第3話 ワスラレ

一人の少女を見送った時、悲しいと思ったことは最期の瞬間、元の彼女の持ち主に会わせることができなかったということだった。彼女がそこまで憎み最期に許した持ち主は彼女のことを思い出してくれただろうか。彼女の亡骸を葬った時、俺は思わざるを得なかった


 さて、と。ここからどうしたらいいだろうと俺は思っていたが、すぐに答えは得られた。声だ。また声が聞こえてきて、行かなければいけない気になった。何故だか、彼女たちの叫びに俺は引きつけられてしまうらしい


 今度は野太い声が叫んでいる。またしても声にならないような声で。少女の人形よりも怒りに満ちているように聞こえた


「今度は誰なんだ」

 それは何か分からなかった。というのも、何かに覆われている人型のなにかが叫んでいたからだ

「貴様には分かるまい」

 何かはしゃべる。その異形を揺り動かして、近づいてくる。それは、生ける屍のようにもあるいは、巨体を持て余す恐竜のようにも感じられた

「だったら、どうする」

 問いかける。異質な存在に。怒りに打ち震えるような声で言葉が返ってくる

「貴様を葬る」

 巨大な腕を振り落とす。寸でのところで躱せば、腕が振動と轟音を持って地面にたたきつけられた。腕は白い煙を発生させる。いや、煙ではない。ほこりだ。彼の体は埃に覆われていた


 彼女を倒した時と同様に空中から拳をいれる。ほこりがまるで堅い鎧のようにびくともせずに彼を守った

「痛くもないな。未熟者の弱さだ」

 確かにそうかもしれない。武術を習ったこともなければ、確たる信念を持っているわけではない。でも、必ず帰るという強い思いがここにはあった。それで俺には十分だった

「お前に何があったか知らないし、俺は未熟者かもしれない。だけど…」

 彼の拳を低姿勢でかわし、脆弱な足元を蹴りで薙ぎ払う。彼が転倒する隙を狙ってバック転の勢いを利用した蹴りをお見舞いする。小さなうめきが聞こえてきた

「ふん。これぐらいでどうだというのだ」

 彼は立ち上がる。しかし、彼は見くびっていたらしい

「これでどうだ」

 微々たる力で拳で鎧を突いた。すると、鎧は塵と化したのだった

「何!?まさか、一点を狙って?」

 そうだ。攻撃は一つの点を狙って繰り出されていた


 ほこりの中から現れた彼の体は機械の体だった。といえど、プラモデルといった方が正しいか。作ったことはないが、お金も手間もかかる代物だと聞いている

「お前。ロボットだったんだな」

 右の目は赤く、左目は青い。剣を持ち盾を持ち、マントを羽織ったその姿はまるでファンタジー世界の勇者だった。小学校の頃、友達が教室に持ち込んで先生に没収されていたこともあったっけ

「分からなかっただろうな。あれだけほこりに包まれていれば」

 自嘲する

「ああ。分からないさ」

 あえて肯定する

「貴様にもじっくり味わせてやるさ。埃におぼれる恐怖と、押し入れで閉じ込められる孤独を…」

 淡々と語るその眼差しの光は強い。なるほど。さっきの少女同様、人間への怒りによってその体は動いているらしい。暗い物置に忘れ入れられた怒りか

「それはただの八つ当たりじゃないのか?」

 戦闘の姿勢をとる。彼もまた背中から剣を引き抜き戦闘態勢に移った

「仲間がほしいだけだ。共感できる仲間がな」

 クマとロボット。いささか不思議な戦いを演じている。剣はまばゆい光に変わって、まるで真剣だ。斬られた廃材が真っ二つになった

「分かるさ。孤独はもう十分に理解してる」

 転がる。躱すのがやっとだが、まだ無傷でいられている。転がり続けて隙を狙う。振り落とした剣を振りあげる隙を狙って蹴りを入れる…が、どうも効いていないらしい

「なら、これはどうだ」

 排気口から吹き出す白いほこり交じりの空気が呼吸を困難にさせる。息苦しい。もがきながら空気を追い求めて踊るように…。

「貴様もほこりに取り込まれごみとなるんだな。ともに行こう、押し入れの奥へ」

  使われてさえいないのに闇に葬られてたまるか。風さえ吹いてくれれば、こんなほこりは苦難にならないのに…


 …。朦朧とする意識の中で少女がささやいたような気がする。俺には覚えてくれる人がいる。1人だけだけど、押し入れで孤独に打ち震えることなんてないはずだ。だから、彼とは共には行けない。あいつのところに帰るんだ。ただ、風が吹くのを祈った


「風が!?」

 霧のように視界を遮っていたほこりが風で吹き飛ばされていく。風は竜巻になり、空へと突き上げられていく。彼もまた空に居た

「奇跡だ。彼女の力がこの手に宿ったのか」

 風を操る。風に乗せて盾に蹴りを入れる。盾が粉々になり、彼は剣を両手に持ち替えて構える

「盾を破壊しただと!?」

 空中で剣が振り下ろされる。しかし、空を斬るだけでそれは意味を持たなかった。手を蹴り飛ばし、剣を落とさせた。残るはお互い拳だけだ


「俺は片隅で何年も待った。ほこりに耐えて、虫食いに脅かされる日々。日の目を見た瞬間に捨てられたんだ!貴様には分かるまい」

 拳を突き上げる。彼が怒りに震える。殴り掛かってくるのを受け止める

「かつてはその子に愛されていたんだろう?」

 蹴りを躱す。問いかけたときのその顔は愛憎入り混じっていた

「ああ。かつては、な。しかし、忘れられて次に見つけられた時には捨てられたんだ」

 彼の持ち主はロボットで遊ぶ時期を終えた。だから、捨てた。よくある話だ。気が付いたらそれにもう関心はなくて、場所を取るだけになってしまう。あんなに遊んだのに…

「遊ばれずに捨てられたおもちゃもあったはずだ。忘れられたままいまだに暗闇に残り続けている奴もいるんじゃないのか」

 死力を尽くした拳が交わった。その結末は…


「貴様…名前は?」

 風は止んだ。もう剣も盾も必要ない

「英太だ」

 ロボットの全身から煙が上がる。回路が暴走するようにスパークする

「そうか。愛されていたんだな俺は…」

 呟いた彼は、瞳の光を失い、ただにプラモデルへと還って行った

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