第5話「不義の子、モルドレッド」
キャメロットの宮廷に、新たな騎士が馳せ参ずる。
今日は、アーサー王が、騎士の
黒い甲冑とマント、そして、仮面を身に着けた騎士が、アーサー王の前にひざまずく。
え、仮面?
俺が疑問に思うのと同様、宮廷にざわめきが走るが、仮面の騎士は、気にした様子もない。
「よくぞ来た。そなたを円卓に迎え入れること、誇りに思うぞ」
仮面の騎士……いや、叙勲をまだ受けていないので、正式な騎士ではないが……は、武勇の誉れ高き、謎の若者であるらしい。
俺は、アーサー王伝説に、こんな奴がいたかどうか、必死で思い出そうとしていた。
やがて、前世の記憶の場面は変わり、仮面の騎士が武勲をあげる様子が見える。
円卓の騎士の一員として、その実力をいかんなく発揮していった。
だが、年老いたアーサー王は、戦場で、かの騎士とあいまみえる。
「父上」
無口な騎士が、そう言ったのを、俺は確かに聞いた。
「お覚悟を」
仮面の騎士……アーサーが殺そうとした、不義の子、モルドレッドは、予言の通りに、アーサーに、その剣で、致命傷を与えたのだった。
「あいつ……」
俺が目覚めたのは、キャメロットの部室だった。
隣には、マーリンしかいない。
マーリンが、「時空を操って」まだ、誰も来ていない時間に移動したらしい。
「あいつ……もゆると、同じ声だった」
前世の記憶の中の仮面の騎士ことモルドレッドは、もゆるだったのだ。
「仮面の騎士が、男装した女だったのは知っていたけど」
マーリンは冷静に言った。
「なんで、教えなかったんだよ。あいつがモルドレッドだって」
「私も、モルドレッドは、男だと思っていたの」
マーリンは肩をすくめて見せた。
「なあ、改めてはっきりさせときたいんだけど、俺、死ぬと、前世の記憶を見ることができて、重要な情報に近づけるんじゃないのか?」
マーリンは、笑顔でうなずいた。俺は、げっそりした。
「ところで、もゆるって、あなたとはどういう関係なの?」
マーリンの問いに、さっき、美亜と一緒に俺を殺した少女のことを答える。
「あいつは、俺の
「仲良く育った、ねえ」
マーリンはジト目で俺を見つめる。
「ま、まあ、結婚の約束とか、もしかすると、したかもしれない、こともない」
「へえー」
「なんだよ、その目は! 別に無責任じゃないぞ! 子どものころの話だろ!」
そう叫んだ瞬間だった。
「アーサー!」
部室の扉が開けられ、もゆるが、走りこんできた。
「会いたかった……!」
もゆるは、俺の身体をひしっと抱きしめた。
「もゆる、どうして、ここに⁉ なんで学校にいるんだよ!」
もゆるは、うちの高校の制服を着ているのである。
「まさか、また近所に引っ越してきて……転校してきた、とか?」
もゆるは、俺の胸に頭をすりつけるように、こくこくとうなずいた。
「あのな、もゆる。ちょっと離れようか」
抱きついているもゆるを、なんとか引きはがそうとするのだが。
彼女は、ふるふると、首を横に振り、俺をさらに抱きしめるのであった。
マーリンから冷たい視線を感じて、俺が心を鬼にしようとした時だった。
「なにしてるの?」
部室に入って来たのは、美亜だった。
「こ、これは、その」
(なんで慌てるんだ俺は⁉)
自分で自分にツッコミつつ、俺はやっと、もゆるの身体を引きはがす。
「こいつ、従妹の安桜もゆるっていうんだ。ひさしぶりに会ったからさ」
抱きついていたことについては、やや苦しい言い訳だが。美亜は怒った様子はない。
いや、もともと、美亜は、めったに怒るような子じゃなかったんだけど……。
「これからキャメロットで、よろしくお願いします」
もゆるが、美亜に挨拶する。
「え?」
「こちらこそ、よろしくね。私は美亜。姫城美亜っていうの」
「ああ、お噂はアーサーに聞いてます。年賀状に彼女ができた、って」
「ちょ、ちょっと待てよ」
俺は、もゆるの言葉を遮った。
「キャメロットでよろしくって、なんだよ」
もゆるは、首をかしげた。
「これから、ずっと、一緒でしょ?」
「いやいやいや、ちょっと待てよ!?」
だいたい、もゆるが、こっちに引っ越してきたことすら知らなかった。
いや、それより、今、キャメロットに、もゆるが入ったら……!
