第46話 例えば川の対岸で






「お兄ちゃん!」

「兄さん!」

チェリカとトアンはほぼ同時に叫び、其々の武器を取って面の男に飛び掛った。トアンの剣にいち早く気付いた男は横に跳び、左手で持った剣で跳び際に斬り返した。まだ甘いトアンの攻撃に、ふ、面の下で男が笑った気がする。

が、直後男は飛来してきた短い杖に存分に頭を殴られた。声にならない短い悲鳴をあげる男の頭上で杖は旋回し、チェリカの手の中に戻ってくる。チェリカはそれをキャッチすると、折り重なるように床に倒れていたレインとルノのもとに駆け寄る。

「お兄ちゃん、レイン! しっかりして!」

素早く二人の身体に目を走らせる。──男の剣による怪我はないようだ。傍に転がって気絶してるのはこの村を脅かした魔物だろう。

チェリカはそう判断すると、男とただ一人向かい合うトアンの隣に戻った。

「チェリカ……ルノさんと兄さんは?」

珍しくトアンが怒りを露わにしている。目はしっかりと男を睨んだまま、ただそう尋ねてくるトアンにチェリカは若干驚きつつも、

「大丈夫、傷はないよ。血もでてなかった」

「そっか」

「でもどうして倒れてたんだろ……あれ?」

ふと、チェリカが声を柔らかくした。そしてそのまま、右手を添えてトアンの剣をゆっくりと降ろさせる。どうしたのかとトアンは動揺し、急いでチェリカの表情をみたが、彼女は少し困惑しているようだ。

