第3話「ようじょもるがんたんと、抱き枕の騎士」
「あれは、とある
俺は、マーリンに、
「同人誌即売会?」
「ああ、マーリンちゃんは外国から来たんだもんな」
マーリンの問いに、賀上がうなずく。
「同人誌即売会、っていうのは、アニメや漫画、ゲームの同好の士が集まって、手作りの漫画やイラスト、小説の本を作って売るイベントのことだよ」
「それと、抱き枕がどう関係してくるの?」
「即売会では、同人誌以外に、グッズも扱われることがあるんだ。特に、公式では扱われないようなグッズは需要があって……」
「ちょ、待て、これ以上はヤバい話だろ⁉」
賀上が慌てる。
俺が合図すると、槍多が賀上を羽交い絞めにする。
よし、ナイスアシストだ。
『
抱き枕もそのひとつだった。
同人誌即売会には、「大手サークル」と呼ばれる人気のある出展者がいる。
「大手サークル」の場合、だいたい、人が行列して同人誌やグッズを買う。
なので、壁際など、人が並ぶスペースが確保できる場所に配置されることが多い。
「つまり、大きな体育館みたいな場所で、机を並べて出展するんだ」
「なるほど、会場は机がぎっしりだから、人が集まる場所は端っこにするのね」
俺の説明にマーリンはうなずいた。
「ああ、詳しく知りたければ後で調べてくれ。で、本題なんだが」
あの日、「壁サークル」と称される、常に壁際に配置される人気同人作家の作品をゲットするため、俺は行列に並んでいた。
このイベント限定の同人誌とグッズのセットをゲットするためである。
ちょうど、俺の番になり、限定セットを購入した瞬間であった。
「限定セット売り切れましたー!」
売り子さんの声が響く。
俺のが最後の1個だったらしい。
長時間並んだのが無駄にならず、ほっとした。
しかし、そのすぐ後ろで、慟哭が響いた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
振り向くと、俺と同じ年くらいの男が、地面に突っ伏して泣き叫んでいる。
「どうしてもどうしてもどうしてもっ! 俺はもるがんたんが欲しかったのに!」
限定セットには、『七王国のエクスカリバー』のキャラクターで、アーサー王伝説の妖女モルガンこと、モルガン・ル・フェイをモチーフにした、幼女キャラの抱き枕が入っていたのだ。
「俺の、『ようじょもるがん』たん! しかも、今回のはガーターベルトの希少なイラストだったっていうのに! ああ、なんで、こんなことになるんだー!」
そいつは、地面をたたいて、悔し泣きしていた。
(うわあ……)
俺は、はっきり言って、ドン引きしていた。
「どうして、俺のとこに嫁に来ないんだよ、もるがんたーん!」
(痛い奴に会っちゃったなあ……)
同人誌即売会では、徹夜で来場したり、近隣で騒いだりと、迷惑をかける奴もいる。
嘆かわしいが、大勢参加するイベントでは、どうしても、そういう奴も出てしまうのだ。
会場でも、列の割り込みとか、マナー違反をする奴もいる。
しかし……。
(こいつ、あきらかにヤバすぎだろ)
危険を感じた俺が、身をひるがえそうとした時だった。
抱き枕に執着する男は、近くにいた限定セットの袋を持った別の男に、飛びかかったのだ。
「なあ、俺にそのセットを譲ってくれないか⁉」
「ええっ!?」
絡まれているのは、優男だし、弱いと判断したのかもしれない。
血走った目で、「ようじょもるがん」への想いをそいつは吐露し始めた。
「俺の方が、きっともるがんたんを幸せにできると思うんだ!」
「いや、そんなこと言われても。僕も並んでいたわけだし……」
絡まれてる方も、正論で言い返すが。
「頼むよ、金は払うから!」
そう言いつつ、限定セットの袋を奪い取ろうとする。
(スタッフは何をしてるんだよ!?)
イベントは運営スタッフがいて、迷惑行為を見かけたら対応してくれるんだが……。
ちょうど、サークルの人が、スタッフを呼びにいったところなのかもしれない。
だが、このまま、待っているのは得策ではなさそうだ。
「おい、待てよ」
俺は、二人の間に割って入った。
「暴力はダメだろ。皆ルールを守って、イベントに参加してるんだぞ」
「なんだと、おまえに、俺の気持ちがわかるっていうのか⁉」
今度は俺が詰め寄られる。
「たしかに、俺も、『七王国』が好きだから、グッズ欲しい気持ちはわかる。だからって、無理やり奪うのは犯罪だろ」
なるべく冷静に説得しようとするが……。
「だって不公平だろ! 俺こそがもるがんたんを! ガーターベルトを愛してるのに!」
そいつは、おいおいと泣き始めてしまった。
(ダメだこいつ……)
俺は、やむを得ず、自分の買ったグッズを差し出した。
「しょうがない。俺のをかわりにやる」
「な、なんだって!?」
「ああ、ただし、抱き枕だけだぞ」
セットに入ってる同人誌とか別のグッズは俺が楽しみたい。
「なんていいやつなんだ! 今まで、おまえみたいな奴に会ったことねえよ!」
「わかった、わかったから、騒ぐのはやめろ」
そいつは、暴力的な態度を改め、感激したが、相変わらずうるさい。
「俺は、『抱き枕の騎士』として、おまえに忠誠を誓うぜ!」
「は⁉ そんなことしなくていいよ!」
「いや、それじゃ、俺の気持ちが収まらない!」
「さっきから落ち着けよ!?」
自称「抱き枕の騎士」は、俺の両手を握り、暑苦しく訴えかけてくる。
「どうもありがとう。この人とは知り合いなのかい?」
「いや、今日会ったばかりだが……」
絡まれてた優男が礼を言い、俺に訊ねる。
単に見てられなかっただけだけど、まあ、なんとか丸く収まったようでよかった。
……と、思ったのだが。
あんまり大騒ぎしたため、俺たちは、イベントスタッフに3人とも会場を追い出された。
事情を説明しようとしたが、うまくいかず、なぜか3人とも同罪になってしまった。
どうやら、全員知り合い同士だと思われていたらしい。
そして、その日のイベントには、参加できなくなってしまったのだった。
「……ということがあってだな」
「なんでマーリンちゃんにその話を!」
賀上が、詰め寄ってくる。
「だって、実際にあったことだし」
「うん、賀上君、迷惑だったよね。それに、マーリンちゃんにもいつかは、伝わる話だったんじゃないかな」
俺が平然と言うと、槍多もうなずいた。
「こうなったらしかたない! マーリンちゃんにガーターベルトをつけてもらうしか!」
「なんでそんなの持ち歩いてるんだよ!?」
賀上は、どっかからガーターベルトを取り出した。
マーリンは……さっきから、冷たい目で、俺たちを見ている。
「あなたたちって、本当にくだらないのね……」
「くだらなくなんかないさ! さあ、マーリンちゃん、ガーターベルトを……ぐふっ!」
賀上は、マーリンに、奪われたガーターベルトでびしっと殴られた。
「でも、おかげで、その後、ゲーセンで意気投合して、僕たちはキャメロットの立ち上げメンバーになったんだよね」
槍多が、懐かしそうに言う。
『七王国のエクスカリバー』をプレイして、俺たちは友達になった。
槍多の持ちキャラは、ランスロットで、ランキング上位と知り、俺と賀上は驚いた。
そのプレイの華麗さで、槍多は有名人だったのだ。
「ああ、槍多って、見かけによらず、ゲームだけはうまいもんな」
「僕、賀上君には大抵のことで負けないと思うけど?」
「この野郎、言いやがったな! 何も言い返せないじゃねえか!」
そうなのだ。
槍多は学業も優秀だし、スポーツも万能で、学校でも有名人なのである。
(たしか、武道の有段者でもあったような……。だけど、あのとき、どんなにウザくても、賀上を殴ったりしなかったのは、こいつのいいところだよな)
槍多は、温和な人柄と甘いマスクで女子にも人気がある。
しかし……。
(槍多が、美亜と付き合ってるわけがない……ないよな?)
俺は、心の中で、自分に言い聞かせる。
自分の友達のことは信じたい。
「そういや、マーリンちゃん、もるがんたんに似ているよな?」
「私、幼女じゃないんだけど」
「うん、そうだけどさ。もるがんたんを成長させたら、マーリンちゃんみたいになるかも」
賀上は、マーリンに、ガーターベルトを持って迫る。
「なあ、やっぱり、ガーターベルトをつけてくれないか⁉」
「つけるか変態!」
賀上は、またもや、ガーターベルトでマーリンに殴られた。
「マーリンちゃんとのプレイ、癖になりそうだぜ……ぐあああっ!」
マーリンが今度は本気で賀上を殴っている。
まあ、自業自得なので、止めはするまい。
だけど、たしかに、ようじょもるがんと、マーリンは、似てるような気もする。
なんというか、雰囲気のようなものが。
ようじょもるがんのことを考えていたら、槍多の視線を感じる。
俺は、ふと気がついた。
(あれ、でも、あの時に、賀上にあげたのは、俺の抱き枕で、槍多はちゃっかり、自分のぶんを確保してたんだよな?)
まあ、自分の判断だし、特に後悔もないんだが……。
そんなことを思ってると、槍多が俺にささやく。
「ちょっといいかな、アーサー」
俺は槍多に連れられ、キャメロットの部室を出て行った。
後ろでは、賀上とマーリンが、まだ大騒ぎしていた。
屋上に上がると、俺と槍多は2人きりになった。
「なんだよ、改まって」
槍多は、沈黙を続ける。
そして、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「ずっと、君に言えなかったんだけど、実は……」
槍多がそこまで言うと。
「アーサー」
屋上の扉を開け、美亜が現れた。
「え……?」
嫌な予感がする。
この先の展開、予想できるような……。
「私、槍多君と付き合ってるの」
美亜の表情は、晴れやかな笑顔だった。
デートの待ち合わせ場所で、出会ったとき。
登校中に俺を見つけて、走って駆け寄ってくるとき。
……そんなときと、同じような笑顔で、美亜は言った。
俺は、声を出すことができなかった。
美亜の口から、はっきりとそう言われ、微動だにできなかった。
「だから、死んでちょうだい」
美亜の言葉の意味を理解する前に、俺は、屋上のフェンスに叩きつけられていた。
彼女のどこに、そんな力があったというんだろう。
俺は、今まで、美亜に突き飛ばされたことなんてなかった。
かよわい、かわいい女の子のはずだったのに。
「美亜!」
槍多が止めようとして、必死で走ってきているのが見えた。
でも、俺の身体は、壊れかけていたフェンスを突き破り、空中に放り出されていた。
美亜と目が合う。
美亜の顔は、変わらず笑顔だった。
最愛の彼女は、俺の大好きな笑顔で、俺を見つめていた。
彼女の瞳には、なんの迷いもなく、なにひとつとして、ためらいがなかった。
罪の意識の気配もなければ、悪意の影すら存在しなかった。
美亜の心には、愛情しか存在しないのだろう。
そして、俺は、変わらず、彼女を、美しいと思ったのだった。
「アーサーッ!」
槍多が大声で叫んでいる。
地面に身体が激突して、俺の世界は、闇に閉ざされた。
五感はもはや何も感じず、何も聞こえない……。
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