第7話「ランスロットとグィネヴィア」
俺の愛する人が、目の前で泣いている。
王妃グィネヴィアである。
また、前世の記憶を思い出しているのだった。
キャメロットの王宮の中、夜の小部屋は、とても暗い。
「なぜ、なぜです」
彼女は、涙を流しつつ、俺……アーサー王へと食ってかかる。
「なぜ、ランスロットは! あなたにもっとも、忠義を捧げし、かの騎士は、殺されねばならなかったのです!」
「それは……」
アーサー王が、ためらいながら、答えようとした時。
「私と、ランスロットの愛のためですか」
グィネヴィアは、自ら、事の深層へと詰め寄った。
「私とランスロットは、お互いの望むように、愛し合うべきでした。真実の愛をかわし、自由になるべきだったのです」
「グィネヴィア」
いさめるように言うアーサー王を遮り、グィネヴィアは言った。
「アーサー王さま、あなただけが不義を犯して、私だけが、私達だけが、それを許されないということがありましょうか?」
グィネヴィアは、アーサーに強く続ける。
「あなただけが、自分の思うままにふるまい、私達だけが責められるいわれがありましょうか?」
「それは……」
「ましてや、ガウェィン卿などに」
グィネヴィアが、言葉をつづけようとした時だった。
アーサー王が、グィネヴィアを平手打ちしたのだ。
「もうやめるのだ、グィネヴィア」
「アーサー王さま……!」
「私も、このようなことは言いたくはなかったが……」
アーサー王が、沈痛な面持ちで言う。
「おまえとランスロットの不義さえなければ、私は、大切な円卓の騎士を失うことはなかったのだ! ランスロットのことも、ガウェインのこともな!」
アーサー王が、グィネヴィアを責め始める。
ちょっと待てよ、アーサー王。
その言い方はないだろ⁉
『やめろ!』
俺の声は、相変わらず届くことはない。
アーサー王も、悲しんでいるのはわかる。
アーサー王だって、ランスロットが大好きだった。
それに、ガウェインのことだって。
他にも、仲間割れで、騎士たちが死んだ。
止められなかった自分を、アーサー王が責めているのはわかる。
でも、自分の妻を、グィネヴィアを支えてやれるのは、アーサー王だけじゃないのかよ。
グィネヴィアの手元に、きらりと何かが光る。
「!」
アーサー王も、気づいて、それを止めようとするが……。
王妃グィネヴィアは、自分の胸に、短剣を突き刺したのだった……。
「やめろおお!!」
喉の中がひりひりする。
もう、これで何度目かわからない。
悪夢から目覚めて、現実に戻るのは。
俺は、見慣れたキャメロットの部室の椅子に座っていた。
傍らには、マーリンがいる。
部室にいるのは、彼女だけだった。
他の奴らには、叫び声を聞かれていなくて、少しほっとする。
「なあ、マーリン」
俺は、気になっていたことをマーリンに打ち明けることにする。
「
「どうしたの、弱気になっているの?」
「いや……」
俺は、さっきの夢のことを考えていた。
ランスロットが死んだときに、悲しんでいた王妃グィネヴィア。
その様子を見て、彼女は本当に、ランスロットが好きだったのだと、わかったのだ。
「じゃあ、ランスロットに美亜を寝取られてもかまわないのね?」
「ね、寝取られるって……」
マーリンの言葉に、俺は首を振った。
「まさか、まだ、そこまでは……」
「本当に? 本当に、ないって言いきれるの?」
マーリンが、冷ややかに、俺を問い詰める。
「だいたい、おまえ、言い方がアレすぎるんだよ!」
「単なる真実でしょ、アーサー」
マーリンは、さらに冷たく突き放すように続けた。
「そんなに、美亜のことが信じられるんだ」
「それは……」
たしかに、美亜は、俺を殺した。
だけど、それは、俺のことを好きでいてくれるからのはずで……。
「美亜は……俺は、美亜のこと、すごくかわいいよ」
俺は、マーリンに率直な気持ちを述べる。
「だけど、でも……」
「だけど?」
マーリンが、問いを投げつける。
ああ、こいつ、本当に性悪だな。
でも、彼女は常に、核心をついてくる。
俺が、必死で、目を背けようとしている、その核心を。
美亜は、かわいい。
俺の彼女だから、その欲目でそう思うわけじゃない。
だけど、だからこそ、他の奴が好きにならないわけがない。
槍多と、どうにもなってないと、断言することができない。
俺は、美亜のことを信じたい。
浮気してるなんて、嘘だって思いたい。
でも、槍多が、美亜に、何もしていないって、言いきることもできない。
「槍多は……そんなやつじゃないよ」
俺は、自分の気持ちをかき消すように言った。
「どうだか」
マーリンの短い言葉に、冷笑と皮肉がたっぷり混じっている。
「いや……だって……」
俺は、必死で反論しようと、その論拠を探そうとする……。
