第9章:ライバル

第9章第1節:運命


   A


「話は聞かせてもらったよ~」

 神田と星崎が打ち合わせを始めようとしたところで、結城が打ち合わせ室のドアをオープン。

「さっきぶりだね、神田先生」

「あ、どうも」

「神田くん、結城先輩とは会ってたのね」

「うん。さっき会った」

「先生、さみしかった?」

 いつの間にか、ホワイトボードに選択肢が書いてある。


・「さみしかったです」

・「さみしくなかったです」


「『さみしくなかったです』」

「そうなの?」


・「星崎さんがいたので」

・「星崎さんがさみしがってました」


「……『星崎さんがさみしがってました』」

「私!?」

「あははっ♪ 星崎ちゃん、さみしがり屋だもんね~」

「私、さみしがり屋なんかじゃ……」

「星崎ちゃん、大丈夫だよ~。これからは、1人でさみしい夜は、神田先生が一緒にいてくれるんだから」

「「えぇっ!?」」

「神田先生も、童貞卒業おめでとう」

「卒業の予定すらないですけど!?」

「え? まだ童貞だったの? 星崎ちゃんと部屋に2人っきりだったのに?」

「せせせ先輩、何言ってるんですか!」

「それに、あまり2人っきりじゃありませんでしたし……」


・「2人っきりだったら襲ってましたけど」

・「2人っきりだったら襲われてましたけど」

・「2人っきりより見られてる方が興奮するんですけど」

・「2人っきりでも童貞には女性を襲う勇気なんてないですけど」


「…………『2人っきりでも童貞には女性を襲う勇気なんてないですけど』」

「そっか~。先生、ヘタレ童貞なんだ~」

「先輩、神田くんで遊ばないでください!」


・「神田くんは私のものなんだからね」

・「私は神田くんのものなんだからね」

・「神田くんは童貞くんなんだからね」


「『私は神田くんの……」

「「え?」」

「今のなし! 今のなしだから!『神田くんは童貞くんなんだからね』!?」


・「私もエッチは未経験なんだからね」

・「私もエッチには興味あるんだからね」


「『私もエッチに……『エッチは未経験だけどね』!?」

(今、2つめの選択肢を選びかけた?)

「先輩! 変な選択肢ばっかり出さないでくださいよ!」

「あははっ♪ 星崎ちゃんは、お姉さんの選択肢を選ばずにはいられない体質だからね~」

(そういう体質があるのか)

