幕間3

〈死神〉


「お前さん、〈教会〉の人間だな?」

〈ハードボイルドな死神〉は、メタボ気味な中年男。2メートル近い長い棒を担ぎ、チンピラ風の若い男に問いかけた。

 その男は、〈死神〉に鋭い視線を投げつつ、ナイフを取り出す。

「……何だ、オッサン」

「おっかない顔だな、若いの」

「そう言うオッサンは、ぜい肉が付きすぎなんじゃねぇのか?」

「はははは、違いない違いない」

「まさかとは思うがよ、オッサン。あんた、〈アルカナ〉か?」

「そうだ。〈死神〉と言えば、わかるか?」

「〈死神〉だと……!? あんたが〈ハードボイルドな死神〉か……!」

「おやおや、俺を知ってるのか」

「……〈使徒〉2人がかりでも、足止めするのが精一杯だったと聞いている」

「はははは、そいつはデマだな」

「……そうだよな。〈使徒〉は〈教会〉でも指折りの武闘派だ。その〈使徒〉が2人がかりで……」

「お前さん、勘違いしているようだな」

「勘違い……だと……?」

「2人どころか、3人いても足止めにもならなかったぜ?」

「ば、ばかな……!」

 ジリッ……と後退する男だったが、わずかに退がっただけで踏みとどまる。

(さすがに冗談だろ。こんなオッサンが、あの〈ハードボイルドな死神〉なのか? せいぜいが〈メタボな死神〉じゃねぇか。敵の言うことなんて、アテにならねぇ!)

 男は、もう1本のナイフを取り出した。右は順手で、左は逆手でナイフを持つ。

「二刀流か。お前さん、名は?」

「〈3のJ〉だ!」

 男が一気に前に出た。

 ナイフと棒では、明らかに棒の方がリーチは上。ナイフの間合いに入る前に、棒の間合いに入り込んでしまう。だが──。

(懐に入れば、こっちの間合いだ!)

〈3のJ〉は〈死神〉の間合いに果敢に潜り込む。〈死神〉の棒が突き出されたが、体勢を無理矢理低くすることで回避。〈死神〉の懐をえぐりにかかる。右のナイフで刺し、左のナイフは横に払った。

 ところが──。

「……ばかな……!」

〈死神〉の姿が消えていた。

「どこに行きやが──ッ!」

 気配を感じて横に跳ぶ。しかし、何も起きない。気配を感じたのは、勘違いだったのだろうか。

 周囲に視線を遣るが、どこにも〈死神〉の姿は見当たらなかった。

「(逃げたのか? 隠れているのか?)おい、〈死神〉! 出てきやがれ!」

 威嚇するように、〈3のJ〉がナイフを振り抜いた。

 そのタイミングで、首筋に刃物を押し当てられた──気がした。

「今のは……!?」

〈3のJ〉が自分の首に触れてみる。血が出た様子はない。自分の周りには誰もいなかった。

(勘違いかよ、ビビらせやがって……! にしても、奴はどこに行った? ッ!)

 もう1度刃の気配を感じ、転がるようにして躱す。いや──。「躱す」と言うのも変な話。躱すも何も、刃は存在しなかったのだから。

「どうなってやがる……!?」

「──聞いたことはないか?」

「どこだ!? 出てこい、〈死神〉!」

「聞いたことはないか?『〈死神〉の鎌には、見えない刃が付いている』ってな」

「見えない刃……だと?」

「お前さん、聞いたことがないようだな。だったら、覚えておくといいぜ? 俺が使うのは、ただの棒じゃない。見えない刃が付いた鎌なのさ」

「──!」

 首筋に刃の感触を覚えた瞬間、〈3のJ〉が振り返った。同時、逆手に持ったナイフで斬りかかる。

「……誰も、いない……!?」

「こっちだぜ」

「ッ」

 トン──。

 男の背中に、棒の先端が押し付けられた。

(後ろ……だと……!? いつの間に!?)

「ずいぶん、おびえた顔だな。──死神にでも会ったのかい?」

〈死神〉が、棒に備わっているトリガーを引く。

「がっ……」

 男の体が大きく跳ねたかと思えば、今度は倒れ込んだ。電流が走ったせいだ。

〈死神〉が操る武器は、棒状のスタンガン。本人は「見えない刃が付いた鎌」と言っていたが。

 なお、相手が感じた気配の正体は、殺気である。言わば、殺気で形成された刃だ。

「男もゆで卵も、ハードボイルドが1番だぜ?」

 今のは決めゼリフだったらしい。

 逃げられないように〈3のJ〉を拘束。その髪を、その辺に結び付けてみた。

「スサノオも、こんな風にされてたのかね」

 拘束を終えた〈死神〉は、仲間を呼ぶためにケータイを取り出す。

 電話が繋がるまでの短い時間、〈死神〉は、ある青年に思いを馳せた。

「お前さんのマンガ、楽しみにしているぜ」

〈ハードボイルドな死神〉の名は、二階堂と言う──。

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