夕比奈ユキのこぜ6

@PATIR

第1話:魔法使いユキ

 異世界文化が元居た世界と異なるのはお約束事である。ならばこそ、彼女は今この地球という世界に戸惑いを覚えていた。紫色のシャツに、漆黒のスカート。シャツには魔反射の加護が宿り、漆黒のスカートにはケルベロスの毛を使った特殊な物で、スカートの中は常に一定温度に保たれている。そして羽織っている汚れ一つない真っ白なマントは仙女が作りし一品で、着用時はいかなる毒を吸い取ってくれる便利機能つきである。そんな彼女だが、現状に理解が追い付かず軽い目眩を起こししゃがみ込んだ。偶然か必然なのか、右も左もわからぬ異世界に彼女は運命の出会いを果たす。




「こんな朝早くから、並んでるってことはスタッフの方ですか?」


 午前9時10分、男はガーデンと呼ばれる店前で体育座りをして縮こまんでいる女性へと話しかけた。男の名は上井 颯<かみい はやて>、大阪に住む大学生1年生である。二十歳になったばかりの颯は、自称スロット愛好家という一般的な風潮ではダメ人間なのだが、彼の両親はともにギャンブラー。ギャンブルの英才教育を受け育ったのだから、誰にも彼の趣味を叩くことは出来なかった。


 そんな颯は、昨日休学届を提出して意気揚々とガーデンという名のスロット専門店へと足を運んでいた。スロット仲間のテンパイというネット上の名前しか知らない友人に、スロット実践番組作ろうと仕事の話を持ち掛けられ、オーケーやろうと二言返事をしたのが三日前。機材やスタッフの用意に、金が要ると言われ金を振り込んでと言われ何の疑いもなく20万を振り込んだのが二日前。そして先日、更に追加で金が必要だと10万を振り込み、ここ大阪まではるばるやってきたのだ。元々東京に住んでいたのだが、しばらく大阪での実践と聞き家を引き払い、急遽大阪に一部屋借りることにした颯。問題があるとすれば、あまりにもスピーディな決断だったために、荷物一式全て引っ越し業者の車の中。いわゆる、大阪に取った部屋はまだ住める状態になっていないのだ。とりあえず十万も持てば足りるだろうと、財布に万札を十枚突っ込み残りは家具と一緒に引っ越し業者の荷の中へと突っ込んでいる。


 少なくとも、明日以降にならねば今の所持金以上を捻出することは不可能という状態である。普通に考えれば、一日を生きるのに十万もあれば十分すぎるのだが、颯はこれからスロット実践を行う身である。下手をすれば財布の中身を全てホールへと献上する事になるのだ。


 だが、友人テンパイはホテルも取ってあるから心配するなとメールを送ってきたので、颯は心置きなく全額を投入する事が出来るのだ。そして約束の時間、午前9時10分にスロット専門店、ガーデンへとたどり着くと先頭で一人座り込む女性の姿を発見したのだった。


 颯は、初回から気合い入れたコスプレ女を連れてきたな! やるなテンパイ、と思いながらその女性へと声をかけた。一方、話しかけられた女は、やっと私と話をしてくれる人物が現れたと失いかけていた正気を取り戻していた。


「あ、ああ! やっとまともな……いやすまない、やっと話を聞いてくれる御仁に出会えた。私はユキという、それでここは一体」

「ユキちゃんね、オーケーオーケー。それにしても気合い入ってるね、似合ってるよその服装」

「なっ、ばっ。と、突然何いう」

「はははっ、良いリアクションするなぁ。テンパイのやつ、良い人脈もってんなほんと」


 勝手に話を進める颯に対し、この機会を逃すわけにはいかないとばかりにユキは颯との距離を詰める。異世界で高位の魔法使いであり、可憐で美しく、優雅で冷静沈着で可愛らしいと評判であったユキは必至だったのだ。この世界にやってきて、最初の感想は何という摩天楼の数々だという思いだった。透明な壁、舗装された不思議な足元、巨大な箱が行きかい、異常なまでの人の密度。唖然とするユキも、いつまでも棒立ちになるわけにもいかず行きかう人の中から、一人の女性へと話しかけた。


「あの、ここはどこなんだろうか?」

「あっ、ちょっと急いでるんで……」

「む……すまない、ここはどこ」

「……」


 今度は無言で早歩きにシカトされてしまう始末。何度か話しかけるも、尽く無視されるばかりであった。その割には、奇異な物でも見るような視線が突き刺さり、途方に暮れ歩き続けるしかなかった。しばらく歩くと、人通りも減り巨大な箱がちらほらと停止している空間を見つけ出した。その空間の奥には、一つの建造物があり、他の巨大な建造物よりかは見慣れた高さでしかないその建造物に背を預けたのだった。


 ユキの最も得意とする魔法探知は、異常な魔力を感知し続けている。行き交う人々の魔力は微弱で、今にも途切れそうな程弱いにも関わらず、胸元や腰回り、人によっては道具袋だろう中に雷系統の魔力を常に発しているのだ。魔力量は微弱だが、明らかに体の一部、もしくは道具袋の中だけに魔力が集中しており、ユキは雷の世界にでも迷い込んだのかと膝を抱えた。


 雷の魔法なんて、私の世界では勇者様しか扱えない属性だったのに、なぜこんなにも多くの人々が雷属性を秘めているのだろうか。言葉は通じているはずなのに、誰も答えてくれない。それ以前に、ここが何処なのかもわからず、オマケに心細くお腹も減った。


「ああ、夜更かしして魔法の研究するんじゃなかった……」


 ユキは弱気になっていた。元居た世界では、何不自由なく才能ある魔法使いとして活躍していたのだ。それが、見知らぬ世界にやって来た途端奇異な目で見られるわ、誰も問いかけに応じてくれないわで一気にこの先が不安になったのだ。


 そんな彼女のもとに、颯は現れたのだった。



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