第9話


じっとりと湿しめった僕の手がつかんだものは、エレクトリの鉄屑てつくずだった。大破した車体からとれたらしい。


これが、ぼくの、ぶきだ。


顔をからかうようにで続けるガイストの舌が気持ち悪い。


このままだと十中八九、僕は喰われる。

せめて、少しでも抵抗してから死のう。


左手で足元の砂をつかむ。

震える両足を鼓舞こぶしてもなかなか力が入らない。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

死にたくない。死にたくない。

やるんだ。やるしかないんだ。


ガイストを睨み付けると、奴はにやりと嗤った。


こいつ、やっぱり楽しんでやがる。

沸々ふつふつき上がる怒りに任せて、

ガイストに向かって砂を投げつけた。


両足で砂を蹴る。

足は地面をとらえて、僕の体は宙に飛び出した。

砂は本当に走りにくい。

足場が崩れて普段の走りができない。


でも、でも、ここで止まったら僕は喰われる。

走らなくては、走り続けなくては。


突然の目眩ましできょを突かれたガイストの怒る声が聞こえる。


ずざざざざざざと大きな物質量が後ろに迫っていた。


怖い。

怖い。怖い。

怖い。怖い。怖い。

どうしてこんなことになった。

車体まで走ってどうにかなるのか。

嫌だ。死にたくない。どうすればいい。


頭のなかに色々な人の顔が浮かび上がる。


父さん、母さん、姉ちゃん、じいちゃん、ばあちゃん、家のねこたち。しんせき、ゆうじん、せんせい、きんじょのかわいいてんいんさん。

幸雄の顔。幸雄!


足がガクンと動かなくなった。

僕はそのまま前に倒れこむ。

慌てて足をみると、ガイストの青い舌が巻き付いていた。


舌をたどるようにして視線をやると、ガイストの赤い大きな口が目に入った。

ぽかりと空いた空洞は暗く、死の臭いがする。


ガイストはそのまま僕の足を引っ張る。

鉄の棒を砂に突き立ててみても、深くは突き刺さらず、ずるずると砂の上に一本の線を引くだけだった。


涙で前が見えない。

怖い。怖い。

嫌だ。死にたくない。

帰りたい。

嫌だ。


幸雄の静かに落ちた黒い革靴。

白い靴下。痙攣して反り返った足。


嫌だ!


僕は大きく振りかぶり、すぐそこまで迫っていたガイストに向けて闇雲に棒をつきだした。



ウゴェェェエエエアエエ



確かに深く突き刺さった手応えがあった。

うっすらと目を開けてみると、僕の突き刺した棒がガイストの上顎から脳天にかけて一直線に突き刺さっている。

ガイストはこの世のものとは思えないほどの断末魔の叫びをあげて砂の上をのたまわっていた。

その目は赤く染まり、目が飛び出さんばかりにかっぴらかれている。


グェアアアアアアアアアア


ピクピクと痙攣し出したガイストを呆然とみていると、急に体が横から吹き飛ばされた。


最期に目に映ったのはガイストの太い黒光りした尻尾と目の前に迫る岩。



生暖かい液体をかぶりながら、僕は砂に沈んだ。



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エンドレスラン 今谷嶺六 @imada_netetai

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