第4話 夜を司るもの
怒りがあった。悲しみがあった。おもちゃに心があった。憎しみが魂を宿した。あの人は夢を守るものといったが、おもちゃは反乱を起こした。ロボットを1体埋葬しても気は晴れずむしろ虚しさだけが残った。いまだに夜明けは遠い
突然、地面が揺れる。地震かと思い振り返ってみれば、ゴミの山がまるで人のように動き出している。信じられない
「お前 同胞 殺した!?」
片言の日本語が聞こえる。あの、ゴミの山の中から聞こえてくる。巨大なごみの塊の腕が俺を押しつぶさんと襲ってくる。走り抜ける。足元を取られて転がったその瞬間振動が伝わってくる
「お前 殺す 仇 取る!」
両手が降りかかってくる。風…では、どうにもなるまい。なら、どうする?
…逃げるしかない
「人間 殺す!」
ゴミが隕石のように降り注ぐ。廃材。欠けたグラス。左右に飛ぶように走って一つずつ躱していく。隕石はやがて雨になって、細かく降り注ぐ。これなら、風で吹き飛ばせる。風で壁を作る
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
巨人は怒る。巨大な拳が認識できないほどの速さで飛んできた。体に鈍い痛みがあって、地面に衝突する寸前にどうにかやっと受け身を取る。体を見る。どうやら体の中身は出ていないらしい。まだ、この体は動くらしい。なら、負けるわけにはいかない
「お前はなんで人間を恨んでいるんだ!」
叫び声が虚空に響いて、最終処理場全体を揺らしている。あの巨人も動きを止めた
「俺 この街で 置き去り なった!」
こちらが叫べば、あっちも悲痛な叫びをあげる
「持ち主がお前を落としたんじゃないのか」
一つの推測を述べる。これはただの推測でしかない。おもちゃがどうして捨てられたのかは捨てた人にしか分からない
「そんなこと 関係ない 人間 殺す」
荒ぶる巨人は正確さをさらに失い、無差別に隕石を降らせる
「創られて 俺達 捨てられていく 人間 憎い 憎いぃぃぃ!」
隕石…ごみの量が増えた。掠めて、自転車が丸ごと降ってくる。どうすればいいのか、もう分からなくなった。しかし、まだ何かあるはずだ。風のように、拳に灯った力のように。彼の拳のように巨大だったら打ち砕けるかもしれない
…なら使うがいいさ。どこか遠くから男の声が聞こえた気がして自らの拳に目を向ければ、不自然な大きさになっていた。拳を突き上げる。自転車は二つに割れて落下した。風に乗りながら、巨人を目指す。さらに拳は膨れ上がり、巨人の脇腹に衝突する。体を構成していたゴミがばらけてただのごみへと還る。ゴミの巨人の中心核が丸見えとなった
青い目の少女の人形。あの巨人の正体だった
「人間 創る 人間 捨てる 人間 壊す 人間 忘れる 人間 飽きる。何故 作る?忘れるなら 創るな!」
宙に浮くその青い目の人形が青い眼光で、睨みつけてくる
「作られなければ君が生まれることもなかったんだ」
炎が人形を包む。近づけば体が燃えてしまう
「誰が 作れと 言った!」
絶叫に絶叫を重ねて空気が揺れる。炎がごみに引火して黒い煙が上がる
「確かに子供は親を選べないし、おもちゃも持ち主を選べない」
自分自身は親に不満を持ったことはないし感謝もしている。でも、何かが違えば彼女らのように怒りを感じることも、憎むことさえあったかもしれない
風の勢いはさらに増していく。風でどうにか炎を押し返してはいるが、押し返すので精いっぱいで動けもしない
「だからこそ、心の持ちようが重要なんだ」
言い聞かせるように、あるいは諭すようにつぶやいて、凄まじい炎の向こうの彼女の元へ進んでいく
「お前 捨てられれば 分かる」
彼女が全てを巻き上げて、俺の体を全方向から狙っている
「おもちゃの役割を果たした。だから捨てられた。そう思うことも出来ただろうに」
おもちゃの幸せは使われる幸せなのだろう、所有される幸せだろう。なら、その心情に働きかけるしかない
