第3話

 魔工街エリクマリアは魔導具の開発が最も盛んな街だ。そして、同時に最も豊かな土壌の土地としても知られている。

 街の北東部は山と森、南西部は広大な牧草地が広がる牧歌的な地域だ。

 しかし、近年魔導具の開発が進むにつれて、魔力による周囲の土壌汚染が問題になった。魔力を含んだ作物は魔物にとって極上の餌である。だからこそ、エリクマリアの郊外には自然と魔物が集まってきていた。

 

 郊外の森林の中。一人の大柄の男が大立ち回りを演じていた。


「どぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁぁぁ」


 地面から延びる複数の触手。それを彼は手に持つ漆黒の長手斧(ハルバード)で薙払う。

 褐色に厳つい顔。もみあげから顎にかけて、蓄えられた白い髭。横長の黒眼鏡。そして葉巻をくわえていれば、それはエリクマリアの誰もが一人の男を想像する。

 勇者ガラン。彼は魔物を食らう事で有名で、その逸話から別名悪食のガランと呼ばれていた。

 ガランは舌なめずりをする。今日のごちそうは活きがいい。期待できるかもしれない。

 ガランの周囲に新たに数本の触手が生えてくる。それは、何度切断しても無限のように湧いて出てきた。


「こりゃぁ、楽しいなぁ。えぇ?」


 ガランはそのくねくねと波打つ触手の群を見て、満足そうに呟いた。 

 ガランは魔物と戦う事が趣味の一つだった。正確には死に貧するほどの強敵との殺し合いが好きなのであって、相手は魔物だろうと人間だろうと構わない。しかし、ガランの相手が勤まる人間はほとんどいない。勇者機関では銀髪紅のレイドぐらいだろう。だから、彼が相手をするのは魔物と相場が決まっていた。 

 ガランは黒のハルバード――魔斧ナイトゴートを操り、苦なく触手を屠っていく。


「ひゃあああははははは」


 終始笑いながら、戦闘を楽しんでいる。しかし、ガランはお気楽そうに見えて、この現状の違和感にしっかり気づいていた。

 誰かに見られている。というより、強い怒りを向けられている感覚。ガランは戦闘狂だけあって、敵意などには敏感だった。だからこそ、現在自分が何者かに監視されているのに、すぐに気づいた。

 そもそも、この触手の化け物は普段は温厚な魔物。こんなにも好戦敵な姿は見たことがない。何かこの現状は仕組まれたことなのかもしれない。


「まあ、何でもいいがよぉぉぉぉ! 楽しけりゃなぁぁぁ! えぇ? 覗き魔さんよぉ!」


 ガランは辺りを睨めつける。それとほぼ同時に、触手による攻撃が止んだ。変わりにガランの足下が急速に沈んでいく。


「来やがったなぁ。本体!」


 ガランは即座に飛び上がる。彼の立っていた場所を中心にして周りの草木が、地面に吸い込まれていく。その渦の中心には大きな穴が出現した。巨大な魔物の口だ。それは、鋭利な刃を複数生やしている。

 その触手の本体は、地形を変えるほどの勢いで、周辺のあらゆる物を吸い込んでいた。


「誰の差し金か知らねぇが、生憎と、これごときで手こずる訳はねぇんだわ」


 ガランはナイトゴートを振りかざし、空間を切り裂く。すると、空間から銀の魔力を纏った四つの鉄塔が姿を表す。それらはガランの周囲を高速で回転し始めると、真下の魔物に尖塔の先を向けた。


