第21話「エクスカリバーを持つ者」

 深い暗闇の中、金髪の女性が歩いている。

 緑色のローブが揺れる。


 (マーリン⁉)


 声をかけようとするが、彼女は答えない。

 夢の世界では、ただ、見守ることしかできないのだ。


 マーリンは、迷宮のような、地下の空洞を歩いていた。

 その手には、明かりもなかったが、暗闇の中を、歩き続けていた。


 俺は理解した。

 ここが、マーリンの閉じ込められた、牢獄なのだと。

 彼女は、湖の乙女ヴィヴィアンの手によって、エクスカリバーで串刺しにされた。

 アーサー王は、アヴァロンで眠りについている。


 (俺は、彼女が、苦しんでいる間、ずっと眠ってたっていうのかよ)

 マーリンは歩き続ける。

 どこかに向かって、歩き続ける。

 

 おそらく、この牢獄を抜けることができたら、彼女は、復活できるのだろう。

 

 いったい、どのくらいの時が流れているのか、まったくわからない。

 マーリンの表情から、感情を読み取ることはできなかった。


 けれど、たったひとつ、確かなことがある。

 彼女は、永劫に近い時を、孤独に過ごしているのだということ。


 この迷宮を抜けるまで、ずっと、ひとりぼっちだということだった。




 目覚めた時、俺は、見慣れた自分の部屋にいた。

 相変わらず、ベッドの上に横たわっている。


 マーリンは、いなかった。


 (あの後、どうなったんだ?)

 槍多そうだが、マーリンの元に向かったのを止めることができなかった。

 そして、俺と賀上がうえは、美亜みあに殺された。


 ベッドの上に置き上がった俺は、美亜にバールで殴られた場所をふれる。

 アーサー王として、モルドレッドに致命傷を受けた場所と、同じ場所だったように思う。

 これまでと同じように、すでに、傷などまったくなかった。


 美亜は、エクスカリバーではなく、鈍器で俺たちを殺した。

 やはり、槍多にエクスカリバーを渡したのだろう。


 マーリンを、救い出さなければならない。

 今度は、俺の手で。


 マーリンの居場所の見当はつかなかった。

 けれど、とにかく、探し出さなければならない。


 マーリンにゆかりの場所……。

 (やっぱり、キャメロットか?)


 キャメロットは、俺たちの拠点だった。

 前世でも、俺とマーリンは、よく玉座の間で相談をしていた。

 彼女は、いつも、俺のことを助けてくれていたのだ。


 槍多や美亜も、キャメロットに向かった可能性がある。

 あれから、どのくらい時間がたっているのかわからないが、今は午前中のようだ。

 もしかしたら、賀上も、復活して助けに来てくれるかもしれない。


 とにかく、急ぐしかない。

 俺は、家を出て、二次元同好会キャメロットの部室へと、まっすぐ向かった。



 部室にいたのは、もゆるだった。

 俺が考えていた、他の誰でもなかった。


 「もゆる、おまえ……」

 もゆるの前から逃げ出して、そのままになっている。

 「アーサー、私、これを渡そうと思って、待ってたの」

 もゆるは、見覚えのある剣を、俺に差し出した。


 「エクスカリバー!? どうしてこれを!?」

 「私、もっと、しっかりと、前世のこと思い出してきたんだよ」

 もゆるは、冷静な様子だった。

 俺の知っている、いつもの、従妹だった。


 「アーサー、私、間違ってたと思う。私は、アーサーを斬っても、なんにもならないんだね」

 もゆるの言葉に、俺はうなずいた。

 「ああ、そうだ。今度こそ、もゆるのことも、救ってみせる」

 前世で、モルドレッドにしたことはなくならない。

 けれど、これからなら、俺たちは、きっと、違うようにできる。


 「それにしても、なんで、どうやって、エクスカリバーを手に入れたんだ?」

 その輝きから、はっきりと本物だとわかる。

 「私……美亜さんから奪ったの。この剣を、アーサーに渡すために」

 

 じゃあ、美亜が、エクスカリバーじゃなく、バールを武器にしていたのは、もしかして、そのせいだったのか?


 「これをちゃんと使えるのはアーサーだけ」

 もゆるが、エクスカリバーを差し出した。

 魔法の剣は、俺の手の中で、輝きを放っていた。


 「どうもありがとう」

 剣の柄を握り、前世の記憶も、蘇ってくる。

 この剣を持って、幾多の戦いを戦ったこと。

 俺は、円卓の騎士を率いて、馬にまたがり、野山を駆け抜けたのだった。


 「アーサー、私、現世では、アーサーを裏切らないようにしようと思うんだ」

 もゆるが、真剣なまなざしで言った。

 「私は、モルドレッドだった。だけど、今は、安桜あさくらもゆるだよ」

 「ああ」

 うなずくと、彼女は、じっと、俺を見上げた。


 「だから、どうか、この戦いに決着をつけたら。そのときは、私のことを、一人の女の子として見て」

 もゆるの瞳が揺れる。

 俺は、目をそらさないようにして、言った。

 「今は約束できないけど……きっとおまえに、きちんと向き合えるようにするよ」


 「正直で残酷なんだね、アーサー」

 もゆるが、笑みを浮かべた。

 悲しみの混ざったような、複雑な笑みだった。


 「それでもいいよ。私は、待ってるからね」

 そして、もゆるは、もう一度、真面目な顔になった。


 「私、アーサー王にもだけど、母親にも、前世でも、いろんな気持ちを持っていた。ひとことでは、とても、言い表せないような気持ち」

 モルドレッドは、アーサー王と、モルゴース……モルガン=マーリンの娘だった。

 俺が愛した、年上のあの人は、モルガンだった。


 「だけどね。マーリンは、頑張っていたと思う。前世で、アーサー王の補佐をするうえでも。そして、今、ここで、アーサーに対しても。だから、私も、マーリンのことも助けたいし、アーサーの力になりたい」

