第2話「王妃グィネヴィア」


 俺の前世はアーサー王で、目の前にいるこの金髪美少女がマーリン。

 そして、おそらくは、俺の彼女、姫城ひめしろ美亜みあは王妃グィネヴィア。

 サークルメンバーの槍多そうだ小太郎こたろうは湖の騎士ランスロット。


 いまだに信じられないが、マーリンの言った通り、俺は確かに美亜に殺されたんだ。

 「複雑そうね、アーサー」

 「そりゃそうだよ! でも、さっき見たあの夢は本物にしか思えない……」

 あのキャメロット城は、たしかに本物だった。

 あれは、本物の俺の記憶に違いない。


 「夢というか、『前世のビジョン』といったほうが正確かもね」

 マーリンは、俺の部屋の椅子に座り、淡々と説明を続ける。

 「今後もああいう形で、あなたは前世の記憶を取り戻していくことになると思うわ」

 「ああいう形って……」

 思わず身震いする。

 「そうね、だいたいあなたの考えてる通りよ、アーサー」

 「どういう意味だよ?」

 「何回も殺される運命にあるって、そのことを心配しているんでしょ?」

 マーリンは、こともなげに言った。

 黙っていれば美少女なのに、とんでもないことばかりいう奴だな……。

 そう思ったところで、俺は、改めて、疑問に思ってることを口にした。


 「なんでおまえは、女になってるんだよ」

 「なんでって、私は元から女だけど。前世のビジョン見たでしょ?」

 「いや、魔法使いのマーリンは爺さんのはずだろ?」

 アーサー王伝説に出てくる、偉大な魔法使いマーリン。

 マーリンといえば、だいたい、真っ白な長いヒゲの爺さんの姿で描かれることが多い。


 「私は魔法使いよ。姿なんか変幻自在に決まってるでしょ」

 マーリンは、人を小馬鹿にしたような口調で言った。


 「じゃあ、おまえ、本当は男なのか?」

 俺がマーリンの正体への疑念を口にしたところで、カバンが顔面に激突する。

 「ぶふぉっ⁉」

 「それが、人を無理やりひんむいた奴のセリフ?」

 「って、おまえ、まだ、根に持ってたのかよ!?」

 たしかに、あの時見た、マーリンの白い肌、柔らかい身体、そして……。

 「ほら、さっさと学校行かないと遅刻するわよ!」

 マーリンの怒鳴り声で、俺は妄想から現実に引き戻された。

 「本当だ、やべえ!」

 

 慌てて家を出た俺に、マーリンは当然のようについてくる。

 「なんで、おまえが学校に来るんだよ?」

 「私はあなたを守るために、これから常に行動を共にするわ」

 「ええっ!?」

 「大丈夫、魔法の力で、私は転入生っていう扱いになってるから」

 「いや、常に行動を共にって、つまり……」

 「もちろん、キャメロットにも入るつもりだから、よろしくね」

 「キャメロットに入る⁉ そんなこと言ったって、俺、殺されるんじゃないのか⁉」

 「あれは、私の魔法の力で、なかったことになってるから、同じことは起こらないわ」

 「『なかったこと』って……⁉」

 「でも、時空ループで、似たようなことは、また起こるでしょうね」

 「それってどういう……!」

 俺が質問を重ねようとしたとき。

 マーリンはにっこり笑みを浮かべ、俺のスマートフォンを奪い、時計を指し示した。

 「はい、今、何時でしょう?」

 「くっ……!」


 細かい話は後でゆっくりするからな……!

 俺は、全速力で、通学路を駆けていった。


 教室につくと、マーリンの姿はどこかに消えていた。

 そういえば、あいつ、全力疾走したのに、息切れ一つしてなかったような……。

 不思議に思いつつも、しばらくの間は、普通の日常が戻ってきた。

 安心したのもつかの間、昼休みになると、マーリンは再び現れた。


 「キャメロットに行くんでしょう?」

 「ああ、そうだけど……」

 俺は、深くため息をついた。

 「しょうがない、みんなに紹介してやるよ」

 マーリンを連れ、俺は部室棟に向かった。


 キャメロットの部室では、仲間たちが昼食を持ち寄り、集まっている。

 もちろん、美亜と槍多もいる。

 クラスが違うので、二人と顔を合わせるのは今日が初めてになる。

 あんなことがあった後だから、すごく変な感じだ。

 しかし、二人とも、俺を見て動揺する様子はない。


 予想通り、マーリンを見て一番大きなリアクションを取ったのは、賀上がうえ武史たけしだった。


 「アーサー⁉ 誰だその⁉ 超絶美少女じゃねえか!」

 賀上は、テンション高く、俺をがくがくゆすぶる。

 「ああ、こいつは、その……」

 「私はマーリン。アーサーの遠い親戚なの」

 「親戚⁉ こんな美少女が親戚だなんて聞いてねえぞ!」

 「あー、うん」

 まあ、嘘なわけだし。

 「私、帰国子女なんだけど、こっちに住むところがないから、親戚のアーサーの家にお世話になることになったの。このあたりのことは、わからないことが多いけど、キャメロットのみんななら、よくしてくれるって、アーサーが言ってたわ」

