第8話 好き嫌い

「ジジー。ねえ、聞いてよ。ソーチョーがね、私のこと無視するの」

 ガンガンは泣き真似をしながら、居間でくつろいでいたジジの首に腕を回した。彼は必死に抵抗して、蛇のように絡みついたそれから逃れようとするが、解いても解いてもまとわりついてくるそれに、とうとう白旗を揚げる。


「いつものことじゃん」

 BGMと化していた特に興味の無いテレビ番組を眺めながら、彼は欠伸をした。もはや首についているそれは無いものとするらしい。


「ジジはソーチョーに好かれてるからいいなー」

「別に好かれては無いだろ」

「好かれてるよ。だって、いつまででもここに居て良いよってさっきも言ってくれてたじゃん」

「そんなのただの礼儀みたいなもんだよ」

「そんなこと無いよ! 私には絶対そんなこと言わないし、私のこと嫌いなんだよ......」

「はあー。またその話かよ......」


 彼の反応からして、きっと何度も聞かされているのだろう。如何にも面倒そうな顔をする彼の隣では、シューと音を立ててしぼんでしまいそうな彼女がいる。

 彼からは顔が見えていないため、本当にその沈んだ気持ちを理解しているのだろかと不安になってしまう。


「私に出て行って欲しいんだよ......」

「出て行けって言われてないんだから、別にいいだろ? 住まわせてもらってるだけで、充分じゃんか」

「そうだよね! わがまま言ったらいけないよね!」


 彼女の顔は一瞬で晴れやかになった。一方の彼の表情は、本当にこの女は単純な思考だと呆れているようだが。


 その後、彼女はどうでもいいような話を永遠と話し始めた。彼は時折うなずきながら、その話を黙って聞いていた。表情からしても、不快とは思っていないらしく、むしろ楽しげであった。それもそうかもしれない。彼の耳を揺らす花が咲いたような声は、とても心地よくて、沈んだ彼女の声よりも何倍も人をにこやかにする要素を含んでいるのだから。


「ねえ、ジジ......」

「よし、煙草吸ってくる」


 彼女の気持ちの緩みを見逃さなかったジジは、すかさずに、絡みついた腕を剥ぎ取り、立ち上がった。


「ああ、逃げられちゃった」

 彼女は、ふてくされた様にソファーに寝転んで、愉快な声を上げた。


 ジジが窓を開け、庭へと出ると、一瞬涼しい風が部屋を通りすぎていき、彼女は目を細めて清々しさを感じたようだ。

 しかし、ピシャリと勢いよく窓が閉まる音と共に、部屋には静寂が広がった。きっと、先ほどまでの温かい空間は風がどこかへ連れてってしまったのだろう。


 彼女は、寝転びながらも、窓の外にある背中をじっと眺めていた。


「好きだよ......」

 窓はしっかりと施錠してあるのだから、そんな想いが届くはずは無い。


「だけど、知ってるよ、ジジも私のこと嫌いだもんね」


 

 彼は誰からも愛される。男からも女からも。そんな彼がどうしてこんなところに居るのだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る