割れた皿
礼拝堂の隣は食堂になっていて、中央に10人位なら余裕を持って使えそうなテーブルが椅子に囲まれ鎮座している。
礼拝堂の廃墟だった光景か一変、パンがける匂いに、スープが煮える音が生活感を醸し出していた。
一足早く食堂に移動していたフィンリとハミル以外の四人は、夕飯の支度を淡々と進めている。
「リムーお皿出してー」
鍋の中で煮えているポトフをよそうためにヴィンは銀色のレードルを手にして、テーブルを布巾で拭いていたリムに言った。
「はーい」
リムは布巾をシンクに置くと台に乗り、棚から皿を取り出す。
「あ...」
しかし思いの外、皿が重く彼女の体が傾く。
彼女はなんとかバランスを取り倒れる事はなかったが、重ねられていた一番上の皿が滑り落ちていく。
皿が割れるのと、フィンリとハミルが食堂に入って来るのは同時だった。
全員は、皿が割れた音に驚き手や脚を止める。
「大丈夫か?...取り敢えず、他は支度を続けてくれ。倉庫からちりとり取って来る、ちょっと待ってな」
「あ、ライ兄ごめん。ちりとり、前使って倉庫に戻してないから裏庭だ」
「おー。了解」
ライはフライパンを置き、裏口から外に出て行った。何事も無かったかのように支度を再開するヴィンとアレク、ハミルは弟のアレクを手伝いに行く。
何をしていいのか分からないフィンリは次の瞬間、自然に体が動いていた。
リムは持っていた皿を置き、皿の破片を拾おうとする。
だが、彼女が破片を拾うより先に、フィンリが破片を拾い始めていた。
「駄目だよ怪我しちゃう!それにリムが割っちゃったのに...」
リムはフィンリを制止しようと破片を拾う彼女の手を押さえる。
フィンリの指から小さな赤い玉が浮き出ている。
彼女は始めは痛いと感じなかったが、リムの泣きそうな顔に少し痛みを感じた。
「良いんですよ。今手が空いてるのは、私だけです。そんなに痛くないですし」
リムは押さえていたフィンリの手を離して、自分のポケット手を突っ込んだ。
そして、フィンリの怪我をした手を掴み、ポケットから取り出した絆創膏を貼る。
「...ありがとう、フィン姉」
フィンリはひどく驚いた。
彼女は自分がそう呼ばれるとは思っても見なかったからだ。
「!...いえ、こちらこそ...絆創膏、ありがとうございます」
支度を終えた三人はそのやり取りを和やかに見ている。
いつの間にか、ライはちりとりと箒を持って戻って来ている。始めは険しい表情だったが、溜め息を吐くと困った様に笑った。
「待ってろって言っただろうが...でも、ありがとうなフィンリ。リム、良かったな」
ライにそう言われたリムは大きく頷く。
フィンリは微笑むとまた、破片を拾い始めた。
だが俯いたフィンリの表情は何の感情も読み取ることは出来ないほどの無であった。
どんな顔をしていいのか分からない。
こんな感情、覚えてない。
教えてくれる者がいるはずも無く。
割れた皿の様に、何の意味も持たない表情を彼女がしていたと知る者はいない。
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