エンドレスラン

今谷嶺六

第1話



砂にみ込まれていく。

街も人も木々も。

今は美しい思い出も、やがては砂に帰るのだろう。



___________________






僕は気がつくとだだっ広い砂原すなはらにいた。何故なぜか僕は何をすべきか分かっていた。


助けなくては、助けなくていけない。


流砂りゅうさの中心でくたりと力を失った、ほとんど砂に埋もれた誰かの右手をつかもうとしていた。


大丈夫。この距離なら届く。助けられる。


しかし、渾身こんしんの力を入れても何故か僕の手は金縛かなしばりにあったかのように動かない。

「…!!…!!」

僕が誰かの名前を声の限りに叫ぶなか、その白い手はゆっくりと砂に飲み込まれていく。


ひじが、手首が、手のひらが、中指の第2関節が、遂に小さな爪の先が…。

白い手は完全に見えなくなった。


砂が落ち続けていく中心を呆然ぼうぜんながめながら、僕の息は荒くなっていく。

息が上手く吸えない。苦しい。

肺胞はいほうが空気を拒むように、ヒューと口から音が漏れる。


それはまるで細い汽笛のような音だった。





自分の荒い呼吸音で目が覚めた。

嫌な、夢だった。


寝起きのあたまで先程の夢を思い出す。


寝る前に砂漠に関する本を読んだからだろうか。夢の中の砂漠の光景が頭から離れない。


永遠に広がる砂の大地。

それが僕らのおかれている現状だった。


ふとサイドボードの開きっぱなしの本に目をやる。


僕の祖父のそのまた祖父の代では大都会だったという注意書が入った写真に写る砂の大地は、朽ち果てた建造物を残すだけで、この世界をおおう砂の深刻な状況を現していた。


急速に広がった砂漠。

先人たちはそれをくい止めようとしたがかなわなかったらしい。

僕の知っている世界地図は大部分が黄色くつぶされている。


『私は覚えてないけれど昔は自由に行き来できたそうだよ、賢一。あんな化け物どももいなくてさ、街と街と、世界を自由に歩けたそうだ。』


小さな頃、祖父のひざの上で聞いた話をにわかには信じられなかった。


小さな子どもでも知っている。

まちと街とは歩いてなんかでは自由に行き来できない。

これは世界の常識だった。


ガイストと呼ばれる砂漠を縄張なわばりにする化物がいるこの世界では、街との街との往来おうらいは、電車に乗ってしか行えない。


例えばもし砂漠のなかを一人で歩いてみたら、たちまちガイストの餌食えじきになるだろう。

文字通り、われて死ぬ。欠片かけらすら残らない。


ガイスト。彼らはどこで発生したかも分からない砂漠の王者だった。



砂漠を進む電車といっても、従来の電車であればガイストに襲われたら一たまりもない。


そこでガイストの攻撃に耐えうる硬度をもった車体と、車体をを取り囲むように配置された護衛車両に乗った駅員さんに守られて電車は砂漠を走るようになった。

彼らはガイストとの直接的な戦闘を行い、時々死者も出る。

僕は直接、ガイストを見たことはないが、挿し絵でみる奴らはおどろおどろしく、死と隣り合わせでも戦う駅員さんを尊敬したものだ。


夢から覚めたばかりの頭でも思う。

どうしてあんな危険な仕事ができるのだろう。


僕には無理だ。



…思考が薄く引き伸ばされていく。

うつらうつらとまた、眠りの世界に旅立った僕は夢の続きを見る。




あの白い手は僕の手だった。

純白の手袋をした僕の手だ。

苦しいのは砂に呑み込まれて肺から空気が押し出されているからだ。

何故なぜ、と思った時には、僕の目の前は真っ暗になった。





流砂は動き続けている。

止まることのない円の中心には沈黙だけが残った。




僕はあと5時間後に目を覚ます。

その時には、この夢のことを何も覚えていなかった。

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