第3話:指定台

 天知る、地知る、おみそ知る。いや、何が言いたいかと聞かれれば結果、颯とユキの二人は快勝を遂げたのである。しかし、颯は複雑な気持ちでいっぱいであった。


 理由は単純明快、指定台を打ち快勝してもギャンブラーにとってちっともギャンブルになっていないのである。勝ちも"当然"の台で勝ったところで、颯の心は満たされることがなかった。しかし勝ちは勝ちであり、やはりお金が増えるというという喜びがあり、颯の心情をより複雑な物としていた。


 そんな颯の事情は放っておくとして、ユキのスロット知識の吸収スピードは驚くべきものであり、彼女の成長は将来有望だと颯は確信していた。最初はどこぞのお嬢様で、ろくに目押しも出来ないだろうとふんでいた颯だが、颯が一つ教えると次々に理解していくユキは、あっという間にスロットの遊戯方法、更には仕組みを理解していったのである。


「指定台を教えてもらったお嬢様兼素人だと思ってたが、思った以上にギャンブラーの原石かもしれないな……」


 颯は一人愚痴ると、結局最後までユキ以外にスタッフは現場に姿を現さず、テンパイの予約してくれているホテルへと向かう事にした。しかし、そんな颯の後ろをずっと無言でついてくるユキが、キョロキョロと物珍しく周囲を見渡しては感嘆の声を上げていた。


「なぁ、ユキも同じ宿なんだろ? それよか荷物なしで直行でコスプレしてきたのか?」


 今更ながら、颯はユキの異常な行動力に疑問を持ったのだ。どんだけ箱入り娘なんだというのが颯の考えだったのだが、その考えもユキの発言で考え直す必要が出てくるのであった。


「荷物は全て家にある。ついでに言わせてもらうと、私には宿も無ければこの世界でどう生きていけば良いのか見当も……いや、あのスロットセンモンテンという遺跡へいけば何とか生きていけるか?」

「ん、遺跡? 面白い表現するねユキは。で、何か宿とか世界とか何か不穏な言葉が色々聞こえたんだけども、気のせいだよな?」

「気のせい、ではないな……私は本当に……」


 顔を伏せ、瞳に浮かぶ涙がバレないように口をギュッと閉じて見せるユキに、一体この子にどんな重たい事情があるんだと頭を抱える颯だが、その後は会話も途切れ、気が付けば二人してテンパイが予約をとったという宿にたどりついていた。


 宿の受付カウンターには、気ダルそうなスタッフが一人椅子に座りスマホをいじっていたが、二人の来店に気づき立ち上がるとやや眠たげな声でいらっしゃいませの声を発した。


「あの、予約を取っている上井 颯ですが」

「すみません、本日は満室で……はい? 当ホテルでご予約でしょうか?」

「あれ、違う名前で入ってるのかな。テンパイって名前でありませんか?」


 宿のスタッフと話をする颯の後ろで、やはり物珍し気に周囲を散策するユキ。そしてスタッフとの会話が一段落すると、颯はポケットからスマホを取り出し電話を始めた。そんな姿さえも初めて目にする光景で、ユキは興味津々に颯が耳に当てたスマホに自らの耳をあてがった。


「近い近い近い、そしてつながらねぇ……」


 ここにきて、初めて颯はテンパイが持ち逃げした可能性にたどり着く。宿のスタッフは既に全部屋宿泊客で埋まっていると言い、何一つテンパイが言っていた物が用意されていなかったのである。あまつさえ、テンパイの携帯番号に今日初めての連絡を入れたのだが、番号が使用されていませんというアナウンスが流れたのだ。


 唯一、スタッフとして颯と共に派遣されただろうユキも、テンパイに騙された純粋かつ箱入りお嬢様というところだろうか。どう生きて行けば良いのかわからない、と聞き間違いで無い限り発していたユキは、もしかすると本当にこんなコスプレをさせられ、何もかもをテンパイに奪われたのかもしれない。


 そう思った瞬間、この子を何とかしてあげなければという使命感が颯の心に生まれたのだった。


「よし、次の宿探しに行くぞ!」

「はいっ、颯!」


 高鳴る気持ちもむなしく、3件程宿を回ったところで颯は妥協する道を選ぶ。


「ダブルの部屋が一部屋だけでしたら空いてます。しかし本日は土曜日ということもあり……」


 かなり高額な金額を提示されたが、コスプレ女を連れてこんな真夜中に宿を探して居るのだ。それも手荷物一切なしときたのだから、多少高額な金額を提示されても文句は言えなかった。


「わかった、それで頼む」

「はい」


 スタッフは短く頷くと、颯は支払いをすませシリンダータイプの鍵を受け取り部屋へと直行する。もちろん、何もこの世界についてわからないユキは颯の後を追った。


「これがこの世界の部屋なのか……」


 ユキは驚愕した。まず何といっても、部屋の狭さである。しかし、狭さを除けばユキの知る限りどんな宿よりも豪華な装飾かつ設備に舌を巻くのであった。


「ユキは本当に面白い表現するよな。これが平民の暮らしだよ、これでも贅沢だけどな! じゃ、また朝迎えに来るから」


 颯はユキが部屋に入り、部屋の散策を終えやっとベッドに腰かけその弾力にうっとりした顔を見届け、颯は別の宿を探そうと扉に手をかけた。が、扉のドアノブがビクともせず颯は一人勝手に焦りだす。


「あ、あるぇー? べ、別にユキさんに何かやましい気持ちがあるわけじゃなくてですね? 本当にこの扉、頑固で、あるぇー?」

「なんだその話し方は? 先ほどまでみたいに普通に話してくれていいよ。それに、色々礼も言いたいのだ、そんなに急いで何処かへ行かなくても良かろう」

「で、でもですね? こんな夜中に若い男女がホテルで二人っきりってのは……」

「別に良いと言っておろう? 扉は私の魔力で固定したから、颯程度の力じゃあきはしない」

「いやぁ、本当に……って、いま何て言いました? もしかしてユキってばただのお嬢様じゃなくて実は電波系……」

「何かとてつもなく失礼な事を言われたきがするが、まぁいい。改めて言おう、私の魔力で扉は固定したから外に出ようとしても無駄だと言っているのだ。それに、私は颯に非常に感謝しているのだ」


 どんなに頑張っても外に出れず、颯は諦めユキの腰かけるベッドの横へと誘導されるがままに腰かけた。そこで、颯は大きな勘違いをしていた事に気づくことになる。そう、テンパイに騙されていたのは自分ただ一人だという事実に。


 そして、ユキという女の子が実は異世界人で、魔法使いの女の子だったという妄想物語のような、それでいて嘘偽りのない事実だという事を一晩かけて颯は理解していくのだった。

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