきた人質に、まんまと気をとられた。今ので、内蔵が損傷したかもしれない。だとすれば、長期戦は難しくなった。

 間髪入れず、魔導人形が襲来してくる。左右と上空から計三体。容赦のない怒濤の追撃だ。


「上等じゃない! かかってきなさいよ!」


 ミリアは無理矢理叫ぶ事で自らを鼓舞すると、迫ってくる魔導人形に突っ込んでいった。 

 

ΨΨΨΨ


 巨大な魔導人形に拘束されている男――グロウは戦況を固唾を飲んで見守っていた。

 彼の視線の先には、金髪の少女がいた。彼女は複数の魔導人形を同時に相手取っている。にも関わらず、彼女は平然と彼らの奇々怪々な動きを見切り、隙あらば反撃さえ繰り出していた。

 彼女の動きは目で追うことさえ難しい。その閃光さながらの動きに、グロウは感嘆の息を吐く。

 しかし、それでもデミラの魔導人形達の連携を前に、ミリアが徐々に追いつめられているのは明らかだった。魔導人形達は、お互いの位置を正確に把握している。だからこそ、阿吽の呼吸で彼らは行動する。

 だが、グロウは思う。ただの従者が、普通ここまで勇者と戦えはしない。しかも、デミラは勇者機関の序列五位。渡り合っている事自体が異常なのだ。だからグロウは同じ従者として、彼女の強さに嫉妬さえ覚えていた。

 そして恐ろしい事に当の本人は、その際だった力を普通だと思っているようだ。しかも、彼女は今、デミラを倒すだけでなくグロウさえ救おうとしている。

 血液か唾液か分からない物を口から流す。全身が裂けていると錯覚するほどの苦痛を受けて、なお彼は笑みを浮かべた。

 彼女を見ていたら、可笑しくなったのだ。久しぶりに旧友に出会った。そんな気分だった。


 ミリアはグロウの姿を見た途端、血相を変えてこちらに迫っていた。彼女なら、それが愚行だと分かっているだろうに。デミラの策略にペースに乗せられているだけなのだ。現にミリアはグロウを見た動揺で、一撃攻撃を受けてしまっている。だが、それでも彼女がこちらに向かっているのは、どこの誰だか分からない相手でも、助けたいと願っているからだ。

 その姿に、どうしてもグロウは懐かしい気持ちになる。その苦悩の表情。他人の事ばかり気にしている態度などは、やはり彼を彷彿とさせる。昔のユウリーーファウンドにそっくりだ。

 グロウはそこで合点がいった。昨日のファウンドとの通信。何故か少しばかり雰囲気が明るくなっていた。きっと、あの美少女のおかげだったのだ。彼女と同じ時間を共有する事で、ファウンドは昔の心を思い出しつつあるのかもしれない。

 だが、もう遅すぎる。遅すぎたんだ。

 グロウは知っていた。ファウンドがもう少しで、目的地に到着する事を。そして、ミリアはまだ時間の猶予があると思っているだろう事も。残念ながらそれはない。彼女が思っている以上に状況は切迫している。

 グロウは目を閉じ祈った。どうかミリアとファウンドに、少しでも希望が訪れるようにと。

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