第5話:ハンバーグ
しかしながら、遺跡内での颯の表情だけは評価していたユキであった。そうでなければ、若い男女が一晩を過ごすわけもないのだ。それに、ユキにとっては久々に女性として扱われたことが嬉しくもあったのだ。
元居た世界では、強力な魔力を保持するユキを一人の女としてではなく、魔王を討つ魔法使いとしてしか見られることしかなかったのだ。そんなユキに近づく物好きなど、彼女が知る限り一人も居なかった。この世界に来てからも、誰もユキと接触しようとしなかったのに、この颯という男だけは違っていた。
さらに、一晩共に過ごして欲情までするなんて、ユキにとっては……。
「そうだ、腹減ったろ? 飯食べよう」
「ん、そうだな」
ユキはシーツを胸元に手繰り寄せると、未だにベットの中にいる彼女を見た颯は慌てて背を向けるのだった。
長髪を束ねると、漆黒の三角帽子を被りマントを羽織るユキの姿は、誰がどうみても魔女っ子コスプレ少女のそれであった。颯も青色の抜けかかったジーパンに茶色のセーターを着こなすと、二人並んで宿の食堂へと入っていく。その光景を見た他の客たちはヒソヒソ話をして二人を避けていく。そんな視線やヒソヒソ話に気付いてか、ユキは颯に問いかける。
「なぁ颯、何故颯以外の奴等は私を奇異な目で見るのだ? いや、それどころか避けられている?」
「あのなぁ、そりゃユキの姿がどっからどう見ても……まぁいいや、これでも食べて驚けばいいさ」
二人は席につくと、颯が選んだ朝食の定番、食パンにジャムとマーガリン、それにコーンスープが並べられた。颯はギャンブラーだが、スロッターでもあるのだ。この意味がおかわりいただけただろうか? 食事処だけに、おかわり。クフフ、寒い。最近はアニメを題材にしたスロット台も多く、打っている内にそのアニメも詳しくなっていくのだ。
だからこそ、颯は知っている。異世界の住民はロクな物を食べていない。もっというと、文明レベルもだいぶ低いという認識なのだ。しかし颯はまだ気づいていない、電化製品の数々や蛇口を捻れば水が出るという素敵な現代でユキが驚いている素振りを一切みせていないことに。
「こうやれば中身が取り出せるのか、面白いな」
「だろ? 旨いぜ、食ってみろよ」
「ん」
短く返事したユキは、マーガリンをたっぷり塗り、その上からジャムを塗りたくった贅沢食パンを頬張る。そしてモッチュモッチュと味を何度も何度も確かめるかのように口を動かすと、そのまま無言でコーンスープを一口含んで見せる。
颯はあまりの美味しさに言葉も出ないか、と謎の優越感を勝ち取ったと表情がニヤケそうになる寸前、ユキはぽつりとつぶやく。
「まぁまぁだな。食レベルもたいして差はない感じか、しかしこのジャムやマーガリンの入った容器が使い捨てとは贅沢な使い方をしているな。パンも、異世界の物と少し期待していたのだが何処の世界も変わらんのだな」
「なっ……」
言葉を失う颯である。
「この調子だと、食に関しては妥協するしか……」
「ちょっとまて、ユキさんよぉ? 宿の朝食程度で日本の食レベルをはかってもらっちゃ困るねぇ! ビシィィィ」
颯は大声でユキを指さす。彼の心に無駄に熱い思いが煮えたぎる。この異世界魔女っ子にウマイと言わせてみせるという、とにかく熱い思いが心を支配していく。彼はギャンブラー、自分のウマイと言わせる賭けは、まだ終わっていないとばかりに言い放つ。
「この世で一番うまい料理ってのを食べさせてやんよ!」
「……ふっ」
全く期待していないとばかりに、ユキは鼻で笑って見せる。そんな食事中の二人の周囲には、既に誰も居なくなっていた。
「で、ここにこの世界で一番うまい料理があるのか?」
「ああ、もうすぐ来るぜ……」
朝食を終えた二人は、日曜の午前中ということもあり人でごった返す町中を移動して、そのままとある店に入店していた。席に座り、しばらく待つと颯が注文した一品がテーブル席へと運ばれてくる。
それは漆黒の鉄板の上で、派手な音を立てながら赤黒い垂れに覆われていた。
「これが……?」
「ああ、これが最高の肉料理だ、何も言わずに食え! そしてリアクション芸人並みの反応を見せてみろ!」
ナイフとフォークを扱い、楕円形のソレを切り分けるユキ。彼女は思う、こんなにもフォークがすんなりと通るコレは本当に肉なのかと。そして、この気味悪い垂れは何なんだと。トマト系? いや、それとも辛味系か。しかし、決していやな匂いはしない。それどころか、香ばしい肉の匂いがユキの食欲を刺激する。
「はむっ……んふっ!?」
噛みしめた瞬間、肉汁が口内を暴れんばかりに満たしてゆく。なんだこれは、肉? こんな肉が存在するのか?
「はははっ! 旨すぎて言葉も出ないか!」
「んぐっ、なんだ、この、この肉は一体!?」
「聞いて驚け、これが世界が誇る肉料理! ハンバァアアアアアグ! だ」
「ハ……ハハ……ハンバァアアアアアグ!?」
「そうだ、ハンバァアアアアアアグ! だ」
「なんだ、この柔らかさは。くっ、言いたくはなかったが颯の思惑に乗ってヤロウ……これは絶品、まさに美味! ハンバァァァァグ!」
「ハンバァァァァグ!」
こうしてユキの好物の一つに、ハンバーグが追加されるのであった。
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