第6話「円卓の騎士と友情」

 平野には、軍勢が二手に分かれていた。

 一方は、ガウェインをはじめとする円卓の騎士たち。

 もう一方は、ランスロットと部下たち、そして、彼に味方する、円卓の騎士たちだった。


 ガウェインが現れ、馬を進めた。


 「ランスロット! おまえは、その不義により国を揺るがしたのだ!」

 ガウェインの怒号が、平野に轟いた。

 

 「私にそのような意図はない」

 ランスロットが、やはり、馬に乗りガウェインに近づいた。


 「黙れ、反逆者め!」

 ガウェインは吠える。

 「貴様とグィネヴィア王妃は、アーサー王の恩を忘れた薄汚い野良犬どもだ!」

 ガウェインは槍を構え、ランスロットめがけて突撃した。

 「私のみならず、王妃にまで……汚名はそそがねばならぬ!」

 ランスロットもまた、槍を構えた。


 激しい金属を打ち合う音が戦場を鳴り響く。


 アーサーは何をしているんだ⁉

 このままでは、決闘はどちらかが倒れるまで続くだろう。

 

 「やめよ!」

 平野の向こうから、威厳ただよう騎士がやってくる。

 アーサー王だった。


 だけど、アーサーがたどり着いたちょうどそのとき、鈍い音が響き渡る。

 ランスロットの槍に貫かれ、ガウェインは落馬したのだった。


 「ああ、我が甥、ガウェイン……!」

 アーサーは、ガウェインに駆け付け、抱き起こす。

 ガウェインは答えない。

 意識を失ったのか、それとも、もう……。


 戦場に、号泣が響いた。

 ランスロットは嘆きの声をあげ、泣いているのだ。


 「よくも、ガウェイン殿を!」

 動きを止めたランスロットに別の騎士が近づき、槍を突き出す。

 とどめを刺すために。

 ランスロットの身体がかしぐ。そして、地に落ちる。


 アーサー王は、何もすることができなかった。

 ただ、ガウェインとランスロットの最期を見守るしかなかった……。




 気がついたとき、俺は、目に涙を流していた。

 キャメロットの部室で、俺とマーリンは二人きりだった。

 もゆるも、美亜も近くにはいない。

 どうやら、今回は、もゆるの学校案内が終了した時空に飛んだようだった。


 「なあ、マーリン」

 俺は、拳で涙をぬぐって、マーリンに言った。

 「俺のことを殺してくれ」

 マーリンは、驚きの表情を浮かべた。

 「できるわけないでしょ、そんなこと」

 「それは、普通ならそうだけど」

 俺には確信があった。前世の記憶を取り戻すには死ぬしかない。

 そして、死んでも、俺は何度でも蘇ることができる。

 この、繰り返しの世界を脱出するまでは、きっと……。


 「これ以上、悲しいことは見たくないんだ。友達が、俺のせいで、ケンカしたり、傷つけあったりするのを見るのはもう嫌なんだよ」

 死んで、もっと、重要な情報を手に入れるんだ。

 そして、俺の前世で……アーサー王たちになにがあったのかを突き止める。


 しかし、俺の決意をよそに、マーリンは、あきれたように言った。

 「あのね、アーサー。この現世でのこと、自分のせいだと思うなんて馬鹿げてるわ」

 「だけど、本当に、俺のせいで……」

 「本気でそう思ってるの?」

 冷たい声音だった。

 「色恋のために、争ったり、いがみあったり、そんなくだらないことで殺しあうなんて」

 「くだらないこと?」

 マーリンの言葉は、聞き捨てならなかった。


 「マーリン、おまえには、誰かを好きになったことはないのか」

 「何を言ってるの?」

 「俺は、さっきも、もゆるに殺されたのは、嫌だけど……くだらないなんて思わない」

 「子どものころの結婚の約束なんて、本気にしてるようなバカ女に殺されたのに?」

 「もゆるを悪く言うなよ!」

 俺は、つい声を荒げてしまった。

 ダメだ。冷静にならないと。


 「美亜だって、槍多だって、くだらないことなんかしてない。大事な相手のことを、想うことが、くだらないことなわけがないだろ」

 「あなたが、どう思おうと、別にかまわないけど」

 マーリンは、息をついた。

 「私は、あなたの味方よ、アーサー。魔法で支援しているのを忘れないでね」

 たしかにそうだ。マーリンの魔法なしでは、どうしようもない。

 「あと、汚れ役を私に押し付けないで。私をなんだと思っているの」

 マーリンは俺をにらみつけるように言った。


 「ああ、俺だって、そんなの頼まれたら嫌だけど、でも」

 殺してくれなんて言うのは、マーリンにも悪いとは思う。

 だけど、これ以上、自分の大切な人たちが、泣いたり傷つくのは嫌なんだ。


 「私は、あなたの思考パターンはわかってたつもりよ、アーサー」

 マーリンは言った。

 「だけど、王だった時よりも、さらにバカになってるわね」

 「さっきから、なんだよ、バカ、バカって……」

 「事実だからでしょ。自分を犠牲にすればうまくいくなんて、虫が良すぎるわ」

 マーリンの言葉に、今度はうまく反論できなかった。

 彼女の言葉は、何か、含みがあるような感じがした。

 

