大会その3
「あはは……二回戦で敗退です」
「はあ……私と稽古しといて、よくそこまで下手くそになれたものね」
勝負に負けて引っ込んできた司。幽吹は呆れ果てていた。
「相手が強かったんだよ」
「そう? 司と実力はそう変わらないように見えたけど」
「うう……」
何の慰めにもならない。
「幽吹は次が二回戦だよね」
「ええ」
「どうするの? 優勝しちゃうの?」
「しないわよ。目立ちたくないし。そうね。とりあえず司より強そうな相手と当たったら、負けるとしようかしら」
さして重要でもない大会。優勝さえしなければ注目を浴びることはない。
「おい御影。お前もう負けたのか」
「うわっ、師範。ごめんなさいごめんなさい」
「我が道場を少しは宣伝してくれよ」
様子を見に来た道場の師範に見つかり、小言を言われる司であった。
その後、幽吹は三回戦も制して、準決勝に駒を進めた。
「頼むぞ須玉。我が道場最後の希望だ」
観客席から師範が叫ぶ。
「はあ、参ったわね」
ここまで期待をかけられると、あまり適当にやるわけにはいかない。
「えーっと、幽吹の対戦相手は……」
司はトーナメント表を確認しに向かった。
「ありゃ、淡島さんだ」
「淡島ミナト……」
相手はおそらく、司に少なからず気がある。
幽吹の闘争心に、この日初めて火が付いた。
気合を込めて礼をし、竹刀を構える。
幽吹には、立会いの構えで分かった。淡島ミナトは司よりも圧倒的に強いと。
睨み合いが続く。
淡島ミナトは仕掛けてこない。
彼女は幽吹の実力を測りかねていた。それも当然。幽吹は文字通り計り知れない実力を秘めている。
「それじゃ、私から……」
幽吹は素早く籠手を狙った。
今までの相手ならば、これで一本取れている。
しかし、淡島ミナトはそれを竹刀捌きで防いでみせた。
「へー、反応できるんだ」
幽吹は感心する。
続けて面を狙う。双方綺麗に決まり、ここは相打ちになった。審判の旗は疎らに上がり、すぐに取り消される。
立ち位置が切り替わり、淡島ミナトが面を打つ。
幽吹は竹刀で防ぐ。そのまま鍔迫り合いに……
「そりゃ」
ドン、と押すだけで、淡島ミナトは後ろに倒れた。
幽吹に押し合いで敵う者はいない。
だが、追い打ちはしなかった。
「びっくりしたかしら。次は打つわよ」
審判が試合を止め、淡島ミナトが立ち上がるのを待つ。
「さあ……今度は速さで勝負」
籠手、面。鍔迫り合い。押しのけてからの引き面。瞬く間の速攻。
須玉幽吹、一本。
「……大人気ないか」
司より強い相手には負ける、その言葉をここでようやく思い出した。
面を打ち合う。幽吹はあえて避けられる攻撃を避けなかった。
淡島ミナト、一本。
三本勝負。次が最後。
竹刀を激しく弾き、さらに捻り上げた。司ならば確実に竹刀を手から離している。
だが、淡島ミナトは持ちこたえた。
「うわ、やるわね」
反則を一つくらい取ってやろうかと思ったが、それは失敗。
一歩も譲らぬ攻防の末、淡島ミナトが見事な胴を決めて勝負を制した。
須玉幽吹、準決勝敗退。
「はー、負けた負けた。司、あの子強いわね」
汗一つかいてはいないが、幽吹は手拭いで顔を拭きながら戻った。
「須玉! 惜しかったなぁ! なんで相手が倒れた時打たなかった!? あそこは一発だけなら打ってもいいんだぞ!」
師範が飛び出てくる。
「うわ、めんどくさ……」
「まあまあ……幽吹は初めての大会みたいなもんだし……」
「うるせぇ! それなら御影! お前は何度目だおい!」
「ごめんなさい」
「次は優勝できるぞ。頑張れよ須玉」
「……ええ」
師範には悪いが、その気はさらさら無かった。
「あれ、御影くんの友達だよね。準決勝で私と当たったの」
表彰式を終えて、外に出た司は淡島ミナトと鉢合わせた。
「あ、優勝おめでとう淡島さん」
「うん、ありがとう。須玉さんだっけ? もう帰っちゃった?」
「ああ……どっか行っちゃったね。あいつも悔しがってたよ」
全部嘘である。幽吹は悔しがっていないし、今も姿を消して司の隣に張り付いている。
「あの人。めちゃくちゃ強かったんだよね。どこの高校なんだろう」
「さあ、どこだっけ……剣道部が無いからうちの道場に通ってたはずだけど……」
適当に話を合わせる。幽吹は高校に通ってなどいない。
「勿体無いなぁ。部活に入ればもっと試合たくさんできるし、大きな大会にだって……」
「そうだね。でもあいつ、あんまり成績には興味無いみたいだから」
「うん。それも武道の醍醐味だよね……でも、あの強さは見過ごせない。私も御影くん達が通ってる道場行こうかな」
「うちの師範は大歓迎だと思うよ」
泣いて喜ぶことだろう。
「じゃあね御影くん! 学校で会おう!」
「うん。お疲れ様」
淡島ミナトは部の仲間たちの輪に戻っていった。
「だってさ幽吹。淡島さんにも稽古つけてあげてよ」
「えー……確かにあの子、筋は良いけど」
気が進まない幽吹であった。
「おいお前ら乗れ、送ってやる」
車を回してきた師範から声が飛ぶ。
「ありがとう!」
「良い気配りね」
「お前らほんと生意気だよな……ついでに飯でも食いに行くか。須玉は一応成績残したからな、奢ってやる。御影お前は半分出せ」
「うえぇ……」
「冗談だよ」
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