「ど、どうしたの?」

「このひと……」

「え?」

「あれ、お前はアレクックスの。まいったねー、俺様アイツに怒られちまうよ」

チェリカの言葉の前に、面の男が笑いを含んだ声で言った。チェリカ宛ての言葉だが、その聞き覚えのあるよく似た声にトアンの背を冷たいものが流れ落ちる。

「あなたは……一体……」

「セイルってーの」

「君、深水城にきてたでしょう」

「……気付いてたぁ? へへ、アレックスと似てするどいねぇ」

「哀しいの?」

「あ?」

「……そんな哀しい殺意、誰も応えてくれないよ。怖いの?」

「何言ってんの、お前」

呆れたように言うセイルの言葉に、トアンも同感だった。チェリカが何を思って今の言葉を言ったのか、全く見当がつかなかったからだ。

だが、チェリカの瞳は怖いくらい澄んでいて、それでいて真摯だった。以前レインと初めて会ったときも、彼女はレインの心を

見通していた。

ただそれがあまりに突飛すぎて、当のセイルも首をかしげているのだが。

「俺様寝言にゃぁ付き合ってられねーのよ。わかる?」

チン、澄んだ音を立ててセイルは剣を収め、驚いたことにしゃがみ込んでチェリカと視線の高さを合わせた。そしてチェリカにかける言葉も、随分と柔らかいとトアンは感じる。

事実、セイルの身に纏う殺気が消えているのだ。

「……そっくりだ」

思わずトアンは呟いていた。セイルの優しい気配、仕草。それが全て、シアングにとてもよく似ている。

「セイルさん、あなたは何なんですか?」

「何なんですか、かぁ。そいつは難儀な質問だねー」

「え?」

「お前も気付いてる? あぁ、ヤダね。お前ら全員感が良すぎ」

気付いてる、とは。ではトアンの考えは、肯定なのだろうか。

「でも俺様はシアングじゃあないのよ。わかる?」

「……ごめんなさい、よくわからないです」

「だから、さっきお前らに剣を向けたのはセイルであってシアングじゃあないの」

「それはわかってますけど……」

セイルはチェリカの頭を撫でながら、ゆっくりと喋ってくれた。混乱するトアンの頭の整理の時間を作ってくれているのだろう。

「ルノちゃんはね、こっから先に気付いてんだ」

「……?」

「嬉しかったなぁ。でも、少し寂しかった。……それに、スノーはもう溶け合っちまった。それはとても寂しいのよ」

「セイル、寂しいの?」

撫でられるままチェリカが尋ねる。セイルは面の下で苦笑して、ゆっくりと頭を振った。

「わかんねー」

「でも自分で言ってたよ」

「うん、でもそれが俺様の感情なのか、アイツから伝わってきたのか。まだわかんねーの」

「アイツ?」

「──……ごめんな、ちょっと喋り」


「セイル──!」


バチバチバチバチ! 突如地を舐めるように雷撃が走ってきた。セイルの反応は早く、チェリカとトアンを突き飛ばして跳躍する。

状況が飲み込めないままトアンが雷撃の走ってきた方向を見ると、烈火のごとく怒ったシアングが拳を向けていた。その拳にはまだ雷が帯電していて、パチパチと光っている。

「よ、シアング」

「ルノたちに何をした!」

「……なんだろうね?」

忍び笑いをしながら空中で一回転し、セイルは着地した。彼には先程の優しさは片鱗もなく、ただ楽しそうに状況を見ているのだ。──だが。

一瞬、チェリカとトアンを気遣うようにこちらを見ていたことは、確かにわかった。

「チェリちゃん、トアン! なんともねーか!」

「シアング、駄目だよ!」

「……いーのよ、ええと、チェリカ」

立ち上がり二人の間に立つチェリカの背中に、そっとセイルが呟いた。

「危ないから、下がってな」

「でも! シアングお願い、セイルは悪い子じゃないんだよ!」

だがその訴えは、シアングにとっては受け入れられないものだったらしい。

「セイル、お前チェリちゃんに何かしたのか!?」

「なぁんにも」

そういいながら、セイルはチェリカの背をトアンに向けて押した。

「しっかり捕まえてな」

「セイルさん!」

「トアン!」

チェリカをの腕を掴んだ事は掴んだのだが、どうすればいいか分からず固まっていたトアンの背をウィルが声が叩く。

「トアン! あいつ、何者だ!?」

「あ、ウィル……いつきたの?」

「シアングと一緒にだよ。いきなりシアングが血相変えて洞窟に飛び込んでったから……」

そういうウィルはレインとルノを介抱している途中だったらしい。トアンはチェリカの手を握ったまま、ウィルたちのところへ行ってルノの顔を見る。

(ルノさんは何かに気付いたって言ってた……)

わからない。トアンはため息をつくとウィルに向き直った。チェリカはセイルとシアングを見ながら、トアンの思いを読んだ様にルノに呼びかけを始める。

ルノは直に起きるだろう、トアンはレインの身体を抱えようとしているウィルに向き直った。

「何者かどうかはよくわからないけど……そんな悪い人じゃないと思うよ」

「悪い人じゃない? じゃあレインとルノは誰にやられたんだ? ……それに、シアングがあんなに怒ってる」

「最初はオレも許せなかったよ。でもあの人、チェリカを気遣ったんだ。オレも、助けてもらったんだと思う」

「……。どういうことなんだろう」

ウィルの顔が曇る。それはそうだ。レインとルノを送り出し、その間随分と心配したのだろう。そして突然シアングの顔色が変わり、洞窟に来てみれば二人が倒れていたのだから。


「オレの仲間だって言っただろう」

シアングは距離を少しずつ縮めながら、セイルに向かっていった。彼の体を取巻く者は雷なのだが、それに殺意が混ざり合い静電気のようにはじけている。

「よくも手、だしたな」

「はは、よく言うのよ。さっきの雷、チェリカとトアンも危なかったのに」

「二人はちゃんと外してた!」

「どーだかねぇ……ついうっかり殺しちゃうかもよ? そんなつもりなくても、ね。」

シアングの足が止まった。

「大事な妹を殺したのは誰だっけ? 誰の所為で死んだんだっけ」

今度はセイルがゆっくりと進み、シアングの心を抉る言葉を選んで放つ。

「……オレの妹だ」

「んなこと言ってるんじゃないのよ。ルナリアの魂に許されたからって全部楽になったと思ってたら大間違いなんだよ」

「……、うるせー!」


身体は動かなかったが、意識はまだ全部落ちてはいなかった。だから、全て聞いていた。

ルノの思考をとめるために、彼なりに気遣って殴ったのだろう。セイルの一撃は重かったが、痛みはあまりなかった。

ルノはチェリカの声に徐々に身体の自由が戻ってくるのを感じ、ゆっくりと瞼を開く。

「──お兄ちゃん!」

途端にぱっと明るくなった妹が飛びついてきた。トアンとウィルの顔も明るくなり、自分の目覚めを喜んでいるのがわかる。

「チェリカ……トアン、ウィル……すまないな……」

「何言ってんだよルノ! あー、良かった」

「ルノさん、まだ痛みますか?」

「いや、平気だ」

綺麗にセットしてもらった髪型がすっかり乱れてしまったため、リボンが下がってきて気持ちが悪い。

「何があったんだ?」

「セイルに殴られた」

「あいつに?」

「ああ。……だが、痛みはあまりなかったんだ。ぼんやりしていたが意識もあったよ。──ここで、全て聞いていた」

ルノの表情があまりにもぼんやりしたものだったからか、ウィルが困惑するのがわかった。だがぼんやりする以外にどんな表情ができようか。

漠然としているのだ。


ただ漠然とした感覚がルノの心を這いずり回っている。薄々と勘付き始めた事実をとめるようなタイミングで、ただ思考をとめるために痛みをもたらさなかったセイルの拳。殴られて瞳を閉じるほんの少し前、自分の次にセイルはレインを殴った。

──その面の奥で光る赤い瞳に、深い哀しみが宿っていたのをルノは見たのだ。

(スノーを……あの少年をそれほどまでに慕っていたのか)