 「まあ、魔法でこれからも助けてあげるから」

 マーリンが、いつもの笑みを浮かべ、話を切り上げようとした時。

 「魔法……?」

 マーリンの言葉に、俺はひらめいた。


 「なあ、マーリン、さっきと逆だけど、魔法で俺を死なないようにできないのか?」

 「え……?」

 「俺が殺されなければ、美亜も、もゆるも、説得できるかもしれない」

 「そんなわけないでしょう」

 「いや、これまでだって、殺されたりしなければ、話ができたはずだ」

 前世の記憶を手に入れられないなら、現実世界で努力するしかない。


 「これまでは、俺たち、そういう方向の努力はしてこなかったよな」

 もう、美亜にも、もゆるにも、殺されることはわかっている。

 だったら、回避策を入手すればいい。


 「あなたに、グィネヴィアも、モルドレッドも説得できるはずないわよ」

 マーリンは、なおも反論する。

 「マーリン、おまえ、『その魔法は使えない』、とは言わないんだな」

 つまり、可能性はあるのではないだろうか。


 俺は席を立ち、マーリンの両手を手に取った。

 「お願いだ、マーリン。キャメロットのみんなを救うためでもあるんだ」

 俺とマーリン以外、前世のことは知らない。

 みんな、操り人形みたいに、殺し合いを演じているんだ。

 きっと、そうに違いない。


 「放してよ、アーサー」

 マーリンは俺の手を振り払おうとする。

 だけど、俺はもっと、両手に力をこめる。

 「放してったら!」

 マーリンは俺を突き飛ばす。

 ひるまず、俺は、彼女を壁際に追い詰める。


 「たのむよ、マーリン、俺を……」


 扉が唐突に開いたのは、その時だった。


 「美亜⁉」

 入って来たのは、美亜だった。

 「なあ、もしかして、今の話聞いてたのか?」

 前世の話を、もし知ってしまったなら、きちんと説明しないと。

 

 「ええ」

 美亜はにっこりと微笑を浮かべた。

 俺の大好きな、かわいい笑顔を。

 

 「マーリンちゃんに『何を』お願いしていたのかしらないけど……」

 美亜の言葉に、はっとなる。

 さっきの、最後のほうしか聞いてないのか⁉

 

 美亜は、マーリンにつかつかと近づいていった。


 「あなたが、何をしたいのか、私にはわからない」

 美亜が、笑みを浮かべたまま、マーリンに言った。

 「奇遇ね。私もよ」

 表情に警戒の色をうかべつつ、マーリンが答える。


 「だけど、アーサーは、私のものだから」

 何かが、空を切り裂く音がした。


 マーリンは、床に伏せて、美亜の振るった短剣をかわしていた。


 「あなたには、ランスロットがいるんじゃないの……⁉」

 マーリンの言葉に続き、美亜の短剣が振るわれる。

 緑色のローブの袖口が切り裂かれる。


 「美亜! やめろ!」

 俺は、美亜を捕まえようとする。

 どこからともなく現れた短剣を、奪おうとするが……。

 「槍多君は、私にいろんなことを求めてくれた」

 美亜が、笑みを浮かべたまま続ける。

 「あなたはどうなの、アーサー。さっきみたいに、私に求めたことがあった?」

 「あれは……!」


 美亜は、完全に誤解しているようだった。

 俺とマーリンの様子、もしかしたら、『そういうふうに』迫っているように見えたかもしれない。……って、冗談じゃないぞ!

 「違うよ、美亜!」

 一刻も早く誤解を解かないと。

 

 だけど、美亜は、表情は穏やかなまま、言った。

 「私を愛していないんでしょう、アーサー」

 「なんで、そんなこと……!」

 「私には求めないから」

 「それは、つまり……」


 俺は、美亜のことが大好きだった。

 初めてできた彼女だし、なるべく大切にしたかった。

 美亜の望むことはなんだってしたいし、嫌だと思うことはしたくない。


 「俺の気持ち、疑ってるのか、美亜」

 「『疑って』なんかいないわ」

 「だったら、じゃあ……!」

 「私は、『確信』しているのよ」


 美亜は、再び、短剣をひらめかせ、マーリンに斬りつけた。


 「あなたの不義を」


 「話の通じない女ね!」

 マーリンはいらだたしげに言いつつ、短剣をかわした。

 「いつもいつも、自分のことばかり。これだからオタサーの姫は……!」

 毒づいたマーリンの身体が、宙を飛んだ。

 美亜に突き飛ばされたのだった。


 (美亜、こんなに強かったっけ……)

 一度もケンカなんてしたことないから、わからなかったけど。

 いや、普通、カップルで殴り合いのケンカにならないと思うけど。

 

 俺は、倒れたマーリンの前に立ちはだかる。

 「美亜、もうやめてくれ。誰かを傷つけるおまえを見たくないんだ」


 本当は、俺のことだって、傷つけられたくはなかった。

 だけど、美亜が他の誰かを傷つけるほうが、もっと嫌だ。


 「アーサー」

 美亜は、俺の方に向かって、ゆっくりと歩いてくる。


 「大好きよ」

 美亜の言葉と同時に、俺の胸がカッと熱くなる。


 全身の力が抜ける。

 美亜に抱擁された俺は、床にくずおれたのだった。

 

 「アーサー!」

 マーリンの叫び声が響く。


 でも、もう、美亜の声しか、俺には聞こえない。


 「アーサー、ずっと、ずっと、私のもの」

 美亜は、まるで、全身に口づけるように、優しく短剣を突き刺す。


 美亜を呼ぼうとするが、俺の声はもう出ない。


 「アーサー」

 美亜のささやきだけが、俺の耳に届く。


 「ずっと、私だけのものでいて。私だけのあなたでいて」


 美亜のことを傷つけてしまった……だけど。

 彼女は、マーリンを殺さずにすんだはずだ。

 マーリンが、時空を飛んで、別のところに連れて行ってくれる。

 俺が、再び、蘇るまで、一時の平和が訪れるだろう。


 なにひとつ、うまくいってなんかいないけど。

 そのことだけが、俺を、少しだけ安心させたのだった。

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