第4話
「おー!賢一ー!きたかー!待ちわびたぞー!」
ぶんぶんとこちらに向かって手を振る幸雄は凄く幸せそうだった。
「幸雄。お前何時からいるんだ?」
「三時間前から全力で待機している。」
これ以上ないほど、満面の笑みの幸雄に僕は突っ込むことを止めた。
ひとの幸せはそれぞれだ。
エレクトリが止まる駅らしく、こだわりをもって建てられたこの駅はネオバロック様式と呼ばれる建築スタイルをとっている。
柱や屋根は曲線をとっているのに対し、窓は規則的に配置された直線だ。
駅マニアから言わせると堪らないらしいが、僕にはよく分からない。
ただ、美しい駅だなあと思う。
幸雄に連れられてキョロキョロしていると、エレクトリの出発時間が近づいてきた。
幸雄に引っ張られるようにホームに降りる。
電工掲示板には、
エレクトリ 10時 東京
の文字が映し出されていた。
「賢一、とうとうこの時が来てしまったぞ!」
かなり興奮した様子の幸雄は、カメラを構えてファインダーから目をはなそうとしない。
「賢一、今何時だ?」
「10時2分前。」
「ふおおおおおおおおお。あと、あと、2分で、夢のエレクトリに乗れるんだぜ!」
「分かったから、落ち着け。手が震えてるぞ。」
実際、僕も興奮していた。
幸雄のテンションに当てられた気もするが、なかなか乗れないエレクトリが、線路の先から見えるのを今か今かと待ちわびていた。
1分前。
次第に音が聞こえてくる。
普通列車のガタンガタンという走行音ではなく、車輪とレールの擦れあうキーっという音と、独特のファーーンという警笛が近づいてきた。
45秒前。
ホームの端から車体が姿を現した。
濃い
青白く輝く
フロントガラスも大きくとられており、運転士の
かっこいい。
初めてみたエレクトリに感動していると、狂ったようにシャッターをきっていた幸雄が声をかけてきた。
「乗ろう!早く!」
僕たちが乗る1号車は最後尾の車両であった。
エレクトリに乗り込む順番は事前にじゃんけんで決めていたので、僕からだった。
「よし幸雄。乗り込むぞ。」
エレクトリの乗降口の扉が開いた。
ふと、紺色の車体に触れたくなった。よく
「おおー。」
僕を押し込むようにあとに続いてエレクトリに乗り込んだ幸雄から
乗り込んだデッキは広く、金属で
「特急エレクトリにご乗車、誠にありがとうございます。チケットを拝見いたします。」
声がした方をハッとみると、深紅の制服に身を包んだ笑顔の乗務員さんが手を差し出していた。
「あ、はい、これです。」
エレクトリの黒色のチケットを差し出すと、乗務員さんはにこりと笑った。
「はい。1号車ですね。確認いたしました。私、1号車を担当させて頂きますクルーの宮本と申します。皆様の旅が素敵なものでありますようにお手伝いをさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。」
「あ、よろしくお願いします。」
宮本さんは若い女性だった。
かなりの美人だと思う。
エレクトリの制服は深紅を基調としていて、黒、白、金色が所々使われていた。
ピシッとしてかっこいい制服だが、女性はスカートというわけではないようだ。残念だ。非常に残念だ。
「では、お部屋にご案内致します。こちらです。」
宮本さんが進む方向には、薄いガラスの自動ドアがあった。ガラスには
ドアの先には細い廊下があり、宮本さんに続いて僕たちも進んでいく。
廊下はここが電車の中だとは思えないほど、
「葉山様は1号車ですので、この廊下の先になります。」
後ろからついてくる幸雄はひたすら感嘆の声を漏らしていた。
「こちらになります。」
宮本さんが指す先には金色の板に黒の文字でかかれた101の表札があった。
「お部屋に入るにはこの鍵が必要でございます。なくされないようにご注意下さい。」
宮本さんの手には銀色の鍵が握られていた。
「どうぞ。」
かちゃりと音をたてて、木製のドアが開く。
僕たちは
「…!!!」
本当にこれは電車の中なのだろうか。
車両最後尾の大きな窓は限界まで大きくとられて
側面にも2つの大きな窓があり、従来の電車より解放感があった。
部屋の真ん中には、2脚の椅子とテーブル、そしてふかふかのソファーが置いてある。
サイドテーブルには品の良いランプが置かれ、部屋の奥には2つのベッドも備え付けてあった。電車の中にしてはなかなかに大きく、寝やすそうである。
天井には金色で模様が描かれており、とにかく高級そうなつくりだった。
この車両の素晴らしさを語るには僕の語学力がなくて本当に悔しい。
とんでもなく素晴らしい客車だ。
「1号車には、トイレとバスルームもついております。どうぞお時間に関係なくご自由にお使い下さい。また、室内備え付けの冷蔵庫のドリンクはご自由にご利用ください。なくなりましたら、なんなりとお申し付け下さい。お食事の時間につきましては、この冊子をお読み頂き、後程ご希望のお時間を記入のうえ、扉の前にぶら下げて頂ければ、お時間になりましたら、私がお迎えに参ります。
…何かご質問はありますでしょうか?」
室内の整備に圧倒されていた僕たちは首を横に振ることしかできなかった。
「では、後程お昼頃にダイニングカー(食堂車)にご案内致します。何かございましたら、そちらの内線でお電話ください。」
宮本さんは、深々とお辞儀をすると部屋を出ていった。
「………ふふふふふ、ふふふ、ふふふあはははははははははははは!」
扉が閉まると、どちらの口からともなく、笑い声があふれてきた。
「あっはははははははははははっ!なんだよ、これ、凄すぎるじゃん!!!」
「いやー!これ、俺たちが泊まって良いもんじゃないって!やばいって!!」
はしゃぎまわり、部屋の扉という扉を開けていた僕たちに頭上からアナウンスが聞こえてきた。
「…特急エレクトリにご乗車誠にありがとうございます。私は本日車掌を勤めさせて頂きます横浜区画の結城と申します。皆様に安全で快適な旅をお届け致します。それではまもなく特急エレクトリ 東京行き 発車致します。」
警笛が鳴り、ゆっくりとエレクトリが動き出す。
ホームで手を振る駅員さん達が、徐々にスピードが上がっていくに比例して小さくなっていく。
僕と幸雄は満面の笑みで彼らに手をふりかえした。
駅員さんもホームも見えなくなった頃、僕は幸雄の肩を叩いた。
「これ、幸雄が当ててくれなきゃ、一生乗れなかったと思うよ!本当にありがとうな!ありがとうございます!幸雄さま!本当にありがとう!」
「
幸雄はニヤリと笑いながらいった。
「へへえー。幸雄さま、ありがとうごぜえますだ。幸雄さま。このご恩は一生忘れませんてすだ。」
「善きにはからえ。」
ドヤ顔しながらソファーに座る幸雄に、冷蔵庫からソーダを引っ張り出して差し出す。
ワイングラスもあったので、お洒落を気取って注いでみた。
「幸雄さま。特急エレクトリ特性、シャンパンでございます。」
給仕の真似をしながら、
「銘柄はなんだね、賢一君。」
「Tama産の泡ものでございます。産地直送でございます。」
「多摩工場のコーラじゃねえか。」
苦笑いする幸雄の隣に腰をかけると、とりあえず二人で乾杯した。
「良い旅に!」
「良い旅に!!」
カチンと響く透明な音が僕たちの旅の始まりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます