少女達は飢えたコドクの獣と蔑まされる
宮崎悠紀
第1章 『飾』のことを知りたい
第1話 雨の中の拾い物
遠く残る血の臭い。
漂うのではなく、滴るように。僅かに微かに香る。この香りと共に霞む影がある。
おぼろげな少女の顔。
ずっと遠い記憶だ。血の臭いと共に必ず彼女の幻が蘇る。
彼女は顔を真っ赤に染めていた。でも、何も怖いことはなかった。
自分の体を包み込む腕は優しく、抱きとめる体は柔らかい。
彼女の腕に抱かれて体を小さく揺すられれば心が休まった。
彼女の体は懐かしい想いを呼び起こす。どんな寝具よりも気持ちよく安らげる。そこは唯一無二の楽園の寝床だった。
「目を覚ました時に真実をお話しましょう」
頬に落ちた滴の冷たさを覚えている。あの滴は一体何だったのだろう?
誰にも聞けないまま、十七年もの時が流れてしまった。
先が見えぬほどの世界を流す水が空から落ちるの中、それを感じたのは自分の中に深く喰い込む棘のせいだ。
赤く染まる足元。
その深紅の池は水かさが増すごとに薄く薄く引き伸ばされていく。
アスファルトを流れる赤い川の源流には少女が横たわっていた。
水を存分に吸い上げた長い金髪は藻のように体中にべっとりと張り付く。
顔は唇だけが露出しており、紫になったそこからは凍った息が這い出てくる。
少女が着ているものはボロボロの布切れになり果てていた。
破れるというより、引き裂かれたような跡。
もはや布片を繋ぎ合せたようになり、白い肌はもちろん大きな胸の膨らみ、山の頂にある桃色の蕾まで露わになっていた。
人を呼ぼうかと思ったが、それは今の自分には阻まれた。
無視してもよかったが、蜘蛛の糸のように細くなる彼女の命からは同じ臭いがした。
幸いにも家はすぐそこだ。彼は屈みこんで、彼女を抱きあげる。
傘は邪魔なので置いていく。また後で、取りにくればいいだけだ。
持ち上げてみて彼女が意外に軽いことに気づく。
それこそが血の流れる原因でもあった。
彼の腕は彼女の腕を包めない。そう、彼女は腕を失っていた。
ボロボロになった服は袖だけでなく、腕ごとなかったのだ。
そこを源泉に血は止めどなく流れている。
彼女の息は次第に小さくなっていく。
彼は駈け出した。余計な助けで、無駄な風邪を引きたくはなかった。
そして、何よりもこんな状況を誰かに見られたくなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます