集う子どもたち
痛みほとんど無いとあるが、彼女は縫合された傷口がチリチリと痛んでくるのを感じた。
ようやく地に足がついた様だった。本来、機械の体ならば身体を損傷した際体内の修復プログラムが働く。
その修復の速さは損傷の具合にもよるが、切傷ぐらいであれば修復に一分もかからない。
だが、機械の体としては不完全な彼女は損傷が即座に修復される事は無いため、生身の時と同じ様に治療が必要になる。
食事を取らなければ生きられない、修復プログラムを持たない身体。
けれど、死ぬ事がない身体。
生身の人間でも、機械体の人間でもない不完全な人間。
こんな中途半端な身体を持つ自身に嫌悪を感じ黙り込む彼女へ少女は眉を下げて言った。
「ごめんなさい、やっぱり治療の仕方悪かった?」少女の言葉にフィンリはハッと我に帰り、首を横に振る。
自身に構ってくる少女への少しの苛立ち
誤解を招くような自身の行動、対人関係に対する無頓着さ、全てに腹が立った。
「え、あ、違うんです。貴女は悪くないんです。少し考え事を、してただけですので、その..気にしないでくだ、さい。」
フィンリは俯いたままそう言った。
きっと今の自分は酷い表情をしている、見られたくない、だから彼女は俯いた。
彼女ができる精一杯の弁解、人とコミュニケーションを今まで取ってこなかった人間が必死で相手の気持ちを考え、絞り出してきた言葉だった。
少女はその言葉を聞いて、胸を撫で下ろした。
目の前に座っている彼女から発せられた言葉の中に含まれていた微かな怒りに、気付かないふりをして。
「なら良かった。...急で悪いんだけど私についてきてもらえない?みんなに会わせたいから...駄目かな?」
その時、フィンリはいつか読んだ本の内容を思い出した。
彼女の家にあった唯一の文学本。内容は、平凡な男が仲間を見つけ、残酷な運命に抗うというもの。よくあるベタな話だが、彼女はそんなはありふれた話が何故か好きになっていた。
主人公の男と、自分自身に何か共通点が見出していたからかもしれない。
その物語はフィンリの世界の全てだった。
そして今、この瞬間彼女の心に現れたちょっとした期待と好奇心。
自分にも仲間を見つけることは出来るのか、物語の男の様に抗うことは出来るのか。
やっと、フィンリは顔を上げた。嬉しさも戸惑いも混じり合った表情を浮かべて。
「分かり、ました。行きます」
少女はフィンリの返答を聞くや否や、彼女の手を掴んだ。もう片手には、治療で使用された器具が入ったスチールケースを提げ小脇には救急箱が抱えられている。
「じゃあ行きましょ!みんな待ってるから!」
初めに見た、大人びた様な表情ではなく、たまに垣間見えた少女としての表情で、彼女はフィンリの手を引き階段を降りて行った。
降りた先には大きな両開きの扉、ノブには蔦が絡んでいる。
少女はそれまで掴んでいたフィンリの手を離し、ノブに手を掛けた。
開いた扉の向こうは礼拝堂で、散乱している瓦礫の上に座る数名の少年少女なにやら駄弁っているのがわかる。
彼らの背後には割れたステンドグラスが神秘的な雰囲気を創り出している。
「治療終わったから連れてきたよー」
少女がそう言うと全員がこちらを向いた。
そしてお下げ髪の少女がフィンリに近寄り、抱き付いた。フィンリは一瞬体が強張ったがすぐに慣れ、少女の頭をぎこちなくだが無意識に撫でていた。
和んでいるフィンリの背後に一人、長い前髪で両目を隠した青年が回り込んで居た。
「ねぇ、君、誰?」
「!?いつの間に、貴方、誰ですか...」
その青年は、猫のような身のこなしで近くにあった長椅子に飛び乗る。
「僕はね...ってか、僕が先に質問したんだけど....」
青年は不満そうに言う。
精神は見た目より幼いらしい。
見た目はお兄さんだが、まだ幼さが残る。
「ご、ごめんなさい...私は、フィンリって言います」
「うん、宜しく。俺はヴィンって呼んでね。」
満足したのかヴィンは表情がにこやかになる。
これを皮切りにそれぞれ自己紹介をして行った。
先ほど抱き付いてきたお下げ髪の少女「リム」
ショートカットの少女「ハミル」
ハルの双子の弟、「アレク」
そして帽子を被った「ライ」
前髪の長い「ヴィン」。
ヴィンは自身の自己紹介が終わると同時にフィンリに問いかける。
「ねぇねぇ、フィンリちゃんって何処に住んでた?」
「え、えっと...確か、A区、だったと..だけど、べレッダが」
【A区】【べレッダ】フィンリがそう口にした途端、ライ以外がフィンリを凝視する。
その部屋の時間が一瞬止まったようだった。
視線がフィンリへ注がれる
「....あの」
フィンリが話そうとしたらハルによって遮られた。
「A区って....本当に?」
ハミルが顔を青くして嘘であってほしいかのように確認する。
フィンリが頷くと、ハミルは急いで礼拝堂の中央にある蔦に覆われた、今にも朽ち果てそうなコンピュータを起動させた。ハミルの後ろから解像度の低い液晶画面を一緒に見ていたアレクが顔を上げる。
「ん?でも、確かA区ってべレッダの活動禁止区域だったはず...。ライ、なんか知ってんの?」
アレクに聞かれるがライは首を横に振る。
「いや、俺も今日初めて知った。捜し物してたらいきなりべレッダが、な」
「ねえ皆、これ...」
液晶画面とキーボードを弄っていたハミルは見つけたそれを指差した。
