第2話
闇市場の宿泊場。日の光も届かない地下深く。今が朝かどうかも分からない。しかし、ミリアは丁度日の入り時刻に、自然と目覚めていた。
ミリアはベットに潜ったまま思い出していた。昨日、ファウンドに言われた事を。
彼は言った。ミリアの役目はルドルフと共に、機関と立ち向かう事。だから、今は命を張らずに待っていろと。
(役目って何よ……)
ミリアはずっと、もやもやした感情を整理できないでいた。自分の役目は何か。自分の正義は何かと。
ルドルフの死。機関の真の姿。デミラとの会話。そして、ファウンドの過去。
それらを吟味しても、答えはでない。あまりに複雑で、単純ではない。正義か悪かで、簡単に区別できる問題ではないものばかりだ。
千人を生け贄に、万人を救うという正義。
万人を見殺しに、一人だけを救うという正義。
それらはきっと、一つの正義の在り方なのかもしれない。間違っているとか正しいとか、そんな話ではないのかもしれない。
(私の正義ってなに?)
ミリアは苦悩する。自分は何を掲げて生きているだろう。
今までは、機関や勇者が正義で、それらに従えばいいだけだった。だが、これからはそうではない。自分の意志で、自分の思う正義を貫く必要がある。
例えばもし、目の前で起きた殺人が、数万人を救うとしたら……
それを考えた瞬間、ミリアはそれを拒絶した。耐えられない。数万人が犠牲になるかもしれないとしても、自分は目の前の人間を救わずにはいられない。人が苦しむ事を許容なんて、できるわけがない。
ミリアの頭にファウンドの言葉が蘇る。
『全ての人間を救うことはできない。それこそ傲慢な考えだ』
その言葉がミリアの心に突き刺さる。誰かを救った結果、他の誰かが犠牲になる。それが現実なのかもしれない。だけど……
ミリアはベットから抜け出し立ち上がる。
「私の役目それは……」
振り返りファウンドに告げようとした。自分の思いを。自分の正義の在り方を。
だが、そこにファウンドの姿は無かった。
「え、ファウンド?」
ミリアは部屋中を探す。風呂場もベットの中にも、彼の姿はない。彼はいったいどこへいったのか。外をぶらりと散歩しているのだろうか。
「やられた……」
ミリアは彼が帰ってこない事を悟る。彼はすでに発ったのだ。目的を果たすために。
「ふざけないでよ!」
ミリアの拳が壁に激突し、部屋が衝撃で悲鳴を上げる。
「あいつだけ、危険を犯して。私は安全な場所で待機してろっての? 冗談じゃないわ!」
ミリアは怒りに震えながら言葉を発する。
「待ってなさいよ。ファウンド。私を出し抜こうたって、そうはいかないんだから」
ミリアは必要な物をかき集めると怒り狂いながら、扉を思い切り開けた。
その時、ミリアはぶつかった。彼女が驚き見上げると、そこには長身痩躯の男がいた。長髪に痩せこけた頬。
ミリアはその男に見覚えがある。機関の追っ手から逃げている時、彼女が突き飛ばした機関員。怪我をさせたまま、彼女は彼を放置して逃げ出した。その時の彼だ。
「あなた……どうして?」
「君がミリアかい?」
「ええ、そうだけど」
「良かった見つかった」
彼は破顔すると、ミリアへと手を伸ばした。
「ファウンドに君を頼むよう言われてね。さあ、急いで、ここは危ない」
ミリアは明らかに警戒の色を見せ、その男と距離をとる。
「あなたは誰?」
「ああ、名乗り忘れてたね。俺はグロウ。ファウンドの元従者だ」
ミリアは昨日の通信を思い出す。ミリア達に闇市場の存在を示唆した男。面識はないが、この男がそうらしい。
ミリアは未だに距離をとったまま、彼に質問する。
「何でここに?」
「ファウンドに頼まれたのさ。君一人だと心配だってね」
そこで納得する。ファウンドはミリアを気にかけて、彼を寄越したのだろう。
ミリアは苛立つように小さく呟いた。
「余計な事を」
「ん? どうした?」
ミリアは取り繕うように手を振ると、警戒を解いてグロウのそばに寄る。
「何でもないわ。それより、どうしてここが危険なのか教えて」
「機関にこの場所が特定された。すぐにでも、奴らがなだれ込んでくる」
そう言うが早いか、外で大きな爆発音が響き、部屋は少しばかり軋む。
グロウは焦るようにミリアを促す。
「すぐそばまで来ているようだ。急ごう」
グロウは小走りで廊下を駆けていった。ミリアもその後に続く。
廊下には何人かの宿泊者が顔を出していた。外の爆音に何事かと騒いでいる。
彼らを避けながらグロウとミリアは進んだ。ミリアは彼に言葉を投げる。
「グロウが、あの時の機関員だったのね」
「あの時?」
「昨日、豪雨の中、出くわしたでしょう?」
グロウは一瞬の間だけ沈黙すると、思い出したかのように言った。
「ああ、あの時か。そうそう、君に突き飛ばされたね」
笑うグロウに、ミリアは焦ったように謝罪する。
「ごめんなさい……気が動転してて、咄嗟にあんな行動を」
「しょうがないさ。命を狙われていたんだ。正常な判断なんて、できやしない」
「本当にごめんなさい。傷は大丈夫だった?」
「問題ないさ。かすり傷だ」
ミリアはそれを聞いてほっとする。心にずっと引っかかっていた物がとれた気分だ。彼は無事だったのだ。
グロウが階段を駆け下りる。ミリアも滑るように降りていく。
「グロウは何であんな所にいたの?」
グロウは裏路地の、しかも豪雨の中を歩いていた。傘も差さずに。それほど切迫した理由があったのだろう。グロウは即座に答える。
「任務の帰りだった。雨避けの魔導具が破壊されて。そこへタイミングよく、君が現れた。それがどうしたんだ?」
グロウは振り返り、ミリアを見た。ミリアは彼の視線で途端に恥ずかしくなる。ミリアはグロウを少しばかり疑っていた。それをグロウには見透かされている。そう思ったからだ。
「いえ、気にしないで。私の勝手な勘違いだから」
それから二人は、正面玄関を走り抜けて外に出た。外には人がちらほら見える程度で、まだ閑散としていた。
ミリアは周囲を警戒しながら、グロウに訪ねる。
「これからどこに向かうつもりなの?」
「まずはここを出る。それから……」
グロウが先の言葉を続けようとした時、轟音が鳴り響いた。振り向けば天井に届くほどの爆炎が立ち上っていた。
爆発によって人や店の残骸が周囲に散らばっている。ミリアが炎の先に目を凝らすと、二つの陰が見えた。それらは歩きながらこちらに向かっている。
「立ち止まってる暇はない! 急ごう!」
そう言って、グロウはミリアの手を引く。ミリアは彼に牽引される形で走り出した。
そのとき、ミリアは妙な違和感に囚われた。昨日の魔導具越しに話した男はこんな雰囲気だっただろうか。そんな疑問を抱いたままミリアはグロウの後に続いた。
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