 マーリンが営業スマイルを浮かべ、すらすらと嘘を並べる。

 「うん、仲良くしてやってくれよ」

 俺がそういうと、賀上は、マーリンの手を両手で握りしめた。


 「もちろん! アーサーの大親友である俺がなんでも教えてやるよ!」

 賀上は、マーリンの両手を上下にぶんぶんと振った。

 「よろしくな、マーリンちゃん! 俺は賀上がうえ武史たけし! ファーストネームで呼んでいいぜ!」

 「賀上君」

 それを、槍多が見とがめ、声をかける。

 「マーリンさん、困ってないか?」

 「何言ってるんだよ、シェイクハンド、シェイクハンド! 握手は欧米の挨拶だろ!」

 いや、だからといって、限度ってものがあるだろう。

 マーリンを見ると、あきらかに面倒くさそうな表情になっていたが……。

 「僕は、槍多小太郎。よろしく」

 槍多が優等生らしく挨拶をすると、マーリンも会釈を返した。

 「よろしくね。ランスロット、ガウェイン」

 「ランスロット?」

 「おお、よく俺らの持ちキャラ知ってるな!」

 怪訝な表情で聞き返した槍多に対し、賀上は、謎の理解力を示した。

 「アーサーから聞いてるんだろ? 『七王国しちおうこくのエクスカリバー』で、俺、ガウェインを使ってるんだ。槍多はランスロットな」

 「えっと、ああ、そうなんだ、うん」

 俺は、適当なあいづちをうった。


 『七王国のエクスカリバー』はアーサー王伝説がモチーフのアーケードオンラインゲームである。アニメ化など、メディアミックス展開もされている人気作品である。

 

 「帰国子女だから、日本人の名前、まだ呼びづらいかもしれないよな。俺のこともガウェインでいいよ!」

 賀上はまたもや、謎の順応性を見せ、騎士ガウェインを名乗る。

 

 「じゃあ、私はグィネヴィアかしら。よろしくね、マーリンちゃん」

 一方、美亜も、マーリンに笑みを浮かべるが……。

 

 美亜の手は、俺の腕を強くつかんでくる。

 ちょっと痛い。

 ……いや、かなり痛い。

 「わからないことがあったら、なんでも聞いて?」

 (い、痛いんですけど、美亜……?)


 「ええ、よろしく」

 そう言うなり、マーリンは、俺の手を取った。

 「え?」

 「アーサー、ちょっと、お手洗いの場所に案内して?」


 マーリンは、俺の腕をひっぱり、引きずるように、キャメロットの部室を飛び出した。

 