そこには不滅計画遂行本部の通達書があった。
"全職員へ通達いたします。
本日を持ちましてA区のべレッダ禁止令を解除致します。べレッダの整備技師は直ちにプログラムの更新をして下さい。
尚、本日をもちまして全区間でべレッダが始動する為職員はパスを常時身に付ける事。
紛失した場合は直ちに本部へ信号を送る事。
パスを身に付けていない際のべレッダとの事故について本部は一切の責任を追わないものとする。
不滅計画遂行本部"
まとめられたその文章は5人の希望を打ち砕くには十分過ぎた。
「マジかよ...」
「ねぇ、これってたちの悪い冗談だよね?」
「私のハッキングの腕を疑ってるの?本当だよ全部、信じたく無いけど...」
リムは現実を認めたくないというように顔を両手で覆った。
そしてハミルは顔をしかめ俯く。
他の3人も眉間に皺を刻んだり俯いたりしている。
フィンリはどうして彼らが落胆しているのかがわからなくライに聞いてみることにした。
「あの..皆さんどうしたんですか?」
「.....」
反応がない。
彼女が声をかけてもライは呆然としている。
彼女の声が耳に入ってこないようだ。
人形の様に動かない、彼女以外、誰も。
「ライさん?」
フィンリはもう一度ライを呼び肩に手を置いた。彼は、はっと我に返った。
「あ、あぁ悪い......何だ?」
「皆さん、どうかしたん..ですか?」
そうフィンリが聞くとライは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「A区にはな、俺らを自分の子供みたいに育ててくれた人を避難させていたんだ
。....今、その人は動ける状態じゃ無い。自分達で治療しようにもそんな知識も技術も無い、だから直す方法を探す間、べレッダが入ってこられないA区に...だが....A区も、もう安全じゃ無い。あの人はもうべレッダに回収されているかもしれない。だから...」
「これからどうするの、医者を探すなんて悠長な事はもう出来ないわよ」
フィンリは感じたことの無い雰囲気に戸惑う。
彼女自身、大切な人の身を案じる事を知らずに生きてきた為、彼らの心情がわからなかった。
彼女は気がつくとあの家で暮らしていたのだから。
ライ達はこれからどうするのかを言い合い始める。
この時、フィンリは彼らとの間に壁を感じた。
彼女は誰かを想うという事がわからない、失う大切な物も持っていない。
親や兄弟の存在を知らずに生きてきたのだ。
しかし、彼らは違う。
大切な人がいる、失うことを恐れている。
その感情が彼女、フィンリには分からない。
「.......?」
重苦しい空気を始めに破ったのは
ギュルルルル.....
ハミルの双子の兄、アレクのお腹の音だった。
重苦しい空気の中響いたそれに全員驚きを隠せない。
音をたてた張本人は顔を赤くする。
「ご、ごめん...そういえば、起きるの遅かったから朝からなにも食べてなかったんだ」
あはは...と頭を掻くアレクを見て、全員は笑みをこぼす。
すると、ヴィンが時計を見て椅子から降りた。
少し伸びをすると。
「時間も時間だから、夕飯の準備するぞ〜」
そう言って彼は隣の部屋へと移動する。
ドアを開ける際足の小指をぶつけてしまったようで彼の眉間に皺が寄っていた。
いててと小さく呟き何事も無かったかの様に姿を消した。ヴィンの呟きが聞こえていた残りの五人。
さっきまでの空気は何処へやら、何事もなかったように穏やかな空気が流れた。
「私も手伝うー!」
「うわっ?!リム待て!引っ張るな!」
リムはアレクを引っ張り、部屋から消える。
部屋に残っているのは3人。
沈黙が未だ居座る中、フィンリの顔には羨望と不安が現れていた。A区には帰れない。仮に帰る事ができても直ぐべレッダに見つかってしまうだろう。
一瞬だけフィンリの表情を見たライはフィンリに顔を向けず言った。
「急がないとな..ハミル、すまないがこれ、調べておいてくれ。
それから....フィンリ、行くところが無ければここで暮らせばいい。奴等を今すぐに家族と思えなんて言わない。嫌なら空気だと思ってくれても構わないからな。」
言い終えるとライも部屋からいなくなった。
フィンリの後ろではハミルはコンピュータの電源を落としている。
電源を落としたハミルは動こうとしないフィンリに疑問を投げかけた。
「自分だけ除け者だって思ってるの?」
図星だった。
今日会ったばかりのくせに貪欲だと思われたく無かったフィンリは親指の腹に爪を立て自分を誤魔化す。
醜く見える、汚く思う、自分自身を。
そして笑って答えた。
「そんなこと、無いですよ」
無理に笑っている事がばれてしまうのではないかと心配してしまう。
そんな心配は無用だった様にリムはにこやかに言った。
「そう?でも、これだけは言っておくね。私はフィンリと家族になりたい思ってるよ。それじゃ、私たちも手伝いに行こう!」
見透かされていたのか、偶然か、ハミルの言葉はフィンリの心を安定させた。
手を引かれてフィンリは皆がいる部屋に行く。
誰もいなくなった部屋からは時計の
秒針の音が響く。
その中に歯車の廻る音が微かに、だが確かに響いた。
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