 「うん。助かるよ。俺も、今度こそ、おまえと一緒に戦うことができてうれしいよ」

 もゆるは、穏やかな笑みを浮かべた。

 俺のよく知ってる、仲のいい、従妹の女の子の笑みだった。


 

 その後、俺は、槍多に連絡を取った。

 携帯に出た槍多は、警戒した様子だったが、話をしたいというと、自分のいる場所を教えてくれた。

 槍多は、自分の家にいるのだと言った。


 「わかった。俺とおまえとで、一度、しっかりと決着をつけよう」

 「アーサー?」

 「おまえと賀上も、決闘をしたよな。あのゲーセンで。今度は俺の番だ」

 しばらくの沈黙の後、槍多は承諾した。

 「わかった。一対一で戦おう。騎士としての名誉をかけて」

 

 

 もゆるに見送られて、俺は、槍多の家に向かった。

 もしも、マーリンが、キャメロットに現れたら、知らせてもらう手はずになった。


 槍多の家には、遊びに行ったことがある。

 だから、道順も覚えていた。

 

 槍多の家は、豪邸だった。

 文武両道、品行方正なだけでなく、外見もよく、家も大金持ち。

 奴がモテるのもうなずけるが、普段はそんなそぶりを見せたりはしない。

 俺たちと同じ、『七王国のエクスカリバー』が好きで、同人誌だって買う。

 何も違わない、大事な友達だ。

 

 「それにしても、でかい家だな……」

 大きな塀に囲まれて、中をのぞくことはできない。

 俺は、堂々と、玄関からチャイムを鳴らす。

 すぐに槍多が出たので、名乗りを上げる。


 「槍多! 勝負だ!」

 「ああ」


 俺は、槍多の家の、大きな庭に通された。

 

 「ちょうど、今は、みんな、出払っているんだ。騒ぎになる心配もない」

 「わかった。じゃあ、遠慮はいらないな」

 俺は、エクスカリバーを構える。

 「驚いたな。やはり、剣は、持ち主のところに戻るのかもしれないな」

 槍多も、剣を構える。


 エクスカリバーは、しっかりと、俺の手になじんでいた。

 ずっと、ともにあった、剣が、何倍もの力を俺に与えてくれているようだった。


 「では、湖の騎士の名誉にかけ、勝負を受ける!」

 「おう!」

 

 俺と槍多の決闘が始まった。


 エクスカリバーは、とても軽く感じられた。

 長さもかなりあるのに、取り回しも、ごく自然に行うことができる。

 

 しかし、槍多は、もともと、スポーツ万能で、武道の有段者でもある。

 そして、なにより、キャメロットで最強と言われる、湖の騎士ランスロットだった。

 

 鋭い剣さばきは、防ぐので精いっぱいだった。

 それでも、エクスカリバーの力がなければ、簡単に負けていたに違いない。


 時間がたつにつれ、俺が不利になるのは目に見えていた。

 いつ、隙を突かれて、剣を叩き込まれるかわからない。

 

 「うおおおっ!」

 俺は、気合いの声とともに、エクスカリバーを振りかぶる。

 魔法の剣は、光を放ち、槍多の剣にぶつかる。


 そして、俺は、槍多の剣を弾き飛ばしていた。


 「くっ!」

 腕をしびれさせたのか、槍多がうめき声をあげる。

 「勝負あったな」

 俺は宣言した。


 しかし。


 「ランスロット!」

 聞きなれた声が響いた。

 振り向いた俺の前に、美亜が立っている。


 「私は、許さないわ、アーサー。決して、その剣で、愛する人を、殺させたりしない」

 美亜は、短剣を持っていた。


 俺には、その短剣を、落とすこともできただろう。

 けれど、一瞬の迷いが、俺の動きを止めた。


 美亜の短剣は、俺の胸を刺し貫いた。

 

 「美亜、なんてことを!」

 槍多が叫ぶ。


 「決闘ですって? 冗談じゃないわ。私の愛する人を、けして傷つけさせない」

 美亜は、冷酷に告げた。


 「違う、アーサーと、僕は……!」

 槍多が、何かを叫んでいるが、俺はもう、しゃべることができなかった。


 「アーサー、あなたは、私の大切な人を、また奪おうとするのね」

 俺は、首を横に振った。

 そのまま、地面に膝をつく。


 俺の愛した彼女は、俺を見下ろしていた。

 この状況を、どこかで見たことがある気がする。

 そう、おそらくは、夢の中だ。

 

 マーリンをエクスカリバーで刺し貫いた、ヴィヴィアン。

 あの時と同じ目で、美亜は俺を見ていた。


 「私は、ようやく、手に入れたのよ。愛する人を」

 湖の乙女は、ランスロットの養育者にして、最も愛情を注いだ者。

 王妃グィネヴィアとしても、ランスロットを深く愛していた。


 その感情が、一気に、俺の中に、奔流のように流れ込んでくる。


 だけど、美亜が、俺の彼女が、俺のことを好きでいてくれたことも。

 王妃グィネヴィアの、アーサー王への想いも。

 

 嘘ではないはずだと、いまだに、そう思える。

 混沌が、俺を飲み込んでいく。

 まるで、あらゆる感情を、混ぜ合わせたかのように。

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