縫合

人が人である定義と言うものは何だろうか。


人の姿をしていたら、人なのか

二足歩行なら、人なのか

言葉を話す事が出来るのなら、人なのか

服を身に付けていたら、

文明の中で生きていたら、


ヒトの中で生きていたら、


その線引きはとても曖昧で難しい。

_名も無い哲学者_



水の音が聴こえた、一定の間隔で雫が水溜りに落ちる音、水が流れてゆく音、そして雨の音。

一定リズムを聴くと人間は安心するらしい。

其れに水の音は、母親の胎内で羊水に浸かっていた時の音とよく似ているのだとか。


その中、木の軋む音がフィンリの意識を少しながらも引き戻した。

彼女は薄く目を開ける。

視界に入るのは、見知らぬ天井と

見覚えのある、帽子の青年。


青年の左手には少し大きめの木箱が提げてあり、右手には小さめな桶が湯気を薄く立て抱えられていた。


フィンリは寝ていては失礼だと思い起き上がろうとする、腹部辺りがパリッと音がしたが其れでも起きようとした。

すると、


「まだ横になっとけ、損傷が酷くなる」


青年が其れを制止した。

青年は持っていた物をサイドテーブルに置き、隣の椅子に腰を下ろす。


「あの、此処は何処ですか?」


顔を青年に向け、問いかけた。

青年は桶のぬるま湯を布に含ませ、余分な水分を絞っている。

彼の眉間に一瞬、皺が寄った。


「俺らが住んでる場所だ、今から治療するから痛かったら言えよ」


青年は絞った布で

先程フィンリが痛いと感じた脚の傷を拭いた。

彼が慣れているのか、フィンリがまた痛みを感じなくなったのか、

砂や泥で汚れた脚及び腕や顔の傷口は痛みも無く綺麗に拭き取られた。


いつの間にか、胴体以外の傷には包帯が巻かれ大体の治療が終わたのだと分かる。


「ありがとうございます」


礼を言われた青年は頬を小さく掻いた。


「ん。........あー...次は腹部の損傷といきたいが、男には見られたく無いだろ?他の奴連れてくる」


汚れた水の入った桶を抱え、足早に部屋から出て行く。

残されたフィンリは未だ響き続ける水の音を聞聴きながら、首の動かせる範囲で部屋全体を見ていた。

今になって彼女の腹部が痛み始める。

耐えられないほどでは無いが、この痛みからして打撲や擦り傷などの軽傷ではないなと考えながら。


どうやら雫の音の因は天井が雨漏りしていたらしい。

水の音は雨が雨樋を滑る音。

部屋の壁には蔓状の植物が這っていて窓ガラスが一部割れており、風が吹くとその肌寒さにフィンリは身震いした。


誰かが部屋に入って来た、

今度はスチールケースを持った眼鏡をかけた短髪の少女だ。

少女は割れ物を扱うかのようにフィンリの上半身を起こし、ベットの淵に座らせた。



「ライから聞いたよ、お腹の所を損傷してるみたいだね。痛い?」


フィンリは首を横に振る。

とても落ち着いた口調で話す少女は大人びていて、でも何処か幼げに見える。

あの帽子の青年はライと言うようだ。

おもむろに少女はライが置いていった木箱とスチールケースを開けて中身を漁る。


「んー何とか足りるか..な...じゃ、腹部の修復と治療するから服少し捲って?」


「はい。あの、お手数おかけします」


やはり同性だからか、意識がハッキリしているからか、ライに手当てされていた時よりフィンリは僅かながら口数が増える。

気にしないでと笑う少女はスチールケースから半田ごてとビニールテープを取り出した。


服を捲り腹部を見ると臍の横辺りの肉がスッパリと切れ、隙間から数本の切られたコードが顔を出している。

一体いつ腹部を切ったのか...転んだ時に何かで切ったのだろうとフィンリが考えていると少女が半田ごてでコードを繋げ終えていた。

金属が溶ける臭いは鼻にくるがべレッダに遭遇した時のあの臭いよりはマシだった。


繋がったコードをビニールテープで補強し体内に戻すと今度は腹部の切れた所を縫合して手当ては終わったようだ。


機械に近い体のお陰で痛みはあまりなく、触覚など感覚はある。

彼女にとって、傷口を拡げられる感覚、傷口を縫われている時の皮膚が破られる感覚は良いものでは無かったようだ。

ああ、中途半端な体はこうも居心地が悪い。

そう彼女が考えていると少女が、俯いたままのフィンリに問いかけた。


「終わり。大丈夫?動けそう?」


「ありがとうございます。大丈夫です。」


そっか、と笑う少女は幼かった。

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