第55話 間奏

『お元気ですか、私は元気だよ』

『……あれから随分たったと思ったけど、まだ一年も経ってないんだね』


 とある自然に囲まれた村の大きな館に、ウィルとレインはいた。目の前にいる少年と少女が震えていて、大人たちがそれを取り囲んでいる。

「待ってくれよ! その子たち、どうするんだよ?」

「……里子に出します。牧師様が引き取るといっていましたが、あの方はもうお歳ですし」

「……村から追い出すのか?」

「それしかないんです。……この少年の親が私たちに何をしたか。それを考えるとこの子達にとっても私たちにとっても……。お陰でこの子達を引き取るという者もこの村にはおりません」

「……レイン」

 ウィルは隣にいるレインを見た。レインは疲れたのか床に座り込んでいたが、その呼びかけに立ち上がる。

「ジュタの花は見つけたし、いいぜ」

「……なにをなさるつもりで?」

 村人たちは次々に顔を見合わせた。ウィルはそれを見渡し、そっと少年と少女を引き寄せて言う。にっと明るい笑みを浮かべて。

「オレたちが育てるんだ」


『……オレは待ってるよ。でも、旅が終わって退屈だってチェリカは言うだろ』

『あー、暇暇。王女って言ってもね、まだドタバタしてるから大変じゃないけどさ』


 蝋燭の明かりが燃える暗い室内でシアングは跪いていた。目の前の大きな玉座に、一人の男が座っている。

「……そうか。成程。ご苦労だったなシアング」

「……。」

「疲れただろう、ゆっくりお休み」

「あぁ」

 シアングは立ち上がり、疲労の濃い色が出ている顔を抑えた。すぐさま暗がりから様子を見ていたセイルが近づいてきて、赤い目を細めて言う。

「スノーを残したってことは、覚悟は決まってるのね?」

「うるさいな、今はお前の相手をする元気ねーんだよ」

「まあまあ。……あー、シアングが死ぬ日が楽しみなのね」

「セイルは影だから、オレが死んだらやっと表舞台に出れるぜ。良かったな」

 疲れた表情で適当に返事をするシアングにセイルはむっとして眉を寄せた。

「……なによ、その言い方」

「だって事実じゃねーか。……まあ最も、ルノたちがこっちに来なきゃお前はずっと影だけど」

 シアングは乾いた笑みを浮かべて、暗闇の中に姿を消した。


『そうだ、ルノさんは元気? 無理してない?』

『お兄ちゃんはね、ちゃんとお父さん派が支えてるんだよ。心配しなくても平気。』


 ルノは書類の束を抱えて廊下を走っていた。

「チェリカ」

 扉をあけた瞬間、喉まで出掛った妹の名前を再び飲み込む。チェリカは居た。が、その手には彼女の文字が書き込まれた手紙が紙飛行機になった姿で遊ばれていた。

 胸が痛い、ルノはそう感じたが呆れたようなため息をつき、そっと部屋の扉を閉める。


『……風の強い日と晴れた日にはそれを見てるけど、エアスリクって見えないんだね』

『雲が少し邪魔なんだ。トアンのいる下の世界がね、少ししか見えないんだよ』

『だから、ほんの少し寂しい。でも寂しいからってつい手が動くのも変な話だけど』

『……わかっててもやめられないんだ、手紙書くの』

 窓から吹いた風が、積み重なった紙を舞い上がらせた。丁寧に折りたたまれて封筒に入れられている物すら、文章は書かれているが宛名はない。


『だって、この手紙は──……』

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