(絶対、修羅場になる! 今よりもさらに!)
俺は、もゆると美亜に同時に斬られて殺されたのだ。
あの剣がどこから出てきたのかは、完全に謎なんだが……。
「あのさ、キャメロットに入るのはちょっと……」
そう告げると、もゆるの目には、じわーっと涙がにじんだ。
「うっ!? いや、その、趣味のサークルだし、もゆるには合わないんじゃないかなあ⁉」
「どうして、アーサー? もゆるちゃんに聞いてみないとわからないじゃない」
美亜は、何を思ったか、そんなことを言い始めた。
「もゆるちゃん、ゲームとか、アニメとか、好き?」
もゆるは、涙目のままで、こくりとうなずいた。
(美亜、どういうつもりだ……? 嫉妬してたんじゃ……)
俺たちが騒いでいるうちに、賀上と槍多も、なんだなんだと集まってきた。
「朝早くから仲がいいのね」
マーリンが、あきれたようにつぶやく。
「アーサー、なんで、もゆるちゃんを入れてやらないんだよ?」
簡単に事情を説明すると、案の定というか、賀上が言った。
「仲間外れにするなよ。女の子増えたほうが楽しいじゃねえか!」
「そうだよ、アーサー。もゆるさんが、キャメロットに入れない理由はないと思うよ」
槍多も、優等生然として正論を述べる。
「うう……」
どうしても、全員に反論できるだけの理由が見つからない。
(もゆるはモルドレッドだから、俺を殺すかもなんて言えないしな……)
ああ、前世のこと、どう説明すればいいんだろう。
結局、もゆるも、キャメロットの一員に加えざるを得なくなった。
「よかったわね」
美亜は、にっこりと笑みを浮かべた。
「これまで、女の子のメンバーは私だけだったから、マーリンちゃんや、もゆるちゃんが来てくれて、私もうれしいの」
そうだった。美亜は、気持ちの優しい女の子なんだよな。
しかし、マーリンが、俺にアイコンタクトをする。
なんだか、おびえてるような、必死の視線だ。
もゆるを囲んで、美亜たちが話してる隙に、俺はマーリンに手を引かれ部室を抜け出した。
「どうしたんだよ、急に」
さっきは、不穏な雰囲気にはなってなかったと思うんだが。
すると、マーリンは、キッと俺をにらみつけたのだった。
「救いようのないバカね、アーサー」
「なっ……」
「美亜の言動の意味がわからないの?」
「意味って……やっぱり美亜は優しいなあって思ったけど」
マーリンは深くため息をついた。
「美亜の本当の意図は、もゆるのキャメロット入部に貢献することで、サークル内のカーストにおいて、自分が常に上位であることを、決定づけることなのよ」
「えっ!?」
俺が絶句すると、マーリンは、身震いしてつぶやいた。
「これが、オタサーの姫の力……」
「いや、美亜はそんなに悪い子じゃないと思うけど」
「彼女の場合、無自覚だから余計にたちが悪いのよ」
「アーサー」
マーリンの言葉は、もゆるによってさえぎられた。
いつのまに、後をつけてきていたんだ⁉
「あ、あの……」
モルドレッドへの警戒心から、俺のもゆるへの態度は、かなり挙動不審なものになってたはずだった。だけど、もゆるは、気にした様子なく言う。
「学校の中を案内して」
「へ?」
そうだ、こいつ、転校してきたばかりだった。
俺以外に、親しい相手もいないし、きっと心細いのだろう。
そのことに思い至ると、キャメロットに入るのを反対したのは悪かった気がしてきた。
「ああ、いいよ。なんでも聞いてくれ」
さっきの罪滅ぼしというわけでもないが、もゆるの転校初日の学校案内を引き受けることにする。
