第2話:ギャンブラー上井 颯

 弱り切ったところに、話しかけてくれたこの男との縁を逃すわけにはいかなかった。そう思うほどに、ユキは必死に颯へとの距離を詰める。鼻と鼻が擦れそうな程に近づいたユキの瞳には、うっすら涙が溜まっているのが見て取れた。颯はというと、スタッフの女の子が嫌々この場所に連れてこられ、あまつさえコスプレまでさせられて迷惑しているのだと悟っていた。


「お、落ち着いて君。俺は上井 颯、テンパイの企画の協力者だよ、君の名前は?」


 じりじりと後ずさりをしても、ぐいぐいと距離を縮めてくるコスプレ少女に対し、気が進まない颯だったがマントに覆われた両肩をしっかり掴むと、少し力を入れ引き離すことに成功する。対するユキは、この颯という男も私をシカトするつもりなのではと、更に不安の表情をしてみせた。


「そ、そんなに怯えなくても企画ものだから、な? そ、そうだ、コレでも飲んでとりあえず落ち着いて」


 颯の頭の中では、テンパイにより無理やりコスプレさせられた挙句、何の企画かも知らせずにこの場所に放置したのだと勝手に解釈していた。だってそうだろう、普通パチスロ専門店の店先でコスプレして怯えている女の子なんて、居るわけないのだから。そう結論づけると、ポケットに突っ込んでいた自分用の缶コーヒーを少女に手渡した。缶コーヒーを手に持つ少女は、それを両手で握ると一言つぶやく。


「温かい……」


 そうだろそうだろ、と颯は少女の反応を待つも一向に飲みだす気配がなく、恐る恐る尋ねる。


「飲まないの?」

「飲む? もしかしてコレは飲むことが出来るのか……それにしても、不思議な物だねコレは。ずっと握ってても温かい、それに何だかこう握っていると落ち着くよ。ありがとう、返答が遅れたが私はユキという。そうだ、颯よ、ここはどこなんだ、教えてくれると嬉しいのだが」


 変なしゃべり方をする天然系な少女だと思いながらも、颯は企画ものと割り切り丁寧に説明をすることにする。


「ここはパチスロ専門店ガーデンさ、俺達はこれからこの店の中でスロット実践をするんだよ。機材班はまだ見当たらない……あ、あれかな?」


 ふと周りを見渡すと、カメラの準備をするスタッフを見つける颯。一方、実践? パチスロ専門店? 何だろうと聞きなれない単語の数々に頭をひねるユキ。とりあえず、この巨大な建造物の中に入るということで、念のために探知魔法<ソナー>を発動させると、人の背半分程の長方形の箱がいくつも建造物の中にあることを確認する。更に驚くことに、その箱の中には必ず雷系の魔力が宿っているのを確認したユキは結論付ける。巨大な建造物は全て遺跡であり、中にはトンデモナイ魔力装置が隠されているのだと。


「は、颯殿。この中へと踏み込むというのか?」

「ん、あ、ああ。ユキちゃんは何か狙い台とかあるの?」

「ね、狙い台? 何の話だ……それよりも、颯はまさか将軍か何かか?」

「え?」

「いや、颯の後ろに人々が集まりだしているではないか」


 颯が後ろを振り向くと、朝の抽選を受けるために並びだした人の群れが完成していた。それを見ながら、颯はいよいよ確信する。テンパイの連れてきたこのユキちゃんは完全にパチスロ初心者であると。いいや、初心者どころかギャンブルのギャの文字すら知らないお嬢様なのだろうと思う。缶コーヒーすら飲んだ事のない女の子なんて、颯はこれまで出会ったことがなかったのだから。


「いや、これは朝の抽選を受けに来た人たちだから。それよりも……」


 颯は現状を説明すべく、ユキちゃんに現状を懇切丁寧に解説しだす。抽選を店員がもってくる箱の中から取り出す事、缶コーヒーの飲み方、そしてスロットについては特に熱く語って見せる。


「でだ、リールを止めて行って解除されたボーナス図柄を揃えたらメダルが増えていくわけだ!」


 ユキはというと、現状を理解するために颯の話す内容を一字一句聞き逃さないようにうんうんと頷きながらスロットトークに耳を傾ける。そして、ふいにユキは気になった事を尋ねた。


