第35話 獣から見た彼ら
月曜日、火曜日と喜潤は学校は休んだ。
昨日、あんなことがあったばかりだし、喜潤自身の傷もまだ完全ではない。
それに新たな傷も負ってしまった。玲子はたいしたことないと言ったが、背中の火傷は消えそうにはなかった。
病院のベットに寝かされ、退屈な時間を過ごしていた。
この病院は玲子の管理下にあるらしく、彼女はここで末人の研究もしているようだ。
飾や裂のように表に出せない彼女達の治療も玲子が個人的に用意した一室で行ったらしい。
今日は咏も裂もまだ姿を見せなかった。
昨日の疲れを癒すためにまだ眠っているのかもしれない。
喜潤は飾に会いたかったが、彼女がまだ面会謝絶とのことだ。
時計の針を見ながら、時間を過ごすしかない中、鈍い音を立てて、扉が開く。
顔を上げるとよく見知った人物が入ってくる。
「九佐木さん? どうして?」
「お見舞いに来たよ」
「……私もね」
病室に入って来るのは空だけではなかった。
彼女の背中から控えめに比希も入って来る。
二人は適当な椅子に座る。
「……プリント。先生が持っていけって。そのありがとうね、庇ってくれて」
「え、ああ。そうだな」
本気庇うつもりがあったわけではない。助けようとしてそのままそうなっただけだ。
ただ、訂正するほどのことでもないので素直に感謝を受け取っておく。
「雨宮君、怪我大丈夫?」
空が心配そうに喜潤の肩を見る。
無理をしたせいか、痛みはまだ引いていない。ただ、肩の傷自体は若いせいか予想以上に早く治癒しているようだ。
「ああ。もう大丈夫だよ」
「よかったぁー」
「それだけ、顔色が良ければ心配いらなそうね」
比希はそっけなく言うが、声からはあまり冷たさは感じなかった。
「あのさ、九佐木さん」
喜潤は空に一つだけ聞いてみたいことがあった。
襲われた時に聞いた声。あれは――
「空、もういいでしょ。行くわよ」
「あ、う、うん」
比希が空の手を引き、病室を出ていく。
喜潤は出かけた言葉を飲み込んだ。
瀕死の意識の中で聞こえた空の声は、やはり気のせいだったのだろうか。
あの時、喜潤を助けたのは比希だけではないはずだ。でも、
(まさかな)
喜潤は考えを流す。
あれだけ末人がいるのなら、もう一人増えてもおかしくはないが、ここまで身近に成られても困る。
それに例え、空が末人だとしても喜潤が彼女に対する態度は変わらないだろう。
今更、何があっても驚かないし、空への信頼はそれだけで揺らぐことはないのだから。
病室を出た比希は廊下を少し歩いて足を止める。ここなら喜潤に声が届くこともない。
外では雨が降り、昼間でも薄暗い。まるで、夜のようだ。
「比希ちゃん」
彼女に引かれるまま無言で付いてきた空が口を開く。
「なんで、あんなことしたの」
「……」
「空、食べられてたかもしれないんだよ」
「……そうだね」
空も死を覚悟しなかったわけではなかった。
圓に一撃で戦闘不能にされ、飾が前に来たとき、食べられると思っていた。
「なんで、なんで、私に黙って行ったの!」
比希の目は潤んでいた。
「比希ちゃんを守りたいからじゃダメ? アイツをあのままにしておけば、また私が狙われる。そのとき、きっと比希ちゃんも危ない目に合う。だから、アイツらを排除しないといけないでしょ?」
「私は傍にいてほしかった。空に危険なことしてほしくなかった」
今にも泣きそうな彼女を空が納得させるだけの理由はなかった。
月並みの言葉では比希は絶対に納得はしてくれない。
空は本音を、喜潤を初めて見た時のことを思いだす。
「同じだったから」
空は自分なりの理由を述べる。
「雨宮君って比希ちゃんと同じだよ」
「同じってどういうことよ?」
「一番は私達、末人に魅入られたことかな。私達は人とは違う。食べるために生まれてきた獣。でも、そんな私達を比希ちゃんも喜潤君も同じ人間として扱ってくれる」
「……」
「もう一つは、私達の存在が人生を変えてしまったことかな」
「っ」
「比希ちゃん、私なんて守らなくてもいいんだよ。私は一人でも生きていける。比希ちゃんは私を守ろうとして、多くのものを失った。本当は比希ちゃんならもっとたくさんの友達がいて、部活もがんばって、もっと普通の学校生活を送っていたはずなんだよ」
「……普通って何よ」
「え?」
「私にとって比希といることが普通なの。ずっと比希といた。比希が一番の友達で、親友で、家族なの。だから、比希を失いたくない」
飾と喜潤がそうだったように、空と比希も同じだった。
二人はずっと一緒にいた。
比希は空が自分とは違う存在であることはもっと早くに知っていた。
知ってもなお、空を受け入れた。比希にとって空はもう愛する人になっていたから。
「行こう、空。午後は学校へ行かないと」
比希はきつく空の手を握る。
空が感じた手の熱はきっと比希の心の熱も伝えてきたはずだ。
「ありがとう」
空の小さな言葉が比希に届いたかはわからない。しかし、気持ちは確かに伝わったはず
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