 「な、なんだよ、トイレなら、この廊下のつきあたりに……」

 「適当な口実に決まってるでしょ」

 校舎に入るなり、マーリンは、冷たい表情で俺を見下すように言った。

 「アーサー、あなた、さっきの美亜の態度、気づいてた?」

 「気づくって、なんのことだ?」

 ちょっと、いや、だいぶ、俺の腕を強くつかんできていたが……。


 「別の女がサークルに入った程度であんなに怒るなんて、嫉妬深い女よね」

 「な……そんな言い方はないだろ」

 そうか、嫉妬だったのか。

 まあ、マーリンが俺と同居してるなんて言ったから、無理もないよな。


 「アーサー、何をニヤニヤしてるの?」

 「ニ、ニヤニヤなんか、してねえよ」

 「ふーん」

 マーリンの瞳が冷たく細められる。


 「まさか、美亜があなたのことを好きだから、ああいう態度に出たとでも思ってるの?」

 「おまえ、何言って……?」

 「どうなの、アーサー」

 マーリンの声音は落ち着いていた。

 俺も、冷静に、応えることにする。

 「ああ、たしかに、おまえがさっき言ったとおり、美亜は嫉妬してるんだろ。だけど、自分の彼女が、ああいうふうに思ってくれるのは、俺は別に嫌じゃないっていうか……」

 むしろ、うれしいというか。

 「それだけじゃないわ」

 しかし、マーリンはなおも冷たく言った。


 「なんだよ、美亜に何か文句でもあるのかよ」

 彼女の悪口を言われたら、気分が悪い。

 俺はつい、語気を荒げてしまったのだが。

「あのね、アーサー。あなた、殺されたのよ。わかってるの?」

 マーリンは、憐れむような視線を向けてきた。

 思わず絶句する。


 「それに、美亜はランスロットとつきあってる。その事実も忘れてないでしょうね」

 黙って、拳を握りしめる俺に、マーリンは、さらに続けた。


 「美亜みたいな女を『オタサーの姫』っていうの」

 聞いたことがある。

 オタサーの姫は、恋愛関係のいざこざで、サークルの人間関係を壊してしまうのだと。

 「だ、だけど美亜は……」

 俺の反論を、マーリンはぴしゃりとさえぎった。

 「あの女は、自分が特別な存在でないと気がすまないのよ」

 マーリンは冷淡に続ける。

 「まず、『オタサーの姫』の存在条件として、男女の人数比が不均等であることが必要とされるわ。だから、私がキャメロットに加入するだけで、あの女の脅威となるわけ」

 「いや、でも……」

 「他の女になんか、自分をちやほやしてくれる男たちを取られたくない。『オタサーの姫』ならそう考えて当然よね?」

 「男からちやほやって、そんなこと思ってるわけないだろ。だって、俺と美亜は」

 「つきあってるから? 彼女だから?」

 マーリンは冷たく告げる。

 「じゃあ、あなたが見た、ランスロットとの情事はなんだったの?」

 

 マーリンに詰め寄られ、あの光景がフラッシュバックする。

 たしかに、俺はあの時、美亜に刺されて死んだような気がする。でも……。

 

 「何の話をしてるの?」

 気づくと、俺の後ろに美亜が立っていた。


 「ねえ、美亜には言えない話?」

 「いや、その」

 俺が慌てていたのは、話を聞かれたからだけではない。

 美亜の手には……ナイフが握られていたのである。


 走り出した俺を、美亜は追ってくる。 

 気づいたら、壁に追い詰められ、背中に衝撃が走る。


 「隠し事はダメよ、アーサー」

 世界が、闇に覆われる。



 暗いトンネルを抜けたような場所。

 視界が明るくなっていくと、そこには、王妃グィネヴィアの姿があった。

 そして、その傍らには、騎士ランスロットもいる。

 

 夜闇に紛れ、逢瀬を重ねていたのだろう二人の元に、俺は近づいていく。


 「アーサー王!」

 ランスロットが驚きの声をあげ、取り乱す。

 「ああ、なんということだ!」

 そう叫ぶなり、ランスロットは、羞恥心に頬を染め、その場を駆けだしていってしまった。


 「お待ちなさい、卑怯者!」

 残された王妃グィネヴィアは、共犯者たるランスロットを罵る。

 そして、ランスロットが置いていった剣を、俺に向かって振り上げる。


 「グィネヴィア!」

 予想外の行動に、俺は避けること叶わず、グィネヴィアの剣を頭から受けてしまう。


 「なぜ、こんな……」

 薄れゆく意識の中、振り絞った声に、グィネヴィアは答える。

 「私は、あなたの不義を知っております」



 「だから、俺の不義ってなんだよ!?」

 顔をあげると、そこはキャメロット……とはいっても、現実世界の部室のほう……だった。

 部室には、槍多と賀上、そしてマーリンがいる。

 美亜は……いない。


 「どうしたんだ、アーサー?」

 槍多が不思議そうに俺の顔を覗き込む。

 思わず、身構えるが、こいつは、さっきのランスロットじゃない。

 「いや……なんでもない」

 そう答えると、賀上が笑いながら言った。

 「どうせ、エロい夢でも見てたんだろ?」

 「おまえにだけは、そういうこと言われたくないな」


 「賀上、そういえば、あの『抱き枕の騎士』事件だが」

 「ちょっ! マーリンちゃんの前でやめろよ!」

 賀上が慌てる。俺の気も知らずに、からかってきた仕返しだ。

 「マーリンも、もうサークルメンバーだし、別に知られても困らないだろ」

 「『抱き枕の騎士』?」

 「ああ、俺と賀上、槍多が出会った時の話だ」

 怪訝な顔のマーリンに、俺は、昔話を始める。

 仲間とバカ話でもして、少しでも冷静さを取り戻したかったから。

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