「その設定6という台を手に入れれば、富が約束されるのか?」

「うんうん、そんな感じだね。でも、俺たちスロッターには最初から設定はわかりゃしないし、わかったとしても深手を負ってからってパターンが大体かな」

「何故設定がわからないのだ?」


 ユキは純粋に思う。魔力装置に宿る魔力が高いものが良い物に決まっているだろうと。ユキみたいに魔力探知で広域にある物全てを探知できる魔法使いなど、元居た世界では数えるほどしか居なかったが、それでも直接物に振れればある程度は魔力量を察知することは容易なはずだった。しかし、颯は深手を負うまでは計り知れないと言い、ユキは首をかしげるばかりであった。


「何なら、私がその設定6を見つけ出そう。代わりに、私を助けてはくれないか」


 颯に設定6を見つけ出すことが出来ないのならば、私がやってやろうと。代わりに、この世界で生き抜くための知恵を授かろうと思い付きでユキは提案する。すると、笑って颯は返す。


「あははっ、そういう感じね。オーケーオーケー! 指定台上等、やってやんよ」

「交渉成立だな!」


 二人は熱い握手を交わしたのは、時刻は丁度午前10時になるところであった。





 ユキは颯と離れるわけにはいかないと、抽選時に颯の後に続く番号を抽選箱の中から抜き取っていた。おかげで、ずっと颯の後にくっつき無事に店内へと進行する事となる。自動で左右にスライドしていくガラスに目を丸くしつつ、颯のシャツをつかみながら歩みを進めるユキ。そして二度目の自動ドアが開かれた瞬間、ユキの鼓膜に大音量の爆音が貫く。思わず、しゃがみ込みそうになるが即座に音遮断<サイレンス>の魔法を使用して難を逃れた。しかし、シャツを掴んでいた手に力が入ったのを感じ取った颯は、軽く振り返ると大丈夫? と心配をしてみせる。口元がそう動いたのを読唇術で読み取ると、ユキは小声で大丈夫、と強がって見せた。


 迷路のような建造物の中には、魔力装置と向かい合うように椅子が並んで設置されていた。そこで初めて、この地域の人々はこのスロット専門店という遺跡をすでに攻略済みなのだと認識を改めた。そして、颯が悩みつつ自分の魔力装置を選び出そうとしているのだが、ユキは落ち着いて魔力探知<ソナー>を再度使用する。


 雷系統の魔力は箱の外側から細い線を辿り、やがて中央部分にて魔力貯蔵庫へと溜まっていく流れが見えた。それらはやがて、箱の内側をまんべんなく循環して音と光を生み出していた。そしてユキは発見する、魔力が数字状に流れた痕跡を。


「ちょっとこのままじゃわかんないわ……」

「えっ、なんて!?」


 ユキは一人愚痴ると、一指し指で台のリール下あたりを指さす。そしてユキはついに伝説の始まりとなる一言を告げる。


「ビシィィィ!」

「おおぅ!?」


 ユキは見た。指をさし、スロット台の並ぶ島を撫でるかのように横へとスライドさせた。コスプレ少女のそんな行動に、周りのギャラリーも奇異な目で見ながらも、我先にと自分の台確保にいそしんでいた。そんな周りの目線も気にせず、ユキは告げる。


「颯、あそこに隣同士で6があるわ。でも周りは全然ダメ、ほとんど1のしか見えないわ」

「おま、本当に指定台とかじゃねーよな?」

「指定台? 何のことかわからないけど、この2つは間違い無く設定6よ!」


 颯も、ここまで酷い企画ものだったと内心ギャンブラーとしてはガッカリしながらも、番組を作るってのはこういうことなのだろうかと今日は諦めユキの選び抜いた指定台へと着席する事になった。


 しかしいつまでたってもカメラ班が来るわけでもなく、ホール内を散歩してみると先ほど見えたカメラ班はどうやら別の番組ロケで来ていたスタッフだったことが判明した。では、颯たちは一体どうやって番組を作ればいいのだろうか。


「そういや、カメラどころかマイクもねーじゃねぇかよ……」

「颯、早く富を手に入れよう」


 そんな不安に思い出す颯の気も知らず、ユキのやる気に流され実践を開始する颯。颯はこう思うしかなかった、初回から隠し撮り系なんだなきっと、と。

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