第7章第2節:魔法の言葉


   A


「魔法の言葉……ですか?」


・「僕が30歳まで童貞だったら、魔法使いになれますか?」

・「僕はまだ魔法使いじゃないですよ?」

・「僕にも魔法が使えるんですか?」


「『僕が30歳まで童貞だったら、魔法使いになれますか?』で」

「ここでも、その選択肢なんだ。予想外だったな~。ま、いっか。魔法の言葉、教えてあげる。それはね……」

「それは?」

「『ここでは描きませんが、他誌では描きます』だよ~」

「『ここでは描きませんが、他誌では描きます』……ですか」

「どこの編集部でも、売れっ子作家を欲してるものなの。売れっ子には自分のところで描いて欲しい。他では描いて欲しくない。ま、当然だよね~」

「『ここでは描きませんが、他誌では描きます』が魔法の言葉なのは、どうしてですか?」

「何でだと思う? あ、念を押しておくけど。これは売れっ子じゃないと効果ないからね~」

「えっと……。契約条件がよくなる……とか?」

「それもあるかも。それに……。うちの編集部の美人編集者が、体を張って、引き留めるかも?」

「体を張って?」

「うちはね、お姉さんもだけど、女性陣は美人ばっかりなの。何でだと思う?」

「……人事権を握ってる人が美人好きだから……ですか?」

「あははっ♪ それもあるかもしれないね。他には?」

「他に? 何だろ……?」

「先生もだけど、うちで連載している先生は、男の人が大半なの。その内の半分くらいは、美人編集者とお近付きになりたい人かも?」

「……不純な動機ですね」

「編集部としては、売れっ子に描いてもらいたいわけだしね~。そのためには、えっちな意味で、体を張っちゃうこともあるかも?」

「そんなことが……」

「あははっ♪ 冗談だよ~。半分はね」

「……残りの半分は?」

「将来、先生が『ここでは描きませんが、他誌では描きます』って言ったら、わかるかも?」

「そういうものですか」

「そういうものってことにしておいて。──打ち合わせがあるから、お姉さん、そろそろ行くね。先生、さみしい?」

「選択肢は書かないんですか?」

「あははっ♪ さみしいんだ~」

「いえ、別に」

「お姉さんは編集部の人間だから、会おうと思えばいつでも会えるしね~。あ、そうそう。気になってたんだけど」

「?」

「先生、日本の神話に興味あるの?」


   B


「あははっ♪」

 打ち合わせ室から出た結城は、イタズラ好きそうな笑みを浮かべる。

(神田先生も、日本の神話に興味があったなんてね~。最近の若い男の子は、神話に興味があるのかな?)

 彼女には、「神話に興味がある若い男の子」に心当たりがあった。

「2人が会ったら、どうなるんだろうね~」

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