第4話

 燃えさかる木々。炎上し続ける魔物の死骸。

 ファウンドはその惨憺たる様を凝視していた。ガランに対し剣で心臓を貫き、そのうえ魔導具による爆炎を浴びせた。普通ならこれで死んでいる。普通なら……

 ファウンドは、大量の魔導具と共に魔物の体内に潜んでいた。ガランが郊外に発生した魔物を襲うのは分かっていた。手頃で、かつそこそこ戦える魔物なら、彼はいつだって一番に狩りにくる。彼はいつでも強敵を欲しているのだ。

 ファウンドは左手に掴んでいるガランの従者を放り投げる。その小男は気絶していた。地面に叩きつけられてなお、意識を回復させる様子がない。

 ファウンドがピグを助けたのには、理由があった。伝令役。機関にファウンドの存在を、彼には伝えてもらわなければならない。これはファウンドの復讐にとって欠かせない重要な一手だ。

 ファウンドは燃えさかる炎を凝視する。彼はまだ、ガランが死んだことに確信が持てなかった。奴がこの程度で、呆気なく死ぬとは到底思えなかった。


 そして、その疑念は的中する。


 燃えさかる炎を吹き飛ばし、飛び出してくる陰。それは巨大な鉄の玉。空気を抉る乾いた音をたてながら、鋼鉄はファウンドの額めがけて飛来した。

 ファウンドは左胸部に埋まる鮮血の球体に、魔力を集中させる。空間に強烈な振動が伝わると、彼は一瞬で消えた。

 鉄の玉は彼方で爆発する。


「こりゃ愉快だぁ。こんなところで、旧友に会えるとはなぁ」


 豪快な笑い声と共に、炎の中から巨大な影が悠然ゆうぜんと姿を見せる。


「地獄から帰ってきた気分はどおぉだぁ? 猟犬ファウンド?」


 影が炎を抜け出すと、焼け焦げた服を着た巨体が姿を現した。その巨体には虫食いのように所々、穴が開いている。中から肉や内蔵がはみ出ていた。

 ガランは割れた黒眼鏡をかけ直し、葉巻に火をつける。

 ファウンドはガランの風体に眉をひそめる。


「貴様は随分と見違えたな」

「ああ。これかぁ?」


 ガランは腹に開いた穴に視線を移す。そして、にいっと綺麗に揃った歯を見せて笑った。


「お前がいない一年でなぁ。俺は死食鬼グールになっちまってよぉ。おかげで、飢えて飢えてしょうがねぇ」


 死食鬼は人間を食らう病だ。死なない体を手に入れる代わりに、強烈な飢えに苦しむことになる。


「そういうお前も、随分変わったじゃねぇかぁ。えぇ? その目は眼球でも移植したか?」

「……」


 ガランはファウンドの深紅に染まった瞳を、指摘しているのだろう。ファウンドはそれに沈黙で答える。

 ファウンドはガランの戯れ言を聞きながす。ガランを殺す方法を考えなくてはならない。死食鬼というのは想定外だ。

 ガランのアニム――魔斧ナイトゴートの能力は『魔導貯蔵』。異空間に魔導具を蓄えることができ、いかなる場所からでも、それを取り出すことができる。しかも、アニムが魔力を供給するため、魔導具を無尽蔵に使用する事ができる。

 そんな破格のアニムに加えて、ガランは死食鬼。彼を殺すには頭部を破壊するほかない。

 ガランの黒濁した両眼が、ファウンドを直視する。


「……復讐か?」


 ファウンドは凍えるような視線で答える。


「お前らを殺す以外に、何がある」

「おお、怖いねぇ。俺も嫌われたもんだな」


 ガランは濁った煙を吐き出す。


「おまえと違って俺はなぁ。お前が生きててくれて嬉しくてしょうがねぇんだ。だってよぉ、お前みたいに骨のあるやつは、最近めっきりいなくてよぉ。調度、飽き飽きしてたわけだ」


 ガランが葉巻を捨てるとガランの両脇から、長細い鉄塔が二つ伸びた。

 黒眼鏡の奥に潜む、ガランの両眼が光る。


「お前は、俺を退屈させんでくれよぉ? えぇ?」


 その言葉を皮切りに、二塔が轟音を鳴らし火を吹いた。


ΨΨ


 炭化した木の残滓と火の粉が舞い上がる森林。焼け野原と化したそこに、鉄球の雨が降り注ぐ。

 ガランの魔導具から発射されるそれは、かするだけで大木を打ち砕く。全てはファウンドを殺すために放たれた手加減無しの射撃だ。ガランは一撃一撃を全力で放った。にも関わらず、ガランの攻撃の全てがファウンドには当たらなかった。