もしくは、想像以上に仲間という存在に依存していたか、だ。仲間を奪われたことに逆上して襲い掛かって、結局は同化した彼らを殴ることさえためらっていたようで。

「……ちゃん、お兄ちゃん!」

「あ、す、すまない」

ぼんやりとしたまま思考のループに落ちて行ってしまった様だ。ルノは不安そうな妹に笑いかけるが、妹は痛いくらいに強く肩を揺さ振るのをやめない。

「とめて! お願いとめて!」

「とめ……て?」

「セイルとシアング! シアング、私の話聞いてくれないんだよう! でも、お兄ちゃんなら……」

今更になって、ルノは戦う二人を認識した。いや、それはむしろ戦うというより殺し合いに直結しているようだった。シアングは動かない右手を庇うようにはせず、左手で雷撃を放つ。凄まじい魔力の密度を持った雷撃はだがしかし、セイルの透明な双剣に斬りおとされて行く。セイルはそのままシアングの懐に踏み込もうとはせず、それでも確実にシアングを追い詰めていた。

だからといってシアングも不利になったままではない。身軽さを生かしてセイルの後ろに回りこみ、雷撃で退路を絶たせる。彼はセイルとは正反対で積極的に間合いをつめていくのだが、攻めも守りも自在の双剣に何度か後退をしていた。

──命の削りあい。何故、どうして?

あの不吉な予言を残したセイルを殺せば、レインは助かるとシアングは思っているのだろうか。それとも仲間に手を上げられたことで逆上しているのだろうか。

不意に、ぼんやりとセイルのことを考えていた瞬間を思い出す。


セイルも、仲間をとても慕っていた。



「シアング、よせ!」

「! ルノ!?」

足はルノの想像以上に早く動いてくれた。もう無我夢中で、咄嗟にシアングの腰を掴んで動きをとめる。

シアングは驚いて攻撃をやめた。──セイルも、それを見て剣を軽く降ろす。

「危ねーぞ、ルノ。下がってろ」

「駄目だ! 少し落ち着いてくれシアング! ……先程、スノーという少年に私たちは会った。スノーはレインの『影抜き』といった!」

「!」

影抜き、という言葉にシアングが反応する。知っている様だ。──ルノの、予想通り。

「少年はレインの幼いころの姿で、スノーというのはレインの昔の名だった! 彼は私に、レインの子供のころの記憶を持っているといった。血華術を操るための方法の記憶だと! セイルは、スノーを慕っていたから、スノーとレインが溶け合ってしまったことに動揺していたんだ! だから、私たちは攻撃された。でも少しは話し合えたつもりだ! それにチェリカとトアンを庇ってくれたそうじゃないか。……頼む、戦わないでくれ」

ルノの言葉に、肩越しに見えるシアングの強張った顔がゆっくりとほぐれていくのがわかった。だがそれは決してルノの言葉をそのまま飲み込んだわけではない。ただ、ルノの声に安心してくれたようだ。

「……セイル。ルノに何かしたのか」

そういう声は、言葉こそ厳しいが随分と落ち着いた声になっていた。

「なあんにも。あれれ、ルノちゃん俺様を庇っちゃっていいわけ? 余計にシアングが嫉妬しちゃうよ」

「……はぁ。どうなんだルノ?」

「何もされてない。殴られたがな」

「それは不可抗力でしょー?」

「セイル……そういう態度が敵を作るんだぞ」

呆れたようにルノが呟くと、セイルはひゅうと口笛を鳴らした。

「聞いた? シアング」

「聞いてねー」

「聞いたでしょーよ。俺様、説教されてたみたいね」

くっくと喉を鳴らしながらセイルは笑う。

「……敵を作るってか、元々全部敵なのよ」

「何?」

「ルノ、もう聞くな」

セイルの言葉に興味をもったルノを遠ざけるように、シアングは左手で制した。

「シアング……。そうだ、お前、セイルに謝ったのか」

「なんでだよ」

「無理無理、ルノちゃん。シアングは俺様に厳しいからねー」

「それはセイルの態度が問題だからではないか。またそうやって癇に障るようにな言葉を言う……」

「あれれ、またお説教?」

「やめろ」

シアングが深いため息をつき、セイルを軽く睨んだ。

「ルノをちゃん付けで呼ぶな。そんで、金輪際オレの仲間に手をだすな」

「……ふうん、やっぱり仲間が大事なのねー。じゃあ覚悟は決まった?」

「……」

シアングはもう答えなかった。ルノが不安そうに二人を見るので、とりあえずセイルは肩をすくめて見せる。

「平気だよルノちゃん。もうシアングは俺様とは遊ぶ気はないみたいだしね」

「そ、そうか……」

「──あ、そうだ。えっと、確か……トアン」

「は、はい」

少し離れたところから様子を窺っていたトアンだが、不意に話を振られて勢いよく立ち上がった。セイルは剣を収めた二つの柄を撫でながら、洞窟の奥──暗がりに転がる木の杖を首で指し示した。。

「お前に贈り物。そこで鞭に絡まってる魔物が持ってた杖がそこに転がってるけど、それ、よく見てごらん」

「え?」

セイルにいわれ、木製の杖の元に駆け寄って手にとって見る。兄の鞭に捕らわれている魔物が身じろぎしたが、トアンには気にする余裕がなかった。

「トアン?」

杖を見つめたままのトアンを不審に思ったのかウィルが声をかけてくる。

「どうした? 何があった?」

トアンは答えなかった。杖を両手で持ったまま振り返る。チェリカの驚いたような顔と、シアングのセイルを咎める表情がはっきりと伝わってきた。

「セイル、どういうつもりだ」

シアングの警戒するような声に再びルノが二人を見る。

「ま、俺様の知り合いから。あいつは名前がまだないから、なんて呼べばいいかわからないのよ」

「んな答えがあるか」

「まあいいじゃないの。それよりトアン。気に入った? 剣が折れてたでしょ、これからはそれ使ってだってさ」

セイルのいうそれとは、トアンの持っている杖のことだ。

──いや、それは杖ではない。

木製の皮はカムフラージュでしかなく、トアンが触れた瞬間それは唐突に本来の姿を現したのだ。

「……セイルさん、これは……」

一度千の魂を飲み込み、鍵となった剣。僅かに鞘をずらすと青く発光する光が当たりに零れた。

「どうして、十六夜があるんですか」


トアンは自分でも驚くほど落ち着いた声で尋ねる。正直、手が震えた。

──十六夜。亡国の王子、シャイン──シャドウによって精霊を殺す武器になっていた、月千一夜の一つ。一度は二つに折れ、ヴェルダニアとの戦いの最中に一つに再生した。が、結局もとの二つのカケラに戻り、最後に千個目の魂としてシャドウを吸収し、あの扉を閉める鍵となった剣だ。

「さあ? 俺様にはわかんないのよ、んなこと言われてもさ。ああ、でも」

「でも?」

「近々、人じゃあないものと戦うんじゃない? それ、人以外でも斬れるんでしょ」

ぞく。

セイルの明るい口調に、トアンは一瞬眩暈がした。何てことだ。

(またあんな戦いがあるのか?)

どうしていいか分からず、トアンはただ手に持った剣を見つめた。

(あの時喋ったのは十六夜だ。……頼む、どうしてまたオレのところにきたのか教えて……)

剣に向かって念じてみるが、あのときのような透明な声はもう聞こえなかった。

「ねえねえ、シャドウの気配はする?」

「え?」

いつの間にか隣にチェリカがやってきて、十六夜を覗き込んでいた。

「シャドウ、これを使って……トアン、どう? なにか感じる?」

「……ううん、シャドウの、千の魂をのみ込んだ後、それを全て解放することで願いをかなえるんだ。もう感じない。今きっと、シャドウは扉の向こう側にいるはずだし」

「あ、そっかぁ……」

僅かに落胆した表情のチェリカをみて、少し胸が痛んだ。


「──お前、誰の差し金なんだ?」


冷たい声が再び洞窟に響いた。声を発したシアングの瞳によぎったものが見えたのだろう、言われたセイルはただ肩をすくめておどける様な仕草をした。

「内緒。……ってか、名前がないから呼び様がないのよ。案外バカだねシアング」

「とことんおちょくるつもりらしいな」

「ふふふ、ルノちゃんが悲しむよ」

「……。」

セイルに指摘され、シアングはそっとルノを見た。そして、今日何度目かわからないため息をつく。ルノの瞳は静かで、ただやめろ、そう言っていたからだ。

「ルノを味方にしてよかったな」

「味方? んー、違うでしょ。俺様の味方してくれてるわけじゃないみたいよ? ルノちゃんは聡いからね、多分──……いや」

ゆっくりと首を振り、セイルは言葉をとめた。

「やめとこ」

「セイル、いい加減にふざけるのはやめろ!」

「よせ!」

業を煮やしたシアングが再び雷撃を放つ。咄嗟にルノが制止の声を上げるが、元々シアングにセイルを殺す気はなかったようだ。ただの威嚇のつもりだった、ようなのに。

──パキンッ

小さな雷撃でも、セイルの面を吹き飛ばす威力はあった。跳ね飛ばされた狐の面はくるくると回転しながら跳び、空中で小さな音を立てて消滅してしまった。

「あーあ……折角俺様がいろいろ考えてあげてたのに。シアング、自分からバカしたねー。ルノちゃんを殴ってまでとめた意味がなくなっちゃった」

苦笑混じりにセイルが告げた。が、シアングを除く全員が、そんなことがを聞いてる余裕はなかった。……セイルの顔を見たからだ。

長さは短く分け目は逆だが、シアングと同じような──いや、同じ髪の色。褐色の肌、尖った耳。その表情の中で異彩を放つ真っ赤な瞳。

そして、その顔は。

「シアングと同じ……!?」


「ルノちゃんは気付いてたでしょう? スノーに会ったから、俺様とシアングのことも」

たっぷりと時間が過ぎた後、セイルが優しい口調でルノに話しかけた。ルノはシアングとセイルを見比べ、少し眉を寄せる。

「ど、どういうことなんだ?」

耐え切れずに問いかけたウィルに、セイルは鼻の頭をかりかりと掻いた。

「どうっていわれてもねえ……シアングが怒るのよ」

「……。」

仲間たちに一斉に見つめられ、シアングはそっと目を伏せる。……何だかその様子が、トアンの目にはとても哀しそうに見えた。

「何も言わないなら、俺様喋っちゃうのよ?」

「…………。」

「あーあー、だんまりねー。……ルノちゃんはさっきレインの『影抜き』に会ったでしょう。他のヤツラのために説明してやると、俺様たち『影抜き』ってのは本体から零れ落ちた魂のカケラなのよ」

「カケラ……?」

チェリカが首を傾げる。

「ちょっと違うんじゃないかな?」

「ん? ……んー、チェリカにはわかるんだ。そう、魂っても色々あってね、強い思いとか記憶とか、んなものもあるのよ。スノーは、レインの記憶だったのね」

「ちょ、ちょっとまてよ! 今『俺様たち』って……?」

「だからあ、鈍いね。俺様はシアングの『影抜き』なの」

寂しそうに言い放つと、セイルはそっとチェリカの前まで歩み寄った。するとチェリカは何の躊躇もなく、そのしっかりした身体に飛びつく。

「あーらら、甘えんぼ」

「セイル……。」

「ああ、そうか。チェリカもそういや、ヴェルダニアのカケラだっけぇ。『影抜き』じゃないけど」

そこまで喋り終わると、セイルはシアングの方を見た。

「……シアングは、俺様の存在をお前等に言いたくなかったんだよ」

「え?」

「じゃ、これ以上お前等といると情がうつっちゃうから俺様帰るわ」

ぽん、チェリカの頭を軽くなで、セイルはにっこりと笑みを浮かべる。

「じゃ。」

そしてそのまま、目の前の闇の中に消えていってしまったのだ。姿をくらます、というよりは闇に溶けて行く様に──……


「何故黙っていた」

セイルが消えてすぐ、ルノはシアングの正面に回りこむとまっすぐに瞳を見つめた。

「『影抜き』というものの存在も、一人で知って満足していたのか」


「……いえなかったんだ」


ぽつ、雨粒が染み渡るように、洞窟に落とされたシアングの声は驚くほどに弱弱しかった。

「セイルはオレと同じ顔だ。気配も同じ。……セイルは、オレになりたいんだ」

「……なんだって?」

「『影抜き』だどういうものかよく知らない。けど、アイツは確かにオレのカケラだ。何だかよくわかんねーけど、アイツは『オレ』っていう存在になりたいみてーでさ……確かにカケラのアイツからすりゃ、オレは本体なわけだし、オレがいる限りセイルは『シアングの影抜き』として見られるだけで、個人としてみてもらえない。だから、アイツはオレにすり替わりたいんだって」

一言一言をゆっくりと喋りながら、シアングはずるずると床に座り込んでしまった。ルノもつられるようにしゃがみ込み、いつになく弱い彼の一面を驚いたように見つめていた。

「でもオレだって、どうしたらいいかわからねーんだよ。……お前たちだけには、あいつとオレを混同しないで欲しくて……」

「……私にはわかるよ、間違えるものか」

ルノはふっと笑って、シアングの頬に手を伸ばした。


突然の優しい掌にシアングの体が硬直する。──それを見て、ルノは少し目に力を入れた。目を細めたようにしか見えないだろうが、油断すれば多分、泣いてしまうから。

(私が泣いている場合ではないだろう)

ただただそう思い、ジンと熱くなる目頭を叱咤する。ここで泣いていたら、また自分は頼りないと思われてしまう。


まるで、自分の伸ばした掌に動揺したような彼の反応が、ここまで追い込まれていたのかと今更ながらに思い知らされたのだ。還りの聲の城でやっとシアングの重荷を少し背負えたと思っていたが、自分はまだまだいたらないらしい。


「シアング」

「……。」

シアングは少し複雑そうな顔をして、じっとルノを見つめていた。

「私にはわかる。言ったろう、ずっと一緒に居たんだ。今更他のヤツの気配と間違えるものか」

「……『影抜き』と本体の気配は同じだ」

「違う! 同じではない!」

強まったルノの口調に、シアングの目が僅かに丸くなる。

「確かによく似ている。よく似ているよ。だがなシアング、決定的に違うところがあるんだ! もし、セイルが瞳を金にして髪を伸ばして分け目を変えてお前の隣に並んでみたって、私はお前を見つけられるよ」

「……ルノ」

「──同じなものか」

「……、はは」

不意にシアングが笑った。頬に当てられたままのルノの手に自らの手を重ね、目を細める。何故だか懐かしい優しげな表情に、ルノの胸が少し痛んだ。

「ありがとな。オレ、なんだか自分が情けねーぜ」

「……いや、誰だって自分とよく似ているものには動揺するだろう」

「うん、まあそうなんだけどさ。正直な話、すげー安心したかも……」

ふー、積もったものを吐き出すようなシアングの長い吐息が、薄暗い洞窟の中を通り抜けた。

「ありがとう、ルノ」



まるで零れ落ちそうな満点の星空が、窓からのぞく。夜空を切り取ったようなその空間を、ベッドの上で上体だけ起こしたレインは見つめていた。

「……スノー、か」

突然突きつけられた、わけのわからない記憶。強制的に叩き込まれたそれは何度思い返しても困惑するばかりか、肝心の部分にたどり着けそうになかった。


どうしようもない不安に、もう彼の姿を求めてしまう。そういえばどこかの国には、一年に一度天の星の川を渡って再会する恋人の伝説がある、というのを聞いたことがある。

「……。」


どうしようもない不安に、でも彼の名を呼ぶことすらできない。いい加減に強くならなくては。この世界を遠くから見ている彼だって、決していい顔はしないだろうから。

(ついこの前、お前にオレは存在理由を聞いたけど……わかちまった、オレがどうして生まれてきたのか)

そのとき、遠慮のないノックとともにウィルが顔を覗かせた。

「お、起きてんな」

「……。星祭りにいかなくていいのか」

「あはは、それなんだけど」

ウィルは楽しそうに笑ってランプの火を灯した。窓から入ってくる星明りだけで満たされていた部屋に、人工的な光が加わってさらに優しい明るさになる。

かちゃかちゃとランプの明かりを調節してから、ウィルはベッドに腰掛ける。レインは嫌な顔はせずに不思議そうに彼を見つめていた。

「これ、買ってきた。食おうぜ」

「?」

ごそごそと容器を差し出すウィル。レインに強引に持たせて、蓋をあけてやるとほんわりと湯気が上がる。

「たこ焼きって言うんだってさ。その小麦粉でできたちっちゃいボールの中に、たこが入ってるんだって」

「……たこ?」

「しらない? 足がいっぱいある海に居る生き物だよ。刺身で食ったことあるけど、歯ごたえが面白くてうまかったぜ。これもほら、ソースの匂いがいいよな」

「……。外は、どんな様子だった?」

ウィルから手渡された竹串で、たこ焼きという聞きなれない料理を軽くつつきながらレインは尋ねた。

「うん、ちょっとしか見なかったけどにぎやかで綺麗だった。魔物を引き渡して、村長たち大喜びだったしさ、クレープとかうまそうなもんいっぱいあったし。」

「じゃ、なんでもう帰ってきたんだ」

上にかかっている鰹節をいじりながらレインが問うと、ウィルは何故か少し照れくさそうな顔をした。

「だって意味ないんだぜ」

「え?」

「オレのパートナー、レインだもん」

「な……、バカだろ、そんなもんに縛られなくてもいいんだ」

「縛るとかそう言うんじゃないんだ。レインと見たいから戻ってきたんだぞ。……トアンもチェリカと、シアングはルノをつれて祭りにでてる。」

「お前を見てると、バカバカしくなる」

はあ、ため息をつくとレインは竹串にたこ焼きを一つさした。それをウィルのあいた口に放り込む。

「ん、んまい」

少年はレインの僅かな照れに気付かず、ほどよく熱の取れたたこ焼きを頬張った。

「……なあ」

「ん?」

「ここまで背負ってきてくれたの、お前だろ」

「……ッ、そ、そうだぞ」

口の中のものをごくんと飲み下して、ウィルはとりあえず肯定の言葉を発した。

「ありがとう」

「お、おう」

「そういえば、いつもいつもお前に運んでもらってばっかりだった。悪いな」

「べ、別にかわまねえよ」

妙に大人しく、素直なレインの態度に動揺するウィルに対して、レインはどこか寂しそうな顔をしていた。──それが何か、ウィルにはよくわからなかったけれども。


(ごめんな……)


心の中で謝罪するレインの気持ちは、星明りのしたでも消して晴れることはなかった。


わいわいと賑わう通りのなかで、繋いだままの手だけが確かだった。

「ルノ、大丈夫か?」

「う、平気だ……」

人ごみが苦手なルノを気遣いながら、シアングは心底嬉しい気持ちで辺りを見渡していた。

ルノの一言で、久しぶりに心が軽くなったのだ。セイルと自分の気配を見分けることなんて、できやしないと思っていたから。

「お、クレープだ。ルノ、甘いの好きだろ?」

「う、うむ」

「じゃあそれと……あとなにが食いたい?」

「……シアング」

「ん?」

「楽しそうだな」

人にもまれあがら、ルノがシアングを見上げて笑いかけた。それを見た瞬間、がやがやとした人の声が一瞬遠くに聞こえた。



「……。」


「……シアング?」

不審そうなルノの声にはっとして目を擦る。ルノは訝しげに眉を寄せてるが、シアングが笑みを浮かべるとほっとしたように頬を緩ませる。

「……そうだよな」

「?」

「あー、なんかめちゃくちゃ嬉しいや」

「……暑さでおかしくなったのか?」

「はは、何でもねーよ。とりあえずクレープ買おうな」

「う、うむ。……何なんだ、もう」


ざわめきの中にいても、自分はルノの声を聞き分けることができる。ざわめきから遠ざかっても、ルノの声で戻ってこれる。

(オレだって、──ルノのことを見つけれれるんだな)