「先輩。今、打ち合わせ中なんです。邪魔しないでください」


・「せっかく、神田くんと2人っきりだったのに」

・「せっかく、神田くんと2人だけだったのに」


「『せっかく、神田くんと2人………どっちも同じ意味じゃないですか!」

「あははっ♪ 星崎ちゃんは置いといて──」

「置いといて!?」

「先生は、星崎ちゃんと同じ高校だったんでしょ?」

「そうです」

「星崎ちゃんと会うのは、高校卒業以来?」

「はい。驚きましたよ」


・「こんなにキレイになってるなんて」

・「こんなにステキになってるなんて」

・「こんなにステーキ食べてるなんて」


「……『こんなにステーキ食べてるなんて』」

「神田くんの前では食べてないわよ!? いや、お肉は好きなんだけど……。でも、牛肉より豚肉の方が──」

「今の星崎ちゃんと昔の星崎ちゃん、どっちが美人?」


・今

・昔

・「誰が美人だって?」


「……今の方が美人かと」

「え? そ、そうかしら……?」

「いや、その……うん。大人っぽくなったし」


・「オッパイも大きくなったし」

・「オッパイだけは成長したし」


「……『オッパイも大きくなったし』」

「え!? 確かに、高校卒業してから大きくなったけど……。先輩、なんで知ってるんですか!?」

「女の勘かな~」


・「見たいの?」

・「触りたいの?」

・「吸いたいの?」


「……『触りたいの?』」

「え!? そ、それは……」


・「触りたい」

・「触られたい」


「触られたいって何を!?」

「あははっ♪ 何って、それは神田先生の先生なところだよ?」

「僕の先生なところってどこ!?」

「先生は、選択肢が持つ強制力に多少は抗えるんだよね~」

「……結城さん、能力者か何かなんですか?」

「お姉さんは美人編集者だよ~」

「先輩、私たちの打ち合わせを邪魔しないでください!」

「先生と2人っきりの時間を邪魔されたくないんだ?」

「そ、そういうわけじゃなくて……」

「エッチするんだったら、お姉さんいなくなるよ?」

「「しませんよ!」」

「あははっ♪ お姉さんも一応、仕事の話をしに来たんだけどな~」

「お仕事の話……ですか? 先輩が?」

「星崎ちゃん、お姉さんを仕事しない人だと思ってる?」

「お仕事してるところ、あまり見たことないので」

「あははっ♪ いい女は、隠れたところで頑張るものなの」

「そうなんですか」

「仕事の話って、僕にも関係することですか?」

「そうだよ~。先生のマンガのことで、相談があるんだよね」


   B


「神田先生は、新連載第2弾で連載スタートでしょ? 第1弾が誰かは知ってるのかな~?」

「いえ、僕は聞いてません」

「前に読み切りが載った方よ。橘先生って言うんだけど、あの時の作品で連載することになってるわ」

「もしかして、神の力を宿したクリスタルがどうのこうのって作品?」

「ええ。神田くんも読んでたのね」

 神の力を宿したクリスタルを扱えるのは、女性だけとされていた。

 しかし、主人公は男性でありながら、クリスタルの力を引き出す能力があった。クリスタルを扱える女性と絆を結ぶことで、その力を使用することが可能になるのだ。

 そんな話。

「あの作品の担当、結城先輩だったのよ。連載でも、結城先輩が担当するわ」

「お姉さんが担当した作品、面白かったでしょ?」

「『これ、連載したらいいのに』って思いました」

「あははっ♪ 神田先生、見る目あるね~。そこで相談なんだけど」

「何でしょうか?」

「こっちはハーレム系になるんだよね~。ヒロインがいっぱいなの。星崎ちゃんは、お姉さんが言いたいこと、わかるかな?」

「『ハーレム展開にするな』でしょうか?」

「そゆこと」

「ですが……。こちらは、まだ打ち合わせの途中です。ほとんど始まっていないくらいです(先輩たちが邪魔するから……)」

「二階堂さんとは、どこまで打ち合わせしてたのかな~?」

「それもまだ、確認していません。……確認しようにも、できない状況だったので」

「あははっ♪ お姉さんたち、邪魔しちゃってるもんね~」

((自覚あるんだ))

「それじゃ、神田先生にお願いしておくね。先生には、ハーレムマンガじゃないマンガを描いてほしいな~」

「僕は、そのつもりでしたけど」

「そうなんだ。それなら、いいや。お姉さんはバイバイすることにするよ~。先生、まったね~」

「あ、はい。また」


   C


「ヒロインは1人だけにするのね?」

「うん。これが、そのヒロイン」

 神田は、ヒロインのキャラクターデザインを見せた。設定なども書いてあるので、設定集に近いだろうか。

「どうして、1人だけなの? 最近は、ヒロインは2人や3人いて当然なのに」

「僕は、ヒロインは1人が好きなんだよ。複数だと……『なんで、こんなにモテてるんだよ』『結局、誰を選ぶんだよ』って思うし。……ひがみかもしれないけど」

「ふふっ。ひがみなの? でも、選ばれなかったヒロインって、かわいそうよね」

「だから、ヒロインは1人。恋愛ものじゃなくて、異能バトルだしね」

「橘先生のマンガも、同じようなタイプでしょうね。大きなくくりだと、ファンタジー系。連載の開始時期もほぼ同じになるから、神田くんと橘先生は、比べられることも多いんじゃないかしら。編集長たちは、2人が刺激し合うのを期待しているのかもしれないわ」