と、その時だった。
「今、もしかして、僕の話してた?」
キャメロットの部室の扉を開けて、槍多が現れたのだ。
「いや、その」
「ええ。あなたが、美亜と付き合ってるって話」
マーリンの暴露に、俺だけじゃなく、槍多も固まっている。
「な、なんてことを言うんだよ!」
「この際はっきりさせるべきじゃないの、アーサー」
マーリンは、俺と槍多を交互ににらみつける。
「おまえは関係ないだろ!」
「関係ないですって?」
「あ、いや……」
俺には、マーリンを責めることができない。
俺の、俺たちの呪いをとくために、魔法で協力してくれる、彼女のことを。
しばらくの間、槍多は、沈黙していた。
だが、意を決したように、俺に向き直り、言った。
「すまない」
槍多の言葉は、静かだった。
「たしかに、僕と、美亜は、付き合っているよ」
槍多が、はっきりと、認めた。
いや、これまでも、時空を飛んで、なかったことになっていたけど、こいつと美亜は、そのことを、俺に伝えようとしていたのだった。
「槍多……」
俺の声に、どんな感情が乗っているのか、自分でもわからない。
それに、槍多に、どんな感情をぶつけていいのかもわからない。
しかし、俺が、気持ちを整理する前に。
「はっきり言って、君が邪魔なんだ、アーサー」
槍多は、部室の壁にかかっている、剣を抜き取った。
「なんでそんなの持ってるんだよ!?」
「この間、みんなで武器の店にいったじゃないか。僕は、エクスカリバーの模造品だっていうから、どうしても気になって……」
「買ってたのかよ!?」
たしかに、二次元同好会キャメロットのメンバーで、「武器の店」に行ったことがある。
俺と、美亜と、槍多と、賀上は、それぞれに、好きな武器の模造品を見て、楽しんでいた。
西洋風の武器を主に扱っているお店で、中世の騎士が使うような、剣や甲冑がいろいろ置いてあった。
その中には、アーサー王伝説に出てくる、伝説の剣、エクスカリバーもあった。
もちろん、本物なわけはない。
豪華な装飾をあしらった、模造品である。
俺は、見るだけで満足したけど、こいつは、ほんとに買ってたんだ。
そう、たしか、槍多の家は、金持ちでもあったんだ。
いつのまに、エクスカリバーが、キャメロットの部室に飾られていたんだろう。
なんで、俺、そのことに、今まで気づかなかったんだろう。
「や、やめろ、落ち着け、槍多!」
槍多は、剣を構える。
抜き身のエクスカリバーの模造品は、かなり長くて大きい。
それに、こいつ、たしか、剣道とか、フェンシングとか、やってたんじゃなかったっけ。
「これは、僕のためだけじゃない。美亜のためでもあるんだ」
槍多は、エクスカリバーを振るう。
「よせよ!」
俺の叫びは聞こえない。
部室の床は、槍多の振るった剣がぶつかり、穴が開いている。
「アーサー、僕は、君を許せない」
「どうしてだよ、槍多!」
もう一度、剣が振るわれる。
今度は、俺は、避けることができず、肩に、重い一撃を喰らう。
「美亜のことを……美亜を大切にできない君を、僕は許すことができない」
「……ちが……っ!」
俺は、叫ぼうとするけど、うまく声を出せない。
そうしているうちに、もう一度、槍多が剣を振りかぶる。
「アーサー!」
マーリンが叫ぶのが聞こえた。
ああ、また、こうなるのか。
俺の頭に、エクスカリバーの模造品が叩きつけられる。
そうだ、アーサー王伝説で、モルドレッドに殺されるときも、似たような状況だったっけ。
アーサーは、頭に致命傷を受け、そのまま、命を落とすのだ。
なぜか、俺は、現実感を持つことのできないまま、槍多の攻撃を受け続けた。
けれど、流れ出す、俺の血は、本物だったみたいだ。
だから、意識が、また、
槍多が、精神面でやや不安定なところがあることを、親友である俺は、よく知っていた。
ひとつのことを抱え込んでしまうと、周りが見えなくなるということも。
(そういうところ、ランスロットに似ているよな)
槍多の前世が、ランスロットだとしたら、こいつは、それを繰り返していることになる。
槍多が、人一倍、責任感の強い男っていうことはよくわかる。
だけど、いつか、言わないといけないと思っていたんだ。
物事は、そんなふうに……無理やり白黒つけなきゃいけないことばかりじゃない。
それに、一人で、抱え込まなくていいんだって。
何かあったときは、友達である、俺たちのことを頼ってくれよって。
最後に、槍多の声が聞こえた。
「僕は、必ず、美亜のことを幸せにしてみせる」
ああ、そうだといいな……。
槍多の言葉の説得力に、飲み込まれそうになるが……。
そんなこと、許されるわけないだろ、おまえら!
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