俺の返事に、もゆるは、笑顔を浮かべたのだった。
しかし。
俺ともゆるに、マーリンがついてくる。
いや、いいんだけど。俺はいいんだけど。
もゆるの背後から、どす黒いオーラが立ち上り、マーリンに襲いかからんばかりだった。
「なあ、もゆる」
「その人は誰なの」
「こいつは、マーリンって言って、俺の遠い親戚で……」
「こんな人知らない」
そうだった。もゆるは、俺のリアル親戚なのだ。
「あー、その、おまえとは血のつながらない、母方の親戚なんだよ、うん」
「会ったことない」
「そ、そうかもな。マーリンはずっと、外国に住んでいて、最近日本に来たんだ」
他のみんなはこの嘘で押し通せたけど、信じてくれてるのかな……。
「なあ、もゆる、親戚同士だし、マーリンとも仲良くしてくれよ」
「私の親戚じゃない」
「もゆる」
やや、強い口調で名前を呼ぶと、彼女の小さな肩はびくりと震えた。
「あ、いや……悪い」
「あなたのそういうところが、アーサーに面倒ごとをもたらすかもね」
マーリンは、冷たい口調で言った。
もゆるは、マーリンを強い視線で見返した。
(ちょ、ケンカするなよ、おまえら……!)
マーリンも、もゆるの前世であるモルドレッドに警戒してるのはわかる。
もゆるだって、いきなり、こんな怪しい奴が親戚だって言って現れても、理解不能だろう。
だけど、別に、争う必要はないと思う。
「なあ、ふたりとも、仲良くしろよ。もゆるも、マーリンに対してさっきから失礼だろ。マーリンも、そんなこと言わなくったって……」
前世のこととか、もゆるは知らないわけだし。
「アーサーはどっちの味方?」
もゆるは、俺を見上げ、厳しい口調で言った。
「いや、俺は別に……」
困った。こうなると、もゆるは、けっこう面倒な奴なのだ。
昔から機嫌を損なうと、ずっと怒っていたりということがよくある。
でも、もちろん、悪い奴じゃないんだ。
頑固なところはあるんだが、基本的には、素直で、純粋で……。
俺のことを気にかけて、わざわざキャメロットまで来てくれたわけだし。
一方、マーリンは、あきれたような視線を俺に向けていた。
「な、なんだよ」
「別にいいのよ、アーサー」
「なんだよ、それ……」
もゆるを警戒するのはわかるんだが、マーリンの真の意図がわからない。
急に、金属のこすれるような音がした。
振り向くと、もゆるが、黒い剣を持っていた。
あの、前世の記憶で見たのと同じ剣だ!
「変わってしまったんだね、アーサー」
もゆるは、悲しそうだった。
「私のこと、もう好きじゃないんだね」
「いや、そういうわけでは……!」
もゆるの言う『好き』の意味について、深く考えまいとしつつ、反射的に言った俺に、黒い長剣が、振り下ろされる。
「ごふっ!」
脳天を直撃され、その場にくずおれる。
もゆるは、黒い剣を、俺に振り下ろした。
何度も、激しい衝撃が、俺の全身を襲う。
「アーサー! どうしてなの、アーサー!」
もゆるは、昔から、話をするのがあまり得意ではない。
だけど、感受性は人一倍豊かで、喜怒哀楽の表し方も、実は激しい方だ。
いや、信頼した相手にだけ、そうだったのだ。
身体に激痛が走っているはずなのに、俺はそんなことを思い出していた。
マーリンが、何か叫んでいる気がする。
もゆるのこと、止めようとしてくれているんだろう。
だけど、その声は、はっきり聞き取れないまま、意識が遠のいていった。
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