第2話

「ところで、 つかぬことを伺いますが、 この辺りで吸血鬼の噂を耳にしたことはございますか? 」


山陰本線のボックス席でたまたま向かいに座った初老の男性が、 唐突に話し始めた物語は実に奇怪だった。


「私は佐渡島の出身でしてね、佐渡島はご存知ですか?」


男性は自分の本当の名前は明かすわけにはいかないが、 まあ名前がないとなるとたとえゆきずりの会話であろうとも心が通わず、いろいろと支障をきたすであろう故に、自分のことは「浦島」とでも呼んでくれと、そう言った。


佐渡島には小学生の頃に家族旅行で訪れたことがある。断片的にではあるがその旅行のことはいまでも覚えている。宿泊したプレハブのような民宿からすぐ見える海岸は砂浜ではなく、ゴツゴツとした大きな石ころが広がる海岸だったが、いままでに見たこともないような澄んだ水色をした海水だったことを覚えている。その民宿には外国種であろう真っ黒で巨大な犬がいて、いつも何かにおびえながらブルブルと震え、狂ったように鳴き叫んでよだれをたらしていた。あと覚えていることは何だろう。真夏の太陽に照らされた海岸の石は、素足で歩くとじゅうと音がするくらいに焼けこげていたこと。観光で訪れた佐渡金山の中にはマネキンみたいな動く人形が多数置かれていて、始終「しゃばにでてえ・・・」と愚痴をこぼしていたこと。島の食堂でカツ丼を頼んだ母が、カツ丼のカツが卵でとじられていないことにずいぶん腹を立てていたこと。家族旅行なのに、なぜか見知らぬ男性がひとりその旅行に同行していたこと。あれはいったい誰だったんだろう。


「本土から見まして佐渡島よりも少し奥にあたる場所にある小さな島のことは、おそらく佐渡島に行かれたことのあるあなたでもご存じないでしょうね、じつはそこでは金よりも希少なある鉱物を産出しておりましたが、そのことを知る人は多くありません。いやおそらくいないというのが正確な言い方でしょうな、それは隠されてきた鉱物ですから。私は佐渡島の出身と申しましたが、正確に言いますとその“奥”の島を所有する一族の末裔にあたります。」


ゆきずりの世間話にしては、ずいぶんと具体的で謎に満ちたプロローグ、何の前置きもなく見ず知らずの老人がそんな話をし始めたら、たいていの人はこう思うだろう。この周辺に住む頭のおかしい老人が、毎日この汽車の同じ時間に同じ席に座って、乗り合った人を捕まえては自分の妄想だか空想だかを話しているのだろう、かかわり合っては厄介だから、よいタイミングを見計らって適当に席を変えよう、と。


「あなたはいま私のことを頭のおかしい老人だと思っている、そうでしょうなあ。相手にするとやっかいだと、はっはっはっ、そりゃ当然だ。おそらく適当に話題をそらして、あそこの、ほらあそこの誰も座っていないボックス席にでも移動しようと、そう思っているでしょう、でもしばらくお待ちなさいな、わたしはあなたのことを十分存じておりますよ、ねえ白酒さん、まずあなたの運転免許証はお返しいたします、シロキとお呼びして間違いはございませんか? いやどうも大変失礼、さきほど松江の駅ですれ違った時にね、ちょっとかってに拝借つかまつりました。そして私はきょうその時からあなたのあとをずっと付けているんですよ、いまここまでね。もちろんあなたは気付くはずはありません、私はそういったことに関してはプロですから。」

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