 ファウンドは鉄球の直撃の瞬間に、黒い魔力の燐光だけを残して消え去る。彼はさながら漆黒の亡霊――実体なき存在のように、ガランは感じていた。

 ガランは眉を寄せる。ファウンドの妙な移動方法は、奴が昔に使っていたアニム――魔剣ティンダロスの能力に似ている。だが、アニムを使用できるのは勇者だけ。今はアニムを使えないはずだ。

 だがそれでは、ファウンドの動きに説明がつかない。それはあまりに『空間転移』の魔法に酷似しすぎている。

 ガランは問う。


「お前、アニムが使えるな?」

「……」


 ファウンドは沈黙する。

『空間転移』は魔剣ティンダロスのもたらす力。奴はどこにアニムを隠しもっているのか。魔剣ティンダロスは黒い刀身。しかし、奴の持つ剣は白色だ。

 くすぶる炎の熱気を肌に感じながら、ガランは笑みをこぼす。久しぶりに現れた頑強な男は、自由に魔法を使えるようになって凱旋した訳だ。これを笑わずにしてなんとする。身体の内から、感情が高ぶり溢れ出るのを感じる。これほど……これほど、期待できる男は久しぶりだ。


「楽しいぞぉ! 猟犬! もっと、激しくやり合おうじゃないかぁ」


 ガランは雄叫びを上げると、魔斧ナイトゴートを引き抜き、空間を切り裂いた。すると、鉄塔が新たに二本、空間の裂け目から飛び出る。それらは他の二本と共に、ガランの周囲を旋回する。


「……」


 ファウンドは一言も言葉を発さず、ガランに接近する機会を伺っている。だが、ガランの砲撃は純粋に二倍の物量となってファウンドに襲いかかった。


ΨΨ


 ファウンドは左胸に手を当てる。赤く光る球体のその奥。ファウンドの体内に、魔剣ティンダロスは眠っていた。

 ファウンドは何の勝機もなく機関に挑んでいる訳ではない。それ相応の準備をして、ここにいる。その一つが彼の体内に眠る魔剣だ。

 魔剣は魔力を流すと、渇望していたように唸り大気を振るわせる。ファウンドの全身が脈動し、胸に突き出る球体が赤い光を明滅させる。その鼓動に合わせ、ファウンドは転移した。

 ファウンドは周囲を観察し、状況を見極める。例え攻撃が自分に当たらずとも、油断してはならない。奴は百戦錬磨の戦闘狂。想像だにしない手段で襲ってくるかもしれない。

 眼前に見える褐色の巨人は、その巨体にそぐわぬ俊敏さで、倒木の合間を駆け抜ける。彼の背後で回転し続ける四本の鉄塔は、一寸の狂いもない正確無比な射撃を繰り返す。

 一瞬でも気を抜けば、打ち抜かれる。ファウンドは逸る気持ちを抑え、地道にガランとの距離を詰めていく。『空間転移』は移動距離に制限がある。精々、数メートルが限度。そのため、一足飛びでガランの元まで転移することはできない。

 ガランはふざけているが聡い男だ。不用意に接近されないよう、当たらないと分かっていても砲撃の手を緩めない。

 鉄塊が地面を砕き、土塊を舞い上げる。土臭さと、木々の焼ける匂いが鼻をつく。

 ファウンドは木々に身を隠し、ガランの隙を伺う。すると、ガランが少しだけ、ファウンドから視線を外したのが目に映った。何か企んでいる。ファウンドはガランの視線の先を見た。


ΨΨ


 ガランは高ぶる感情を必死に押さえる。ダメだ、まだ笑うな。笑ったら、ファウンドに感づかれる。そしたら台無しだ。

 ガランは密かに、新たな魔導具を呼び出していた。ファウンドはそれに気づかないでいる。

 ファウンドの側面から、彼に向かって巨大な槍が狙いを定めている。

 ガランは期待していた。ファウンドがこの状況をどう切り抜けるか。それを想像するだけで、ガランは興奮で発狂しかける。

 しかし、ここで不穏な行動を起こせば、ファウンドに気づかれてしまう。それでは、意味がない。ガランにとっては、ファウンドがどういった方法で危機を乗り越えるか。それだけが肝要だった。

 木々に隠れて佇む巨大な槍は、魔力を放出しながら静かに自分の出番を待っている。ファウンドが飛び出してきた瞬間。それがチャンスの時だ。

 そして、その機会はすぐにやってきた。ファウンドがガランの死角から一挙に接近してきた。ガランは予想以上に早く距離を縮められたことに面を食らうが、冷静に巨大槍を発射した。

 一トンを越える巨大な銀の槍は、木々を吹き飛ばしながら、目にも止まらぬ早さでファウンドへ吸い込まれるように迫っていく。


「あはっ!」


 ガランは目を煌めかせ、ファウンドの動向に刮目する。

 しかし、ガランの期待に反して、ファウンドは側面に迫るそれに何の反応も示さない。彼は真っ直ぐガランに向かってくる。その選択は槍が通るコース上を走ることになる。どうあがいても吹き飛ばされる。 