「…いや、違うんだ」
声がした。ふと見ると、処分場の入口に黒い人影が立っている。よく見ればその服装は先ほど会った玩具堂の主人だった。そういえば、あの人からこのぬいぐるみを買ったのは半日も経っていなかった
「お前!?」
青い目の少女の人形が驚いた。人間に対してか、その人物について面識があるのかとても驚いている
「あなたは?」
思わず、俺も言ってしまう。口から出てから気が付いた
「久し振りだね…アンナ」
外套を脱ぐ主人。性別も年齢も不詳だった、その人物は慈愛の眼差しを堪えた老翁だったことが分かった。それよりも驚くのは、人形の名前を彼が呼んだことだった。アンナ。どうやら、それがあの人形の名前らしい
「誰だ?」
人形の方はまだピンと来ていない
「おや、忘れたかね。そうだな…もう半世紀以上時は流れた」
半世紀。50年以上前なら、もちろん僕は産まれていないし、両親もまだ生まれていないかもしれない
「何?」
それでもまだ、人形は思い出さない。50年以上も昔のことなら、忘れていてもおかしくはないかも知れない
「私だよアンナ。お前が憎んだ男だ」
憎んだ男。捨てた男。おもちゃ屋の主人が人形を粗く扱うわけがない。いや、しかし…
「嘘だ あの子はまだ子ども…」
彼女の中にはまだ少年のままの主人がいるのだろうか
「時間は経ったんだ。アンナ。私も年を取った。お前を失ってからずっと時は経ってしまった」
皺の刻まれた顔、下がったまぶた。すべてが経過した時を語っている。人形は今もなお昔のままだった
「お前 何故 私を 捨てた?」
人形は問う
「捨てたんじゃない。あの戦火の中で私はお前を埋めるしかなかった。その後に街が出来、埋めた場所さえ分からなくなった。街の至る場所を掘る生活を何十年も続けたが、ついに体も老いて、あの店から出る力もほぼない。だけれども、今日ここに来た意味は…分かるだろう?」
先の大戦。外国の人形は怒りの矛先になった。考えればよくわかる話だ。だから隠した。彼は昔から人形が好きだったのだろう…きっと。だから、戦争が終わってから探し続ける日々を続けたのだ。人形は何も言わない
「じゃあ、人形に俺を入れる細工をしたのは、彼女と会うためだったのか。爺さん」
憤りか、あるいはやるせなさか。戦いの中で得たものは何もなかった。二体のおもちゃが魂を失うさまを見ただけだった
「利用してしまってすまなかった。しかし、君は実に…」
老人はうつむく。そして、何か言いかけた
「許さない 許せない 許してたまるか」
怒りを込めた叫び。彼女は攻撃の矛先を老人に向けようとした
「許しを乞うために来たのではない。一つだけ言いたいことがあったのだ」
老人の方から一歩、歩み出る。少女の攻撃を恐れていないようだった
「何だと…?」
その瞬間、彼女は攻撃を止めた
「…生きがいをくれてありがとう。アンナ。君は、僕の。私の人生だった」
少年時代を支えてくれたおもちゃを探し続ける日々。そこにどれだけの物語があったのか僕は知らない。しかし、人生を懸けてまでも彼女を探す日々に今終止符が打たれたことは理解できた
「なぜだ。何故感謝など。裏切られたと思っていた。私は何のために…」
混乱している。だが、その体を老人が優しく包んだ
「帰ろう。アンナ。君の戦いは終わったんだ。そして、私の戦いもようやく終わる」
老人は人形の髪を撫でた。子供を寝かしつけるように。彼は昔を思い出しただろうか。彼女は彼の在りし日の姿を思い出しているのだろうか。俺には分かるまい
「…」
彼女は沈黙し、人形に戻ったようだ。長年育ててきた憎しみを捨てて、怒りの牙を失って彼女は人形に戻った。ならば、あのおじいさんは?生きがいを失えば人は…いいや、考えるまい
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