「ライバル関係か……」

「男の子的には、燃える展開?」

「まあ、そうかも。僕も男だし」

「ふふっ。負けたくないわね?」

「そうだね。負けたくない」

「結城先輩は、2人の作品の差別化をしたいみたい。それで、『こっちはハーレム系だから、神田先生の方はヒロイン1人制にしてね』って持ちかけてきたのよ」

「なるほど」

「ヒロインが多くなると、メリットもデメリットも多くなるわ。1人の場合も、メリット・デメリットは存在する」

「多いと、描くの大変だと思うなあ。キャラごとに個性がないとダメになるし。1話に全員出せない時も多いだろうし。『要らない子』も出てくる」

「そうね。それがデメリット」

「いろんなタイプが用意できれば、いろんな好みに対応できそうだけど」

「ええ。人数が多いアイドルグループみたいなものね」

「ヒロインが1人だと、できない売り方だね。美少女ゲームでも、ヒロインは5人くらいいるし。1人だけのもあるけど……」

「神田くんの画力なら、いろんな女の子を見てみたいわね。ヒロインじゃなくていいから、女の子キャラは多めがいいと思うわ」

「僕、画力が評価されてるんだ?」

「少なくとも、私は画力を評価してる。あと、コマ割りとか吹き出しの位置とか、読みやすかった。コマをブチ抜く時でも、見やすさは損なわれてなかったわね」

「そこは、結構気を遣ってるから」

「神田くんは、描きたくないものは描かないタイプなのよね?」

「うん。と言うか、描きたいものしか描けないかも……」

「私は、それでもいいと思うわよ」

「『プロなら描きたくないのも描きなさい』って言われるかと思った」

「まあ、そう言う人もいるでしょうね。でも、私は、そう思わないから」

「どうして?」

「だって、描きたくないものを描いたら、ストレス溜まるでしょ? ストレス溜まったら、いい仕事はできないと思うのよ。それに、体調を崩しかねないわ。休載されると編集部が困る。原稿料が入らないと、マンガ家サイドが困る。どっちも困っちゃうのよ。だから、体調管理もマンガ家のお仕事のうち」

「気をつけるよ」

「私としては、自分が担当する作家さんには、楽しく仕事して欲しいのよね。売れるマンガを描いて欲しいのも、本音なんだけど」

「頑張ります」

「ふふっ。私も、担当としてサポートします」

「よろしくね」

「こちらこそ。──基本方針は、神田くんが描きたいもので。『これはマズイ』って思ったら、ブレーキかけるけど」

「僕はアクセル?」

「そうね。ガグアーって感じ」

「がぐあー……?」

「で、私はズギュムっとブレーキ」

「ずぎゅむ……?」


   D


「ヒロインの話に戻るんだけど」

「うん」

「週刊の少年誌だと、ヒロインらしいヒロインがいないのに、人気があったりするのよね」

「それもそうだね。中心キャラが男ばっかりなのも多いし。『このコがヒロインなんだっけ』ってのも多い」

「でも、うちは月刊の少年誌……と言うか青年誌みたいなものだから、女性キャラの重要度が高くなるわ」

「えっちなシーンがある方がいいのかな?」

「神田くんの画力なら、そういうシーンがあってもいいと思う。でも、それも作品の雰囲気次第ね」

「そっか。なるほど」

「それで、このヒロインなんだけど──」

 身長が155センチくらいで金髪のロングヘア―でDカップでキャットガーター付きのクールビューティー。

「……なんか、私と身体データが似てるわね。身長とか髪形とか(Dカップとか。キャットガーターは持ってないけど)誕生日も私と同じだわ」

「え?」

「ふふっ。なんか運命的ね」

「それ……僕の誕生日なんだけど……」

「え……?」

「その誕生日、僕の誕生日なんだよ。『デビュー作記念ということで、僕と同じ日にしとこ』って」

「それじゃ、私たちって……」

「同じ日に生まれてたんだね」

「……」

「……」

 間。

((運命的すぎじゃない!?))

「あははっ♪ 結婚しちゃえばいいのに~」

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