 そして、次の瞬間、槍がファウンドの腹部へと突き刺さる……はずだった。

 ファウンドはなんと左腕で槍の直撃を受け止め、それを背後へと受け流した。

 本来なら、左腕は引きちぎれる。甲冑をしていても、ただでは済まないだろう。だが、彼の腕は未だ健在だ。

 ガランは眼を剥く。これはいったいどんなカラクリだ。生身で、あれを受け流すことなど、できるはずもない。

 完全に虚を突かれたガランは、ファウンドの接近を許してしまう。ファウンドはまるで、何事も無かったように、ガランへと剣を突き立てた。

 ガランは漆黒の斧を引き抜き応戦する。聖剣と黒斧が衝突。ファウンドの予想外の行動に興奮し、ガランは嬉々として叫ぶ。


「お前の身体ぁ。どうなってんだ? えぇ?」


 それに答えるように、ズンっと重い音が響いた。ガランの視界からファウンドが消える。

 ガランはすぐにファウンドの次の行動を予測する。奴は元暗部。攻撃するなら殺しやすい死角からのはずだ。必ず背後から強襲してくる。

 ガランは咄嗟にナイトゴートを背に回した。魔力同士がぶつかる高い音が鳴り響く。魔斧ナイトゴーンの芯が、聖剣の刃を防ぐ。


「あぶねぇ、あぶねぇ」

「っつ」


 舌打ちをして、ファウンドはガランから離れた。


「逃がさねぇぜぇ!」


 ガランは振り向き様、鉄塔をファウンドに向け噴射する。零距離からの砲撃。しかしそれは、ファウンドの残像を貫くだけ。彼に当てることは適わない。

 ガランの目が踊る。こんなにも楽しいのは生まれて初めてだ。昔のファウンドに比べ、格段に強くなっている。


「地獄でどんな鍛え方をしたんだぁ?」


 ガランは頭をぐるりと回転させる。周囲にファウンドの姿はない。

 しかし、どこからか空気を削く乾いた音が響いた。

 頭上だ。ガランは避けようとするが間に合わない。ガランの肩を聖剣が切り裂く。それは胸部まで達したところで制止した。

 ガランは痛みを享受しながら、悦に入る。この痛みが戦うということだ。この苦痛が戦闘の醍醐味だ。


「うずく。うずくぞぉぉぉ。ファウンドぉぉぉぉぉ」


 ガランは哄笑しながら、ファウンドの腕を掴むと、口を大きく開けた。


「いただきまぁす」


 ガランは豪快にファウンドの左肩に噛みついた。その瞬間、ガランの歯が弾かれた。噛んだ感触は、まるで石だった。

 そこで、ガランは察した。槍の魔導具を、彼が弾くことができた理由を。

 ファウンドの滾る瞳を見据え、ガランは腐敗した息と共に紫煙を吹きかけた。


「お前の身体、魔導石が混じっているなぁ?」


 魔導石。それは魔力を伝導するのに適した材料で、魔導具によく使われる。ファウンドの身体はこの魔導石で構築されていたようだ。

 魔導石はその純度によって硬度が上がる。少なくともファウンドの体は、同じ魔導石でできた魔導具を弾く程度には硬かった。それは肉体の大半を魔導石へと置き換えていることを意味する。

 ガランは歓喜に震える。ファウンドは、全てを見抜いて行動していたのだ。槍が来ることを見越し、それをあえて受けることでガランに接近することに成功した。

 ファウンドは剣を引き抜こうとしている。だが、ガランの強靱な腕力によって押さえられ、身動きがとれていない。


「お前はいい! すごくいいぞぉ! 猟犬!」


 ガランは狂気の表情を浮かべると、ファウンドに向かって黒斧を振り下ろす。

 瞬間、ファウンドは転移した。斧は目標を失い地面に突き刺さる。続けてファウンドは上空に出現すると、体を回転させながら聖剣をガランから引き抜いた。

 そのとき、ガランは密かにナイトゴートの能力を発動させた。ファウンドはその事実に気づいていない。回転を維持したまま、ガランの頭部めがけて剣を突き立てる。

 刃がガランの首に迫るその時、ガランが不敵に笑った。

 それを合図に、ガランとファウンドの間を割り込むように異空間が開いた。そこから奇妙な魔導具が飛び出す。球体にトゲが複数突き出た形状。それは異音を響かせながら、すぐさま発光した。

 ファウンドは『空間転移』を発動させようとする。だが、間に合わない。

 突如、爆風と爆炎がファウンドとガランを吹き飛ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る