第2話

朝、母親に叩き起こされて、夢のことなど忘れた僕は、チャイムと共に教室に滑り込んだ。

一時間目は先生の遅刻で自習。

拍子抜ひょうしぬけした僕は、これ以上ない有意義な時間の使い方、睡眠学習に徹していた。



「………なあ、賢一。お前、東京に行かないか。」


自習の時間を机に突っ伏して眠る僕に幸雄が呼び掛けてきた。

ふわふわとした思考の中で僕は耳を傾ける。


「チケット、あるんだよ。東京行きのチケット。しかもエレクトリの一等席。普通席じゃねえんだよ。二等席でもないんだぜ。一等席だぜ、一等席!なかなかとれないんだぞ。ほら、見てみろよ。」


バンバンと幸雄に背中を叩かれ、心地よい夢の世界から強制的に覚醒かくせいさせられた僕はうめき声をらしながら、わずかに顔を上げた。

起きがけで視界がぼやけた鼻の先には、黒の紙に銀色のインクで文字がかかれた重厚な切符があった。目をこすりながら書かれた文字を追うと、


特急エレクトリ 東京行き


と刻印されていた。



「高そうだな。」


あくび混じりにつぶやくと幸雄に頭を叩かれた。


「おまっ…!この美しいチケットをみてそれけかよ!エレクトリに乗れるなんてありがとうございます幸雄様!ぐらいは言っても良いんだぞ?一等席だぞ、一等席!あー、わっかんないかなあ。日本の鉄道マニアはみんな喜ぶプレミアチケットだぞ!あー、でもお前そういや、あんまり電車好きじゃないか。わっかんないかなあ。」


「いや、なかなか手には入れないチケットってのはわかんだけどさ。東京に行ってどうするんだよ。」


「あ?東京には大鉄道博物館があるじゃないか。そこ以外にどこに行くんだよ。」


お前は何を言っているんだ?とでも言うような心底不思議な顔で見てくる幸雄に、そういえばこいつは立派な鉄道馬鹿だったことを思い出した。


「…行ってもいいけどさ。チケットおいくら?」

「なんと、お値段…………!」


幸雄の口から飛び出した金額に思わず、ガバリと体を起こして幸雄の頭をひっぱたいた。


「無理に決まってんだろ。俺の今までのお年玉かき集めても無理!!」


「…いってーな。分かってるよ。俺だってエレクトリへの愛をもってしても流石に無理だわ。これは当てたの!月刊 列車の友の最新刊のP.364見てみろよ。ここ!ほら!俺の名前があるだろ。読者の思い出コーナー、我が思い出の列車旅の年間最優秀作品に選ばれたの!いやー、原稿用紙、263枚分書き込んだだけはあるわ。あれはなあ、すっげー力作で………。」


暑く語りだす幸雄を横目に僕は、月刊 列車の友を手に取った。

ずしりと重い。広辞苑並みに重い。

そして確かに開かれたページには、幸雄の名前がある。編集室のコメントはこうだ。


<お前の愛は伝わった!持ってけ、最優秀賞!>

である。

他の受賞作は<往年のキハ系の~うんぬんかんぬん>と長いコメントが書いてあるが、幸雄に対するコメントだけは実にシンプルであった。


「そんでな、お前明日空いてる?」


何分経ったか分からないが、熱く電車について語る幸雄の話を半ば意識を飛ばしながら聞いていると、聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。


「明日?」


「おう。しっかり見ろよ、この切符。」


幸雄が渡してきた黒色の切符には小さな文字で日付が書いてあった。




特急券・A寝台券

春原すのはら東京とうきょう

2月28日 エレクトリ号 1号車 1番個室




「明日じゃないか。」

「明日だろ?」

「来年とかじゃなくて?」

「明日だな。」


言いたいことは色々とあったが、ニコニコしながら言う幸雄に完全に毒気を抜かれてしまった。


「僕に用事があるとは思わなかったのかよ。」

「お前にも彼女がいないから休日にどこかに出かける予定はない。何よりエレクトリに乗りたがらない健全な男子はいないと俺は確信している。」


少し引っかかる言葉はあったが、自信満々な顔で語る幸雄に僕はあきらめた。


「…分かったよ。何時集合にする?」

「発車の1時間前。9時00分。賢一にエレクトリの凄さを教え込む時間混みだ。異論は認めない。」

「…ほんと、お前、電車好きだな?」

「当たり前だろ。男のロマンってやつだ。」


また電車について熱く語りだす幸雄に、僕はもう一度意識を飛ばすことにした。

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