自分で考え付いた答えに満足して、シアングは人並みの中で思わず笑みを浮かべていた。

──そんな彼を横目で見ながら、ルノが首を傾げていたことをシアングはしらない。



「……まだ気にしてるの?」

「!」

チェリカの鋭い一言に、トアンは思わず持っていたアイスクリームを落としそうになってしまった。その様子をみてチェリカはくすくすと笑い、自分のアイスクリームに口をつける。

二人は洞窟へ続く階段に腰掛け、賑わいをどこか遠くに見ながら夜空を見上げていた。鞭で身動きの取れなくなった魔物は村長たちに渡し、処分はまかせることにした。まああの村長のことだ、恐らく魔物をある程度罰したら冒険者に引き渡すか、こっそり逃がしてしまうかもしれない。無責任かもしれないが、トアンたちはそこまで見届ける余裕がなかったのだ。

スノー、セイル、そして突如渡された月千一夜の十六夜。次々に舞い込んできた新たな問題に、正直トアンの頭は固まってしまった。レインは安静にしているし、当のシアングはルノを連れ出して気分転換に店をみて回っている。──トアンはただ考える時間がほしくて此処まできたが、その気持ちを読み取ったようにチェリカがついてきてアイスクリームを渡してくれた。

「……オレさ」

「ん?」

「月千一夜のこと……どうしたらいいんだろう」

「……トアン。わからない問題は少し置いておくといいよ」

「でも! それでまた手遅れになったら!」

「大丈夫。……今度は私もいるし、みんないるよ。わかんないことをずうっと考えてても損だよ。とりあえず星がこんな綺麗なんだから、今はゆっくりしたほうがいい」

チェリカの柔らかい声が心にしんと染みる。トアンは顔をあげて、星明りの下でふんわりと微笑む彼女を見た。

「チェリカ……」

「のんびりしようよ、ね」

「……そうだね」

「そうそう、そんな顔してるとカビが生えますよ」

「カビってなんだよ」

「トアンの髪の毛、アオカビみたい」

「ひ、酷いよチェリカ!」

声をあげて笑う彼女を見るうちに、トアンも笑みがこみ上げてきた。二人の笑い声はざわめきの隣で小さく光り、美しい夜空の下でゆっくりと溶けて行く。

(そういえば……)

今宵、この流星群の下で誓い合うパートナーは永遠の絆をもつという。

そんな中、ここまでついてきてくれたチェリカのことを思い、トアンは照れくさくなって視線を外した。彼女にそんなつもりがないことくらい分かっている。だがしかし。

「トアン?」

不思議そうに首を傾げる彼女の持っているアイスクリームは、ゆっくりと溶けて行く。はっとしたチェリカはそれを舌ですくい、ひんやりとした感覚に目を細めた。

(……。)

……なんだか酷く自分が汚れた考えをもっていると突きつけられ、トアンは赤面を隠すように暗闇を見つめる。

「トアン、どうしたの。……あ、アオカビって気にしてる?」

「え!? い、いや、気にしてないよ」

「じゃあなんでぼーっとしてるの?」

「べ、別に……」

「変なトアン……アイス溶けちゃうよ?」

少し拗ねたように口を尖らせたまま、チェリカは自分のアイスクリームを食べ終えて口の周りを拭った。柔らかそうな頬と唇、ふさふさの睫毛が影を落とし、ああ、こういうところは女の子らしいのに、とトアンは思う。

そうしているうちにアイスはものすごい勢いで溶け、トアンは慌ててそれを食べる羽目になってしまった。

「あーあ、べたべただー」

「う……あ、ありがとう」

見かねたチェリカが自分と同じようにトアンの口の周りを拭いてくれたのだが、そろそろトアンは顔から火がでそうだった。

(ちょ……ちょっと冷ましたい)

二人っきりで、星の下で、ざわめきからはなれた不思議な空間に居る。よくよく考えたらかなりおいしいではないか。

が、トアンはその考えを打ち消すように頭を強く振って夜風を求めた。

チェリカは、特別なのだ。

いたってこの状況に心が揺れるような一般の少女ではなく、今だって何故トアンが慌てているのかよくわかっていないに違いない。


そのとき、ふと彼女の横顔、耳元でキラリと光るものが目に入った。それは以前自分が渡した、羽根をモチーフにしたピアスだった。

そのまま意識しないようにしていたチェリカの顔をまじまじと見つめてしまう。睫毛は横顔からだとさらに美しく青の瞳を飾り、金髪が夜風にのってさらさらと流れる。いつものまだあどけない、少年のような表情ではなく、神秘的な美しさと愛らしさを持ち合わせたその表情に、一際大きく胸がなった。瞬間、トアンは手を動かしていた。


──いかなる状況においても、互いを守り、信用していく。互いが互いの源となり、一対の翼になる。それを、誓うか?


ルノの声が頭の中で響く。ああ、これはウィルと兄さんの……。


トアンはチェリカをじっと見ながらその手を取る。何事かとチェリカが振り返り、トアン? と呼びかけるように口を動かしている。


──翼となって羽ばたく時、汝らは世界を繋ぐ樹を見よう。


ルノに続いて、シアングの声。心臓が頭の中に入ったのかと思うほど煩く鳴り響き、だがそれは煩わしいどころか安心できた。トアンの思考をとめ、ただ本能と鼓動の音が今の自分を支配している。

彼女のことで初めて、余計なことを考えなかった。



──女神の微笑みに守られながら、終焉を見るまで囀るといい。では、女神にその心を誓え──……


(はい)



心の中で誓いをたて、トアンはそっとチェリカの手の甲に口付けを落としていた。一瞬チェリカは驚いたように手を引こうとしたが、トアンの掴む力かチェリカの気遣いか、わからないがその手は逃げることはなかった。


長いような短い時間のキスのあと、ゆっくり顔を上げたトアンの目に、目を丸くしきょとんとした表情のチェリカが映った。──途端に止まっていた思考は動き出し、トアンはこれ以上ないくらいに赤面すると思わず手を離して立ち上がった。

「ご……っ、ごめん!」

咄嗟に謝ってその場から逃れるように駆け出す。破裂しそうなほどに鼓動は高鳴り、だがそれでもトアンは立ち止まることはせずに全速力で走り続けた。振り返らず、ただ闇雲に。


突然の口付けを彼女はどう思うだろうか。

いつものように、ああ、アイスがついていたから拭ってくれたのか。とでも思うだろうか。

それとも今夜の意味を思い、誓いのキスだと思ってくれるだろうか。

でも、嫌だったのではないだろうか。

逆に喜んではくれるだろうか──……?

トアンの思考は先程までの停止が嘘のように目まぐるしく回転し、途中、何人かの通行人にぶつかったような気もするのだが謝る余裕はなく、ただただ走り続けた。





チェリカは、立ち上がらずに階段に座ったまま、何度か瞬きをした。先程トアンに口付けられた右手を見て、そっと目を細める。

「パートナーの契約……」

トアンの行為の意味を、チェリカはちゃんとわかっていた。だがしかし、走っていくトアンをとめる言葉は決して出てこず、背中を見送ってしまったのだ。

「どうしよう……」

今宿に帰っても、トアンはきっと自分を避けるだろう。いや、このまま返事を返さなければ彼を追い詰めてしまう。

だが、何と返事をすればよいかわからなかった。


シャドウとの契約のとき、彼が自分を必要としていることがわかった。そしてそれが自分以外の代役がきかないから、ならばと契約に応じた。しかしトアンはどうだろう。

(トアンは別に、私じゃなくても、むしろ私じゃないほうがやっていけると思う……)

それは必要であるか、ないかの話で。

チェリカは、何故トアンが自分に契約を求めたのはわかっていなかった。


自分などと契約して、彼の人生は後悔しないだろうか。契約破棄という手もあるが、夢幻道士とはいえ普通の人間の彼が、自分のような人間から片足をぬいた存在と契約を結ぶことはとてもいい考えだとは思えない。

(なら断ればいいけど)

──それは、何故だかわからないがいやだった。

(どうしたんだろう、私……)

何故自分が迷うのかもわからない。チェリカはため息をついて立ち上がると、夜空に向かって大きく伸びをした。

(お兄ちゃんならわかるかな)

こういう問題は自分で片付けなければならないと思うのだが、こうもわからないことばかりでは八方塞だ。助言を求めてたほうがいいかもしれない。

服についた汚れを払い落とし、一歩踏み出した瞬間──……


「見つけた」


若い男の声に身体が固まる。すぐ後ろに人の気配を感じ、次の瞬間には抱きしめられて居た。長い金髪が顔にかかったが、チェリカは動くことができなかった。

「あんな人間とは契約してはいけないよ」

「……っ」

声が出ない。

「やあ、しかしこんな汚れた地上から美しい流星群がみれるとは思わなかったよ」

「どうして……ここに……」

掠れてはいたが、何とか言葉を吐き出す。怯えが滲むチェリカの声に、男は笑った。

「くくく……。ようやく準備が整ったんだ。いや、長かった。もういいんだ」

柔らかいが、冷たい男の言葉にチェリカが身震いした。

「さあ連れて行っておくれ、約束どおり」

「叔父さん……」

「クラインハムトだよ、チェリカ」

流星群の中、一際輝く星があった。それは一瞬の瞬きの後に消滅し、夜空にぽっかりとした空間をあける。

そしてそれと同時に、チェリカと男の姿は忽然と消えていた──……

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