「叩き潰せぇい!」


 ガランの号令と共に、爆音が連続して鳴り響き、鉄塔の先端から鉄の玉が発射された。それは絶えず打ち出され、巨大な魔物の口へ殺到する。


「ダァァァァァァ」


 魔物はたまらずうめき声を上げると、地面深くに戻っていく。

 本体が地中に戻れば、また奴の触手の相手をすることになる。ガランはそれはそれで、楽しそうだとも思う。しかし、腹が減ったのは事実。そろそろ、食事のころあいだ。


「今日は、芋虫の丸焼きだぁ!」


 ガランは再度、ナイトゴートを振るうと、空間をねじ切り、そこへ手を突っ込んだ。出てきたのは巨大な槍。それを構えると、そのまま巨大な魔物へと落下していった。

 噴煙が木々を越えて巻き上がり、魔物の断末魔が周囲に響いた。


ΨΨ


 数分後、巨大な芋虫が地面に横たわっていた。その肉を頬張りながら、ガランは叫ぶ。


「こりゃぁうんめぇな!」


 ガランは魔物の死骸の上に乗り、今度は触手にかじりつく。

 そんなガランの元へ、一人の小男が駆け寄ってきた。小太りに短足。倒れている木々を難儀そうに飛び越えると、ガランの足下までやってくる。


「ここに、おられたんですか」


 息を乱しながら、小男――ガランの従者ピグは焦ったように話す。


「本部に召集のはずですよ。今からでも間に合います。行きましょう!」

「俺はああいうな、お堅ーーいのは嫌いだ。いかねぇよ」

「そんなぁ……」


 従者は勇者の任務を管理する責務がある。もちろん本部の召集は絶対参加が当たり前だ。それをすっぽかせば、ピグも本部におしかりを受ける。


「ダメです。来て下さい」

「めんどくせぇ。それに多分俺の感だが、このままここにいたほうが、本部の思惑に添える気がするな」


 そう呟き、おもむろに肉を引きちぎり口に運んだ。従者は首をかしげる。


「ガラン様、新手の言い訳ですか? 私は騙されませんよ?」


 ガランは肉を咀嚼しながら、ピグに言う。


「おめぇも食うか?」

「話を逸らさないで下さい!」


 ピグは怒りをはっきりと示しながら言った。ガランは気分屋だ。根強く言わないと、計画通りには行動してくれない。


「いいですか? 勇者はある程度の責任を果たして、初めて自由を……」


 ピグが小言を言っていると、ガランは眉をひそめた。彼は口から何か取り出す。


「ガラン様! 聞いてますか?」 


 ピグは誤魔化されていると思い、ガランに向かって怒鳴った。しかし、彼の持っている物が視界に入った途端、心臓が跳ねた。

 それは紅い魔力を放つ、魔導具だった。


「おれぇい!」


 ガランはすぐさまそれを、空高くほおり投げる。すると、爆音を鳴らしてそれは飛散した。熱波がピグの顔に照射される。

 ピグは何が起こったか理解できないまま、爆発の方に目をやる。空に真っ赤な炎が広がっていた。


「これは一体……」


 すると、その爆発を皮切りに、地面から連続して爆炎が舞い上がった。


「な、な、なんですかこれ!」


 ピグはひたすら慌てる。咄嗟に腰を低くして、それからガランを見た。

 ガランは周囲の様子を眺め笑っていた。しかもこれ以上ないほどの満面の笑みだった。まるで、この状況を望んでいたかのように。

 ガランが喜んでいる時は、恐ろしい危険が迫っている時だ。彼の従者を長年勤めてきたピグはそれをよく知っていた。だから、叫んだ。


「ひとまず、ここから離れましょう、ここは……」


 彼の話を遮るように、ズンッと重低音が響いた。そして次の瞬間にはガランの胸から白剣が生えていた。


「ガハッ」


 ガランは吐血した。ガランの背後にいるローブ姿の男――ファウンドは呟いた。


「地獄からの土産だ」

「は、はははははは」


 ガランは愉快そうに笑い続ける。ファウンドが剣を引き抜くと、ガランの巨体は地面へと落下した。それを見たピグは慌てふためく。


「あわわわわわ」


 再度重複した音が響く。それと同時にファウンドは姿を消した。

 一体、何が起こっているのだろう。ピグは目まぐるしく変わる状況についていけない。少なくとも、ガランが目の前で刺された事だけは理解できた。爆炎がそこらじゅうで舞い上がっている最中、ピグはガランを必死に揺する。


「ガラン様! ガラン様!」

「ふっ。帰ってきたかぁ。帰ってきたかぁ! ははははははは」


 地面に突っ伏したガランは目を見開きながら、笑い続けた。ピグはその様子に自分の主人ながら薄ら寒いものを感じた。

 ピグがガランの様子に唖然としていると、側面から不快な音が聞こえた。音源は巨大な芋虫の死体。それが異音をたてながら、ぶくぶくと膨れ始めていた。


「これは……」


 ピグは夢なんじゃないかと思った。本当はまだ、部屋のベットで寝ているのだ。現実では、ガランが簡単に刺されることもなければ、死体が膨らんだりすることもない。

 しかし、彼の期待とは裏腹にこれは歴とした現実だ。だから、そのまま膨れ上がった芋虫は、内側から真っ赤に染まると大爆発を起こした。

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