第8話




じゃりじゃりする。


砂に叩きつけられた体は、そこらじゅうが痛い。

口のなかに入った砂が不愉快極まりない。

意識を手放しても良いだろうか。

とにかく痛いんだ。つらい。


目を閉じようとする僕に必死で呼び掛ける声が聞こえる。


「賢一!ばかやろう!起きろ!」


強く揺すられて、僕は正気に戻った。


駄目だ。ここで眠ったら、本当に目を覚ませなくなる。


「助かったよ幸雄。本当に眠るとこだった。」

「まだ、寝るには早いぜ。お前、どこか怪我ないか?」

「僕は大丈夫。一応、体は動くみたい。そこらじゅう痛いけど。幸雄は?」


起き上がり、腕を動かしながら言う。

肘を伸ばすとかなりの痛みが走ったが、動けない訳じゃない。


「俺も大丈夫だ。痛いけどな。」


幸雄も少し顔をゆがめながら言った。


「周りはどうなってる?」

「見たところ5号車付近で火が見える。エレクトリが横転しちゃってるみたいだ。」

「ヤバイな。とにかく隠れないとヤバイ。」


幸雄の目がせわしなく辺りの暗闇を探っている。

僕も必死で闇夜に目を凝らした。

ガイストに武器もない学生が出くわしたら一たまりもない。

あるのは死だ。


「とりあえず、車両の影にでも隠れるか?ここじゃ、俺達丸見えだろ。」


幸雄は声をできるだけ落としてヒソヒソ声で話しかけてくる。


「そうだな。ゆっくり目立たないようにしよう。」


ある意味、僕たちの黒い学生服は、この暗闇では迷彩服のように目立たない格好の保護色になっていた。


静かに幸雄と中腰で立ち上がり、そろそろと大破した1号車に向かう。


だいぶ、吹っ飛ばされたようだ。


近づくにつれて車体が大きくえぐれてるのが分かる。


大きな衝撃を受けても僕たちが無事だったのは、奇跡的とすら思った。


本当によく、あんな衝撃を受けて大丈夫だったと思う。下から突き上げるような恐ろしい衝撃…


…下から?


「待て!幸雄!」


僕が声をかけた瞬間、幸雄が視界から消えた。


「幸雄っ!!!」


目の前に砂の壁ができる。

勢いよく地面を割るようにして得体の知れない化け物が現れた。

化け物は生き物の形をしていた。

蛇のような大きな口があり、気持ちの悪い深海魚のような色をしている。目はギョロギョロと動いていたが、どこを向いても必ず僕を視界の端には捕らえていた。

口から幸雄の靴が覗いて、地面に落ちた。


こいつがガイスト。


砂漠のばけもの。喰われたものは戻らない。


震えて涙さえ出てくる僕に、ガイストは見せつけるように喉を鳴らして幸雄を飲み込んだ。


足がすくんで動けない。


動けない僕を嘲笑うかのように、ガイストは僕の周りを砂を掻き分けるようにして泳ぐ。


大きなだらしない口元は、口角が少し上がり、本当にわらっているかのようだった。


僕はこいつに喰われるのか。


幸雄のように、ただ、何も抵抗できずに。


ガイストは、長い舌を僕の体に這わせる。


まるで、僕の恐怖を楽しむかのように。


こいつらには知性があるのだろうか。

いや、うちの猫も捕らえた獲物で遊ぶじゃないか。

こいつらにとって、僕は獲物。猫にとってのネズミと同じだ。


震える手で手元を探った。

ヒヤリと冷たい鉄の感触がする。

汗で滑る手でしっかりと握った。

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